暁闇 / 名付ける、ということ。
暁闇
それは暁、と言うにはまだ早い暁闇のこと。
男は任務が一段落して、副官である部下と共に瀞霊廷へと帰るところだった。
不意に暗闇に顔を向けた男は首を傾げ、そしてその暗闇に足を向ける。
「そんな暗い所におらんでこっちに来ィ」
暗闇にしゃがみ手招きする男の長い金色の髪が、声を掛けた「ソレ」にかかる。
「ソレ」から赤子のような小さな手が伸び、その髪を掴んだ。
「うぉっ、引っ張るんやないわ!」
ため息を吐いて、男は自身の隊長羽織を脱ぎ「ソレ」を包むようにして腕に抱えた。
そこに男の副官が様子を見に来た。
「平子隊長?何をなさってるんですか?」
「惣右介、何って子供拾うてん」
よっと、その声ともに羽織を抱え直す。その抱え方は赤子を抱える、というにはあまりにも不安定なもので男の副官は訝しげにそれを見る。
「子供ですか?」
子供、と言うにはあまりな姿をしていたと一部始終を目撃していた男の部下は思った。
「ソレ」は無数の赤子の手だった。触れば溶けてしまいそうなほど柔らかいだろうと思わせる見た目をしていた。それが暗闇に泥のようにあったのだ。虚(ホロウ)になりたくてもその虚(うつろ)がないからなれない、そんな魂魄の塊。
男以外の者が見れば、目を顰め思わず攻撃してしまうだろう見た目のした「ソレ」。「ソレ」を男はいつもの笑みを浮かべ、「子供」だと言う。男の部下は絶句し、言葉が出ないようだった。
「惣右介?何惚けとるんや、はよ帰らんと。」
男はなんでこのような反応をされるのか分からない、と言いたげな様子だ。
「帰る?「ソレ」を抱えて……ですか?」
男の部下は引き攣った笑みを浮かべる。上司である男のことが初めて理解出来ないと思った瞬間だった。
名付ける、ということ
あの明け方、平子が子供を拾ってからひと月が経った。あの子供は今日もその暗がりから出ることはなく、その無数の手を平子の髪に手を伸ばしている。
「俺の髪の毛触ることがそんなに楽しいんか?」
いつも平子の髪に手を伸ばしてくるその子供にため息をひとつ。彼にとっては自分の髪ひとつで子供が楽しそうにしてくれるなら、それはそれで楽でいいけれど。
ひと月、一緒に過ごして思ったことがある。
「やっぱ、名前があらんと不便やな」
そういうことである。坊やらガキやら呼んできたがやはり名前があった方が子供にとってもいいし、自分も呼ぶ名前が定まっていた方が楽である。という結論に至った。
なんと名付けるか少し考える。なるべく分かりやすくて呼びやすいのがいい。
「よし、ええか?今日からお前は…」
髪と戯れる子供をすくい上げ、考えた名を告げる。
すると、名を告げた瞬間流動体であった子供は瞬く間に人の姿に変わり2つ3つ程の幼児の姿へ変わった。
「おぉ、なんやそれっぽい姿になったやないか」
流石の平子も名付けた瞬間、姿の変わった子供には驚いたらしい。
片腕で子供を抱き直し、そうでは無い方の腕で子供の頭を撫でる。子供は名を付けられたことが嬉しいのかニコニコを笑っている。
平子がもう一度その名を呼ぶと、子供は返事をするように平子の髪を引っ張った。
「あー、嬉しいんか?良かったなぁ」
そう笑いかけると、髪を掴んでいる手の力が強まる。
「痛いわ!引っ張ったらアカンで!!」
平子は髪を掴んでいる手を外すと、掴まれた髪の根元を押えた。
子供は喜ばせすぎない方が吉、で事やな。そう平子は大きなため息をついた。