ただただ藍染が不憫な話。
瀞霊廷、一番隊舎の下にある地下監獄。その最下層にある”無間“。
今、瀞霊廷を侵攻しているであろう敵の総大将である男を見送ったその空間の主は思わず嘆息した。
「アレが総大将、か。なんというか…」
「キミの方が私にとってはおぞましいモノだね。」
そう言って男が目を向けた先には暗闇の中に一部だけ質の異なる闇が広がっている。まるで釜の中身のようにドロドロとした闇。そこから小さな無数の手が男へと伸ばされている。
今となっては見るのが久しいそれは100年以上前、平子真子を実験体にする前まではよく見たモノだ。
彼がその泥を子供と称し拾ったと思ったら、いつの間にか人型になっていたことは昨日のように思い出せる。当時も理解出来ないな、と思ったが今考えてもその事だけはあの人のことを理解できそうにない。
時々面倒を見るように言われ、最初はあの人が抱えていた時は人の形をしていたのに自分が抱えた瞬間泥に戻っていたな。と言うことを思い出す。あの人が名前を呼べば人の形へと戻っていたけれど。
そういえば、あの人を実験体にした後は不安定になって時々泥になりそうになっていた時期があったな。その時自分が名前を呼べば元に戻る姿を見て優越感を抱いたものだ。
今となってはもう見慣れてしまったコレは見慣れたからといって気が疲れないとは言えない。
かつての沼のような広さのソレを思えば、ここにいるコレはその一部なのだろうといえのは想像にかたくなかった。コレがあるということは、ソレは拾われた頃の姿をしているに違いなかった。
頭を抑えたい気持ちになる。とはいっても拘束されているが故に出来はしないのだけれど。いや、外そうと思えば外せるがコレの為にこの拘束を外すのは何か違う気がした。
するといつの間にか足元へ移動していたコレの手が男の足元、拘束が施されている部分へ触れる。触れた部分から黒い拘束帯が白く染っていく。全ての拘束帯が白くなると、サラサラと砂になっていった。男の霊圧を封ずるための道具さえこの水子達のまえでは玩具に等しいらしい。
砂になったそれをぺたぺた触り遊ぶ手を眺めて、男はため息をついた。
どうやら、コレを届けに行かなければならないらしい。と。
外の侵攻が収まるのを待ってから、その泥を掬いあげて外へ出る。
そうして、探し人の霊圧を頼りに歩いていくと案の定その人のそばにソレはあった。
深い深いそこに落ちたら戻って来れないと直感するような深淵。ソレに招く小さな水子たちの手足、こちらを伺う顔というにはあまりに不揃いな小さな目や口。
普通の死神であれば顔を逸らしたり、思わず攻撃してしまいそうになるようなソレ。匂いを嗅いでみれば腐臭がする気がする。
その前で多くの死神が絶句するのを尻目にあの人はいつもより穏やかな笑みを浮かべ、いつかのように声をかける。あの時と違うのは、ソレに名前が付いた事だ。
その名を呼ばれたソレは瞬く間に男の見慣れた姿へと変わる。
仰向けに横になったその人物はあの人の髪を掴み、思いっきり引っ張った。それにあの人は思わず大きな声を上げる。
かつての日常の光景に男は思わず大きなため息をついた。そのため息で周りの死神たちは男の存在に気づいたようだった。
なんでここに。やら、どうやってここに来た。やら口々に驚きの声を上げる。
それは男に目を向けることで目の前の光景から目を背けているようでもあった。
いくら気配を消していたとはいえ、誰も気づかなかったとはどういう事なのか。気づいていそうな元上司も今は引っ張られた毛根を抑えることで忙しそうだった。
しかし、死神たちの様子に男は自身のかつての感覚がおかしくはなかったことが証明され安堵した。
「彼らから目を背けて、私の方へ注視しても現実は変わりはしない」
死神たちに現実を突きつけるように掬いあげていたコレの姿を見せる。しゃがんでコレを地面へ下ろすと、泥のように地面に広がるもコレは変わらず男へと手を伸ばしていた。
先程から変わらないその姿を見て男は困惑した。あの人の傍に来ればきっと誘蛾灯のようにあの人のそばに寄っていくと思ったからだ。
あの人の様子を伺うと、人型になったものの再び泥沼になった彼の姿に首を傾げている様子だった。
一部が欠けていれば、再び集まっても直ぐに崩れてしまうことは分かっていただろうに。いや、もしかして一部が欠けていたことに気づかなかったのかもしれない。あの頃よりも、彼の闇は深くそして広くなっている。100年近く離れていたあの人がそれに気づかなかったのも道理なのかもしれない。
ため息をひとつ。辺りの死神たちの様子は変わらず、男へ警戒と困惑が混じった視線を向けていた。
「あの人から目を逸らしたくて私に注視するのは結構だが、現実は変わりはしないよ」
肩を竦めもう一度先程と同じことを言って、あの人を見る。どうやら、とりあえず集めてみることにしたらしくその沼をしゃがんで手で集めているようだった。その沼の小さな手があの人の手に絡み、そして心做しか沼の大きさも小さくなっている気がする。
「うーん、前より大きくなっとる気がするなぁ。」
首を傾げ、変わらずソレをかき集める姿にかつての部下たちは信じられない物を理解できない物を見る目をあの人に向けた。
「理解できないかい?全く、君たちは変わらず愚鈍な事だ。自分たちの副隊長のこともろくに知らずここまで来たのだからね。」
「あぁ、平子隊長のことをよく分かってないのは仕方の無いことだ。何しろ最近復帰したばかりだろう?付き合いの浅い君たちが理解できていないのは当たり前のことだ。」
笑みを浮かべ、朗々と話す。自分の方が彼らのことをよく分かっているのだ、というように。
事実、男は二人のことを目の前の死神たちよりは理解していた。方や何十年副官として仕え、方や100年近く副官に置いていた者たちのことである。
仰ぎみて騒ぐだけの連中と違いそばでこの2人を見てきた。一部よく分からないところはあるもののそれは今は置いておくべきことだ。
「あぁ、もうまどろっこしいわ!惣右介!こっちに来ィ!」
いきなりかつての呼び方で呼ばれ、驚く。彼を裏切ったあの日にもうその呼び名はされることがないと思っていたから。
条件反射で傍に近寄ると、どうやらこの状況に思考がかつてに戻っていただけらしい。やっちまった、と言いたげなあの人の表情がそれを物語っていた。
自分がここにいるのは気づいていなかったようで、実際自分が近寄るとあれ?と言いたげな顔をこちらに向ける。
「ハァ?藍染やん、なんでここにおるん?」
「なんで、って迷子のお届けものですよ」
そう言って男が移動するのに着いてきた小さな泥濘を指さすと納得、といった表情を見せた。
「戻らへんな、と思ったらお前ん所におったんか。というか、短いとはいえ子供に随分な距離移動させたようやん。」
そう言ってニヤリ、笑った目の前の人物に男はとてつもなく嫌な予感がした。
「よし、お前集めるの手伝え」
「はい?」
「よし、返事したな!お前らー、このおっさんの所に集まるんやでー」
嫌な台詞を聞いた気がして聞き返すと、それを返事と受け取って話が進められる。それに自分の方が歳上な癖して、男のことをおっさんと呼称しなかったか?
男が困惑しているうちに、その大きな暗闇は男を囲み構ってほしげに手が伸ばされる。
かつての部下たちの視線が刺さる。
それにはもう警戒は少なく、同情の感情が多く乗っていた。
個人的なポイントはわざわざ侵攻が収まるのを待ってる藍染と名前を呼べば元に戻るとわかってるのに嫌がらせをする平子です。