(1)
いつも通りの朝を迎えて、のんびりと準備をする。そうして、出勤した俺の耳に耳を疑う報告が入ってきた。
「藍染隊長が亡くなられたらしい」という報告が。
それを聞いた時、嘘だ。と思った。あの人が負ける存在なんて総隊長ぐらいしかいないはずだ。誰に殺られたのか尋ねると、それは分からないという。既に亡くなっている藍染隊長を雛森3席が発見したのだ、と。
それを聞いた時、直感的に「生きている」と思った。それは、あの人に拾われてそしてあの人が居なくなってからこれまで育ててくれた藍染惣右介という人物に対する信頼でもあり、願望なのかもしれない。
けれど、その死体を見ていない今の俺にとっては「藍染惣右介」という人物がそう簡単に殺せる訳が無いという気持ちでいっぱいだった。
あの人が親だというなら、惣右介さんは兄のような存在だ。そして、“俺”という存在が確立して一番長く接している人物でもあった。
斬拳走鬼、全てを兼ね備えた人。あの人に追いつきたくて、その全てを鍛えたのだ。自分の始解の都合上、斬は苦手で鬼は得意といったように偏りは出てしまったけれど。
手早くあとの準備を済ませ、暴走した雛森ちゃんを止めてくれたという日番谷隊長に挨拶しに行かなければ。雛森ちゃんの様子を伺いに行くのはその後でいいだろう。本当なら、遺体を確認しに行くべきなのだろうけれどそれを直視したくなくて思考から排除した。
挨拶しに行った先で日番谷隊長と惣右介さんの遺書を見つける。確認のため覗いていれば、大きな落とし穴がここにありますよと自己主張してるようなそんな文面だった。確かにこの書跡は惣右介さんのものだけど、なんで雛森ちゃんにだけ遺書を残したんだろ。雛森ちゃんに書く余裕があるなら、俺とかにも遺してくれればいいのに。
そんな感情を吐き出すようにため息を一つ。
遺書を見て、惣右介さんが生きているだろうという思いは更に強くなる。思わず零れた「本当に死んでくれてたら良いのになぁ。」という言葉は何処か寂しい響きを伴っていた。
結局、あの遺書は雛森ちゃん宛だからという理由で本人に手渡されたらしい。あの後雛森ちゃんの様子を見に行けばまだ、惣右介さんが亡くなったことを信じられないのか茫然自失している様子だった。まあ、惣右介さんへの入れ込み具合を考えれば仕方の無いことだけれど。個人的にはあの人ほど溺れると怖い人はいないと思う。あの人とは適度な距離感で接するのが1番だ。まあ、俺が言っても説得力がないけれど。
日番谷隊長には反対されたけれど、雛森ちゃんを泳がすことで惣右介さんをおびき寄せることが出来る。雛森ちゃんには悪いけれど、あの人が瀞霊廷に刃向かうと確信するために餌になってもらう。
あの人の斬魄刀の本当の能力は“俺たち”には効果をなさない。それは今この時も“俺たち”は増えているからだ。その全てに対して能力の効果をもたらすことは実質不可能に近い。
それはいざと言う時に彼女を助けることが出来るかもしれない、ということだ。助けることが出来る、と断言できないのが痛いところだ。もし能力を使わず不意打ちで攻撃されてしまえば、助けることは難しい。
自分の事情を誤魔化してその事を日番谷隊長に話せば、胡乱げな目で見られたが最終的にはうなづいてくれたから良しとしよう。
(2)
「雛森3席が脱獄した」という知らせを聞いて俺はやっぱりかと思った。惣右介さんにあれだけ心酔していた雛森ちゃんの事だ。あの遺書を読んだら脱獄して惣右介さんの仇を取ろうと奔走するだろうと思っていた。
その事は日番谷隊長には言わなかったけれど。何故かと問われると彼は隊長になって日が浅すぎる。あの人や惣右介さんのような腹芸は難しいだろう。それなら俺がそれを担うしかない。惣右介さんほどの腹芸は難しいけれど、これくらいなら難なくこなせる。伊達に近くでそれを見てきてない。
吉良くんと阿散井くんもその牢から姿を消したらしい。阿散井くんは分からないけれど吉良くんはきっとギンの仕業だろう。ちょうどいい。ギンに少し聞きたかったこともあるし次いでに聞いておこうかな。そう思って3番隊の訓練場に足を向ける。
たどり着けば、ちょうど日番谷隊長とギンが顔を合わせた所だった。
「あ、ギンに吉良くんこんな所にいたんだ。」
ヘラり、日番谷隊長とギンの間に入る。
「キミこそこんなトコロにどうしたん?キミも藍染隊長の仇討ちにしはりにきたん?」
「えー、俺そんなに惣右介さんの仇討ちしそうに見えるの?」
そんなことないのになー、と肩を竦める。
事実、惣右介さんの仇打ちをしようだなんて欠片も思ってない。
「そんなことより、俺ギンに聞きたいことがあったんだよ」
「僕に?」
「うん。ギン、キミ死ぬつもりじゃないよね?」
その言葉に吉良くんも日番谷隊長も息を詰めた様子だった。
「待ってください!それってどういう」
吉良くんの言葉を遮って言葉を続ける。
「あの人に命をかける気なんでしょ?」
「何の話か分からへんなぁ。」
暗に惣右介さんを殺すために命をかける気かと聞けば、にっこり笑って誤魔化される。その笑顔を見て、ギンは死ぬ気なのだなと思った。その笑顔は幼い時から見ていた本音を隠す時にする笑顔と同じだったから。
これは決心は硬いな、と肩を竦める。
まあ、何かあった時に助けるぐらいはしてあげよう。
「彼女、泣かせないように頑張りなよ」
それだけ言って、話はこれで終わりと言うようににっこりと笑った。吉良くんはどういう事なのか分からずこちらに聞いてくるけれど、ギンが言ってないことを俺が言うはずもないだろうに。なんのためにどうとでも取れるような言葉で聞いたと思ってるのか。
俺は幼い頃からギンを見てきて、惣右介さんに対する敵愾心的なものを感じ取ってるし傍に置いていた惣右介さんもそれは察してるだろう。けれどずっと副官として側にいてそれに気づかないというならそれは怠慢としか言う他ない。たとえ、当人が隠すような振る舞いをしていようとそれを察するのが副官としての仕事だろうに。
俺は惣右介さんが察して欲しくなさそうなら興味を失ったように振舞ったし、ギンが副隊長で俺が3席だった頃はギンに対してもそうした。
「彼、副隊長にしては盲(めくら)過ぎない?」
「それは、キミの副隊長に対するハードルが高いだけやろ」
イズルは何も悪いとこはあらへんよ。思わず口が出てしまえばギンは肩を竦めてそう返してくる。
いや、それを言われればお終いなんだけど。まあ、各隊長によって副隊長に求めるものは違う。隊長であるギンがこういうということはギンにとってはそういうことなのだろう。
そんな会話をしていると、雛森ちゃんがやって来て日番谷隊長へと刃を向ける。うんうん、狙い道理にしてくれて俺は嬉しいよ。
惣右介さんは雛森ちゃんと日番谷隊長に潰しあって欲しいらしい。どうしてかは、釣り針に惣右介さんが引っかかってから聞けばいい。日番谷くんもあの遺書を渡すと決めた時に雛森ちゃんに刃を向けられることは渋々だが了承してくれた。
だが、あの遺書が誰かに細工されたものであるという疑念は払いきれなかったらしい。
ギンに刃を向け、最終的に乱菊ちゃんが仲裁することによってその場は収まった。ギンが乱菊ちゃんに刃を向けることなんてしたくない事は乱菊ちゃんが1番わかってるはずだ。それを逆手にとって場を収めたその手腕は流石だな、と素直に感心する。
これはギンも思わず惚れ直しちゃうだろう、そんな場違いなことを考えた。
おまけ
氷と烏
注)16巻ネタバレあり
第一印象は、よく分からない男というものだった。まだ、俺が3席だった頃松本が同期の男だと言って紹介したのが始まりだった。
五番隊副隊長をしているというその男は紫色の長いくせっ毛をしていてその目は長い前髪で窺い知ることが出来ない。戦いずらそうな見た目をしてるな、と思ったことを覚えている。
そして、俺が隊長になりそれまでと違い接することが多くなってからは読めない男であるという認識へと変わっていった。雛森からはだらしのない人と評されてはいたが、俺から見た彼はそう評されることが分かっていて敢えてそう行動しているように見えた。
藍染隊長に副隊長の枠を超えて親しいのは彼がその人に育てて貰ったという話を風の噂で聞いた。何でも父のように慕っている、とかなんとか。
そんな父のように慕っているらしい、藍染隊長の訃報があったその日アイツはそんなこと知りませんと言いたげにいつもの笑みを浮かべこちらへ挨拶してきた。
「あ、日番谷隊長。こんなとこにいたんですねー」
探し回ったのであろう、死覇装を若干乱している。彼と対面したのは藍染隊長の私室。隊長の遺品の整理は基本的に副隊長の仕事とされているが、俺が今この部屋にいるのは雛森に何か慰めになるようなものが無いか探しに来たからだ。
「ん?あぁお前か。悪いな勝手にここに入って来ちまって」
「それは構いませんよ、雛森ちゃんのためでしょう?」
そう口角を上げたその男は、変わらずその表情は前髪に隠され窺い知ることが出来ない。けれど、隊長を失った副隊長の対応では無いことは明らかだった。それに思わず眉間に力が入る。
「うちの3席がお世話になったみたいで、申し訳ないです。」
そう頭を下げた男に「それだけか」と思う。もっと言うことがあるだろう。例えば「藍染隊長」のこととか。
それに触れることはせずに男は変わらずヘラヘラした様子でこちらに聞いてきた。
「それで、雛森ちゃんに良さげのものありました?」
「ああ、引き出しの中から雛森当ての遺書らしきものを見つけた。」
そう言ってそれを見せれば彼は一瞬固まる。「なんで、雛森ちゃんに……?」と困惑した様子だった。
今日初めてその笑みが崩れた彼は失礼、と前置きした上で俺の手からその遺書を奪っていった。
そして、奪ったその手でその遺書を開けて読んでいく。
「は??なんでてめぇ、読んでやがる?!雛森宛って言ってんだろうが!」
「一応、確認しとかなきゃいけないとおもいまして。」
文字を見て、「うんこれは藍染さんの字ですね」と言った彼は内容を確認すると何故か天を仰ぎ大きくため息をついた。
確認なら文字を見ればいいだけなのになんで内容も確認するのか。そうイラついていると、目の前の男から信じられない発言が飛び出てきた。
「本当に死んでくれてたら良いのになぁ」
それは、不意に出てしまったと言わんばかりの小さな呟きだった。しかし、その空間には男と自分の2人きりでそれは否応なしに俺の耳に入ってきた。
不意に出てしまったからこそ、本音なのだろうと思えて俺の中で目の前の男への警戒心が上がっていく。
けれどこういうということは藍染隊長殺しの下手人ではないのだろうと頭の隅で考えた。
それを知らずか男はその遺書の内容を見せるようにこちらに広げた。
「日番谷隊長、あなた藍染さん殺したんです?」
「は?んなわけねぇだろ」
「でも、この遺書日番谷隊長が下手人って書いてありますけど。」
その遺書を指さしながら言う彼に指してある部分をみると確かに俺の名前が書いてある。
それに頭が真っ白になった。
「この反応は白。何がしたいんだかあの人は。」
溜息を吐いている男を尻目に、俺の脳内は困惑の2文字に埋め尽くされていた。
「日番谷隊長ー、大丈夫です?」
「なんとかな…」
頭が痛くなってきた気がしてそこを抑える。
「一つ、提案があるんですけど大丈夫ですか?」
「提案?」
「これ、このまま雛森ちゃんに渡しましょう」
「は??この明らかに罠と言いたげな遺書をか?」
この男、正気なのだろうか。
「敢えて罠にハマりましょう。それで罠をしかけた人を炙り出すんです。大丈夫ですよ、なんとかできる範囲なら何とかするんで。」
「お前には誰が罠をしかけたのか分かってるのか?」
まるで検討がついていると言いたげな物言いに思わず聞く。
「まあ、何となくは?でも言いませんよ。今言っても戯言と思われるだけですもん。」
肩を竦めてそういう男はとてもじゃないが親代わりで父のように慕っていたという者を失ったようには思えない。
俺の中で男に対する警戒が上がる。
それが間違っていたと知るのはそう遠くない未来だった。