クロノ・ハラオウンは管理局の執務官を勤めている。才能はある‥‥あるのだろう、さして躓くこともなく執務官になれたのだから。母親の″コネ″もあったかもしれない。とはいえ、コネだろうがなんだろうが実力と筋の通った人間性を持っていれば部下は安心して付いてきていた。
すこぶる楽な任務‥‥そういう認識ではなかったが、いつも通り訓練と実戦での経験があれば達成出来るものだった。
現時点でその考えは改めるべき事柄なのだろう。
もう少し修羅場を潜るべきだった。
「ひぃいっ!やめっ!?イギッぃ!?!」
男性隊員が涎を撒き散らしつつ恥も外聞もかなぐり捨てた悲鳴をあげる。そして、雑巾を絞り上げるように捩切れた。案外、口から臓物というものが飛び出したりするものなんだと、感心した。
「隊長!助け‥‥!?」
そして女性隊員が全身くまなく穿たれ、頭部からゼリーのように脳がこぼれ落ちていく。気配を感じた途端に攻撃が飛んでくる、普通の奴は避けられないだろう。
とはいえ、防御していても意味がないらしい。シールド張って防御していた隊員が、シールドごと身体を縦半分に削り取られていたからだ。
さて、どう″反撃″したものか‥‥。
「はっはははぁ!管理局の隊員なんてしょっぱいですねぇ!歯応えありませんねー!このアイズレスに手が出ないとは!」
「ふざけた奴にボッコボコとは、管理局の力も対したものでもないな、勘弁して欲しいな」
見たことのないバリアジャケット、見たことのないデバイス、見たことのない術式、そして見たことのない″種族″の女。色々見てきた自分でも流石に″トンボみたいな機械の複眼″を持った奴は見たことない。
目無し(アイズレス)とは良く言ったものだ。
とりあえず気配が飛んで来た場合はそっちに向かって散弾撒き散らして相殺を狙っている。だが、ほとんどの場合は散弾ごと自分を食い散らかさんと言わんばかりにドコドコ周囲の空間を削っている。回避に徹するだけである。
とはいえ、周囲が木々に覆われている現状だからだろうか、奴の視界の内に入っている部分にだけ″空間攻撃″は行われている。空間を認識した上でその部分に亜種型の転送魔法を発動していると見るべきなのだろう。そのための空間認識と視野を拡張する複眼だ。
「さて、どう出たものか‥‥‥」
とりあえず、相手の足元に魔力弾を大量に叩き込むとしておこう。散弾気味にアイズレスの足元へと数百発撃った、案の定ボスボスと音を立てて土煙が上がる視界を奪うくらい出来ただろう。しかし問題があった、何発かアイズレスへ直撃しかけたのだが、奴の目の前で弾は一瞬消え、その後奴の真後ろで再び現れるとそのまま地面へと着弾した。
防御系の転送魔法。ミッド系には無い術式だ、それも相当高度な物。‥‥‥これはどうにもマズイ。
「どうにもならないな、退避して体勢を立て直そう、撤退するぞ!全員違う方向に逃げろ!一緒に居ると巻き込まれて死ぬぞ!」
「逃がすもんですかってねぇっ!!!」
「悪いけど逃げるさ」
アイズレスの周囲にある木々の根元へ向けて誘導弾を撃ち込む。綺麗に根元を半分穿たれた木々はアイズレスに向けて倒れ込んだ。
「なっ!!?」
「転送魔法は高度な演算が必要だろ?それにお前の防御系転送魔法は対象の座標を瞬時に置き換えている‥‥はずだ、移動系の魔法に演算を割く余裕もなければ、ずっと演算し続けるほどの処理も無理、‥‥‥だから″潰されておけ″」
「こんのぉ!くそが!」
ズドムッッ!と木々はアイズレスを押し潰した。とはいえ、あの程度で無力化出来るわけでもないだろう、すぐに復帰されるのは目に見えている。だから任務だけを優先させてもらうことにする。
「各員速やかにユーノ・スクライアを確保しろ!」
「ファー!」
「はいユーノ君は逃げててねー」
「なのはも逃げてるし!」
ばっこんばっこん金色の魔法がなのはとユーノの真横をかっ飛んでいく。空を飛んで逃げることも視野に入れておきたいところだが、飛べないユーノを落っことしたら大変なので二人して徒歩による逃亡である。
間抜けである。
「早く渡して!お願いだから!」
「理由を言わないで渡せだなんておこがましいの!」
「どうせヤバイことにしか使わないだろ!?知ってるよ!これヤバイもん!」
「‥‥くっ!」
『お嬢、もう言葉での会話に意味はない、さくっと潰してやれ、二人に渡す意志はもうとう無いのだ』
金色の魔力弾が二人に向けてかっ飛んで来る。完全な直撃コースであり、なのはは防御魔法を即座に展開する。衝撃、反動を制御するために真後ろに一瞬だけ短距離加速をかける。″ユーノ″が真後ろに立っていることを忘れてだ。
「やべ」
「あっ」
通常、普通の魔導師の短距離加速の推力はプロペラ機くらいなのだが、如何せんなのはの短距離加速はジェット機くらいあるのだ。トラックが軽く吹っ飛ぶ程度の力がユーノの真ん前で発生したのである。案の定、ユーノは真横にブッ飛んでいった。
魔法による″強化″の無い生身のユーノは家をぶち抜いて反対側の道路まで飛び出した。さっきは自分が一緒に飛んで行ったので、ユーノにも物理保護を働かせていたが、今度は完全に生身である。
『‥‥‥おい、仲間が飛んでいったぞ』
「‥‥こんなことしたくない!早く渡しっ‥!」
「退け」
『ディバインシューター最大砲撃、短距離加速開始』
冷たく、ゾッとするほど澄みきった殺気。砲撃はフェイトにとって一瞬の閃光にしか見えなかった。桜色の閃光。防御が間に合ったのが彼女にとって奇跡のような速度だった。
網膜が焼ききれそうなほどの光、″本気で殺しに掛かっている″かのようなプレッシャーと衝撃。一瞬が長く感じられた、背中に嫌な汗が噴き出しているのを直感した。
「いい加減にっ‥‥」
その光の中から飛び出す何かを見つけた時、既にフェイトの腹部にはカノンモードへと変型したレイジングハートの先端が深々と叩き込まれていた。抉るような痛み、内臓がひっくり返されたかのように全身に悪寒が走る。それよりも、防御をやすやすと物理的に破壊されたことにフェイトは驚いた。
いや、物理的にではない。フェイトは腹部にめり込んでいる物を視認した。桜色の槍のような物がめり込んでいる、凄まじいまでの圧縮率で固定化された魔法である。これなら自分の防御を貫通出来るはずだ、と何故か感心していた。そして何を″圧縮″しているのかわからない事に恐怖した。
「ちゃんと会話してほしいんっだけどなぁっっつ!!」
『亜種型(アナザー)ディバインバスター、零距離砲撃、どうぞ』
「この馬鹿ヤロウ!!!!!!」
フェイトの腹部で桜色の閃光が炸裂した。今までまともに攻撃を受けていなかったが、正直に言って想像を絶するほどだ。だんだんと意識を削られるなんて物ではなく、根こそぎ全てを抉っていくかのような物だった。ただで済むはずが無い、すぐにそれが理解出来た。
自分の反射神経は良い、″姉上殿″や″師範″には良く誉められていたが、てんでそれが良く理解出来ていなかった。先が″読める″のに反射神経も何もないはずだと思っていたからだ。だが、動きが全く″読めない″今、攻撃を捌けてる自分が反射神経良いんだろうなとトヨヒサは微妙に認識していた。
視覚の端で捕らえていた白衣の人の蹴りを側転で避けつつ、盾持ちの人のブレードをエルキドゥで弾く。そのまま身を捻り、身体全体で大剣であるエルキドゥを振り回す。
「よいっ‥‥しょっ!」
エルキドゥは白衣の人をするりと通過して盾の人のブレードに直撃し火花を飛び散らした。どんな手品をすれば攻撃が″素通り″するなんてチートくさい事が出来るのか。トヨヒサはブレードに直撃した反動を使いそのまま後方へと飛ぶ。
「‥‥セイト、たまには防御してくれ、こちらまで攻撃が素通りしてくる」
「レオ、君なら捌けるだろ?信用してるのさ」
「‥‥‥なら早めに終わらせるぞ、いつか本当にあの大剣が直撃しそうで困る」
「わかってるさ」
″良い間柄″の空気を醸し出す二人。正直、どういった手で攻めるべきか悩んでいる、どこをどうしようと二手三手先を読まれて攻撃を潰され、反撃をくらう。まるで全部予知して‥‥‥いや、″予測″しているみたいだ。
「余裕寂々で処理されそうで御座る、なんとかしてよエルキドゥもーん」
『どーしたんだいトヨタくぅん、そんなに困ってしまって、君はまったくバカだなぁ』
「エルキドゥもんだって~」
『バカとかマジで失礼じゃのう、マジ万死じゃし、というかもういい加減にさっさとせい、悠長にしてるとお前の″金髪殿″が落ちるぞ』
「‥‥‥場所は?」
『もう、かなり離れてる、相手のあの茶髪小娘のスイッチが入ったようじゃぞ?』
「速攻で行くで御座る」
ズゴンッ!という爆音と共に足元のアスファルトと真後ろの家が吹き飛び、トヨヒサはセイトへと突撃した。容赦なくエルキドゥを下から上に向けて振り抜く、セイトは余りのスピードに反応出来なかった。しかし刃はセイトを素通りし、空振りに終わる。
「特攻か‥‥?!だが!!」
「特攻じゃないで御座るよ」
トヨヒサは振り抜いた勢いのままエルキドゥを真上に″投げる″。そして左拳を音速を超えてセイトの鳩尾へとぶち込んだ。ゴズンッッ!!と鈍く低い音が響き、セイトはくの字になって真後ろに吹き飛ぶ。
「‥‥‥がぁ?!」
「あなたの予想外や認識外の攻撃は通る、すんごい反射神経で御座るなぁ、全ての攻撃に対して透過術式のタイミングを合わせるなんて、まぁ、″それより速ければ″良いだけで御座るけど」
「セイトっ!!」
素手のトヨヒサに対してレオは即座に間合いを詰める。対してトヨヒサは前に出されたレオの盾に掌底を叩き込む。しかしレオの恵まれた体格はその掌底の衝撃をもろともせずに前に突き進んでくる。
「その程度では‥‥‥!!」
「まぁ、止める為じゃないんで御座るけど」
ゴゴン!と超低音が響いたと同時にトヨヒサの足元のアスファルトがめくれあがり、何故かレオの盾の手元のグリップがへし折れていた。
「衝撃を伝導させて内側へ攻撃するか‥!」
「あら、もうバレたで御座るか」
「見れば‥‥!!」
レオは壊れた盾を蹴り上げ、そのままつばぜり合いの要領でトヨヒサを抑えに掛かる。トヨヒサは刃に触れぬようにレオの握り手部分を抑え込む、が、その剣のグリップの方を気にしてはいなかった。
「わかる‥‥!!」
その剣は拳銃から刃がグリップの延長線上に生えているかのように作られていたのだ。そう、拳銃の銃口はトヨヒサの方を向いていた。
炸裂系の魔力弾がトヨヒサの顔面へと直撃した。眼鏡が吹き飛び、破片の一部がトヨヒサの左眼球を抉り、水晶体をぐちゃぐちゃに崩壊させたのだ。飛び散る血と肉片。そして″銀色″の光。
『イグゼクスシュリンクブースト』
「貴方相手なら、片目等安くないで御座るよ」
銀色のリングがトヨヒサの両腕に現れた直後、レオはとんでもない速度で吹き飛ばされていた。まるで圧縮された何かに押し出されたかのようにレオは感じられた。