ちょっと性格の悪い魔術師が「記憶消去魔術」を使えたら   作:ジョク・カノサ

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伝達ミス

 重く鈍い音と地面が揺れる感覚。それらを背に転がり込んだ状態から立ち上がり、間髪入れずに走り去る。

 

「ウィンザー殿!」

 

「距離を取るぞ! なるべく木を背にしながら走れ! 罠はもう気にしなくて良い!」

 

 ミカエルと合流しヤツの居た地点から逆走する。またもや背後でヤツの全身を地面が受け止める音が聞こえて来る。

 

 巨体で空中に飛び上がってのストンプ攻撃ぃ? 全然元気じゃねーか! 死にかけに見えたのは演技だったのか? 魔獣の分際で小賢しい真似しやがる! 

 

「……っ! トゲが来る! 隠れろ!」

 

 肩越しに見たヤツは飛び上がっておらず、さっきのような青い光を発生させていた。俺達が別々の木の裏に隠れ、数瞬後に大量のトゲが放たれる。今度は全方位じゃない、俺達の方向に集中させている。

 

 ストンプとトゲの使い分け。イラつくほど小賢しいな! 流石に複数のトゲの操作は出来ないようなのが救いだが。

 

「このまま逃げ続けるのですか!」

 

「いや、ここまで来たら仕留めるぞ! どっかで攻撃に転ずる!」

 

 このまま逃げても罠の設置範囲内に居る限り居場所は特定され続ける。加えて魔獣はしぶとい上に回復力も高い。あの傷が原因で死ぬのを期待した持久戦は避けるべきだ。

 

 剣山の上から攻撃をぶつけるのは効果が薄い。狙うとすれば既にデカい傷のある腹だが、ストンプとトゲの合間を縫って腹にピンポイントで攻撃するのは相当難しいぞ。

 

 ……いや、行けるな。またアイツに囮をやって貰わなければならないが、そこは口八丁でゴリ押そう。それで好感度が下がったのであれば全てが終わった後に記憶を操作すれば良い。

 

「おい、ミカ──」

 

「ウィンザー殿」

 

 声が被る。俺は左を、ヤツは右を。際限無く飛んでくるトゲの()を背に距離を空けて互いに向き合っている状態。

 

 ヤツの表情は何かの決心をしたように張り詰めていた。

 

「狙うは腹、でしょう?」

 

 それは俺が提案しようとした案そのものだった。その先に続く言葉も理解しているように見える。俺が腹狙いの攻撃をしていたのを見ていたとはいえだ。コイツの思考には俺に近しいものがある、のか? 

 

「ああ、だがその為には」

 

「私が囮になる必要がある。……貴方には既に借りがありますからね」

 

 ん? 

 

「私の復讐に巻き込もうとした事。気を失った私を労わらせ負担を強いた事。私は、自分の人格が歪んでいるのを自覚しています。それでも──受けた借りはそのままにしておける性分ではないようです」

 

 お、おお。なんか説得するまでも無く乗り気だな。前者はまだしも後者は存在しない借りなんだが、一々気にするんだな。破滅願望持ちのイカれたヤツかと思いきや根っこの方は意外と真面目なのか? 

 

 まあ、良い。スムーズに事が運ぶのは歓迎だ。

 

「分かった。ならお前は──」

 

「今です! 私が注意を惹きます! ヤツの攻撃が私に集中した隙に先程のような攻撃を!」

 

「え、ちょ」

 

 そう言い残し、トゲの嵐が止まった隙を突いて止める暇も無くミカエルは木から離れる。動き出した先は俺の想定していた方向じゃない。

 

「そっちじゃねえ……!」

 

 ミカエルが進んだのは森の中。つまりアイツは自分が囮をしてる間に俺が草木に潜みつつヤツを攻撃する想定でいる。

 

 違えんだよ! 俺が想定してたのはお前がさっきの開けた空間にヤツを誘う! んで木の無い明瞭な視界を確保しつつ、ストンプを誘発させてその勢いに下から〈刺岩〉を合わせて大ダメージ! 確実な死! だったんだよ! 

 

「だがもうアイツのプランで行くしか」

 

 今更プランの訂正を伝えても混乱させるだけだ。こうなったら全力で目的を遂行して貰う方が良い。

 

「やってやるよ……! ──頼んだぞ! ミカエル!」

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 借りを返さなければならない。その思いは確かにある。

 

「はっ……はっ……」

 

 無数のトゲ、空中からの踏み潰し、そして少し前からそこに織り交ぜてきた単発の操作されたトゲ。それらからひたすらに逃げ回る。

 

 鼓動が高鳴っている。私はここで死ぬわけにはいかない。復讐を、私に無関心だった全てに真実と混乱を。

 

 なのに何故、借りがあるとはいえ命の危険すらある囮役を望んで果たしているのだろうか。

 

「くっ……んっ!!」

 

 脇腹へと飛んでくる操作されたトゲ。右手を壁にして防ぐ。

 

 足は止めない。刺さったトゲを抜き、術で治癒しながら前に進む。背後から鈍重な衝突音と衝撃が響く。

 

 復讐の為に何としてでもこの場を切り抜けたいからだろうか。その覚悟が命を秤にかけさせているのだろうか。

 

 ──違う。少なくとも今、この命の賭場の中で思い浮かべているのは、私の復讐を目の当たりにした者達の媚びの表情が歪む様子じゃない。

 

『──頼んだぞ! ミカエル!』

 

 あの激励が、頭の中で木霊(こだま)している。

 

 走り、隠れ、受け、治し、走る。そうして五分ほど逃げ続けた頃。その場で停止した魔獣が何度目かの青い光を発し始めたのを見た私は、疲労から足元を乱して。

 

「あっ……」

 

 地面に倒れ込んだ。支えにした手に広がる冷たい感触。どうやら森を流れる小川の石に躓いたようだった。

 

 すぐさま後ろを振り返る。そこには準備を終え、今まさに私へとトゲを発射しようしている怒り狂った魔獣の姿。

 

 距離はそこそこに空いている。だがその間を遮る遮蔽物は何も無く、近場に隠れられるような太い木も無い。

 

 ──あの魔獣から逃げている最中、何度か私とは異なる方向にトゲを発射していたのを見た。あれは恐らくトラップを踏んだ彼に対する攻撃。

 

 この策の目的は私に意識を向けさせ、その隙に潜んだ彼があの魔獣の認識外から攻撃を仕掛ける事。しかし、潜む過程でトラップを踏めば自分にもう一人が近づいていると魔獣にバレてしまう。そしてそのトラップは事前の回避が困難。

 

 つまり私は試行回数を稼ぐ必要があったのだ。魔獣による地上でのトゲ攻撃の選択、そして運良くトラップを踏まずに魔獣へと近づけた彼。その状況を成立させる為に。

 

 十分にも満たない時間。上手く稼げたのかは分からない。彼はやってくれるのだろうか。

 

 もしかすると、私を囮にして逃げたのではないか。死の予感に乱れた息の中でそんな事を思ってしまって、目の前の光が高まっていって。

 

「──〈刺岩〉!!!」

 

 彼の声が聞こえた。

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