ちょっと性格の悪い魔術師が「記憶消去魔術」を使えたら   作:ジョク・カノサ

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小悪党と人でなし

「嘘つきだね」

 

 ケスタはそう呟き、ほつれと汚れが目立つ地味な婦人服を崩れかけの家屋の床へと脱ぎ捨てた。ゆったりとした長いスカートの下からは引き締まり、幾つもの傷が目立つ両足が露になる。

 

「嘘、つき?」

 

「アイツらの事さ。いかにも何かを誤魔化してるって雰囲気が臭う臭う」

 

 ケスタが婦人服の下に着ていたのは元の服装とは真逆の、激しい運動という目的に適した露出度の高い服装だった。

 

「ああは言ってたけど金持ちなんだろうね。小奇麗さが拭えてないし、全員が全員上等な服を着てたよ。なら傭兵の質は確かだろう。偽るとすれば目的か、素性か、道程か……まあなんにせよ、仕事が困難になるレベルの警戒は感じなかった。惜しい事にあの男は寝てやっても良いくらいにはタイプだったけど、残念ながら」

 

 腰のベルトにぶら下がったホルダーからそれを抜き、磨かれた小ぶりな刃を確認すると同時にケスタは獰猛な笑みを浮かべた。

 

「カモだ」

 

 盗賊。それがこの二人組、ケスタとディスマの生業である。

 

 盗賊団等の集団には身を寄せず、常に二人組で各地を転々とし輸送中の馬車や旅人から金品と衣食を強奪、その日暮らしを行う。

 

「ツイてるよアタシらは。こんな辺鄙な場所でどう見ても訳アリの金持ちと出会うなんて。メルクーアに向かう前に稼ごうじゃないか」

 

 直前の会話の中で真実なのはメルクーアへ向かうという点だけであり、魔獣に村を襲われた云々は相手の同情を誘い警戒心を緩める為の嘘。ケスタが旅人と遭遇した際に好んで使う手口だった。

 

「ほら行くよ。月も隠れた。見張り以外の何人かはもう寝ちまって、見張りの集中力も落ちてる頃合いだろう」

 

 既に夜は深く沈んでいる。魔枯石が放つ光が完全な暗闇を阻害してはいるが、盗賊にとってはこれ以上に無い好機だった。

 

 動きを阻害する服を脱ぎ、得物を確認し、髪を括る。盗賊としての姿を晒したケスタは今すぐにも動きたかった。しかし、ディスマは自らの荷物の横で座り込み俯いたまま動こうとしない。

 

「──また、盗みたくないなんて言い出す気かい?」

 

「っ!」

 

 ケスタはその目の前に立ち、下を向いたその顔を掬い上げ無理矢理に視線を合わせる。

 

「最近のアンタが何を考えてるのか知らないけどね、今更盗みを辞められるだなんて思わない事だね」

 

「……」

 

「奪って殺して騙して取り入ってまた奪う。アタシらにはそれしかないだろう? 学も無ければ殺して奪う以外の技術も無い。アンタも頭ん中では分かってる筈だ」

 

 丹念に染み込ませるように、ニヤついた嗜虐的な笑顔でケスタは語る。その間、ディスマは視線を逸らす事も口を開く事も出来なかった、

 

「だからそれだけしてりゃ良いんだよ。アタシに拾われた恩を返す為にもね。……そもそもアンタには盗みを躊躇してる暇なんてあるのかい? ()()の世話をするんだろう? その分の金は自分で稼ぐんだよ」

 

 ケスタが顎で指し示したのは横に置かれた荷物袋だった。底が大きく膨らんだそれを見て、ディスマは少しの間の後に頷いた。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 ケスタが立てた作戦はシンプルだった。まずは丸腰を装った状態でディスマが相手へと接近し、何かしらの要件があると言って見張りの注意を惹く。その瞬間に忍び寄っていたケスタが不意討ちを仕掛ける。

 

 ケスタの予想では見張りは多くて二人であり、その中にはあの傭兵が含まれている。その場合は初手で片方の雇い主を人質に取る事でいくらかの動揺を誘い、その隙をディスマが突く。

 

 見張りが傭兵のみであれば初手の不意討ちと二人がかりで対処する。あの家屋の奥にあった小部屋で就寝しているだろう残りの二、三人が事態に気づく前に、最低でも傭兵を仕留めるのが目標だった。

 

 二人は動き出す。勧められた家屋の残骸を抜け、光の薄い箇所や森と道の狭間を通り暗闇に目を慣らしながらゆっくりと歩く。そうしてターゲット達が拠点にしている家屋がある付近へと時間をかけて辿り着いた。

 

 密集した残骸の間を通り、目的の家屋を隠れながら監視出来る場所を探し、足を止める。そこからは半壊した面から焚火の暖かい光が見えた。

 

「回り込む。私が向こう側に着いたのが視えたら行きな」

 

 ケスタがそこで別れ、残骸に身を隠しながら現在地から反対側へと動き出した。微かな足音が遠のきディスマの周囲は静寂に包まれる。

 

(……また、殺して盗むのか)

 

 ディスマはケスタとの会話経てもなお、葛藤していた。略奪という目的と殺しという手段への疑念。ディスマがこの行為に抵抗を覚え始めたのはここ最近からだ。

 

(分かってる。僕はあの人に付いて行かなきゃ生きられない。金も稼げない。腹も満たせない。それでも……)

 

 堂々巡りの思考。ディスマにとってそれは答えの無い問題。しかしそれを無駄だと切り捨てられない程に、ディスマは揺れていた。

 

「あっ、そろそろか」

 

 しかし現実は迫っている。盗まなければ生きて行けない。そしてもう、今回の盗みは始まっている。思考を中断しディスマはケスタが向かった筈の対面へと目を凝らす。

 

「……あれ」

 

 しかし、そこにケスタの姿は無い。闇夜の中に紛れているのかと視線を集中させてもどこにも見当たらない。

 

 既に動いているのか? 聞き間違いや指示の意図を曲解したのか? ディスマの中に焦りが募り、確認の為に残骸から少し離れターゲットの家屋の奥を覗いた。

 

「……え?」

 

 そこにはケスタの予想と大きく外れ、たった一人──イヴと名乗った婚約相手の女だけが焚火の前に座っていた。

 

「──がっ!?」

 

「抵抗すんなよ」

 

 そしてそれを視認すると同時に、背後からの声と首への圧力がディスマを襲う。抵抗の余地は無く、ディスマの意識は数秒で途切れた。

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