ちょっと性格の悪い魔術師が「記憶消去魔術」を使えたら   作:ジョク・カノサ

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めちゃくちゃ投稿が遅れました。一週間に一話とか言っといてこのザマです。申し訳ない。次回以降はペースを取り戻したい……。


劇的独白

 自意識過剰かな、とは思う。あの人が私を助けてくれたのはただの偶然で、その後に見せた演技に認めるような表情を見せて、肯定の言葉をくれたのはただの気遣いだったんじゃないかと。

 

『実は無理な旅程で疲れていてね。今日はこのくらいにして宿に帰るよ。でも、君とはもっと話してみたいな。またここに来れば話せるかな?』

 

 舞台を降りて数分話した後にこう切り出した彼の表情には確かに疲れが見えた。引き留められる訳もない。

 

 そうして翌日。私はその言葉を真に受けて、休みにも関わらず店内の端にある目立たない席に居座っていた。

 

 まだ朝の店内は時間が緩やかで客入りもまばら。開店前からのびのびと清掃をしてる店員が大きなあくびをするのが見える。

 

 ──いくらなんでも朝からは待ちすぎ? こんな早くに来なくない? でも夜からは()()が入っちゃったし。来てもらうなら夕方までに来てもらわないと。見逃したら嫌だから朝から待ってるのは理にかなってる。というかいつ来るのか聞いとけば……。

 

 そんな感じで自問自答するいつも通りの私をしていると、店の扉が開いた。

 

 そこから現れたのは彼だった。彼は店内を軽く見回した後、すぐに私を見つけて手を振って来た。

 

 昨日と同じ穏やかな表情。私は恐る恐る手を振り返す。

 

 いつの間にか、頬が緩んでいるのが分かった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「昨日のは短劇っていって、普通の劇と違ってオチだけを()るの。だから最初にそれまでのあらすじを説明してたでしょ?」

 

「してたね。それは分かったけど、結構珍しい形態じゃない? 最後の方だけやるなんて」

 

「昔は普通に最初から最後までやってたんだけどね。ちょっと前から今の方式に変わってその理由が……」

 

「一回あたりの時間の短縮……それと主役を変えて何度もやるから、でしょ? でもなんでそんな事をしてるのかまでは、ちょっと分からないかな」

 

「分からなくて普通だと思う。劇の終わりにチップを投げてくれるお客さんが居たと思うんだけど、それって主演(わたしたち)に向けて投げられてるんだよね」

 

「ああ、確かにそれなら主演を変えて回数を重ねればより多くのチップが見込める。ただそんなに上手くいくものかな?」

 

「それが結構上手くいってるの。主演ごとに貰ったチップの枚数を期間ごとに比べて一番多かった人はステラって呼ばれるようになったり、劇のトリを任せられるようになったりするんだけど」

 

「……なるほど。称号や劇の順番に()()を付けてそれを客に操作させてるのか。なら主演それぞれに固定のファンが居たり?」

 

「う、うん。同じ子にいっぱい投げてる人がちらほら居るけど……今のでそこまで分かるんだ」

 

「形は違っても構造が似通った商売を幾つか見た事があるからね。というか、主演の人気が大事なら俺とこうやって二人で話してるのは大丈夫なの? ほら、君のファンに見られて男女の仲って思われたりすると」

 

「ん……そ、それは大丈夫かな。ここは人目につかない席だし、舞台に立ってる時と髪型とか恰好が全然違うから私って気づかれないと思う。そもそも主演っていっても私人気無いし、毎回チップを投げてくれるような人だって全然居ないから」

 

「へえ、ここの常連は見る目が無いんだね。君の演技が一番良かったのに」

 

「え?」

 

「世辞じゃないよ。君が一番演じる事に誇りを持ってやっていた。それは確かだったし、俺はそれが気に入ったんだ」

 

 

 

 ☆

 

 

 

 子供の頃、この都市に旅芸人がやってきた事があった。

 

 彼らは広場で劇を披露した。邪悪で狡猾な魔獣を知恵と勇気と優しさで討伐する親子の話。私はそれに夢中になり、特に母親役をやっていた名前も知らないお姉さんの演技に心惹かれた。

 

 それから色々あって親に捨てられて、オーナーに拾われて、この店で働き始めた私に幸運にも演じる機会がやってきた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「結局真剣な演技なんて誰も求めてないんだよ。真面目にやってるのは私以外居ない。みんな演技は適当だし、セリフも勝手に変えるし、なんなら内容すら弄るんだよ? 台本無視してバカみたいにくだらないオチにするの」

 

「アドリブってやつ?」

 

「そういうのはアドリブって言わないよ! ……それにずっとステラに選ばれ続けてる人なんてさ、もう演技なんてそっちのけ。薄着でわざとらしく男の人煽ってるだけだもん。この前なんてもうただのストリップだったし」

 

「あー……確かに夜の酒場でやるならそっちの方がウケそうだね」

 

「……そう、そういうのが人気になるっていうのは分かってる。でも」

 

「真面目に演技をしたいんでしょ。良いんじゃない? 人気が無いっていっても昨日は結構ウケてたみたいだし、そういうのが分かる人も中には居るさ」

 

「あ、昨日はその自分でも会心の出来だったというか、多分貴方が……」

 

「?」

 

「ん、ううん。なんでもない」

 

 

 

 ☆

 

 

 

 私が目指したのはあの日見たお姉さんの演技。役に入り切った感情溢れる、それでいて繊細で真剣な演技。

 

 だけど、この店で受け入れられるのはそういうのじゃなかった。あくまで劇は催し物の一環であって、お酒の席のお客さんは分かりやすく刺激的なものを欲しがった。

 

 他のみんなはそれに応えてるし、それは今の短劇の形式になってからもどんどん顕著になってる。

 

 つまりはまあ、いつまでも変わらずド真面目に演技をする私を褒めてくれるお客さんなんてのは今までに居なかった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「あの劇は単なる悲恋モノじゃないと私は思ってる。自分の醜さを理解していた騎士の言葉を聞いて、今まで無自覚に自分は奇麗で輝いていると信じていた姫が打ちのめされる。その機微が大事なの」

 

「なるほど。確かに純粋な悲恋モノにしては迂遠な言い回しが多かったかな」

 

「本来はそれまでの流れがあるからそこも強調されるんだけど、オチだけやるとやっぱり伝わりにくいよね……」

 

「でも少なくとも俺は予備知識無しでも何かを感じたよ。終わり際の表情が悲しみというより絶望を浮かべてるように見えたから」

 

「本当? 本当にそう見えてたっ?」

 

「見えてたよ。そんなに疑うこと?」

 

「う、うん。演技の感想をちゃんと言ってくれる人なんて今まで居なかった──って」

 

「あーやっぱハイネだ。休みなのに店来てると思ったら、朝っぱらから男連れ込んでんの?」

 

「……この人達は?」

 

「……どっちも私の姉、一応。血は繋がってないけど」

 

「はあい、シリーン・シュタットでーす。お店じゃ見た事ないけどぉ、お兄さん誰?」

 

「俺は……」

 

「あ思い出した。昨日ハイネを助けたって人じゃん。あの時はチラっと目に入った程度だったけど、こうして見ると結構──ああなるほど。だからアンタ昨日の夜、余所行きの服の相談なんてしてきたんだ」

 

「それ私のとこにも来たー。珍しいなって思ったけどそういう事? でもいつもと変わらないような」

 

「日和ったんでしょ。相談しといて結局選んだのがその芋っぽい格好ってのはアンタらしいというか──」

 

「ちょっと!もう良いでしょ! 二人共仕事に戻ってよ!」

 

「はいはい。それはそうとアンタ、今日の()のこと忘れてないでしょうね。オーナーに恥かかすなんてことないように」

 

「じゃーねー。ごゆっくりー」

 

「……元気なお姉さん達だね。というか、もしかしてあんまり仲良くない?」

 

「うん、まあ……さっき言ったステラに選ばれ続けてる人っていうのがあの二人なの。基本はベロニカ姉……あ、銀髪の方ね。がずっとステラで、たまに金髪の方のシリーン姉が勝つっていうのがずっと続いてる。私も含めて、他の子は全員あの二人の引き立て役」

 

 

 

 ☆

 

 

 

 だから初めてだった。演技、それも表情の変化にまで気づいて感想を言ってくれること。私なりの劇の解釈に耳を傾けて理解してくれたこと。少なくともこの場所で演技を続けている以上はそんな機会があるとは思ってなかった。

 

 誰にも理解されず、いつかそれが許されなくなるまでの自己満足。そう覚悟していたのに。

 

 トラッシュ。どこから来たのか、なんでこの場所に来たのかも知らない、会ったばかりの人。

 

 でもこの人に認めて貰えるなら。他の誰に見てもらえなくても。私はどこまでも理想の演技を追いかけられるかもしれない。

 

 昨日からずっと続く余熱。今までの自分が肯定されていくような、ずっと身を任せたい感覚。

 

 ただ、それを邪魔するものもあった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「夜会?」

 

「うん。さっきベロニカ姉が言ってたのはそのこと。()()()()()()()()()()()? 少し前からここで活動して、ファミリーの人達と良く揉めてる人が居るって」

 

「ああ、タイヨウの集いだっけ」

 

「その人達が定期的にやってるっていう夜会に招待されたらしくて……正直行きたくないんだけど」

 

「断れない理由があるんだね」

 

「オーナーの頼みだから。その人達にここの経営でお世話になってるらしくて、行かないって選択肢は……うん、無いかな」

 

「それで? 俺への頼み事って?」

 

「──私に付いてきてほしい。護衛として」

 

「護衛……」

 

「夜会の参加者には護衛を付けるよう言われたんだって。オーナーはこっちで用意しておくって言ってたけど……私は、貴方に来てほしい」

 

「……」

 

「私が出来る範囲で報酬は払うし、豪華な食事も用意されてるって話だから良い思いは出来ると思う。……あっ、ごめんね。昨日助けてもらったばかりなのに早速頼み事なんてして。でも、出来るなら貴方に……トラッシュ?」

 

「──うん、分かった。引き受けるよ」

 

「本当!?」

 

「俺なんかで良ければね。昨日も言ったけど荒事はからっきしだし、護衛というのは頼りないかもよ」

 

「多分、大丈夫。護衛って言っても物騒な事は起こらないと思うし」

 

「そう。出席するのに何か必要なものはある?」

 

「会場に入る時に招待状が必要なんだけど、それは私が持ってるから大丈夫。服装も護衛の人は自由で良いと思う。オーナーには私が話を通しておくから」

 

「了解。なら俺はこれから準備をしてくるよ。自由と言っても多少は身なりを整えておきたいからさ」

 

「あ、うん」

 

「夕方頃にまた来るから、その時に。──またね」

 

 

 

 ☆

 

 

 

 そうして彼はあの時のような優しい笑顔を見せて店を出て行った。

 

 ……夜会の話を伝えてきた時のオーナーの表情。あれは何か後ろめたいことを隠しているような顔に見えた。もし、私が夜会に呼ばれたことが関係しているのなら。

 

 ──大丈夫。何かあっても、彼が一緒に来てくれるなら。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 昼時であっても薄暗い、大通りから外れた路地。そこで二人組の粗野な見た目をした男が腰を下ろし、くだを巻いていた。

 

「金、結構あったのに一瞬で使い切っちまいましたね、兄貴」

 

「……お前も楽しんでたじゃねえか」

 

「そっすね……まあ好きに使えって言われて渡された金ですからね。あんなに奇麗な姉ちゃんにちゃんと相手してもらったの、何年ぶりかなあ……お」

 

 二人の会話に混ざるようにして甲高く、重い音がそこに届く。

 

「鐘が鳴ってますね。……兄貴、もうファミリーに頭下げに行くしかないんじゃ」

 

「アイツらだって今は上手くいってねえだろ。頭ァ下げるにしても、アイツらとやりあってるっていうなんとかっていう集まりの方が──」

 

「ちょっと良いですか?」

 

「ああん──って、テメエは……」

 

「あっ、昨日の」

 

 二人組が声の方へと視線を向ける。そこにあったのはまだ二人の記憶に新しい、見知らぬ女を助ける為に自ら金を手放した奇妙な男の姿だった。

 

 男は優し気に微笑む。僅かに射し込む日の光を遮りながら浮かんだそれは。

 

「お二人に頼みたい事がありまして。報酬は昨日の三倍を用意しています」

 

 悪魔の誘いのように、二人組の目に映った。

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