最期の瞬間を迎えるエラン=ケレス(4号)の独白
4号→スレッタの悲恋(?)短編

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" Dear "

 

「ーーー……」

 

 掠れた、呻くような吐息だけが暗闇の中に響いていた。

 

 

 霞む視界を埋め尽くす灰色だけの世界。窓も照明もない機械仕掛けの牢獄の中、拘束具に繋がれた枯れ木のように色を失った手足が、ただ力なく項垂れている。

 

 さながら標本に飾られた虫のよう。拘束を解こうとする意志はもはや無く、絶えず鈍痛に苛まれ重く暗濁とした意識は、本当に自分が目を覚ましているのかさえ疑わしい。

それでも眠りに落ちることは許されず、朦朧と揺れる自我は現世と常世の狭間を延々と彷徨うばかり。

 

 

 GUND-ARMと呼ばれるモビルスーツが抱える呪い。

 

 かの決闘の最中(さなか)、GUNDフォーマットにより限界にまで機体(ファラクト)と繋がった体は、許容値を遥かに超えるデータストームに晒された結果、もはや全身の神経が修復不能と云われるまでに焼け爛れていた。

 

 五感はとうに役割を放棄し、痛み以外の何を生み出すこともできない体。四肢の先端から渇いた砂となって崩れ落ちていくような、一秒ごとに肉体が死んでいく感覚。身体を縛る拘束具だってただの飾り。これが無ければきっともうまともに立つことさえ叶わない。

 

 

 霞む視界の向こう、部屋の奥にポゥっと灯る蝋燭のような明かり。

 記憶の奥に在るような温かなものではなく、ゾッとするような低い駆動音と共に徐々に色を強めていくソレの正体を、少年は誰よりも理解していた。

 

 

 此処に在るのは機能(やくめ)を果たせなったガラクタ。もう動かせもしなくなった人形が、処分の時を待っているだけ。

 

 

 

 

 (いつかは……こんな日が来るんだろうって思っていた)

 

 

 初めは、もしかしたら希望を抱けていたのかもしれない。

 

 ペイル・テクノロジーの重鎮、エラン=ケレスの影武者として、その使命を全うする。

 GUNDの研究(呪い)を代わりに引き受け、アスカティシア学園を舞台に行われる決闘ゲームに勝ち越し、ベネリットグループ総帥の娘ミオリネ=レンブンランの婚約者の身分を手に入れる。

 ああ、そうすれば……見返りである市民ナンバーを手にすることさえ出来れば、学園に通う他の生徒達(彼ら)と同じように、遠く果てもない、眩ゆいほどの未来を描けていくのだと……

そんな儚くも幼い(願い)を思い抱いていた。

 

 

 けれど現実は想像よりも遥かに残酷で。

 

 人間の肉体と精神を蝕むGUNDの呪い。軍需発達のため、未だ開発過程の技術を強引に推し進めるペイルテクノロジーにとって人体の安全など重要視するものではなく、用意されたのは“強化人士”と呼ばれる使い棄ての駒達。

 

 協定の影に隠れ行われる。決して公にはできない人体実験の数々。

 パーメットに適合できない体はそれだけで深刻な拒絶反応を示し、そのたびに投与される薬品の量も増えていく。人体の苦痛を和らげるためのものではなく、あくまでGUNDフォーマットとの親和性を強制的(ムリヤリ)に高めるため。副作用が被験者へもたらす悪影響(苦痛)など憂慮されている筈もなく、日々積み重ねられていく痛みは幼い希望(ココロ)を折るには余りあるものだった。

 

 GUNDと繋がるたび幾度となく味合わされた、あの脳に直接を手を突っ込まれるような忌まわしい感覚。機体への同調を深め、部品(パーツ)としての役割を発揮するほどに、酷使された神経は擦り切れるように摩耗し、代わりに本来あった人間としての機能も失われていく。

 

 それは脳細胞(頭の中)とて決して例外ではなく。強化人士としての施術を重ねるごとに削れ落ちていく過去の記憶。

 自分でさえ気づけないほど徐々に、けれど確実に。

 温かった思い出。自分を大切に想ってくれた人の顔。ああ……自分はいったい(だれ)のことを想って、この役割に身を落としたのか……。始めに抱いた決意(想い)さえも、白霧の向こうへと溶け次第に思い出せなくなって。

 

 鏡の前に立てば、その中に映る自分ではない者の顔。けれど元のソレがどんなものであったか。たとえ本来の(じぶん)に戻れたところで、それを待ってくれている人はこの世に居るのか。もう、それさえも曖昧で。

 

 自分という存在が世界から忘れ去られていくような孤独感。自分が自分でさえ無くなっていく恐怖に……改めて思い知る、『4号』という(自身の)名が持つ世界の残酷さ。

 使い棄ての消耗品。代わり(スペア)など幾らでもいる代替品と。自分だけはそうはなるまいと必死に叫んでいた声も、もう目前にまで見えてしまう自身の活動限界(寿命)を前に、いつしか口を閉ざし、希望を持つことも叶わなくなっていく。

 

 

『じゃあ、なんだって身代わりなんて引き受けたんだ?コイツが呪われた機体だってこと、知ってるんだろ?』

『さあ……けれど僕はとっくに、呪われてるよ』

 

 影武者として極力目立たないように。滞りなく”次の者“に繋げられるようにと、他者との関わりを絶った学園生活も、決して“命令だから”と従っていたわけではない。

 想い想いに明日(未来)を描ける彼らの姿は、それだけで今の自分には眩しすぎて。棄民だった頃に比べれば遥かに恵まれているであろう食事や生活も、日々着実に死へと近づいていく身には、終わりへの恐怖を助長するものでしかなかった。

 

 無暗に欲を抱いてしまうことが怖くて。

 

(それはただ辛いだけだから)

 

 “もっと生きていたいと”。そう叫ぶ心に向き合うのが何より恐ろしくて。

 

(どんなに望んだところで、変えられない結末(こと)と知っていたから)

 

 いつしか感情を固く閉ざし、氷の中へと沈めていった心。

 他者との関わりを断ち、自身の中だけで全てを完結できる物語()の世界へと没頭していったのも、必然的な流れだったのかもしれない。

 

 

『僕が誰かを好きになることなんてないよ』

 

 溢れでた吐露は紛れもない本心で。

 

 絶望と達観に埋め尽くされた心。

 ああ……“いまこの瞬間”だって。決して覚悟を抱いてこなかったわけではない。

 

 指名を果たせぬ強化人士に次は無いと、幾人の”前任者“が消えていったというこの部屋。

 その中で行われる光景(こと)を……想像しなかった筈がない。恐れなかった筈がない。

 

 何ども悪夢(ユメ)に見て。魘されて。

 それでも、逃げることさえ叶わなくて。

 

 ああ、きっと最期の瞬間だって。

 何に希望を抱くことも出来ないまま、世界の全てを怨み、呪いの言葉を吐きながら死んで行くのだとーーーずっと、そう思っていた。

 

 

 

 

 

 

(……でも)

 

 

「ーーー……」

 

 パキリと。渇き色を失った唇が割れる。

 次第に色を強めていく光を眼前に、ヒューヒューと掠れきった喉を鳴らしながら、何事かを呟こうと口を動かす。

 

 やめておけばいいものを。このまま目を瞑ってしまえば、溢れ出しそうになる恐怖だって少しは和らぐかもしれないのに。

 

 それでも頑なに。枯れ果てた唇を必死に動かしては、何かの言の葉を紡ごうと息を吐くのをやめない。

 

 

 揺れる光の中に垣間見る陽炎のような思い出。簡素なケーキの上に灯る一本の明かり。

優しい微笑みを浮かべる貴方の……けれどもうその声を思い出すことはできないから。

 だから未だ耳に残る、“君”の旋律をそっと思い出すように。大切に綴るように

 

 

 

「Happy……Birth、day……to……you」

 

 

そう……目を閉じれば、いつだって思い出すのは君の姿。

 

 スレッタ=マーキュリー。

 この太陽系で人が住むには最も難しいとされる水星から訪れた異端の子。

 呪われた機体を駆使し。初めての登校、初めての決闘で、当時最強(ホルダー)の名を(ほしいまま)にして来たグエル=ジェタークをも圧倒し……

 

『GUND-ARM--……” ガンダム ” 』

 

その光景。その衝撃は今でも覚えている。本の世界に逃げていた筈の目を思わず引き戻され、奪われていたほどに。

 

 

 21年もの沈黙を破り現れた禁忌の機体を前に、瞬く間に躍起立つベネリットグループ上層部。

 ペイルのCEO達もまた、かの機体の正体を逸早く確かめようと被験体である僕に彼女達への接触を強要する(もとめる)ようになった。

 

 

 けれど……

 

『君のことをもっと知りたい』

 

 けれどたとえ命令が無かったとしても、この目は自然と彼女たちへと向いていただろう。

 

 この世界で初めて出会う……自分と同じかもしれない存在。

 同じ苦しみを知り、同じ宿業を背負い。世界で唯一、この孤独と哀しみを分かってくれるかもしれない人。

 

 何が変わるわけでもない。もう自分の末路(ミライ)は決まっていることなのに。

 それでも胸奥に宿る期待と想望を消すことが出来なかった。

 全てに絶望し、ずっと暗闇の中を彷徨っていた自分にとって……君という存在は無視するにはあまりに眩く、温かなトモシビだったのだ。

 

 

『また困ってる?』

 

 ああ、それを抜きにしてもーーー学園に来たばかりの君はどこか危なっかしくて。

 生まれ育った星とは全く異なる環境でたった1人。慣れない学園生活、望まぬままに就いてしまったホルダーの身分に翻弄されるままの君へ……任務の必要以上に、手を差し伸べてしまうことだって少なくなかった。

 

 

『あ、ありがとうございます!エランさん!』

 

 その度に触れる君という人の素直さ、優しさ。

 決して気丈な性格ではないのに、『逃げれば一つ、進めば二つ』と、怯える心を何度も奮い立たせて。

決して器用な性格でもないから、何事にも一生懸命に挑むことしか出来なくて。

自分の方が何倍も大変なくせに、いつだって他人を想う心を忘れようとはしない君。

 

(僕には出来なかったこと。辛すぎる現実に、いつしか“無理だ”と手放してしまったことを……君は大切に抱き続けていた)

 

 ガンダムの呪いを一身に受けながら、なおも輝き(明るさ)を失わない君。

 ”やりたいことリスト“だってそう。たとえ残された僅かな時間(寿命)でも、決して希望を失わず、一つでも多くの願いを叶えようと努力する君の姿に……ああ、少なくともあの時の僕にはそう思えていたから……

 

 その健気さが眩しくて。羨ましくて。

 

『リスト……沢山埋まるといいね』

 

 どうか君だけは、変わらぬままでいて欲しいと思った。

 辛い現実にも、残酷な呪いにも褪せることなく。どうか、いつまでもその笑顔が咲き続けて欲しいと……。

 

 胸に灯る淡く温かな想い。名も知らぬ初めての感情は、少しずつ心の氷を溶かしていった。

 

 

 

 ……けれどだからこそ。裏切られた時の失望(ショック)は余りに酷いものだった。

 

 辿り着いたのはまたも残酷な真実。

 真に特別だったのは機体(エアリアル)の方で、君は何ひとつGUNDの呪いなど背負ってはいなかった。

 

 自分が抱いた想いはただの幻想でしかなく……学園に通う他の学生達(彼ら)と同じように、望むべく未来も、夢も、君は当然(あたりまえ)のように持っていて。

 “次の次は保たない”と、宣告されてしまったタイムリミット。

 これからの道は、また独り。結局僕には、君と共に歩んで行くことなんて、初めから出来なかったのだと。

 

 

『君は……僕とは違う…っ』

 

 それが哀しくて。切なくて。

 

 君に惹かれていた理由も。

 初めて胸に灯りかけていた、この温かな想いさえも。

 全て全て、慈悲も無く裏切られてしまったように思えたから。

 

 留めど無く溢れ出る怒りと哀しみ。また胸を襲う果てしない絶望と孤独感に振り回されるまま、君を冷たく突き放していた。

 

 

『鬱陶しいよ……君は』

 

 思い返せば、なんて滑稽な(ひどい)話。

 

 勝手に期待して 勝手に憧れを寄せて。

 そして勝手に、裏切られたなんて絶望して。

 

 いつしか自分に降りかかる不幸や不遇の全てさえも、君のせいだと怨みをぶつけるようになっていた。

 何も知らない君に……ずっと笑っていて欲しいと願っていた君だったのに。

 

 恨みのまま、怒りのまま。いつしか僕自身が呪いを振り撒くだけの存在に成り果てていた。

 

 

 鈍い胸の痛みと共に思い出すのは、今にも泣き出してしまいそうな君の横顔。

ジュエル=ジェタークが激昂するのだって無理はない。

 

 ああ、ともすればこうして独り。冷たい独房の中、誰に看取られることもなく終わりを迎える“今この瞬間“だって、当然の報いだ(相応しい)と思えてしまうほどに……

 

 

 

 

 

 けれど

 

(けれどそんな僕にも、君はーー)

 

 

『今日を誕生日にするっていうのは……どうでしょうか?』

 

 何度冷たく突き放しても

 どれだけ冷たくあしらおうとも

 

 決して諦めてはくれない。

 絶対に見捨ててなどくれなかった君。

 

 

『私が勝ったら――エランさんの事、教えてください』

 

 本当は弱いくせに

 いつだって怖くてたまらなかっただろうに。

 

 どこまでも身勝手で

 

 どこまでも無遠慮で

 

 

『誕生日を祝う人、ちゃんと居ます。私がいます』

 

 

ああ本当にーー鬱陶しいくらいに……優しくて

 

 

 

 

「Happy birhday ……to you 」

 

 叶うことなら、もう一度あって、君に謝りたかった。

 

 君を傷つけてしまったこと

 約束を守れなかったこと

 きっと今も信じて待ち続けてくれているだろう君に……心から謝罪したかった。

 

 

(叶うことならーー)

 

 もっともっと君の傍に居たかった。

 学園を歩み、水星の外の世界に触れ、多くのことを学んでいく君に。

 やりたいことリストだって……「連絡先の交換」だけじゃない。もっと多くのことを一緒に遂げて、ささやかな喜びの一つ一つを大切に分かち合って。リストに載ってないことだって、もっと……もっと沢山

 

 

 

ああーー叶うことなら

 

 

 

叶うことなら……

 

 

 

 

「Happy Birthday……」

 

 

 掠れた喉が希望の歌を紡ぐ。

 とうに枯れ果てたと思っていた涙が瞳を滲ませる。

 

 

 どうか届くように。どうか君に、伝わるように。

 

 最後に灯せるのが、呪いではなく、福音の歌であったこと。

 多くのことを間違えて。失って。もう本当の名前さえ思い出すことも出来ないけれど……それでも”僕”という存在は、最期に君に救われていたのだと

 

 この歌に込められた本当の想い。

 この世界に生まれて来た歓びを、ずっと君が想い抱けるように

 GUNDだけじゃない。僕たちが想う遥かに多くの呪いと悪意で満たされたこの世界で、それでも生き続けていく君に。

 

 どうかその輝きがいつまでも失われないように。

 

 ああ、その行く末がどうかーー

 

 

「Dear “ Sletta” 」

 

 

 目一杯の祝福で溢れていますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 眩ゆいばかりの光が視界を覆う。

 

 

 その身に宿った呪いの全ても、禊ぎ落とすように。

 

 

 

「Happy Birthday toーーー」

 

 

 口元に浮かんだ柔らかな微笑み。

 紡がれた祝福の歌は、微かな余韻を残したまま、光のなかへと溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 




久しぶりにドハマりしたアニメだったので我慢できず執筆。
好物だったのに、もう焼きトウモロコシ食べれないねぇ……(´;ω;`)
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