人の記憶力はいくら鍛えたとしても限界はある。
日々の一分一秒覚えるなんてほぼ不可能。
けど思い出なら永遠に覚えてられる。
たとえわずかな出来事でも、心にはちゃんと残ってるんだから。
これは私が思い出した刹那の輝き。
「美穂、準備出来たかい?」
お父さんが靴を一生懸命履こうとしてる幼い私に話けてくれた。
「うん!できた!」
「そっか。1人で出来るなんて偉いぞ」
「エヘヘ〜」
ゴツゴツした手で頭を撫でられる。
見上げても顔は光で反射して見えない。
「ほら2人共。早く行かないと混むわよ」
「はーい!」
玄関でぴょんぴょん跳ねながらお母さんに手を振る。
今日はお父さんと散歩に行くからお留守番だ。
「行ってきまーす!」
ドアを開け外へ駆け出す。
まだ外の世界が未知だったからかキョロキョロ周りを見てる。
「危ないから手繋ごうね」
「うん!」
ギュッと手を握り並んで歩く。
上機嫌なのか私は腕をブンブン振りながら鼻歌を歌ってる。
向かった先は川の横にある公園。
自然豊かでリフレッシュになりそう。
「それじゃ最初はキャッチボールからしよっか」
お父さんは持っていたスポーツバッグから吸盤が貼られた球と円盤型のグローブを取りだした。
遊び方はキャッチボールと同じだけど捉える作業が無く吸盤が張り付くように構えるだけでいい。
またボール自体もゴム製だから頭とかに当たってもそれほど痛くない。
「よーしっ!行っくよ〜!」
コントロールの定まっていないボールを勢いに任せ投げる。
お父さんは慌てて立ち上がり腕をのばし何とか捉えた。
「おっとと…美穂、ちゃんと相手の事見て投げなよ」
「えー。難しいよ〜」
「ならお父さんが投げるから見てて」
私は顔の少し下あたりに構える。
鋭い目でグローブを見つめ山なりのボールを投げる。
スピードは少し遅めだけどずらすこと無く取れた。
「凄い〜!」
「そんな事無いよ。美穂にだって出来るんだから」
「どうやって?」
「相手の目を見るんだ。その人が何を思ってるのか、どんな事を求めてるのか。全て教えてくれる。今だって美穂がお父さんの目を見てくれたから分かったんだから」
「うーん…目を見ればいいの?」
「そうだよ」
「分かった!」
ボールをグローブから剥がしお父さんの目をじーっと見つめる。
真意を知るためじゃなく、ただ見てるだけ。
結局分からなかったのか先程と同じくグラブ目掛け投げた。
しかし前回とは違いスピードはあったけどグラブに当たった。
「いいボールだった!この調子で投げてって!」
親指を上げ褒めてくれた。
それだけで私のやる気はマックスになる。
その後、腕が痛くなるまで何度も何度も投げあった。
「疲れたーー!」
原っぱに大の字に寝っ転がり叫ぶ。
「夢中になってたからね。よいしょっと」
お父さんも私の横に寝る。
空には薄い雲が点々と漂っており、風が吹く度草の匂いが私の鼻をくすぐってきた。
「いい風だね。昔を思い出すよ」
「思い出?」
「お父さんが美穂と同じくらいの時によく森で遊んだんだ。その時も同じ風が吹いててね。草、土、虫の声、色んな物に触れられたよ」
「だから何でも知ってるんだね」
「勉強ちゃんとやったのもあるね」
「うっ…」
「でも頑張って勉強したから色んなことを知れたし触れられた。それが歪んでても…」
トーンが急に下がった。
当時の私はその真意を全然理解してない。
「お父さん?」
「あ、あぁ…大丈夫」
ゆっくり起き上がったから私も後を追うように起きた。
「美穂」
「なーに?」
今度は真面目な口調で名前を呼んだ。
幼い私でも何か感じたのか身構える。
「もし辛い事や困った事があったら周りを頼るんだ。人は1人じゃ生きていけない。誰かと支え合って行くからこそ『人生』って言うんだ」
「んー…?」
首を捻りながら唸る。
「はははっ、美穂には早かったかな」
「むぅ。分かってるもん!」
ちょっと見栄を張って頬を膨らませた。
するとゆっくりと手を伸ばし頭を優しく撫でてくれた。
「いつか分かる時が来る。そのピースの1つとしてこの記憶があったらいいな」
「大丈夫!絶対忘れないよ!」
「そっか…なら良かった」
視界にノイズが走り始め黒く染まっていく。
草の緑も青い空も、そしてお父さんも消えていく。
でもこの感覚は記憶が無くなるとかの話じゃない。
ビデオが終わったら再生が止まるのと同じ。
気づけば周りは何時ぞやの真っ暗闇。
身長も元に戻っており痛みは無い。
「ちゃんと思い出せたよ…お父さん…」
目を瞑り胸の前で手を合わせ強く握る。
ひとりぼっちなのに辛くない。
だって私は孤独じゃないから。
「美穂か…?」
目を勢い良く開き前を向く。
そこには見覚えのある人物が立っていた。
「お父さん…?」
「あぁ…やっとだ、やっと会えた…!」
今度は顔が見えていた。
右へ流すように揃えられた茶髪、優しさが滲み出てる丸い目、薄く髭の生えた顎。
私は気づいたら駆け出していた。
それはお父さんも同じだった。
勢いを殺すことなく胸元へ抱きついた。
「会いたかったよ…!」
「お父さんもだよ…遅くなってごめん…」
ゴツゴツしてたけど落ち着く温かさ、それを感じられただけで涙が溢れてくる。
「大きくなったね。もうだっこ出来なくなったよ」
「いつの話してるの。来年は高校生だよ?」
「そっか、もうそんな歳になるのか」
「おばあさんに年齢聞いてるんじゃないんだから変な言い方しないでよ」
涙を拭きながら突っ込みをする。
昔はお父さんの話が面白くてゲラゲラ笑ってたっけ。
「…母さんの事ごめん」
「謝るのは私の方だよ。お父さんの頑張りを知らなかったんだから…」
「いいんだ。美穂がちゃんと抜けられたならそれで良かった」
「でもお父さんが…」
「大丈夫。ここで言うのも何だけどあの時既に死にかけてたんだ。あのまま放置されても運命は変わってなかった。けど美穂に殺されるって分かって安心出来たんだ」
「そんな…」
たとえ私が殺さなくても暁は自ら殺したんだろう。
裏切り者を取っておくほど器は大きくないんだから。
「美穂には辛い思いをさせた。最後まで親らしい事が出来てない時点で失格だよ」
目線を逸らし唇を噛んでいた。
ネガキャンするとこも私に似てる。
だから私は腕をのばしお父さんの頭を撫でる。
「それでもお父さんはお父さんだよ」
「美穂…ホント母さんに似て優しいな…」
「あっ、前にお母さんに会ったよ」
「そうなのか!?何か言ってた?」
「『お父さんの事ごめんなさい』って」
「…」
家族揃って誰かに謝罪してる。
それが仕方ないと一言で片付けられる程簡単じゃない関係。
「お父さん、私の事見てくれた?」
「もちろん。自慢の娘だよ」
お母さんと同じこと言ってる。
どんな暗い闇があっても結婚する運命なのかな。
「そっか、嬉しいな」
突然、お父さんの体が段々薄れてきていた。
「もう時間だ。楽しい時はあっという間に終わるね」
「また会えるかな」
「会えるよ。いつだって美穂の傍にいるんだから」
「そうだね」
これで悔いは無い。
だからこそいつもの言葉をちゃんと言える。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
最後の最後までお父さんは笑ってくれてた。
「ん…」
ゆっくりと目を開けると雲ひとつない青空が見えた。
「美穂!大丈夫か!?」
空を覆い尽くすように銀の顔が視界いっぱいに広がる。
「銀…?痛っ…」
「ほら、無理すんなって」
起き上がろうとした私を静止した。
やけに頭が痛い。
「タマっち先輩が変な投げ方するからだよ」
「唐突に閃いた魔球を試したくてな…」
「確証も無いのにやるからこうなるのよ」
確か…皆でピクニックに来て珠子とキャッチボールをしてたら顔面に球が当たったんだっけ。
「大丈夫。少し痛いけど気にしないで」
「でも泣いてるぞ?痩せ我慢しなくていいのに」
「え?」
目を拭うと水滴がついていた。
「これは痛みの涙じゃないよ。悲しくて嬉しい、そんな気持ちが込められた涙だよ」
強めの風が私をくすぐっていく。
同時に感じたのは草のいい匂いだった。
幼い頃の記憶って思い出そうとしても出てこないのにアルバム見ると何故か思い出すんですよね。
情景とかと結びついて出るんでしょうけど。
今回は高木のお父さんを登場させました。
友情の章と合わせて家族愛が伝われば良かったらなと思います。