デート・ア・ウィザード〜絶望を希望に変える魔法使い〜 作:黒崎士道
オレンジ色の夕日に染まった高台の公園には今、晴人と十香以外の人影は見受けられない。
時折遠くから自動車の音や、カラスの鳴き声が聞こえるだけの、静かな空間だった。
「おお、絶景だな!」
十香は先ほどから落下防止用の柵から身を乗り出しながら、黄昏色の天宮市の街並みを眺めている。
この天宮市の街を一望できる見晴らしのいい公園は幼い頃によく士道と琴里と一緒に来た晴人のお気に入りの場所でもある。
「ハルト!あれはどう変形するのだ⁉︎」
十香は遠くを走る電車を指差し、目を輝かせながら言ってくる。
「残念ながら電車は変形しないな」
「何、合体タイプか?」
「まあ、連結くらいはするな」
「おぉ」
晴人の説明に十香は妙に納得した調子で頷くと、くるりと身体を回転させ、手すりに体重を預けながら向き直った。
夕焼けを背景に佇む十香の姿は、それはそれは美しくて、一枚の絵画のような美しさだった。
「ーーそれにしても」
十香が話題を変えるように、んー、と伸びをした。
そして、にぃッ、と屈託のない笑顔を浮かべる。
「いいものだな、こういうのも。実にその、なんだ、楽しい」
「そうか……今日は俺も楽しかったよ」
そう言いながらも晴人は、十香の顔を見て少し顔が赤く染まっていた。
「どうした、顔が赤いぞハルト」
「……気のせいだよ」
晴人は顔を逸らしながら誤魔化す。
「ーーどうだった?十香を殺そうとするやつなんて一人もいなかっただろ?」
「……ん、皆優しかった。あんなにも多くの人間が、私を拒絶しないなんて。私を否定しないなんて。ーーあのメカメカ団……ええと、なんといったか。エイ……?」
「ASTか?」
「そう、それだ。街の人間全てが奴らの手の者で、私を欺こうとしていたと言われた方が真実味がある」
「おいおい……」
流石に十香の発想が飛躍しすぎていて、晴人は思わず苦笑した。だがその直後、十香は何かを思い詰めるような表情をする。
「だが、私は壊していたのだな。こんなにも美しく優しい世界を。ASTが私を打ち倒そうとする理由が知れた」
十香は弱々しく、痛々しい笑顔でそう言う。
「ハルト、やはり私はいない方がいいな。私が現界する度にこの素晴らしい世界を破壊するのならば、いっそのこと……」
「そんなことさせるか!」
晴人は十香の言葉を遮り、叫ぶ。晴人は目の前で誰にもそんな絶望したような顔をさせたくなかった。顔を俯かせていた十香が顔を上げる。
「今日は空間震が起きてないじゃないか!もしかしたら、空間震を発生させずにこっちに来たり、この世界に留まれる方法だってあるかもしれないじゃないか!」
「で、でも、あれだぞ。私は知らないことが多すぎるぞ?」
「そんなの、俺が全部教えてやる!」
「寝床や食べるものだって必要になる」
「だったら俺の家に来ればいい!」
「予想外の事態が起こるかもしれない」
「俺が守ってやる!予想外の事態なんか起きてから考えればいいだろ!」
十香は少しの間黙り込んでから、小さく唇を開く。
「……本当に……本当に、私は……生きても良いのか?」
「当たり前だ」
「この世界にいても良いのか?」
「そうだ」
「…そんなことを言ってくれるのは、きっとハルトだけだぞ。ASTはもちろん、他の人間たちだって、こんな危険な存在が近くにいたら嫌に決まっている」
「知ったことかそんなもの……ッ!俺は世界の全てを敵に回しても、誰かの希望を守るために戦う!十香、お前は俺の大切な存在だ!だから俺はお前の希望を守る!それだけのことだ!たとえ、世界がお前を否定しようとするなら!俺がそれよりずっと強くお前を肯定してやる‼︎」
晴人はそう叫び、十香に向かって手を差し出す。
十香の肩が、小さく震える。
「握れ!今はーーそれだけでいい!絶対に俺が守ってみせる!」
晴人は十香の言葉を遮ってまでも、力を持つだけで他の人間となんの変わりもないこの少女が殺されることだけは嫌だった。目の前で苦しんでいるというのに、それでも助けないなんてことは出来ない。
「ハルト…」
十香は意を決し、晴人の手を握ろうとした瞬間。晴人は何かを感じ取り、背中に寒気が走った。
「十香!」
晴人は咄嗟に十香を突き飛ばした。十香はそのまま衝撃に耐えられず、ごろんと後ろに転がった。
そしてーーー
「ーーーーーーがっ⁉︎」
晴人は自分の腹に凄まじい衝撃を感じ、その場に倒れた。
二人がいた公園の一キロ圏内にある高台で、ガシャン、という音と共に晴人を貫いた対精霊巨大ライフル〈CCC〉が倒れた。
先ほどそのライフルの引き金を引いた人物は、AST隊員である鳶一折紙である。彼女は精霊である十香を発見し、十香を仕留めるために〈CCC〉の引き金を引いた。外れる要素は微塵もなかった。
ーー晴人が十香を突き飛ばさなければ。
折紙の放った弾はーー十香の代わりに晴人の身体を、綺麗に削り取った。
『折紙ッ!折紙ッ!』
通信機から上司である日下部燎子の声が聞こえるが、折紙はそれに反応することが出来なかった。ただただ、自分が人を殺したという恐ろしさに身動きが取れなかった。
十香はゆっくりと倒れた晴人に近づき、彼を見つめる。
「ハルト……」
名を呼ぶが、返事はない。ただ、彼の腹に開いた大きな穴からおびただしい量の血が流れ出るだけだった。
「ハルーー、ト…」
十香は晴人の頭の隣に膝を折ると、その頬をつついた。
だが、反応はなかった。
「ぅ、ぁ、あ、あーー」
数秒の後、頭がようやく状況を理解し始める。
その時、十香の足元に何かが当たった。十香は足元を見ると、見覚えがあるものが目に入った。
そこには衝撃で晴人の指からこぼれ落ちた夕陽の光を反射する、フレイムウィザードリングが落ちていた。十香はそれらを拾い、その身に羽織っていた制服の上着を晴人にかけ、ウィザードリングをその側に置く。
そして、十香はゆらりと立ち上がると、顔を空に向けた。
ーー嗚呼、嗚呼。
一瞬ーー十香は、この世界で生きられるかもしれないと思った。
晴人がいてくれれば、なんとかなるのかもしれないと思った。
すごく大変で難しいだろうけど、できるかもしれないと思った。
だが、やはり、駄目だった。
この世界はーーやはり十香を否定した。
「ーー《神威霊装・十番》……ッ」
瞬間、周囲の景色がぐにゃりと歪み、十香の身体を荘厳なる霊装が纏う。
十香は地面に踵を突き立て、そこから巨大な剣が収められた玉座が出現する。十香はトン、と地を蹴ると、玉座の肘掛けに足をかけ、背もたれから剣を引き抜く。
そして。
「ああ」
のどを震わせる。
「ああああああああああああああ」
天に響くように。
「ああああああああああああああああああああああああああああーーーーッ‼︎」
地に轟くように。十香は吼えた。
「《鏖殺公》ーー【最後の剣】‼︎」
刹那、十香が足を置いていた玉座に亀裂が走り、バラバラに砕け散った。そして玉座の破片が十香の握っていた剣にまとわりつき、そのシルエットをさらに大きなものに変えていく。
全長10メートル以上はあろうかという、長大に過ぎる剣。
十香は剣を握る手に力を込めると、瞬きほどの間も置かず、士を撃ち抜いた少女、鳶一折紙のいた高台に移動していた。
「嗚呼、嗚呼。貴様だな、我が友を、我が親友を、ハルトを殺したのは貴様だな」
その時、折紙は始めて表情を歪めた。しかし、そんなことは十香にはどうでもよかった。
「ーー殺して壊して消し尽くす。死んで絶んで滅に尽くせ……!」
十香は、折紙を見下ろしそう告げた。
だがその時、十香は自分の身に起きている異変に気がつかなかった。自分の身体にーーー紫の罅割れが起こり始めたなど。
晴人は、再び精神世界ーーーアンダーワールドの中にいた。そして晴人を待ち受けていたかのように晴人の姿をしたドラゴンが晴人を見下ろしていた。
「ーーーーここは…」
「…やっと起きたか、晴人よ」
ドラゴンはそう言うが、晴人は俯いたまま、口を開いた。
「…何が、希望の魔法使いだよ。このままじゃあ、誰の希望も守れずに終わっちまうだけだ…俺はやらなくちゃいけないんだ…魔法使いになった俺は、戦わなくちゃいけないんだ…!」
「この愚か者が‼︎」
晴人が諦めの言葉を漏らしていると、ドラゴンが怒号し、アンダーワールド全体が揺れた。
「晴人…お前に聞こう。お前は、どうしたい……戦いたいのか?勝ちたいのか?それとも生き残りたいのか?」
ドラゴンは晴人にそう問いかける。晴人はそれを聞いて瞳を閉じると、唇を開く。
「………勝ちたい」
自然と、晴人の口からその一言が漏れていた。
「ただ…戦うだけじゃ意味がないんだ。ただ、生き残るだけじゃ意味がないんだ。俺は……誰かの希望を守るために戦い、勝ちたいんだ」
「……そうか」
晴人の言葉を全て聞き終えると、ドラゴンはそう言った。
「ならば、立ち上がれ晴人よ。お前を希望としている存在を…救いに行け」
「でも俺、胸を貫かれたんだぜ?どうやってーー」
「大丈夫……」
「えっ…?」
突然、晴人のアンダーワールドの中で少女の声が響いた。瞬間、晴人の身体は炎に包まれていく。
「どうやら、お前の中の力が目覚めたようだな」
ドラゴンのその言葉を最後に、晴人の意識は覚醒していった。
腹に妙な熱を感じ、晴人は起き上がる。視線をそこに向けると、そこには炎が晴人の身体に開いた穴を舐めていた。一瞬疑問に思った晴人だが、そこであることに気づいた。
「…って、あっつぅぅぅ⁉︎え、なんで⁉︎なんで俺生きてんの⁉︎」
今更、腹にくすぶっている炎の熱に晴人は跳ね起きる。
再度腹に開いた穴を見てみるが、すでに穴は塞がり、傷は治っていた。色々と謎だが、今はそれどころではない。晴人は十香を探すと同時に凄まじい轟音が響き渡る。
急いでそちらを見ると、そこには巨大な大剣を振り回し、周囲の全てを破壊している十香がいた。だが、晴人はそれだけではなく、十香の身に起きている異変に気がついた。
「あれは…‼︎」
十香の身体には、ゲートが絶望した際にファントムが生まれる予兆である紫の罅割れが起きていた。
「俺の前で、誰も絶望なんてさせない!」
《ドライバーオン・プリーズ♪》
《シャバドゥビタッチヘーンシーン♪シャバドゥビタッチヘーンシーン♪》
「変身!」
《ハリケーン・プリーズ♪フー♪フー♪フーフーフーフー♪》
晴人はハリケーンスタイルに変身すると、風の力で空高く飛翔した。絶望した十香を、救うために。