デート・ア・ウィザード〜絶望を希望に変える魔法使い〜 作:黒崎士道
「えっと……なんで十香が五河家にいるんだ?」
士道が十香にノックアウトさせられ、晴人は改めて十香に尋ねた。一応十香は服を着ている。どうやら士道の服のようで、サイズが一回り大きいので襟元からかすかに覗く鎖骨が少し目のやり場に困る。
「何?妹から聞いていないのか?なにやら訓練だとかで、しばらくここで厄介になれと言われたのだ」
「く、訓練……⁉︎」
瞬間、士道はすぐさま起き上がりリビングの方へと走り去って行った。晴人は急いでそれを追いかける。
「琴里ぃ!どういうことだッ!」
リビングに入ると、ソファに座りながらテレビを見ていた琴里が丸っこい瞳をこちらに向けてきた。
「おー、士道おにーちゃんおかえりー。晴人おにーちゃんもいらっしゃーい」
「おう、琴里。お土産持ってきてやったぞ」
《コネクト・プリーズ♪》
晴人はコネクトウィザードリングで魔法陣から『はんぐり〜』のドーナツが入った紙袋を取り出し琴里に渡す。ドーナツを受け取った琴里は嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねている。
「わあー!『はんぐり〜』のドーナツだぁ!ありがとう晴人おにーちゃん!」
「ああ、どういましまして」
「よかったな、琴里……じゃなくて!なんで十香がうちにいるんだよ⁉︎」
「なんと、十香はしばらくの間うちに住むことになったのだ!」
琴里はえっへんと胸を反らすようにしながら、無邪気な笑顔を作る。
「だから、どうしてそうなったんだって聞いてんだろうが!」
「理由があってね、シン……」
晴人と士道は声がした方に目をやると、令音がテーブルに着き、湯気の立てるカップに角砂糖をいくつも放り込んでいた。
ちなみに彼女の服装は軍服や白衣ではなく、首にタオルを掛けたパジャマ姿だった。
「れ、令音さん?なにやってるんですか……?」
「……ああ、すまない。砂糖を使いすぎたかな」
「いや、そうじゃなくて!」
確かにカップには令音の血糖値が心配になるほどの量の角砂糖が放り込まれていたが、士道にとって重要なのはそこではない。
「……ああ、そうだね。まずは説明をしたいところだが…その前に」
「その前に……?」
「……二人とも着替えてきた方がよくはないかね?」
『あ』
そう言われて二人はようやく自分たちの身体が濡れていることを思い出す。
「……で?一体どういうことなんですか?」
晴人は士道に部屋着を貸してもらい、晴人は令音と琴里に視線を向けた。今四人がいるのは、五河家の二階に位置する、かつての晴人の部屋だった。部屋の中は昔と変わらず、晴人の趣味だったサッカーボールが綺麗に並べられたり、棚の上にはよく琴里と士道と一緒に見ていた特撮のヒーローのフィギュアや家族全員で撮った写真も飾られていた。
「さて、今回の理由だが……一つはーーー十香のアフターケアのためさ」
令音は、静かな声でそう言った。
「十香のアフターケア……ですか?」
「……ハル。君は先月、口づけによって十香の霊力を封印したね?」
「は、はい…」
晴人は小さく首を縦に動かした。先日の士たちとの騒動で忘れていたが、今思い出すと、唇にその時の感触が蘇ってきて少し顔が赤くなる。
「……まあ、そこまではいいのだが、一つ問題があってね。……今、シンとハルの二人と十香の間には目に見えないパスのようなものが通っている状態なんだ」
「ちょ、待ってください。俺と士道ってどういうことなんですか?」
「……君が十香の霊力を封印した後、精密検査を行っただろう?その時の分析結果からハルとシンの二人は互いに精霊の力を封印することができ、霊力のパスが通っているということが判明したんだ」
「待ってください。そもそも封印って…?」
「あの後説明してあげたでしょう?あなた達が好感度を上げて精霊とキスをすることによってその力を封印することができるって」
いつの間にか髪を二つ結びにしていたリボンの色を白から黒に変えた琴里・司令官モードが士道の問いに答える。
そこで晴人は琴里に問いかける。
「なあ、琴里。話が変わるけど、いいか?」
「あら、何かしら?晴人」
「…まあ、《ラタトスク》がどういう組織なのかっていうのは大体理解したよ。でも、一番気になるのはお前がいつそこの司令官になったのかってことだ」
それは晴人だけでなく士道も気になっていたことだ。琴里は、ふうと息を吐くと、ポケットから昔から大好物だったチュッパチャプスを取り出し口に加えた。
「私が《ラタトスク》の実戦部隊の司令官に着任したのは……大体五年くらい前のことよ」
「ば、馬鹿言うな。五年前って……お前、まだ八歳じゃねえかよ!」
士道は信じられないといった感で顔を歪めた。確かに、いくら普通の組織でないとはいえ、小学三年生程度の少女を司令官にしようだなんて正気の沙汰ではない。
「ま、数年の間はずっと研修みたいなものよ。実際に指揮をとりだしたのはここ最近」
「い、いや、そういうことじゃーー」
「はい、そこまでだ士道。一々ツッコミ入れてたら話も進まなくなる」
「そうよ。少しは晴人みたいに素直に妹の言葉を信じなさいよ。疑えば頭がよく見えるなんて思ってるの?」
琴里の言葉と晴人のフォローに何も言えなくなった士道は頭を下げた。哀れなり、士道。
「そういうことだから、続けてくれ琴里」
「ええ。そして同じく五年前、組織の転機となる出来事が起こった。キスによって精霊の力を封印する事の出来る少年が発見されたのよ。それによって《ラタトスク》は積極的に精霊を保護しようという方針にシフトしていった」
琴里のその言葉に士道は驚愕に眉を歪めた。
「それが……俺だってのか?」
「ええ。まあ晴人については本当に驚かされたわ。まさか士道と同じ力を持っていたなんてね」
「だから、なんでそんな力が俺と兄さんにあるんだよ!兄さんがいなくなった五年前に一体何があったんだよ!」
士道がそう言った瞬間、晴人の脳裏にある記憶が蘇ってくる。それは、五年前に晴人が魔法使いとなった時の出来事だった。
(【丁度いい、君にも彼と同じ力をあげるよ。そうなれば私にとっても喜ばしいことだしね】)
炎が燃え盛る街の中、朦朧とした記憶の中でノイズのような何かが自分に手を伸ばした光景が浮かび上がった。
もしかすると、あの時の『何か』が自分に士道と同じ力を渡したのだろうか。そうだとするなら、ドラゴンの言っていたことと辻褄が合う。
そして晴人は不意に琴里を見ると、琴里が目線を下の方に逸らしたのだ。
それはまるで、悲しい思い出を思い起こすような。取り返しのつかない過ちを悔いるような、そんな顔だった。
「琴里……?」
晴人が名前を呼ぶと、琴里はハッとした様子で小さく肩を震わせた。
「え、っとーーそう、《ラタトスク》の観測機でね、調べて分かったの。ーー私に関しても、同じ」
「……話を戻してもいいかな?」
そこで今まで会話に入ってこなかった令音が口を開いた。
「あ、ああ、すいません。お願いします」
「たとえ、霊力を封印できたとしても……彼女の精神状態が不安定になれば、君の中に封じ込まれた霊力が逆流してしまう恐れがあるのさ」
それを聞いて晴人は戦慄した。封印された十香の精霊の力が逆流するということは、剣の一振りで天を、地を裂く力を再び備えてしまうということだ。
「十香は二人のそばにいる時が一番数値が安定している。精霊専用の特殊住居が完成するまでは君たち二人と暮らすのが一番なんだ」
「そ、そうなんですか…?」
「そして、もう一つの理由についてだが……君たちの訓練のためでもある」
「訓練?」
訓練。晴人はその単語を聞くのは初めてだったが、士道にはあまり良い思い出がなく、真っ先に反論した。
「訓練ってまだやるんですか⁉︎もう十香の霊力は封印されたのに……」
「……精霊が十香一人だなんて、誰が言ったの?」
「……その通り。特殊災害指定生命体ーーー通称・精霊は十香の他にも数種が確認されている」
「なーーっ⁉︎」
士道は驚愕に満ちた表情を浮かべた。晴人の方は薄々とそんな気がしていたのかあまり驚いてはいなかった。
「シン、君には引き続き、精霊との会話役をお願いしたい。出来ればハルにも頼みたい。君らには、女性との会話や扱いにますます慣れてもらう必要がある。」
「それと、晴人にもしばらく五河家で暮らしてもらうわよ。丁度お隣だし、何かあっても大丈夫でしょ?」
「まあ、俺は別にいいけど……いいのか?」
確かに五河家は神代家のお隣さんだが、もう五河家の人間ではない晴人にとって五河家に暮らすのは何かと気まずい。
「何言ってるのよ。あなたも元は五河家の一員だったんだから、今更躊躇うことなんてないわよ」
琴里の言葉に晴人は胸の中が暖かくなった。そこで士道が口を開く。
「兄さんが一緒に暮らすのはともかく!と、年頃の男女が同じ家に住むっていうのはどうかと思うぞ……!」
「あら、晴人だってコヨミと一緒に暮らしてるじゃない。晴人はそれでも平気みたいだけど?」
「まあコヨミは兄妹って感じだからなぁ…」
「だ、だからってだな……!」
士道は更に食い下がろうとすると、晴人の部屋の出入り口にあたる扉が、ガチャリと音を立てて開いた。そして、いつからそこにいたのか、十香がこちらを不安そうに見つめていた。
「……ハルト…シドー。やはり、駄目か?私は……ここにいては」
十香は悲しそうな瞳で見つめてくる。この状況で否と言える人間がいるのなら、是非お目にかかりたい。晴人なら当然イエスと答えを出す。
「……わ、わかったよ……っ……」
結局、士道の方が折れた。
「じゃあそういうことだから、よろしくな」
『わかったわ。じゃあ十香ちゃんや琴里ちゃんたちによろしくね』
「ああ、わかったよ」
晴人はそう言って携帯の通話を切る。晴人はコヨミに連絡を入れてしばらくは五河家で世話になることを告げておいた。
余談だが、訓練の開始から二時間も経たない内に最初の試練が士道に降りかかったーーーそれは士道が琴里に言われてトイレの電球を取り換えに行ったときのことだ。
琴里に頼まれて取り換えに行ったのだが、トイレの扉を開けると、中には十香がいたのだ。瞬間、士道は一瞬で意識を失った。
晴人は士道の介抱をしていたが、士道の頬にそれはきれいな紅葉が刻まれた。意識を飛ばすほどの威力のビンタには少し戦慄を覚えた。
それから数時間後ーーー十香のビンタによって士道がダウンしたことで、代わりに晴人が五河家の家事を行うことになった。元から晴人は神代家でずっと家事はしていたのでそれなりに手馴れている。
「晴人。お風呂沸いたみたいだから、先に入っちゃって」
琴里がそんな言葉を投げかけてくる。普通ならば厚意を受け取って浴室に向かうところなのだが、今日は士道だけでなく晴人に対しても訓練を行うとも言っていた。
さらに、お風呂はそんな王道イベントが起こる定番のスポット。如何にも怪しい。そこで晴人は琴里に揺さぶりを掛けることにした。
「俺は後でいいよ。それよりも琴里が先に入ってきたらどうだ?」
晴人の返答に琴里はピクッとほんの少し肩を揺らした。どうやら何かされるという予想は間違ってはいないようだ。それを見て晴人は更に揺さぶりを強める。
「そうだ、今日はバブでも使えよ。確か昔よく使ってたよな」
琴里は体に雷が落ちたかのように衝撃を受けた。
そう。昔から琴里はバブの炭酸によるシュワシュワが大好きなのだ。それは司令官モードの琴里にも通用するはずだ。その証拠に歯をガチガチさせている。
「へ……へぇぇぇ、私は…いいわよ……いいから…入ってきなさいよ」
「な……っ⁉︎」
今度は一護が衝撃を受ける番であった。まさかバブの魔力に抗ってしまうとは思わなかった。もうそうなってしまえば琴里に乗ってやろう。
「……分かった。じゃあ俺が先に入るよ。」
というわけで、晴人は浴室に入り湯船に浸かった。
「今日はまた……疲れた気がする……」
ウトウトしていた晴人はいきなり扉が開いて何かが入ってきたことに水しぶきを飛ばされた時点でようやく気付いた。それでいきなり入ってきた人影を見ると。
「なんだ十香か……って、十香⁉︎」
「ハ、ハルト⁉︎」
異性同士がお風呂に入っている事態にお互いが顔を赤くする。そこで晴人はこれが琴里の罠だと気づいた。
(謀ったな、琴里ーーーーーーっ‼︎)
晴人は心の中でそう叫んでいると、頭の中にサングラスをかけた琴里が不敵に笑いながら、「坊やだからさ」とウィスキーのグラスを傾けている光景が映った。
とにかく十香を落ち着かせるのが先決だ。こんなところで暴れられたら悲惨な結果に至ってしまう。
「と、とりあえず落ち着いてくれ…俺はなるべく見ないようにすぐに上がるからーーー」
「な、何を言っているのだーーっ‼︎」
そしてどちらも再び混乱して浴槽の中で暴れた結果、晴人は浴槽に沈められた。