デート・ア・ウィザード〜絶望を希望に変える魔法使い〜 作:黒崎士道
あの後、バロンとの戦闘で重傷を負った晴人は十香と士道によってフラクシナスに運ばれ、晴人が目を覚ました時にはフラクシナスの医務室にいた。
ベッドから起き上がると、晴人の胸には誰かが手当てしたのか、丁寧に包帯が巻かれていた。
「ん……?」
晴人は膝のあたりに何かの重みを感じてそこを見ると、そこにはコヨミがうつ伏せになって寝ていた。晴人は眠っているコヨミの頬を人差し指で突くと、「ふみゅ…?」と何やら可愛らしい声を上げながら起きた。
「ハルト……?」
「おう、おはよう」
晴人はコヨミに笑顔を見せると、コヨミは目に涙を溜めて晴人に思い切り抱きついた。
「ハルト!生きてたのね‼︎」
「ぎゃあああああああああああああああああああああっ⁉︎」
コヨミは力強く抱きついたため、晴人の傷に大きなダメージを与える。晴人はその痛みで絶叫を上げるが、コヨミはそんなことはお構いなしに更に力を強める。
「よかった……私、ハルトが死んじゃったんじゃないかって…心配で……」
「わかった!わかったから!早く放せ!死ぬから!今度こそ死ぬから‼︎」
「ううぅぅぅ……ハルトォォォォォォッ‼︎」
「ぎゃあああああああああああああああああああっ⁉︎ーーーーガハッ…」
晴人はコヨミによってトドメをくらい、再び意識を失った。
それから数時間後ーーー
「どうやら無事に回復したみたいね」
「……これを見てそう言うのか?」
晴人が再び意識を取り戻した後、医務室に琴里たちがやってきた。因みに晴人は令音に背中に湿布を貼ってもらい、包帯も巻き直してもらった。
「………まあ、初めからそんなに心配はしてなかったけどね」
「そんなこと言っちゃって司令。晴人君が傷だらけで運ばれて来た時は目に涙を溜めて『晴人おにーちゃん!』と晴人君に駆け寄ってーーごふッ⁉︎」
神無月がそう言いかけたところで、琴里が鳩尾に正拳突きを放ち、神無月はその場に倒れた。今の話では晴人は琴里たちに相当心配をかけてしまったようなので、申し訳ない気持ちになった。
「悪いな、心配かけて……」
晴人はベッドから起き上がると、琴里の頭を優しく撫でる。
「ーーわ、分かったなら、もうあんまり無茶はしないでよ。晴人に何かあったら、十香の精神状態が不安定になるし……」
照れくさそうに言う琴里の顔はほんのりと赤面していて言うのが本当に恥ずかしかったようだ。
「はいはい。分かったよ」
晴人はそんな琴里に微笑みながら、令音が差し入れに持ってきてくれたりんごを齧った。
そして次の日、バロンから受けた傷も謎の炎のおかげで完全に完治し、晴人はフラクシナスの医務室から無事に退院を果たした。
五河家に戻った晴人は自室に閉じこもっているという十香や部屋の前にいるのだがーーー
「おーい、十香。どうしたんだよ?」
『……ふん、構うな。……とっととあっちへ行ってしまえばーかばーか!』
「……参ったなぁ」
晴人は途方に暮れ、額に手をあてながらため息をついた。そこで士道が令音を連れて晴人の元に来た。
「兄さん、どうだった?」
「やっぱりダメだ。どうしたものかな……」
「……ハル。もしよければなんだが、その件は私に任せてくれないか?」
そこで令音が声を発した。
「え…?それはいいですけど、なんでまた」
晴人が言うと、令音は数瞬の間黙ってからため息をこぼした。
「……こういうのは、当事者がいない方がいいのさ。女心の機微だ。覚えておきたまえ」
「は、はあ……」
結局、令音は十香を部屋から出すことに成功、そのまま二人は何処かに出かけて、士道も買い物に出かけてしまいやることがなくなった晴人は、暇つぶしに散歩に出かけた。
そして、どれくらい歩いた頃だろうか、商店街に来た晴人は『はんぐり〜』に立ち寄り、いつも通りのプレーンシュガーと十香の好物であるきなこドーナツを買って帰路に着こうとしていた途中のことだった。
「え……?」
その瞬間、晴人の周りに異変が起きた。
なんと、周りを見ると雨の雫の一滴、一滴の落ちる速度が止まり、まるで水の結晶漂う無音の空間に取り残されたような中、晴人は一人佇んでいた。
その光景はまるで、晴人以外の周りの時間が止まっているようだった。
「これって……⁉︎」
晴人は突然の光景に驚愕した。
その時、無音の空間だったその場所に、足音が聞こえた。水たまりを踏むごとに水音がする中、その人物は晴人の前に立ち塞がった。
その姿は、黒いコートを纏い顔はフードを深く被っているので表情を伺うことはできない。
「誰だ……?」
思わず呟いた晴人の前で、黒いコートの人物は晴人に対して語りかけた。
「……気をつけろ。お前は己の運命を選ぼうとしている。……いや、既にお前がその力を手にした時点で運命は選ばれている」
おそらくその声は男のものだろう。
「どういう意味だ?」
晴人はそう問いかけるが、男はそれには応えず晴人に何かを投げ渡した。晴人はそれを掴み取り手の中を見ると、そこには紫色の宝石で作られた指輪ーーウィザードリングがあった。
晴人は再び男の方を見ると、黒いコートの男はゆっくりとフードを外す。中から現れたのは、銀色の髪をした金色の瞳を持つ青年だった。
会ったことがないはずなのに、何故か見覚えがあるような気がして、晴人は胸騒ぎを覚える。声を聞いた時も、同じ感覚を感じた。
動揺する晴人の前で、青年は虚空に向かって手を上げる。すると、そこから黒い魔法陣らしきものが出現した。
「もし、お前が精霊の希望を守るというなら…その指輪はお前にくれてやる。……せいぜい強くなるんだな」
黒いコートの青年はそう告げると、黒い魔法陣の中へと姿を消した。それと同時に晴人の周りの時間が戻り、雨が再び降り始めた。
「………」
晴人は再び降り出した雨の中、先ほどまで青年がいたその場所を見つめていた。
その一方、令音と出かけた十香は、昼食をとるために令音とファミレスに来ていた。そこで令音に自分が苛立ちを覚えている理由を教えてほしいと言われ、その理由を話した。
「……なるほどね、大体わかったよ。」
令音は十香から一通りのことを聞いた。十香は士道や晴人のすることを咎めるつもりはなかった。
しかし士道が『よしのん』とキスをする場面を見た瞬間、胸が痛み、嫌な感じが自分の中にあふれてきたのだという。
「自分でもよくわからないのだ。あのウサギからシドーとハルトはあの娘のほうが大事だと聞いた瞬間、気づいたら声を荒げていた……やはり私はおかしいのだろうか?」
「……いや、おかしくなどないさ。それはむしろ健康的な感情だ」
「そ、そうなのか?」
「……ああ。だが誤解は解いておいたほうがよさそうだね」
「誤解……?」
「……ああ。シンのキスに関しては完全な事故だ。それにハルは君よりほかの娘が大事なんてことは決してない」
「っ、ほ、本当か……?」
「……本当だとも」
「だ、だがハルトは……」
「……君のことを大切に思っていなければ、自らの命を危険に晒してまで君を助けはしないと思うがね」
「ーーあ……」
その言葉はなぜか、ストンと、十香の中に落ちた。
そうだ。自分の時も、あの少女の時も、晴人は自分の危険も顧みず、ファントムと戦い、助けようとした。そんな彼にーーー自分は救われたのだ。
それに、晴人はあの時十香に約束してくれたのだ。
『もし本当に絶望しちまいそうになったらーーー俺が最後の希望になってやるよ』と。
十香はうめくようにのどを震わせると、その場から立ち上がる。
「すまん。今日の買い物、後日に回してもらえないだろうか……シドーとハルトに謝らなければならん」
「……行きたまえ」
「感謝する」
十香は短く言うとファミレスの扉を抜け、傘を手に取ると雨の街に繰り出す。
晴人は謎の青年から貰った指輪を握りしめ、五河家に帰って来た時だった。部屋のリビングに一人の少女がいたのだ。
ウサギのコートを纏った少女なんて一人しかいない。
「よしのん?」
「ッ!!」
彼女は晴人の声に驚き、跳ね上がるとそのまま台所にいる作業中の士道に背中に隠れた。
「大丈夫だよ四糸乃。この人は俺の兄さんで、君のこと傷つけないから」
「……………」
四糸乃は顔を少しだけ出して、晴人の姿をその綺麗な瞳に捉える。
「えっと…説明してくれるか?」
状況が飲み込めない晴人は、士道に説明を求めた。
なんでも買い物に行く途中、士道は偶然この少女を発見、接触に成功したが、少女はなくしてしまったパペットを探しているとのことで士道も捜索に協力する。だが少女のお腹が空いたようなので休憩も兼ねて五河家で昼食をとるらしい。
因みに少女の名前は四糸乃というらしく、『よしのん』とはあのパペットの名前らしい。
「えっと、よろしくな四糸乃」
晴人は片手をあげて挨拶する。晴人の事をじっと見ながら少ししてコクコクと首を縦に振る。取り敢えず警戒はされなかったので、晴人はほっとする。
「よし!できた!」
士道がおかずの盛り付けを終え、テーブルに運ぶ。テーブルにはすでにいくつかの料理が乗っていて、士道の料理が出来れば完成だ。もとは二人で食べる予定だったので、量を少し増やして三人前に。
「あ、あの……」
「ん?」
「あ…あの時、助けてくれて……あ、りがとう、ございま……す」
あの時とはノームに襲われていた時だろう。晴人の左斜め前、士道の向かい側にいる四糸乃が恥ずかしそうに礼を言った。それを受けて晴人は何故か少し泣きそうになった。
「なぁ、士道。素直っていいよな?」
「な、泣くなよ、兄さん」
晴人の潤んだ目を見て士道は呆れながらもティッシュの箱を渡して、それを受け取った晴人は二、三枚取りだし目を拭いた。
そして昼食を食べ終わった後、晴人は食器を洗い、士道は四糸乃とソファに座っていた。
「なあ、四糸乃。あのパペット……よしのんはお前にとってどんな存在なんだ?」
士道がそう聞くと四糸乃はソファから顔を出しながら、
「よしのん、は……私の……ともだち……です。そして……わたしの……ヒーローです」
「ヒーロー?」
士道が問いかけると四糸乃はうんうんと頷く。
「よしのんは……私の、理想……憧れの、自分……です。私、みたいに……弱くなくて、私……みたいに、うじうじしない……強くて、格好いい……」
「理想の自分……か……」
士道は今の四糸乃とデパートで話したよしのんを思い浮かべ、
「俺は今の四糸乃の方が好きかな……」
あの時のよしのんは陽気で話しかけやすかったが、今のたどたどしくも正直に答えようとしている四糸乃のほうが士道としては交換が持てる。
と、四糸乃は顔をボンッ!と赤くするとフードで顔を隠してしまう。
「よ、四糸乃?どうした?」
士道が声をかけると四糸乃はそろそろと顔を上げる。
「そ、そんな事……言われたの……初め……った……から……」
「そうなのか?」
「士道。お前今の狙ってやったのか?」
「え?ね、狙ったって?」
「……はぁ」
晴人にため息をつかれた士道はわけがわからないまま、曖昧な気持ちになった。
「なあ、四糸乃。俺からも一つ聞いていいか?」
片付けを終えた晴人はリビングで士道の隣に座り四糸乃と向き合って問いかける。
「お前、ASTに攻撃されてもほとんど反撃しないよな。いったいどうしたんだ?」
すると四糸乃はまたも顔を俯かせる。
そしてインナーの裾をぎゅっと握ると消えそうな声を出す。
「わ、たし……は……いたいのが、きらいです。こわいのも……きらいです。きっと……あの人たちも……いたいのや、こわいのは、いやだと……思います。だから、私、は……」
その言葉に晴人はすっと目を細める。そんな理由で彼女は。そう思っていると、四糸乃は全身を小刻みに振るわせ、言葉を続ける。
「でも……私、は……弱くて、怖がり……だから。一人だと……だめ、です。いたくて……こわくて、どうしようもなく、なくなると……頭の中がぐちゃぐちゃに……なって……きっと、みんなに……ひどい、ことを、しちゃい、ます。でも……よしのんが……私が、怖くなった……時……大丈夫って、言って……くれると……本当に、大丈夫に……なるんです。だから……よしのんは……私の、ヒーロー、なんです」
晴人はゆっくりと目を細め、彼女をみつめる。
どれほどこの少女は優しいのだろう。いたいのや、こわいのは嫌だ。それは相手も同じだろうからと慮り、傷つけないようにする。
この少女は弱くない。少なくともーー自分よりは強い。
晴人は四糸乃の前に腰を下ろすと、その頭を撫でる。
「……っ、あ……っあの……」
「大丈夫だ。俺たちがーーお前の希望になってやる」
そう言うと四糸乃は目を丸くする。
「絶対によしのんは見つけ出す。そして、お前の元に帰す。そして……俺が、士道が、お前の守り抜く。いたいのや、こわいのは近づけさせない。俺たちが……おまえのヒーローになってやる」
晴人はそう言うと、四糸乃の頭をわしゃわしゃと撫でる。
そして四糸乃に微笑むと、席を外した。
四糸乃のことをあまり知らない晴人より、四糸乃と少なからず会話をした士道の方が適任だと思い、キッチンの方に向かい先ほど買ったドーナツを四糸乃に出そうと皿を取り出す。勿論プレーンシュガーだけだが、きなこドーナツは十香のために残しておく。
そしてちらっと後ろを向くと、士道がしゃがみ四糸乃の頭に手を乗せて撫でていた。しばらくみていると、何か言ったあと顔を赤くして四糸乃の顔に自分の顔を近づける。
「なっ⁉︎まて士道!それは色々とまずい!ましてや小さい女の子相手に‼︎」
「え、ちょっ、うわああああああああっ⁉︎」
晴人は士道のけしからん行動を止めようとして駆け寄ると、テーブルの足でつまづいて二人に突っ込んだ。
そして突然、扉が勢いよく開き、令音と出かけていたはずの十香が入ってくる。
「ハルト!シドー!ただいまだぞ!…………何をしているのだ?」
「え、十香?いや、これは…………そう!組手だ。特訓だ!」
状況を見れば男を押し倒した男の画。この上なく不穏な光景に、この上ないくらいの言い訳。それを聞いた十香は半目で晴人を見る。
「うっ!………ほ、ホントだから!魔法使いたるもの、常に体術も鍛えなくちゃいけないからな!ただの特訓だからな⁉︎」
「う、うむ。ハルトがそう言うなら」
何か納得できないようだが、取り敢えず変な勘繰りは受けなくて良くなった。これが琴里なら揺すりの種にしそうだが。
「そんなことより、十香はどこ行ってたんだ?令音さんと一緒らしいけど」
「あぁそれだがーー」
「ああああーーっ⁉︎」
「ど、どうした⁉︎」
十香が答えようとしたが、士道がいきなり声をあげたので二人はそちらを向く。
「四糸乃がいない!」
どうやら十香にパペットを取られたということもあり、さっきの一悶着のうちにロストしてしまったようだ。
「何と言うか、精霊って不思議だな……」
晴人は一人、そんなことを呟いた。