ドーナツホール   作:海月大和

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6.痛みに耐えて

 世界が急速に音を取り戻す。復活した聴覚が様々な音を拾い始めるなか、びきりと、脳内に大きな異音が響いた。ほぼ同時に視界が真っ白に塗りつぶされる。

 

「ぎ・・・…っ!」

 

 末端の神経までを余すことなく走り抜ける衝撃と、脳みそをドリルで内側から抉られるような耐え難い痛みに呻き、僕はブレードを取り落としてその場に膝をついた。大量の汗が噴き出す。肺が締め付けられてまともに声すら出せず、僕は体を縮め、押し寄せる苦痛をひたすらやりすごすことに全力を注いだ。

 

 一秒を何百分の一単位までに切り分けた代償が、何千、何万倍もの代償となって還ってきている。痛覚の遮断機能すら麻痺しているのか、明らかに許容値を超えた痛みにも馬鹿正直に僕の体は反応した。

 

 いっそ何も感じなくなってしまえば、こんな思いをしなくて済むのに。そんなことを何度も考えるほどに。

それでも。

 

「・・・・・・けたくない! 負けたく・・・ない・・・っ! 僕、は・・・・・・!」

 

 その度に、口をついて出る僕の本心。負けたくない。何にとも、どうしてとも明確にできない、例えようのない衝動をよすがにして、僕は波濤に抗った。

 

 やがて、怒涛の勢いで肉体を侵食していた荒波が過ぎ去り、恐ろしいくらいの静寂が訪れる。

 

 乗り切ったのか? それとも、寄せていた波が一時的に返っただけか?

 

 疑問と疑念が浮かび上がるが、揺り戻しに身構える僕に返ってくるのは沈黙のみだった。ただ熱さだけが残された。そんな感想を抱いた。

 

 切れ切れの吐息を漏らしながら、自分の身体がまだ壊れていないか確認する。まずは指、五指全てが問題なく動くことを確かめて、次は手首、そして肘から肩へ。ぎしぎしと、錆び付いた機械のようなぎこちなさと危うさを感じさせながらも、どうやら動かすこと自体に大きな問題はないようだ。もっとも、スーツを脱いだら腕一本持ち上げるのにすら苦労しそうなレベルだったけれど。

 

 身体のチェックを終えた僕は、五秒もの時間を使ってその場に立つ。取り落としたブレードを探すと、残念ながら度重なる酷使と自身の超高速振動に耐久限界を超えたようで、剣身が根元近くで折れてしまっていた。

 

「よく保ってくれたな・・・・・・」

 

 戦友が旅立った感傷を一言で切り上げ、進むべき道を見据える。タイムリミットまであと二十分弱。今は浸っている時間がない。一瞬、代わりにハインシュルツの武器を持っていこうかと思ったが、やめた。高い確率で本体認証が要求されるだろうことを思うと、時間の無駄に終わる可能性が高い。

 

 ともすれば踏み外しそうになる足を必死に持ち上げて、死闘の末に勝ち取った道の入り口を目指した。鉄の箱にぽっかりと空いた横穴とも言うべき通路だ。代わり映えのしない、灰色の壁や天井、気が滅入りそうな薄暗さ、ただ一つ、道に沿って伸びるパイプだけは手摺りの代わりになるのでありがたい。

 

 道すがら、外部との連絡を試みる。反応なし。部隊の三分の一は通信妨害を解除しに行ったのだが、この様子ではおそらく全滅だろう。いよいよ残ったのは自分だけということだ。

 

 炙られるような焦燥を感じながら角を幾度か曲がると、一枚のドアの前に辿り着いた。この先が縮退炉があるエンジンルームだ。扉の傍らにある認証装置にアクセスし、セキュリティを突破するのに二分ほど。

 

 共に突入した仲間のうちには、電子戦の専門化と同等の知識、技術をもつ奴もいたが、あいにく対物ライフルに上半身を持っていかれて還らぬ人になっている。あいつなら二十秒足らずで解除できただろうに。まったく、惜しい奴を亡くしたものだ。

 

「ジミー、いや、ジニー…・・・だったっけ」

 

 死線をくぐった仲間の名前さえ覚束ない自分の薄情さに呆れながら、ロックを外したドアが開くのを待つ。左右にゆっくりとスライドしていく扉の合間から、弱い光が差し込んでくる。

 

 また会うことがあったら、そのときは改めて名前を聞こう。そんな慰めにもならない決意を伴って、戦いの終着点へと足を踏み入れた。

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