リィエル・レプリカと転生日誌 作:氷月ユキナ
正義の襲撃
「やれやれ……それにしても、ティアを助ける為に思ったより早く戻ってくることになってしまったな」
「……ん、ごめん」
「ああ、言い方が悪かったね。別に嫌というわけじゃない。これも運命なのだろうからね……」
■□■
夜のフィーベル宅。
ルミア、システィーナ、リィエルの三人は、ルミアの手作り料理を食べていた。
「……お、美味しい……やるじゃない、ルミア……!」
「そう? よかった」
「最近、急に料理に本腰入れ始めたわよね? どういう心境の変化?」
「それは……」
ルミアは少し、複雑な顔をして。
「……いろんなことを一生懸命やって後悔しないように……なぁんてね?」
てへっ、とルミアはあざとく舌を出して笑う。
「え……? ちょっとルミア。それ、どういう……」
「ねぇねぇ……苺タルトない?」
「あはは、ちゃんと買ってあるから。……食後にね、リィエル?」
「ん」
ルミアの答えを聞きそこねたシスティーナが、仕方なく食事を再開したとき、リィエルはがたっ! と急に立ち上がった。
──パリィィン!
何かの割れる音が室内に残響を残し、屋敷を防御している力が消え去った。
「ど、どうしたの、リィエル……?」
「それに今の音は……」
「多分……敵が来た」
高速錬成術【
「じゃあ、さっきのはやっぱり結界が破られた音……う、うぅ……そんな、お父様たちも先生もいないのに……」
「大丈夫、安心して。……わたしが行く」
「待って。リィエルが強いのは知ってる……でも、一人じゃ危険だよ」
「そうよ! ここはみんなで早く逃げた方が──」
「……だめ。ここの結界を、こんなに簡単に破るやつ……たぶん、すごく頭いい。逃げられないと思う。たぶん……迎え撃つしか、ない。大丈夫、ルミアを守るのはわたしの任務だから。……ううん、違う。それに、ルミアだけじゃなくて……ぇえと……とにかく、わたしはルミアとシスティーナを守りたい……だから、戦う」
それだけ言い残して、リィエルは部屋を出て行った。
「……いつか、こんな日が来るんじゃないかって思ってた」
ポツリと、ルミアが内心を零す。
「今までもずっとそう……分かってたのにみんなに甘えて、やっぱり私はここにいるべきじゃ──」
「ルミアッ! その先は言っちゃだめよ! あなたは何も悪くないの……それを間違ったらダメ。大丈夫、大丈夫よ。リィエルが絶対、何とかしてくれるから……」
システィーナもルミアに励ましの言葉をかけるが、先程リィエルの手が恐怖で震えていたことに気付いていた。
■□■
その侵入者は、隠れもせずにリィエルを待ち構えていた。
その姿を見たリィエルは、いつもの無表情とは違う驚愕の顔をして、呆然としていた。
「なんで……あなたが、ここに……?」
「くっくっく……久しぶりだねぇ、リィエル=レイフォード……元気にしてたかい?」
その侵入者……ジャティス=ロウファンは、暗く、昏く、儚く、嗤う。
「……ッ!」
リィエルは反射的に剣を構える。
「おやおや、随分と血の気が多い……僕は別に君と戦いに来たんじゃないんだ……」
「……ここに一体、何の用……?」
「ティアとは違う君の足りない脳みそでも、そのくらい分かってるだろう? ルミア=ティンジェルだ。彼女の身柄を、僕に引き渡してもらいたい……」
「なら、斬る。ルミアと……ティアは、渡さない……ッ! わたしが守る……ッ!」
「やれやれ……実力差がわからない君じゃないだろうに……それに、ティアは自分でこちら側にいるのを望んでいるんだよ」
次の瞬間、リィエルはすでに動いていた。
天井や壁への数多のステップはリィエルの残像を見せていく……これが、リィエルの三次元空間機動。
瞬き一つの間にジャティスの頭上を取るが、ジャティスは
「"読んでいたよ"……」
「────ッ!?」
リィエルは身を捻りジャティスから距離を取る。
そうして、再び斬りかかろうとしたが──
「……そして、"
──ばっ!
いつの間にかできていたリィエルの身体の斬痕から、血霞が上がる。
「……え? ……なんで……? ……わたし……あなたの剣、くらってない……斬られてないのに……」
理解不能な状況に呆けたままのリィエルの身体が、がくりと倒れそうになる。
「計算によると、これで君はもう戦闘不能だ……おやすみ、リィエル。いい夢を」
……だけど。
「………………うっ……ぐぅううう……ッ! ぁあああああああああああああああああああああああ──ッ!」
リィエルは、切り刻まれて血に濡れている身体を強引に動かし跳躍した。
だが……ジャティスはそれに合わせて蹴りのカウンターをリィエルに入れる。
「君は誇っていい。……今のは、"読めなかった"」
リィエルがバウンドして転がり、床に落ちる。
「ごほっ、ぁっ……ぐぅ……ルミ……ァ……、シス……ィ……ごめ……ん…………」
そうして、帝国宮廷魔導士団特務分室のナンバー7《戦車》が、狂える正義の掌で倒された。
信じられないくらい、簡単に。
■□■
──こっ……。
食堂にいたシスティーナとルミアの耳に、靴の音が聞こえてくる。
「……り、リィエル? リィエルなの? お願い、返事をして……ッ!」
──こっ……こっ……こっ……。
返事はなく、靴音だけが鳴り響く。
「……あ、……う、嘘……でしょ……? まさか、リィエルが……そんな……下がってて、ルミア……」
「システィ……」
システィーナはルミアより前に出て、扉を見据える。
「《集え暴風・──》」
システィーナは靴音を慎重に聞き、タイミングを計る。
「《──・戦槌となりて・──》」
──……がちゃ。
「《──・撃ち据えよ》ッッッ!」
扉が開いたその時、風の衝撃が食堂内を揺らした。
だが──
「──ッ!?」
「……"読んでいたよ"」
「そん……な……」
「やれやれ……リィエルといい、君といい、ずいぶんなご挨拶じゃないか」
「う……、あ……貴方は……ッ!? ……じゃ、ジャティス=ロウファン……ッ!?」
「また、会えて嬉しいよ……システィーナ=フィーベル……」
「な、なんで……あなたが、ここに……ッ!?」
「安心しなよ、システィーナ……今回の目的はグレンじゃない。……君だよ、ルミア=ティンジェル。……いいや、エルミアナ=イェル=ケル=アルザーノ王女殿下……君の身柄を預かりに来た……」
「な……」
ジャティスは理性と狂気を併せ持つ双眸を、ルミアに向ける。
「……ジャティスさん、とおっしゃいましたね。何が目的なのかは分かりませんが、リィエルを……どうしたんですか? 返答次第では……私は、あなたを許しませんから」
「ルミア……」
ルミアはそんなジャティスを真正面から見る……どころか、構えた。
勝ち目なんてないと分かりながら、それでも戦おうとしているのだ。
「くくく……さすがはあの方の娘だ。いずれ根絶せねばならない穢れた邪悪の血だが……その気高さには、敬意を表そう。安心してくれ……リィエルは死んじゃいない。少し、眠ってもらっただけさ。彼女みたいな猪がいると話ができないんでね」
「──ッ!?」
「とにかく、僕と一緒に来てもらうよ……危害を加えるつもりはない、協力してほしいことがあるんだ……」
「……協力……?」
「最も、君に拒否権は……、……おや?」
「……さ、させないわ……ッ! ……ルミアは……わ、私が守る……んだから……ッ!」
「し、システィ!? 駄目だよ!?」
ジャティスは、強い決意の籠もったシスティーナの眼差しを見る。
そんな眩しい瞳に……。
「…………くくく……くはは……はっはっは……あっはははははははははははは──っ!」
ジャティスは、笑った。
「成長したねぇ、システィーナ=フィーベル。以前の君なら、グレンがいなければ怯えて泣き叫ぶだけだったろうに……リィエルもそうだ。人形同然だったのに、今は変わりつつある……これもグレンの影響かな……?」
「う、うるさいっ! 《猛き雷帝よ・極光の閃槍以て──》」
「だけど──」
「あっ、ぐ──ッ!?」
「──単騎で僕とやり合うには、まだまだ……」
黒魔【ライトニング・ピアス】を撃とうとしたシスティーナの背後に回り込み、
「システィ!? しっかりして!? システィッ!?」
「……さて、ようやくこれで落ち着いて話ができるかな……単刀直入に言う、ルミア=ティンジェル。僕に協力しろ……僕が正義を執行するために……そして……今、未曾有の危機に陥っているこのフェジテの町を救うために……ね」
「……えっ……!?」
そんなジャティスの予想外の言葉に、ルミアは困惑した。
ジャティスの真意は瞳にある無限の闇に掻き消され、ルミアには何も分からなかった。
■□■
……大丈夫だ、ティア=レイフォード。
原作知識でしっかり自分なりの作戦も考えたし、ジャティスも協力してくれてる。
俺の愉悦の欲望も果たせるし、完璧な作戦と胸を張って言える。
だから──
──絶対に、ジャティスの魂を割らせない。
あんな方法を、俺は絶対にさせない。
……絶対だ。