リィエル・レプリカと転生日誌   作:氷月ユキナ

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第三団(ヘヴンス)天位(オーダー)

「だぁあああああ──っ! また負けたぁああああああ──!」

 

 グレンの悲鳴が、アルフォネア邸に木霊する。

 

 テーブルの上にある戦術盤(チェス)による敗北で悔しがっているグレンを、セリカは満面の笑みで見ながらグレンのリル金貨を頂戴した。

 

「くくく……魔術師たる者、盤面の裏側に潜む人の意思を読め。それがお前はまだ浅い」

「くそッ! うるせえッ! もう一回だ、もう一回ッ!」

 

 やれやれ、こいつまたシロッテ生活になるんじゃないか……と呆れながらセリカが駒を並べていると……。

 

 ──カン、カン、カン。

 

 呼び鈴が打ち鳴らされる音が、屋敷内に鳴り響いた。

 

「……客? こんな時間にか?」

「ええと……《誰だろうな》……? これは……システィーナだな」

「……白猫? 何で白猫が、こんな時間に……?」

 

 セリカはどこか急いだように席を立ち、玄関の方へと向かう。

 

「ど、どうした?」

「一緒に来てくれ、グレン。……何か様子がおかしい」

 

 グレンは首を傾げながら、セリカを追っていく。

 

 セリカは音を立てて玄関扉を開けた。

 

「……先生っ!」

 

 システィーナがグレンの胸に飛び込んでくる。

 

「……先生…先生……っ! ぐすっ……うぅ……うわぁああああああん」 

「……何があった?」

 

 グレンはそんなシスティーナの様子を見て、すぐに雰囲気を変えた。

 

 

■□■

 

 

 ──……かちゃり。

 

 セリカのカップの音が鳴る。

 

「ジャティスの野郎にリィエルがやられて……ルミアが攫われた……?」

「はい……私が目覚めたら、ルミアの姿はなくて……恐らくは……」

「……リィエルは無事なのか?」

「命に別状はないです……でも、とにかく怪我がひどくて……今は、フィーベル邸で眠っています」

「不幸中の幸い……と言いたいが、クソ……ここんところ何の動きもなかったから、完全に油断していた……」

「ごめん……なさい、先生……ッ! 私……また、何できなかった……ッ!」

「気にするな。忌々しいがジャティスは凄腕だ。何もできないのが普通なんだよ」

「……だが、そのジャティスとか言うクソガキは、なんでルミアを連れて行った? 話を聞けば、そのクソガキが狙っているのはグレンなんだろ? なんで、ここに来て、突然、天の智慧研究会みたいに、ルミアを狙い始めたんだ?」

「……わかりません……私には……」

「くそ……ッ! さっさとルミアを救い出さねーと……ッ!」

 

 そう言って立ち上がったグレンの肩に、セリカは手を置く。

 

「……私も動こう、グレン」

「……セリカ?」

「なんだ? 何か不服か? どうせ、お前、ルミアを探してフェジテ中走り回るつもりなんだろう? ……なら、私の魔術があれば早いだろ?」

「まぁ、そりゃそうなんだろうけどよ……セリカ、ジャティスの野郎を甘く見るなよ? 確かに魔術の腕だけ見りゃ、お前の足元にも及ばないだろうよ。だが……あいつの恐ろしさは、そこじゃねえんだよ……もっとこう……別の……」

 

 不安そうなグレンに、セリカは力強い笑みで答えた。

 

「なんだ、悲しいな。お前は、お師匠様の力が信じられないのか? この私が、まだ半世紀も生きてないようなガキに負けるとでも?」

「そうじゃねぇ! そうじゃねえんだッ! あいつは──」

 

 どうしたらジャティスの恐ろしさを伝えられるのか。

 

 グレンが言葉にできないことに苛ついた時。

 

 

 ──その視界が、真っ白になり……。

 

 

「──はっ!?」

 

 その数瞬後、グレンが我に返った。

 

 庭に面していた居間の壁が、何らかの爆発によって万遍なく吹き飛び……目の前には、半壊した居間と焦土と化した庭があった。

 

「い、一体、どうなって……」

「私の心配をするより、自分の心配をするべきじゃないかな? このバカ弟子」

 

 その焼け野原になった庭には、無数の黒影が立っていた。

 

「な──ッ!?」

 

 黒影の正体は、黒い外套に身を包んだ年齢、性別共に分からない人間の集団だ。

 

 全員がフードを被る、白い仮面の不審者。

 

 そして、短剣、鎌、鍵爪、ナイフなど、様々な武器が各々の手にあった。

 

 その得物の意匠は……どこか、リィエルとティアの大剣に似ている。

 

「そのセンスがねえ仮面に外套……その統一性のねえ得物……錬金改【隠す爪(ハイドウン・クロウ)】ッ! こいつら、天の智慧研究会の暗殺部隊『掃除屋(スイーパー)』だッ! なんで、ここに……!?」

「シャアアアアアア──ッ!」

 

 驚愕するグレンへ掃除屋(スイーパー)が三人、高速で襲い掛かる。

 

 どのように対処しても、グレンを仕留められる──掃除屋(スイーパー)の対魔術師用、暗殺戦陣。

 

「ぐ──ッ!? しまっ──」

「せ、先生ぇええええ──っ!?」

「《失せろ》」

 

 セリカの超光熱の爆炎が、掃除屋(スイーパー)三人を飲み込んだ。

 

「……す、すまんっ! 助かった、セリカ!」

 

 我に返ったグレンは掃除屋(スイーパー)たちへ身構えた。

 

 【隠す爪(ハイドウン・クロウ)】の習得の際に廃人と化した掃除屋(スイーパー)たちは無言で、動揺もなく向かって来る。

 

「さて、ジャティスとかいう若造がルミアを攫って、天の智慧研究会が私たちを襲っている……これ、どういうことだろうな?」

 

 セリカは軽やかな足取りで悠然と、掃除屋(スイーパー)たちの前に出た。

 

 その背中は、グレンたちにとっては、とてつもなく頼もしく見える。

 

 そして、屋敷のあちこちから聞こえてくる、無数の窓ガラスが割れる音。

 

 新手の掃除屋(スイーパー)たちが次々と現れ、頭数が増えていく。

 

 それは、この屋敷は完全に包囲されてしまっていることを意味していた。

 

「ほう?」

「お、おい!? どうすんだよ、セリカ!」

「ふむ……だが、一つ分かったことがあるな。こいつらの標的は、私とお前だ。グレン」

「はぁ!? 何で俺とお前が!?」

「知るか」

「あぁ、もう! ジャティスといい組織といい、 今回は以前までとやっていることが全然違うじゃねえかッ!」

「さて……決まったな、グレン。システィーナを連れて、この屋敷の地下にある例の隠し通路を使って、例の場所に行け。……私が援護してやる」

「はぁ!? お前はどうすんだよ!?」

「私は残る。 このお客様たちのおもてなしをせにゃならんからな」

「アホ! お前を残して、逃げられるかよ! そよそも、今のお前は魔術をあまり使うと──」

「バカ。身内のこととなると、すぐに冷静さを失う……だから、お前は三流なんだ」

「「「シャアアアアアア──ッ!」」」

 

 事情など知ったことではないといった感じで掃除屋(スイーパー)が三人、再び飛びかかってくるが──

 

「……可愛い息子とお話し中だ。ちょっと《待ってろ》」

 

 それを見もせずに、セリカは氷柱で掃除屋(スイーパー)たちを呑み込み、絶命させる。

 

 次元が違いすぎるセリカに、掃除屋(スイーパー)たちの動きが止まった。

 

「ぶっちゃけ、邪魔なんだよ。共闘するには相性が悪いし、 そもそもお前は不意打ち専門だ。お前はあんま役に立たん」

「ぐ……」

「お前らがうろちょろしてたら、私は全力出せないし、流石にそんな状態でプロの暗殺者たちから、最後まで守り切れる保証はない。だから、行け」

「……分かった。死ぬなよ。後で、絶対に、追って来いよ!?」

「……だから、誰に言ってんだ。自分の心配してろ」

「白猫! 俺に付いてこい!」

「わ、わかりました……ご武運を、アルフォネア教授!」

「シャ──ッ!」

 

 グレンとシスティーナは居間から駆けだした。

 

 そうはさせまい、そう思い掃除屋(スイーパー)たちが一斉に追おうとするが──

 

「おっと、残念。《行き止まり》だ」

 

 セリカの稲妻が、グレンたちを避けて掃除屋(スイーパー)たちへと食らいつく。

 

「まぁ、そう焦るなよ。せっかく、 お客様に紅茶を用意したんだ……ゆっくり、堪能していけよ──」

 

 そんなことを呟いて、セリカがぱちんと指を打ち鳴らした。

 

 

■□■

 

 ……圧倒的だった。

 

 第七階梯(セプテンデ)は伊達ではないと言わんばかりに。

 

「……大体、駆除できたかな……」

 

 魔術で掃除屋(スイーパー)たちがもういないかどうかを確認したセリカは、一息ついた。

 

(……ちっ。敵は雑魚ばっかだったが、だいぶ、手間取らされたな……だが、敵性反応は──0。さて……グレンたちを追うか……)

 

 セリカが踵を返したその時。

 

「──ッ!?」

 

 突如、空からの殺気を察したセリカが、咄嗟にその場から転がる。

 

 刹那、天より凄まじい速度で舞い降りたそれが、セリカのいた場所を刺し穿ち──爆砕させられた。

 

「ち──」

 

 素早く飛びのき、さらに地を蹴って距離を取る。

 

 見れば、巨大なクレーターの中心に、槍を地面に突き立てた人影がある。

 

(へぇ? 少しはデキるのがいるみたいじゃないか……ッ!?)

「《消え──》」

「……()()()()()()、セリカ=アルフォネア……」

 

 その言葉に思わず、セリカは呪文詠唱(スペリング)を、中断してしまう。

 

(……なんだ? この声……どこかで……?)

 

 ……聞き覚えがあった。

 

「ふっ……こうして貴女と会うのは実に二百年ぶりだな……」

(……二百年? ……は? 何を言ってるんだ、こいつは?)

 

 その人影は、白鎧とローブを組み合わせた古風な聖騎士装束を纏う壮年の美丈夫だった。

 

 その武人然とした佇まい。右手に鈍く輝いている槍、左手に十字架が入っている白い大盾。

 

 金獅子の鬣のような髪を、夜風になびかせる、その姿には──セリカには見覚えが有った。

 

「馬鹿な……ッ!? なん……で……お前が……ッ!? お前は、二百年前の魔導大戦で……外宇宙の邪神どもとの戦いで……ッ!?」

 

 ……話は変わるが、この世界には『六英雄』と呼ばれる者たちが過去にいた。

 

 二百年前の邪神の眷属との戦いで、人類側の切り札として戦った者たち。

 

《灰燼の魔女》セリカ=アルフォネア

《剣の姫》エリエーテ=ヘイヴン

《聖賢》ロイド=ホルスタイン

《戦天使》イシェル=クロイス

《銀狼》サラス=シルヴァース

 

 そして、最後に──

 

「死んだはずだ……お前は間違いなく、確かに、あの戦いで死んだはずだッ! 《鋼の聖騎士》ラザール=アスティール!」

 

 六英雄はセリカを除き、全員、二百年前の戦いで死んだ。

 

 皆、散っていったはず。それなのに──

 

「改めて自己紹介しよう、セリカ。今の私は、聖エリサレス教会の聖堂騎士団総長ではない……天の智慧研究会、第三団(ヘヴンス)天位(オーダー)》のラザールだ」

「は──? へ、第三団(ヘヴンス)天位(オーダー)》……だとぉ……ッ!?」

 

 それこそ、セリカは衝撃を覚えた。

 

 天の智慧研究会の最上位階である第三団(ヘヴンス)天位(オーダー)》の存在は、都市伝説とまでされている代物だったのだ。

 

(ラザールはくだらない冗談を言う男じゃない……がああ言っているということは……じょ……冗談じゃないぞッ!? 普通の第三団(ヘヴンス)天位(オーダー)》ならともかく、かつての六英雄がここで出てくるのか!? いくらなんでも──拙いッ!)

 

 セリカの全身を、久しい緊張と冷や汗が撫で上げる。

 

「さぁ、始めよう。私はかねて貴女とは一度、全力で戦いたいと思っていた」

「くそが──ッ!」

 

 戦闘中に考え事などしたら──やられる。

 

 六英雄は、そういう存在だ。

 

()()()()()()()》》》ッッッ!」

 

 セリカは【プラズマ・カノン】、【インフェルノ・フレア】、【フリージング・ヘル】の三つを同時に起動する。

 

 それの超絶な威力をラザールは食らい──

 

「我が《鋼》の二つ名を忘れたか? セリカよ」

 

 荒れ狂う中心にラザールは、無傷で佇んでいた。

 

「くっ……やっぱり『力天使の盾』の絶対防御は健在か……ッ?!」

 

 それは邪神の攻撃を受け止め続けてきていた、凄まじい力を宿す聖エリサレス教会の聖遺物。

 

「今度は、こちらから行かせてもらおう!」

 

 ラザールが槍を掲げると凄まじい光が槍から溢れ出す。

 それは、ラザールの絶大なる法力。

 

「お前ら聖堂騎士お得意の法力剣(フォース・セイバー)……猪口才な! 《断罪せよ──》」

 

 セリカ左手を構え、対抗呪文を口走ろうとするが。

 

 ──どくん……。

 

 突然、セリカは眩暈と動悸を覚えた。

 

「──げほっ!?」

 

 次の瞬間、セリカは吐血して、身体はぐらりと崩れてしまう。

 

 途端、全身を酷い虚脱感が満たす。

 

(馬鹿な……まさか、もう限界が来たのか!? くそっ、このポンコツめ!)

 

 セリカは内心、動かなくなった自分の身体を憎む。

 

「……真に、かくあれかし(ファー・ラン)

「……ぐ、グレン……」

 

 迫りくる白き破滅が、為す術のないセリカを包み込む──前に、一人のメイド服を着た少女が莫大な熱量を持つ炎を纏い飛び込んできた。

 

「《炎の(フレイ・)──(ヴード)》ぉぉおおおおおお──っ!」

 

 ────ッッ!

 

 轟音が鳴り……煙が晴れていく中に、セリカは先程と同じ姿……つまり、無傷の少女の姿を見つけた。

 

 それはつまり、()()ラザールの攻撃を相殺できたということだ。

 

「ほう……?」

「ごほっ、ごほっ……お前は……?」

 

 ラザールは興味深そうに、セリカは状況が把握できずに戸惑うように少女を見る。

 

「おれはティア。あなたがセリカ?」

「あ、ああ……そうだが」

「助けに来た」

 

 ティア=レイフォードはセリカの前に庇うように立ち、そう宣言した。

 

 

■□■

 

 

 なんで俺が天の智慧研究会・第三団〈天位〉(ヘヴンス・オーダー)と戦わなくちゃいけないんだよ全く"面白く"ないよッ!?

 

「……そう、か。お前がジャティスとかいう小僧の仲間やってるティア=レイフォードだな……?」

 

 《世界》のセリカ=アルフォネアも居るし!? 敵対するのかなこれ、最悪だよコンチクショウッ!

 

「それは今、関係ない。セリカは早く逃げて」

「……ハッ、誰に言ってるんだ。私がこの程度で限界だとでも思うか?」

「ん」

「…………思うのか。ちっ」

 

 だって……血吐いてたら誰だって限界だと思うよ……。

 

 実際そうだろうし……見栄張るのはやめて、セリカが戦えるんじゃないかって希望持っちゃうから。

 

「ん、だから急いで逃げ──」

「──逃がせるとでも、思っているのか?」

 

 その時、既にラザールは俺へ動いていた。

 

 いや早──

 

「──死ね、小娘」

 

 ラザールの槍が俺へと向かい──俺はセリカへ顔を向けたままラザールを見ずに炎の剣(フレイ・ヴード)で受け止めた。

 

 "読んでいたよ"……ってやつだね!

 

 そして、このまま炎の剣(フレイ・ヴード)からぶわっ、と炎を溢れ出しラザールを包みこもうとする──が、咄嗟に距離を取られて失敗した。

 

 そう簡単には行かないよね……。

 

 俺はセリカから目を離し、ラザールに目を向け炎の剣(フレイ・ヴード)を構える。

 

「なかなかやるようだな……ティア=レイフォードと言ったか。私は天の智慧研究会・第三団(ヘヴンス)天位(オーダー)》が一翼、ラザールだ……参る」

「おれは……ティア。ただの町娘。……おれの邪魔しないで、《大導師》の犬」

 

 お互い名乗ると、辺りには剣と槍の衝突音が鳴り響いた。

 

 ……逃げることに全力を注げよう。ここままじゃ、冗談無しで俺でもさすがに死ぬ。

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