リィエル・レプリカと転生日誌   作:氷月ユキナ

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《鋼の聖騎士》から離脱

「ちっ」

 

 自分の劣勢さに、俺は思わず舌打ちをした。

 

 こつ、こつ……と、ラザールの足音が近づいてくる。

 

 セリカはまともに動けない……どころか、俺への援護の魔術を使ったせいで気絶状態らしく、まだ逃がせていない。

 

 正直、セリカはもう何もできないだろって感じで舐めプされてる気がする……。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……どうしよう。

 

 本当は自分でグレン先生のとこに行って欲しかったんだけどなぁ……。

 

 けど……セリカは絶対に守り抜く。セリカがここでラザールに殺されるのは"面白くない"。

 

 そう決意した俺は、再び《炎の剣(フレイ・ヴード)》から炎を引き出す。

 

 だが、先程とは違い目くらましを重視した炎だ。

 

「……何をするつもりだ?」

「さぁ?」

 

 俺が剣を振ると同時に炎を開放し、辺り一面を炎で染め上げる。

 

 そしてラザールが俺から目を離した瞬間、全力でセリカをお姫様抱っこして逃走を──

 

「──こんなもので、本当に私から逃げられるとでも?」

 

 聞こえてはならない声が、はっきりと聞こえた。

 

 気付けば、先程まで少し離れた場所に居たはずのラザールが横から迫ってきていて。

 

 ──ガキィィンッ!

 

 金属がぶつかり合うような、音がした。

 

「──"読んでいたよ"」

 

 ラザールの攻撃は、俺に届くことはなかった。

 

 何体もの人工精霊(タルパ)が、それを防いでいたからだ。

 

 そして、俺の目の前には一人の男がいた。

 

「……ジャティス?」

「正確には、僕は本人(オリジナル)ではなくただの人工精霊(タルパ)なんだけどね」

 

 ジャティスは俺に向かってウインクをする。

 

 "ここは僕に任せて"……そう言われているような気がした。

 

「……ん! 任せる!」

 

 俺はその場からセリカを連れてすぐに逃げ出した。

 

 アルフォネア邸を跳び出し、屋根を伝って全力で離れる。

 

 【疾風脚(シュトロム)】は使えないが、それなりの速度で夜のフェジテを駆ける。

 

 本物のジャティスに、会いに行く為に。

 

 

■□■

 

 

「……仕留め損ねたか」

 

 目の前で細かい塵のようなものに砕けて霧散していく人工精霊(タルパ)のジャティスの姿を見ながら、ラザールは呟いた。

 

「……まあ、セリカが居ようとも余り問題はない。最低でもすぐには動けないだろうしな……私は私が為すべきことをするだけだ」

 

 

■□■

 

 

「……遅いですね……アルフォネア教授……」

 

 システィーナは呟いた。

 

「…………」

 

 グレンは無言でテーブルの席についている。

 

 ──かち、かち、かち……。

 

 壁の時計の音がやけに大きく響き、ランプの火がゆらゆら揺れている。

 

 この部屋は、アルフォネア邸の地下から秘密の通路を通らなければたどり着けない秘密部屋だ。

 

「……ひょっとして、教授ったら道に迷っているんじゃ……だから、こんなに遅く……」

「それはない」

 

 グレンはシスティーナの気遣った言葉を否定する。

 

 ──かち、かち、かち……。

 

 時計が、時がどんどん過ぎていくのを示す。

 

 今の時刻は、午前5時を過ぎたぐらい……つまり、夜は既に明けている。

 

「……そろそろ、現実を見るべきかもな」

 

 システィーナは、ボソリと言ったグレンに顔を向ける。

 

「姿を現さない。通信魔術にも出ない。何らかの手段による連絡の一つもない……鼠の使い魔を送って様子を見に行かせたら……何が起きたのか、屋敷のあった場所は更地の焦土と切り裂かれたような戦闘の跡だ。辛うじて見つかったのは……セリカの衣服の焦げた切れ端だけ」

「…………ッ!」

「状況から明らかだ。セリカは……恐らく……もう……」

「そんなっ!」

 

 ──がたんっ!

 

 システィーナは乱暴に立ち上がる。

 

「あのアルフォネア教授に限って、そんな──ッ!?」

「魔術師の格上喰い(ジャイアント・キリング)なんてよくある話だ。実際、昔の俺がよくやっていた」

「…………ッ!?」

「それに知ってるだろ? 今のあいつは……昔ほど無敵ってわけじゃねえ」

 

 システィーナとは違い、グレンはゆっくりと椅子から立ち上がる。

 

「……駄目です」

 

 ジャティスにルミアが連れ去られたあの場で何もできなかった自分に悔しく、辛い気持ちがあるシスティーナは、それを押し込み、グレンへと声をかけた。

 

「そっちに行っちゃ、駄目です」

「はぁ? 行かないと出られねえだろ」

「……大丈夫です。 ルミアもアルフォネア教授も……ニ人ともきっと無事です」

「気休めも大概にしろ……一体、どこにそんな保証が? 状況から判断すりゃ──」

「大丈夫ったら、大丈夫です。……今、また……先生が、遠くに行ってしまいそうな気がしました。そっちに行っちゃダメです、先生。……行かないで」

「──ッ!?」

 

 自分がどれだけ冷静じゃなかったかを理解したグレンは一旦、深呼吸をした。

 

「……悪い。俺、やっぱ、冷静じゃなかったわ」

「先生……」

 

 いつもの調子を取り戻したグレンは、気恥ずかしいように頭をかく。

 

 ──キン、キン、キン……。

 

 金属のような音が、不意に響き渡る。

 

「この音は……通信魔術の着信音!? セリカ!?」

 

 グレンはポケットから通信魔導器を取り出すが、反応していない。

 

「……俺のじゃねぇ……? じゃ、何の音だ……?」

「……せ、先生……これ……ッ!?」

 

 困惑しているシスティーナの手には、点滅して着信音を出している半割れの宝石があった。

 

「貸せ!」

 

 どうやらスカートのポケットの中にあったらしいが、今のグレンにはどうでもいい。

 

『やぁ、グレン。……ご機嫌いかがかな?』

 

 聞こえてきたのは、耳障りな声で。

 

「……ジャティス……ッ!」

『くくく……久しぶりだねぇ、元気だったかい?』

 

 ──ぎり……。

 

 グレンは小さく歯ぎしりする。

 

『グレン。取り急ぎ、君がいの一番に聞きたいことを伝えよう……ああ、大丈夫、心配いらない……ルミアは無事だよ。そして……セリカ=アルフォネアも無事だ。ティアがアルザーノ学院の保健室に忍び込んでベッドの上に置いておいてくれたからね。彼女達に危害を加えることなんか万が一にもしない……ルミアに関しては、少し眠ってもらっているだけさ』

「てめぇ……ッ! どういうつもりだッ!? 今回はルミアをさらって、こうして俺に接触し……一体、何を考えてやがるッ!? それにあの天の智慧研究会の連中は何だッ!? てめぇ、まさか連中とグルになって──」

『は? 僕が下劣なクズ共とグル? いくら僕が尊敬する君でも、言っていいことと悪いことがあるぞ? グレン……』

 

 ジャティスの激しい憤怒が、グレンの元まで届いた。

 

『まぁ……今は時間が惜しい。話を進めようか……』

 

 気を取り直し、めっちゃ楽しそうな雰囲気を出し始めたジャティスはグレンを煽ってくる。

 

『ゲームをしよう……グレン』

「ゲーム……だと?」

『これから僕が出す課題を一つ、君がこなす……そういうゲームだ。君が僕の要求に応えている限り……ルミアの命は保証しよう。だが、君が課題をこなせない、課題を放棄したその時は……ふっ、わかりやすいだろう? ……どうだい?』

「ちっ……信用できねえな。そもそも、さっきのルミアは本当にルミアの声か? 魔術的にごまかす手段はいくらでもあるぜ? もう一度──」

『ははははは……この状況でも情報を引き出そうとするなんて、抜け目ないね。いや、むしろこの状況だからこそ、なのかな……? さすがだと言いたいところだが……今の君に、僕の要求を呑む以外の選択肢がありえると本気で思っているかい?』

「……くそ……ッ!」

『そう固く捉えないでくれ。ただ、僕は君に少し手伝ってもらいたいだけなんだ……このフェジテを救う手伝いを、ね』

「……、…………は? フェジテを……救う?」

 

 グレンには、ジャティスの言っていることがまるで理解できなかった。

 

「おい、そりゃ一体、どういうことだッ!?」

『う〜ん……時は金なり、とはいえ……今はまだ君にやってほしいことは無いんだよね……まだ、ってだけだけど。だから落ち着きなよ、グレン……そのときが来たら連絡するからさ。僕も色々とやることがあって、忙しいんだからね……くっくっく……』

 

 狂える正義の妖しい嗤いが、グレンとシスティーナのいる部屋に響き渡った。

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