リィエル・レプリカと転生日誌   作:氷月ユキナ

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墜ちた神との決着

 ────。……

 

 

「──ィ──ア……ほら……起き……」

 

 ………………。

 

「──ティア? ほら、起きなよ……もう朝だよ?」

「…………ん」

 

 ジャティスの声を聞きながら、俺はベットの上で身体を起こした。

 

「今日はグレンの生徒達の魔術祭典の為の選抜……ティア?」

 

 俺の雰囲気を感じ取ったのか、ジャティスは怪訝な顔をする。

 

 そんなジャティスの意識を切り替えさせるにはどうすればいいかと考え……すぐに、答えは出た。

 

 声が震えないように、拒絶されることへの恐怖を抑え込み。

 

「ジャティス…………おねがい、助けて……ッ」

 

 消えそうなほどに儚い声で、言った。

 

 対するジャティスは目を閉じて、何かを考えるように黙りこむ。

 

 そして目を開くと、非常に真剣な目付きで俺を見据える。

 

「説明は、できるかい?」

「……むり」

「君が今、何に囚われているかは?」

「…………ごめん」

「なら、一つだけ聞くよ。……君がやろうとしていることは、正義の行いかい?」

 

 それは"正義"かと、ジャティスは俺に問う。

 

「……ん、もちろん」

 

 悪人(ゲイソン)を倒し、少女(エレン)を救う。

 

 それを、正義と言わずしてなんと言えばいい。

 

「そうか」

 

 微笑みながら手を腰に当てて、ジャティスは真摯な目で、拒まれたらと不安に思う俺に言葉を続ける。

 

「安心してくれ。それなら僕は、何も聞かない。ティアに何があったのかも、ティアの目的もね」

「……どうして、そんなに」

「信じているからさ」

 

 ジャティスの、狂気なんてまるで感じられないほどの優しい声。

 

 俺を見つめる目は、まるで子供のような澄んだ目をしていた。

 

「僕を頼ってくれたんだ。なら、全力で応えなくてはね……くっくっく……」

「ジャ、ティス……」

 

 わざとらしく笑うジャティスに、俺の口元がわずかに緩む。

 

「さ、僕は何をすればいい?」

 

 穏やかに笑って差し伸べられたジャティスの手に。

 

 俺は、自分の手を重ね合わせて。

 

 

■□■

 

 

 ──ばぁん!

 

 屋上の扉が激しく開かれた。

 

 そこにいたエレンとゲイソンが音につられて振り返ると、そこには二人の男女が居た。

 

「迎えに来たよ、エレン」

 

 ドヤ顔をするセラ(ティア)に、エレンは困惑したような顔をする。

 

「……セラ? どうして、ここに?」

「ようやく、決着がつけられそうだから……かな」

「え……?」

 

 セラ(ティア)が何回もル=キルに殺されていると知っているエレンからすれば、今のセラ(ティア)の行動は無謀としか思えない。

 

 だが……それでも、無意味にこんなことをセラ(ティア)がするとは、エレンには考えられなかった。

 

「……分かりましたよ、セラ。貴女に全てを託します」

「うん、任せて。……行ける? ジャティス君」

「ああ、いつでもやれるよ……」

 

 セラ(ティア)が後ろにいた灰髪の攻撃的な美貌をした男……ジャティスと言葉を交わして、その身に宿る魔力を高める。

 

「状況がよくわからぬが……まあいい。貴様らを殺せば収まるのだろう?」

 

 それに対してゲイソンは竜頭を猛回転させれば、この閉ざされた一週間で何回も見た怪物、ル=キルが顕現する。

 

「ジャティス君、風の防御ッ!」

「ははは、大丈夫だよ、セラ」

「"滅びの風"だよ!? 大丈夫じゃ──」

 

 その時、ようやくセラ(ティア)は気づいた。

 

 自分の身の回りにいつの間にか出現していた人工精霊(タルパ)彼女の御使い(ハーズ・エンジェル)・風護】の存在に。

 

 ……この人工精霊(タルパ)は、"滅びの風"対策の為にセラ(ティア)がジャティスと協力して、暴嵐霊(シルフィード)などを参考にして六日間で完成させた魔術だ。

 

「ほらね? "読んでいた"んだよ」

「……心臓に悪いよ」

 

 呆れた顔をしながらも、セラ(ティア)は落ち着いて炎の剣(フレイ・ヴード)を構える。

 

「チッ……小癪な」

 

 それを見たゲイソンは、ル=キルの翼を更にはためかさせて、爆風を生み出す。

 

「さて──行くよ」

 

 次の瞬間、セラ(ティア)は風のように跳んでいた。

 

 "滅びの風"によって、がらがらと壊されていく学院の校舎の欠片を足場として踏みながら、曲芸のように立体機動で動き回る。

 

具現(コール)人工精霊(タルパ)彼女の御使い(ハーズ・エンジェル)・脚鎖】」

 

 ジャティスの人工精霊(タルパ)セラ(ティア)の足に絡みつく。

 

 そうすることで、セラ(ティア)は擬似的に空を飛ぶことができるのだ。

 

 その間にも、ル=キルはセラ(ティア)の頭上を取って"滅びの風"を巻き起こす。

 

「"読んでいたよ"」

 

 だが、それすらもジャティスの掌の上だ。

 

 次の瞬間、ル=キルの全身が切り裂かれ、黒い何かの液体がポタポタと溢れ出す。

 

人工精霊(タルパ)見えざる神の剣(スコトーマ・セイバー)】……質量ゼロの、不可視の刃さ」

 

 まだ崩壊していない学院の屋上の頂に、フロックコートを風に靡かせながら、ジャティスは不敵な笑みを浮かべる。

 

 その隣には、崩れた学院に巻き込まれないようにと回収されたエレンもいた。

 

「グ、ギギギ……」

「ば、馬鹿なッ!? ル=キルが、こんな……こんなぁ……ッ!?」

「さぁ……後は、君の役目だよ」

「うん。──《諸元を整えし炎の魔人よ、我が知識と力を融合させ、天地を舞台に奏でる炎魔の煌めきを紡ぎ出さん》」

 

 セラ(ティア)炎の剣(フレイ・ヴード)から凄まじいほどの焔が溢れ出し、その空間を満たしていく。

 

「《大気の流れと燃ゆる炎の融合、舞い狂う紅い鍵の底力を示し、この炎剣に我が意志を灌ぎ込め》」

「綺麗……」

 

 それは、エレンが目を奪われるほどに幻想的な光景だった。

 

「……セラ。私も、貴女みたいになりたい……」

 

 その願望を口にしても、エレンにはそれが叶うとは到底思えなかった。

 

 ティアの知っている原作と比べれば時間を繰り返した回数は少ないが、それでもエレンは努力していた。

 

 だが……それでも、憧れの空を翔べる翼を作れることはなかった。

 

「……やっぱり、私じゃダメなのかな? ねぇ……」

「そんなことはないよ」

 

 不意に、隣から声が聞こえた。

 

 エレンが振り向けば、そこにはジャティスと呼ばれた灰髪の青年が座っている。

 

「確かに、君には才能がないのかもしれない。だが、それなら彼女も同じだよ」

「え……? ……それなら、私も努力すれば、彼女のように"空"を飛べるようになれるの?」

()()()()()

 

 期待を一瞬で裏切るような言葉に、エレンは思わず絶句する。

 

 続いて失望が溢れ出し、文句を言おうとする前にジャティスは言葉を続ける。

 

「そもそも、彼女も君の言う"空"を飛べてはいないんじゃないかな?」

「え……?」

「彼女は強いけど、あそこまでの領域に到れたのは()()()()()()()炎の剣(フレイ・ヴード)()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その《炎の剣(フレイ・ヴード)》や魔導演算器を作ったのだって、彼女ではないしね。しかも、剣技だって元はイルシアのものだ」

 

 ジャティスは若干ティアのことを馬鹿にしているような言い方をするが、その声に侮蔑などは一切含まれていない。

 

 むしろ、そこにあるのは一種の尊敬だった。

 

「エレン……だったかな。君が思っているよりも、彼女は強くなんてないよ。ただ、他人からの借り物を継いで接いで使ってるだけさ」

「…………」

「それでも勝ちたいっていうのなら、空を飛びたいって思うのなら……僕が空なんかよりも上に連れてってあげるよ。とっておきの、イカサマを使ってね」

「イカ、サマ……?」

「そのとおりだよ……そもそも、君がいるタイミングを狙ったのは、その為なのだからね……くっくっく……」

 

 悪い顔で笑うジャティスに、この人についていって大丈夫なのかと、エレンは心から不安になった。

 

 ……だが、それでも。

 

「……貴方の言うとおりにすれば、私はシスティーナに勝てますか?」

「もちろん。ここに誓おう、悪いようにはしないと。僕の言うとおりにすれば、きっと上手くいく……上手くいくさ……くくくく……」

 

 怪しさが半端ないが、それでもエレンは覚悟を決めた。

 

「分かりました。……私はどうすればいいですか?」

「今は、まだ何もしなくていいよ……彼女がアレを倒してからが本番さ……」

 

 そうして、ジャティスはセラ(ティア)に目を向けた。

 

「《欲望を秘めし我が誓う。紅炎纏いて、舞い踊れ》──【燃ゆる剣(フレイ・ヴード)】」

 

 そうして、セラ(ティア)の炎の刃が、ル=キルとゲイソンを切り裂いた。

 

「ぐ、ゴボォ……ば、カなァ……ッ!?」

 

 その体を真っ二つに切り裂かれたゲイソンはそれだけ吐き地面に倒れ、ル=キルはマナの粒子にその体が分解されて、呆気なく消滅していった。

 

「…………た、倒せたぁ……!」

 

 《炎の剣(フレイ・ヴード)》を杖代わりにし、肩で息をしているセラ(ティア)を横に、ジャティスはゲイソンの死体へと手を伸ばす。

 

 そうして掴んだものは、《ル=キル時計》の竜頭だった。

 

「さぁ、エレン。覚悟はできたかい?」

「は、はいっ! ……ですが、何をするんですか?」

「ジャティス君? ……何を、するつもりなの?」

 

 訳がわからないという表情のセラ(ティア)を他所に、ジャティスはエレンに竜頭を渡す。

 

「君は、この《ル=キル時計》と長年付き合ってきたクライトス家の血筋の人間だ……親和性は高いはずだから、辿り着けるはずだよ」

「辿り、着ける……?」

「彼女から白魔【ロード・エクスペリエンス】くらい教わっているんだろう? ……その竜頭に使ってみてくれよ」

「な、なんで使えることを……」

「"読んでいた"からさ」

「……エレン、慣れて。こういう人だよ、ジャティス君は」

「そう、なんだ? ……大丈夫なんですか?」

僕を信じてくれ(トラスト・ミー)

 

 エレンは微妙な顔をしていたが、すぐに気を取り直して魔力を高める。

 

 そうして詠唱するのは、セラ(ティア)に気まぐれで教えられていた魔術の呪文。

 

「《我は万象を司る者・汝の秘められし過去の声を・今一度我が耳に届け給え・我が手に宿りし物・その品の揺らぎを・我が魂に刻み込め・時の彼方に消えし力・全ての記憶と共に・我が身を通じて再び現世に蘇れ・罪深き我・逢魔の黄昏に独り・汝を偲び・その力を得ん・墜ちし神よ・我が呼びかけに応え・無限の知恵を我に与え給え・全ての瞬間を結び・我が身に想いを》」

 

 呪文を唱え終わったエレンの意識は、白魔【ロード・エクスペリエンス】によって《ル=キル時計》の中へ飛び込んでいく。

 

 そうして、エレンが見ていた世界は……光の速度で暗転していった。

 

 

■□■

 

 

 そこは、無限の闇の中だった。

 

「ひっく……ぐすっ……誰かここから出して……私を……籠の中に閉じ込めないで……」

 

 そんな中で、背中にボロボロの翼を生やした女の子が、たった一人で泣いていた。

 

 その女の子の身体は、右手と左脚、右肩、それに胴体に大穴が開いていて、あちこちが欠損していた。

 

「やだよ……ずっと、ずっとひとりぼっちで……こんな醜い身体にされて……こんな所に閉じ込められて……もう一人は嫌……」

 

 まるで人形のような女の子の身体は、ボロボロと崩れていっている。

 

 このままだと、少女は人知れず静かに消滅していまう。

 

 ……そう、このままならば。

 

「……貴女が、ル=キルなの?」

 

 誰もいないはずの空間で、壊れかけの少女……ル=キル以外の声がした。

 

 顔を上げれば、そこには現実世界でエレンと呼ばれていた少女がおり。

 

「……どうして、人がこんなところに……?」

「実は私もよく分かってないんだけど……多分、貴女に会いに来たんだと思う」

「私に……」

「うん。……単刀直入に言うね、私に力を貸してほしい」

 

 エレンの言葉を聞いたル=キルは目を見開き。

 

「……何の為に、力が欲しいの?」

 

 低い声で、エレンに尋ねた。

 

 壊れかけていても、消えそうになっていても、ル=キルは神の眷属。

 

 そんな存在としての威圧を浴びて……エレンは、怯まなかった。

 

「憧れた人がいるの。勝ちたい人がいるの。……私には、飛びたいと思った"空"があるの」

「…………」

「だから、私に力を貸して。私の翼になって」

 

 はぐらかしては駄目だと悟ったエレンは、本心からの言葉をぶつける。

 

 それは、ただの個人的な願いだった。

 

 それは、自分の為だけの想いだった。

 

 それでも、エレンは心底憧れたのだ。

 

 背中に大きな翼を持った、システィーナのいう名の少女に。

 

 そんな少女と同じ景色が見たいと、エレンは思ったのだから。

 

「覚悟は、あるの?」

「…………」

「そのあなたが譲れないもののために、他者を蹴落とすことになる……その、覚悟はあるの?」

「"汝、望まば、他者の望みを炉にくべよ"……これが、魔術師としての言葉。……覚悟がなきゃ、ここに来ないよ」

 

 エレンの答えを聞いたル=キルは、考えるように顔を俯かせて。

 

「そっか……人の持つ、無限の可能性が、時の本質として……」

「…………?」

「そう、分かった。良いよ」

 

 顔を上げて、エレンの目を真っすぐに見て、要望を了承した。

 

「私から言っておいてアレだけど……本当に、いいの?」

「このままなら、私は消える存在だから……それなら、あなたの中で眠りにつくのも悪くないなって。そうすれば、私という存在にも、何か意味があったんだって……最後にようやく、何かになれるんだって……そう思えるような気がするから…………」

 

 すると、どこか満足気だったル=キルの存在が少しずつ無数の光となって解けていき、エレンの存在に入り込んでいく。

 

「ああ……これで、私はもう一人ぼっちじゃない……ずっと、一緒だよ、エレン……永遠に……永遠に……永遠に永遠に永遠に……」

 

 ル=キルの顔を見れば、その眼には涙があった。

 

 ただ、それが悲しいのではなく嬉しいからなのだと、エレンにはすぐに分かった。

 

 そうして、最後の一欠片までもが光の粒子と化して、エレンの中に入り込む。

 

「ね……ラ=ティ、リカ、様……わ、たし……がん、ばっ、たよ……──」

 

 途切れ途切れの声が遅れて聞こえて、ル=キルは消えていった。

 

 そうしてル=キルは光となって、エレンの身体に吸収された。

 

 誰もいなかったはずの、何もなかったはずの、深い闇しかなったはずの空間なのに、それでも何かを得れたル=キル。

 

 そんな主を失い、空間はポロポロと崩れていく。

 

 その中でエレンは、ル=キルの言葉を思い返しながら、光が入り込んでいった自分の胸の温もりに触れた。 

 

 

■□■

 

 

 ──これが、最後の終わり(Ω)だった。

 

 そうして、始まり(Α)へと回帰した──

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