リィエル・レプリカと転生日誌 作:氷月ユキナ
遅れてしまいすみません!
第七試合場は、静寂に包まれていた。
一人の少女が雷閃を食らい倒れて、もう一人の少女は雷閃の軌道を完全に見切り回避していた。
そうして、まだ立っている金髪の少女は、倒れてたまるかと言わんばかりに必死に身体を支えていた。
「勝者──エレン=クライトスッ!」
──おおおおおおおおおおおおおおおおおーーッ!
観客席が、大歓声で湧き上がった。
最初はエレンを貶していたり、目を向けることすらしなかった観客達が、一心となってエレンの勝利を祝福していた。
「──勝っ、た……?」
審判の宣言を聞いたエレンの身体は、途端に力が入らなくなり、その場に崩れ落ちる。
「は、はは……! 勝った……あの、システィに……私……私が……ッ!」
この現実が夢ではないのだと確かめるように、エレンは何回も"勝った"と言うのを繰り返す。
そんなエレンに、声をかける者がいた。
「お疲れ様、エレン。……完敗よ」
「シス、ティ……? …………ありがとう」
たった一つの"ありがとう"には、たくさんの意味が籠もっていた。
そうして気を失ったのか、エレンは静かな寝息と共に目を閉じた。
「…………は……はっ、ははははっ……」
そうして、システィーナも限界だったのか、エレンの側にゆるりと崩れ落ちた。
「本当に……あの、エレンが……私に勝っちゃうなんて……」
失礼なことを承知の上だが、それでもシスティーナが最初にエレンを見かけたとき、自分を打ち負かすだなんて全くもって思わなかった。
それが、どうだ。システィーナはメイン・ウィザードの座をかけた戦いで、エレンに完全敗北してしまった。
「私も、まだまだってことね…………」
"空"を、視た。
室内ではあり得ないはずの、青い空。
それを、システィーナは確かに視たのだ。
自分の真っ白な羽とは対照的で、どこまでも歪な形をした機械仕掛けの羽を背中に付けたエレン。
彼女が、自分よりもほんの少し、高く飛んだ光景が、システィーナに視えたのだ。
「………………」
口を閉じて、システィーナはごろりと身体を回し、天を見上げた。
その目は……どこか、とても澄んでいた。
こうして、今回の魔術祭典代表選手選抜会は、大盛況のうちに幕を下ろすのであった。
選ばれた選手の名は──エレン=クライトス。
とんでもないダークホースが、メイン・ウィザードの座についたのだ。
■□■
俺は、試合での高揚を体に残したまま、帰り道をてくてくと歩いていた。
ジャティスは野暮用とのことで、現在は俺一人だ。
今回、つまり最後のループでは、俺はセラの変装は使わずにTシャツ+コート+ロングスカートに、サングラスをかけている。
そんな俺が着ているTシャツだが、これには"I ❤ 正義"と書いてある。
ジャティスに変装用として貰ったときに、思わず『ダサ……』と言ってしまった俺は悪くない。
珍しく、ちょっとだけ傷ついたような顔をジャティスがしていても、断じて俺は悪くないのだ。
そう自分を擁護していると──
「──セラ?」
「ッ!?」
ふと、声をかけられた。
ただ声をかけられただけなら、どれほど良かっただろう。
だが、この声は──俺が、このループでずっと聞いてきた声だ。
「…………だれ?」
「あ……ご、ごめんなさい! 貴女が、私の恩人に似ているような気がして……何そのTシャツ……」
俺の顔や体型などを見て別人と判断したのか、声をかけてきた少女、エレンは申し訳なさそうな雰囲気になる。
それを見て、俺は安心したような、悲しいような気持ちが胸の中に生まれたような気がした。
それを悟らせないように、俺は無表情のまま、一語一語を慎重に紡ぐ。
「べつに、気にしてない。それじゃ」
そうして、変に気取られる前にと俺がさっさと立ち去ろうとした時。
「あ…………その、指輪」
エレンが、俺の左手の薬指に嵌めている指輪を発見した。
別に左手の薬指に嵌めているからといって、何か意味があるわけではない。断じてそんなものは無い。
ではなく……この指輪は
つまり、何を言いたいのかというと……エレンも見たことがあるのだ、この指輪を。
とてつもなく、やべえ。
本能からそう感じた俺は、すぐさま退避──
「──《風の牢獄よ・時の流れを止め・この場を囲みし枷と成れ》」
──できませんでした。ちくしょう。
俺とエレンを囲むように、一瞬にして風という名の壁ができあがる。
元々人通りが少ない道だったからか、俺とエレン以外は近くに誰も居ないので、騒ぎになる心配も……いや、どうして俺がこんな心配をしてるんだ。
「……どういうつもりか、聞いても?」
「見た目も、声も、話し方も……貴女は、セラとは全然違う。でも、私の魂がそれを否定してるの! 貴女は絶対に、セラだって!!」
「ほんとは?」
「その指輪、前のループでつけてたよね」
さらっと演技じみた態度を無くしたエレンは、ぬけぬけとそう宣いやがった。
「……で、セラ? どういうこと?」
「それ、まだ認めてない…………何?」
「聞きたいことは沢山あるけど……まず、"セラ"って名前、偽名だったりする?」
「ん、そうだよ?」
偽名だということを躊躇なく肯定するが、エレンにはあまり傷ついた様子が見えない。面白くない。
「…………」
「やっぱりか……あれだけ魔術の知識を持ってて只者ではないと思ってたけど、姿さえも誤魔化してたんだね」
「……少しくらいは傷ついて?」
「やだ。なんか負けた気がする」
もう愉悦部なんて辞めていいかなと、目からハイライトが消えた俺はふと思った。
最近、誰かの曇り顔とかロクに見れてない気がするんだが。
「本当の名前を教えてくれない?」
「……いや、って言ったら?」
「
「それは困る……」
"滅びの風"によって包まれた、エレンと俺の二人だけの空間。
ここから出られないなんて、普通に困る。
しかも、俺が本気を出しても抜けられなさそうでなお困る。
風魔術なんて代物を扱う才能なんて、俺にはナッスィングなのだ。
「ティア。ティア=レイフォード」
「ティアティ=アレイ=フォード……?」
「何もかもが違う」
どうしてそうなる。
「そっか、ティアか……ティア……ふふっ、そっか! ……ずっと、言いたかったんだ。ありがとう、ティア。私をシスティに勝たせてくれて」
「ん……」
お礼を言われたら普通は喜びを感じるはずなのだが、残念ながら俺の中は段々とエレンが何を考えているのかが分からないせいで不安は貯まる一方だ。
「名前も教えてくれたし、私はそろそろ行くよ。お礼も伝えられたしね」
「え……おわり?」
「うん、終わり。名前を教えてもらったし、セラ……じゃなくて、ティアに付いて行きたいって言っても、断るよね?」
……エレンの言うとおり、無理な話だ。
第一にだが、俺とジャティスは帝国宮廷魔導士団によって追いかけられている犯罪者。
しかも片っ端から天の智慧研究会を潰しまわっているので、危険度も半端ない。
そんな旅に、エレンを連れて行くわけには行かない。
……というか、メイン・ウィザードになった人を連れ出せるわけがない。
「安心して、ティア。名前を知れたから、これ以上の事は何も聞かない。今まで何をしてきたのかも、これからどうしていくのかも……なんにも聞かないよ」
「エレン……」
「ただ……ね? ちょっとだけ、なんだけど……やっぱり、寂しいな……なんて、あはは……」
そこで見たエレンの顔は、無理をしているように笑っていた。
その瞳に涙が溜まり、白い頬を伝い落ちるのを見て、俺の心の中に薄暗い快感が湧き出た。
ああ……どれだけ演技をしても、人の本質は変わらないのだと。
俺はエレンを見つめながら、心の奥底にある自分自身の
■□■
帝都の某所。
「まぁ、今回の一件の落とし所としては、こんな所だろうね。ゲイソン=ル=クライトス……そうは思わないかい?」
ゲイソンは
「これでティアも、目を背け続けていた自分の本質そのものと、どう向き合うかを考え始めた頃だろうね。これからどうなるかは……まあ、期待はしたいよね」
「んんん〜〜ッ! んんんんんんーーーーッ!!」
「うるさいな……
ゲイソンが涙を浮かべながら藻掻き苦しんでいるのを、ジャティスはどこまでも冷ややかな目で見下す。
そんなゲイソンに、ジャティスは冷徹な声で話しかけていた。
「わざわざ危険を犯してフェジテに戻ってきたというのに、悪を見逃すだなんてあってはならないことだろう? ああ、そうだ。そもそもティアがこのフェジテに戻りたかった理由も《ル=キル時計》によるループが起きるからだと僕は"読んでいて"さ? これも予測だけど、ティアには局地的に未来を知る力を持っていると僕は予想しているんだ……いや、正確には知識があるだけなのかなぁ、あれはさ。まあ、実際にティアがどんな能力を持っていたとしても、僕を頼ってくれているというだけでいいんだけどさ。おっと、また話が逸れてしまったね。それでなんだけど、未来を知っていなければ、ティアが君のような悪を見つけられるわけがないんだよね。まあ、例えそうなったとしてもこの学院にはグレンが居るからなんとかしただろうけど。そうそう、どうして
「んんんんんううううううううーーーーーッッ!」
「さて……この辺で、僕はそろそろ失礼するよ。……さよなら、ゲイソン」
満足気にジャティスは踵を返して。
──ぱちん
指を打ち鳴らした音に反応して、
もちろん、拘束されているゲイソンが抵抗できるはずもなく。
──ぶしやっ!
一つの命が、ここで潰えた。
「そろそろ帰らないと……ティア、怒ってるかなぁ……?」
そんなゲイソンに見向きもせずに、ジャティスは帰るのが遅れて怒ってしまうであろうティアの機嫌をどう取るかを考え始めた。