リィエル・レプリカと転生日誌   作:氷月ユキナ

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番外編
二人の日常


「──正義、執行完了」

 

 辺鄙な片田舎。

 

 そこで暮らしていた少女は、何も考えることができないままぼんやりとその言葉を聞き流した。

 

「……ジャティス、この()はどうするの?」

「うん? ああ、そうだね……ここの連中は屑どもばかりだったが、彼女は違う……ふむ……」

 

 深淵を宿しているような瞳で見定めるように見つめてくるのは、黒いフロックコートを着こなした男。

 

 その横には、男と同じ灰色の髪を持つメイド服の少女。

 

「…………」

 

 正義を名乗る男を前に、十四歳の少女は、ただ言葉を待つ。

 

「……なるほどね。あまり村人が殺されたという事実に怒りが湧かず、ただその事実を受け入れて生きていくだけ、か……」

「……"読んだ"の?」

「ああ。ティアも"読む"ことくらいできるだろう?」

「おれのはそんなに精度高くない」

「演算魔導器を使ってるのにかい……?」

「なぐるよ」

 

 おちゃらけた雰囲気で会話をする二人を、少女はただ無心で見ていた。

 

「まあ、そういうわけだよ。君は"邪悪"にはならなそうだし、見逃してあげるさ……」

「そう。なら、もういい?」

「そうだね……そろそろ、次の目的地へと旅立とう」

 

 それだけを言い残して、二人は屍山血河(しざんけつが)を後にする。

 

 そんな、自分以外の誰もいなくなってしまった村の真ん中で少女はただ座り込んでいた。

 

 

■□■

 

 

「ジャティス、お腹すいた」

 

 ぐぅ〜……と鳴っているお腹をさすりながら、俺はジャティスにお昼ご飯を要求した。

 

 今はお昼時。ご飯を食べるのにはピッタリの時間だろう。

 

「無いよ」

「…………え」

「今はご飯を持ってないよ」

 

 ……嗚呼、絶望だ。これは、かつてないほどの絶望だ。

 

 これほどの絶望が、この世に存在していてもいいのか。

 

 そんな風に思えるほどの絶望が、俺の心を包み込み──

 

「まあまあ……いいじゃないか、そのくらい。それに、もうそろそろアレが来るはずさ……それを使って、目的の村へと行こう。そうすれば、ご飯にもありつける……」

「……! アレって?」

「それは──ほら、あそこだよ」

 

 ジャティスが指差した方向に、俺は反射的に振り向く。

 

 そこには、馬車がこちらに走ってきていて。

 

 ……ん? あれに乗せてもらうってこと? そんな都合よく行くか……?

 

「この道は、天の智慧研究会の奴らが使っている交通網でね。この時間帯にやってくると"読んでいた"のさ。後は少しばかり屑どもを掃除して、馬車を利用して目的の村へ一直線……どうだい? 完璧なプランだろう?」

「その村に、ご飯ある?」

「ん? そりゃあるだろうさ」

 

 その言葉に俺の中のやる気スイッチが入った。

 

 すぐさまブッ殺して馬車を奪ってやる、天の智慧研究会。

 

 明らかに正義側ではないセリフだが、こちらは愉悦部なので問題は無い。愉悦部というのが死に設定だろうが何だろうが、問題は無いのだ。

 

「ジャティス、やるね」

「任せたよ」

 

 炎の剣(フレイ・ヴード)を取り出し、構える。

 

 焔を纏い、馬車がこちらに近づいてくるのを待ち──

 

「──《雷剣よ(シーヴェン・マル)》、《踊れ(タンズ)》」

 

 どこからともなく飛んできた『七星剣』によって、馬車に乗っていた天の智慧研究会の二人組と、それを引いていた馬が鮮やかに撃ち殺された。

 

 …………はぁぁああ──ッ!?

 

「ふん。ようやく見つけたぞ、ジャティス」

「おや、アルベルト……まさか、ここで来るとはねぇ……"読めなかった"よ」

「ここらの道に居ることを掴むのには苦労したぞ。何重にも貴様のブラフが仕込まれていたからな。だが、逆に言えばここにいると分かってしまえばあとは単純だ。大方、其処の天の智慧研究会を粛清して馬車を利用するつもりだったのだろう?」

「……参ったね、ここで嗅ぎつかれるなんて……僕もまだまだってことかな?」

 

 突如として現れたラスボス、帝国宮廷魔導士団特務分室所属、執行官ナンバー17《星》のアルベルト=フレイザー。

 

 以前は敵にしたくないと嘆いていた男を前に、俺の中には怒りしかなかった。

 

 すなわち──ようやく手に入れられそうだったマトモな移動手段を奪いやがったなこの野郎、だ。

 

「だけどアルベルト、僕はここで捕まるわけには……あれ、ティア?」

「……あいつ、ぶち殺す」

 

 俺は身体強化を全力で掛けて、アルベルトに向けて殺意マックスで炎の剣(フレイ・ヴード)を振るった。

 

 

■□■

 

 

「ん……疲れた……なに、あの化け物……」

 

 アルベルトに突撃し一瞬で返り討ちにされた俺は、ジャティスの助けによって二人で逃げ仰せていた。

 

「彼は恐らくだけど、『英雄』と呼ばれる類の人種だからね……そりゃ強いさ」

「剣、全く当たらなかった……」

「アルベルトの強さは、習得呪文(カード)ではなく本体性能(プレイヤー)だからね。ずば抜けた判断力と分析力、幅広い呪文と知識で、あらゆる局面に対応、凌駕してのける……そんな、魔術師としての一つの極みを体現しているのが、アルベルトさ」

「クソゲー……」

 

 ぶつくさと文句を言いながら、俺はジャティスに付いていく。

 

 アルベルトに馬を殺され、しかも馬車を回収する暇も無く逃げてきたため、移動手段が徒歩しかないのだ。

 

「……()()()()()

「ジャティス……?」

 

 ジャティスが意味ありげに微笑んだのを、俺は見逃さなかった。

 

 絶対に何かあるだろ、これ。

 

「きゃぁぁあああああああああ──ッ!」

 

 その瞬間、甲高い悲鳴が上がった。

 

「……ジャティス、どこまで予測どおりなの……?」

「くっくっくっ……さぁ、なんのことだか……」

 

 妖しく笑うジャティスにジト目を送り、ため息を吐いた俺は悲鳴の上がった方向へジャティスと一緒に駆け出した。

 

「"正義の魔法使い"として、善行でも積もうじゃないか」

「すごーく、うさんくさい」

 

 文句を言いながらも地面の葉を踏みにじり、木々の幹を蹴り風のように跳んでいく。

 

 そうした先にあったものは、十数人の生ける屍(リビング・デッド)に襲われている茶髪碧眼の少女だった。

 

「ぁ……ぃや……」

 

 恐怖によって身体が震えている少女に、今にも襲いかかろうとしている生ける屍(リビング・デッド)

 

「──死ね」

 

 炎の剣(フレイ・ヴード)を振るい、まるで舞っているかのような動きで数体を斬り燃やす。

 

「……え?」

「ジャティス!」

「もう確保済みだよ」

 

 振り返れば、困惑している少女がジャティスにお姫様抱っこをされていて。

 

 ……なぜだか、少しだけイラッとした。

 

「……あなた、大丈夫?」

「は、はい……平気です」

 

 若干の苛立ちを抑え込み、俺は少女に無事を確かめる。

 

「それじゃ、下がってて。こいつらは──」

「ははは、もういいよ、ティア。……()()()()()()()()()

「……ん? なにを……ああ、そゆこと」

 

 ジャティスの物言いが分からずに首を傾げたが、すぐに俺は納得した。

 

 ──どぷぷっ、ごばぁ……!

 

 鈍い音を立てて、全員の生ける屍(リビング・デッド)の身体が崩れる。

 

 バラバラの肉塊へと化して床に散らばったのを境目に、塵となって風に吹き飛ばされていった。

 

「──ほらね? "読んでいた"んだよ」

 

 愕然とする少女に、ほくそ笑んでいるジャティス。

 

 ……原作に無い展開ばっか起き過ぎじゃない?

 

「……あの、ありがとうございます。危ないところを助けてくれて……」

 

 俺が頭を抱えていると、少女がお礼を口にした。

 

「いいや、気にすることじゃない……僕達は、"正義の魔法使い"を目指しているからね」

「そうなんですか? 素晴らしい夢ですね! っと、ああ! そういえば名乗っていませんでしたよね。私の名前はロザリア=グリムロードと申します!」

「ロザリア、か。いい名前だね。おっと、そういえば僕も名乗っていなかった。……僕の名前はジャティス=ロウファン。少し魔術が使えるだけの、しがない旅人だよ。……ほら」

 

 お前も名乗れと言いたげなアイコンタクトがジャティスから飛んでくる。

 

 ……何が狙いなのかさっぱりだけど、今は名乗ろう。後で色々と問い詰めてやる。

 

「ん。おれはティア=レイフォード。ジャティスの……」

 

 と、そこまで言いかけて俺は疑問に思った。

 

 ジャティスと俺の関係って何だろう……?

 

 友達? 絶対に違う。ただの利害の一致というだけでも無いし、だからといって完全な仲間でもないし……なら、何が適切なんだろう。

 

「ティアさんは、ジャティスさんのメイドなんですね!」

 

 頭が疑問でいっぱいになりかけたとき、ロザリアが何処か確信したような言葉が割り込んできた。

 

「…………メイド?」

「あれ、違いましたか? メイド服を着ているので、てっきりジャティスさんのメイドなのかと……」

「……合ってる。おれはジャティスのメイド。よろしく」

 

 そうだ……俺、メイド服を着用してたわ……。

 

 ここから本当のことを説明するのは骨が折れそうなので、おとなしく肯定する。

 

 おい、そこで満足そうに微笑んでる正義厨。後で覚えてろよ。

 

「それでロザリア。君はこんなところで何をしていたんだい?」

「ええっと、近くの村から食料を取りにきたんです。この辺の気に実っている果実が絶品で……あ」

 

 話の途中で何かに気づいたのか、ロザリアは笑顔で固まる。

 

 そして、腕に持っていたバッグの中身を確認し。

 

「き、木の実がぁ……!」

「……ん?」

 

 俺はそっと後ろから覗いてみると、木の実のすべてがぐちゃぐちゃに潰れてしまっていた。

 

「……あー、そういえば、ジャティスさんたちって旅人なんですよね? なら、私の住んでいる村に寄っていきませんか!? もうすぐ日も沈む頃合いですし、野宿でもしたらさっきみたいな怪物に襲われちゃうかもしれないですし!!」

「本音は?」

「おばあちゃんに怒られたくないので、あなたたちを連れて行くことで私から意識を逸らしたいです!」

「…………」

 

 素晴らしいとびっきりの笑顔で説教から逃れようとするロザリア。

 

「なるほどね、ちょうど良かったよ……僕も食料が無くなってしまい、どうしようかと思っていたところだったんだ……お言葉に、甘えてもいいかな?」

「はい、もちろんです! 村はこちらです、私に付いてきてください!」

 

 そうしてロザリアは方角を指差して歩き出す。

 

「……なにこの流れ」

「読みどおりだよ」

「……狙いは?」

「内緒だよ」

 

 ヒソヒソと内緒話をして、あまり中身のない会話のキャッチボールをする。

 

 このパターンはいくら聞いても答えてくれないやつだと察した俺は、「はぁ」とため息をついてロザリアの後ろを歩き出した。

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