リィエル・レプリカと転生日誌 作:氷月ユキナ
人でなし達のミラーノにて
自由都市ミラーノ。
魔術祭典が目当ての観光客が大勢訪れているその場所の一角。
とある少年が陣取っているその一角に。
「参ったなぁ。誰も見てくれない」
困り果てた声があった。
だが、そこに悲壮感などはなく、むしろそんな自分の境遇を楽しんでさえいるようだ。
そんな少年の名はフェロード=ベリフ。
人形劇の屋台芸を商っている……のだが、観客ゼロという悲しいことになっている。
「いやはや、僭越ながら申し上げますが……」
するとそこに、一人の老人がいつの間にか立っていた。
「……相変わらず、貴方様の芸は流行っておりませぬなぁ……」
「……そんな哀しいこと言わないでよ」
まるで親友のように、その二人は戯れる。
「もういっそのこと、糸ではなく魔術で操ってみては如何かな? 大導師様。貴方様が直接、その魔導の御業で人形な地を支配し、操れば、全てが貴方様の思いのままで御座います」
「
「ふむふむ、一理あります。……が、そういう意味では、今回の一件、この私にも一つだけ楽しみがあるのですよ」
「へぇ? 君がかい?」
「ええ。注目している舞台俳優が一人おりましてな」
老人はどこか遠いところを見つめつつ、口元を和らげた。
「ああ、それはそれは。さぞかし君も運命の引力を感じていることだろうね」
少年はクスクスと笑いながら、箱から天使の人形を取り出した。
「我らが愛しき天使は完成しつつある。……そして、今回の件で歴史は大きく動くだろう。プロット通りにね」
「永かったですな。我らの悲願も、これでようやく」
「……でも、まだまだ油断できないかな」
だが、少年は老人へ口を挟んだ。
それはまるで、警告をするように。
「偶然か、あるいは必然か……僕らの足音を追う者がいる。"真実"に近づきつつあるものがいる」
「ほう? それは、かの"正義"のことですかな?」
「残念ながら……彼は今のところ見込み違いかな?」
少年は遺憾そうに肩をすくめる。
「彼は、ただの狂人さ。賢者ではない。ならば、永遠に心理にたどり着くことは叶わない」
「ならば、"正義"に付き添っている"欲望"はどうですかな?」
くすり、と少年を愉快そうに笑った。
「それこそ見込み違いだよ。彼女はただの"邪悪"でしかない。今のところは"正義"がいるから無意識の内に抑制されているんだろうけど……もしあの二人が離れ離れになれば、それだけで盛大に暴発して、そのまま自滅するだろうね」
「……なるほど」
「僕が懸念しているのは、"愚者"の方。そして──
「ですが、大導師様。その真理への道標となる件の手記は、貴方様の手によってすでに"検閲済み"ではなかったのですかな? つまりは、真理に到達することは決して──」
「さぁ、どうだろう?」
愉しげに笑いながら、少年は新しく人形を取り出した。
その人形は近代風の衣装を身に纏っていて。
「これから、彼が眠れる愚者──"逆位置"のまま終わるのか。それとも、目覚めることでなにか新しい可能性を切り開く"正位置"の愚者──即ち賢者と成り得るのか。……さぁ、糸で繋がれた君は、どんな舞台を見せてくれるのかな?」
■□■
そこから少し離れた、とある館。
そこで真祖の吸血鬼の男と《戦天使》の女が、裕福そうな服に見を包む人間の男に跪いていた。
べしゃっ!
吸血鬼の男……チェイスの顔にワインがかけられ、髪からたらりと紅い雫が地面に落ちる。
「この愚か者がッッ! 帝国代表選手団を脱落させろと命令しただろうがッ!」
怒号をチェイスに浴びせているのは、ワインをかけた人間の男であるアーチボルト=アンビス枢機卿。
「何のために、お前のような穢らわしい吸血鬼を生かしてやっていると思ってるんだ!?」
アーチボルトは、その手に持っている金槌を握りしめると、チェイスは心臓がある場所を押さえつけて、苦しげな声を漏らす。
「ちぇ、チェイス!?」
その隣にいた《戦天使》……ルナ=フレアーが青ざめた顔でチェイスに悲鳴を上げる。
アーチボルトの持っている金槌、《ヨトの槌》が輝き、その眩しさに比例するようにチェイスの身体から煙が上がる。
「チェイスを殺さないで! 私の最後の家族を殺さないで! お願いします!」
ルナの訴えを、何の抵抗もなく聞き流しながらアーチボルトは見下ろしてした。
「……その辺にしときなよ、アーチボルト」
ふと……やけに気高い声が部屋に響いた。
「まだ、その二人にはやってほしいことがあるんだ……ここで潰すのは得策じゃない」
そう声をかけたのは、山高帽を被り、漆黒のフロックコートを身にまとった青年、ジャティス=ロウファン。
葡萄ジュースを口に運び、グラスを揺らして部屋の隅に座っているメイド服の少女は、ティア=レイフォードだ。
「おお、我が友よ!」
アーチボルトはジャティスの声を聞くとすぐさま《ヨトの槌》を停止させた。
「が、は──ッ! はぁ、はぁ、はぁ……ッ!」
「ちぇ、チェイス……しっかり……しっかりして!」
チェイスが息を何度もしていると、吸血鬼としての再生能力によって段々と身体が回復してくる。
「しかし……このままでは計画に支障が……」
「安心しなよ。首脳会談と魔術祭典決勝戦が同時だろうと、想定内だ。むしろ、きちんと件の少女を抑える方法を、僕はちゃんと考えてあるんだ……」
「本当なのか!?」
「ああ、本当さ。
「
ジャティスの問い掛けに、アーチボルトは即答した。
「そうか……流石だな! そこの使えない犬共とはわけが違うな!」
アーチボルトはたちまちテンションが高くなり、べらべらと語りだす。
「あの邪悪なる天の智慧研究会を出し抜き、全てを……《信仰兵器》を手にする……そうだな!?」
「ああ、あの邪悪な研究会の連中は
「はははははは! 君は相変わらずだな!?」
「お褒めに与り恐悦至極……だ」
「……褒めてないと思う」
ボソリと、先程まで無言を貫いて部屋の隅で葡萄ジュースを飲んでいた少女、ティアがポツリと呟いた。
……その光景を見てルナは、ただひたすらに恐怖を感じていた。
アーチボルトという男は、人を信用しないことで有名だ。
行動するときは必ず、弱みや人質などを取る。
それなのに、ジャティスに対してはこの信用ぶりだ。
まぁ、それに関しては《
ルナが最も恐れていたのは、そこじゃない。
ジャティスという存在そのものだ。
ルナは一度死んで、《戦天使》となるために人を辞めた。そうして、絶大なる力を得た。
生物としての格は、間違いなくジャティスよりもルナの方に旗が上がる。
それなのにルナは、自分がジャティスに勝利する場面が全くイメージできないのだ。
《ヨトの釘》なんて関係ない。
自分の方が、圧倒的に強いはずなのに……というルナの心の内を見透かすように、ジャティスは冷ややかな目で見つめていた。
「……しょせん、君はただの化け物だ。人間じゃない。なら、僕や
「──ッ!?」
ジャティスの理解不能な言葉に対して、ルナは怒りと恐怖を抑え込もうと手を強く握りしめる。
その掌には爪が食い込み、たらりと血が流れ出た。
そんなルナとチェイスの元に、近寄る影が一つあった。
「ん……チェイス、だっけ。大丈──」
「ッ!? チェイスに触らないでッ!」
「い──っ!?」
ばちん! と。
軽い音を立てて、ルナの手は反射的にティアを弾き飛ばしていた。
「ぐっ……ぇ、ぁ……」
予想していなかった攻撃にティアは反撃できず、勢いのまま壁に激突しうめき声を漏らす。
「…………ぁ」
そこでようやく、ルナは自分のしてしまったことに気がついた。
「だ、大丈夫!?」
急いで駆寄ろうとするが──そこで、ルナは気がついてしまった。
「ひっ」
ティアは、怯えた目でルナを見ていたのだ。
その目はルナにとって、とても見覚えのあるもの。
自分のことを化け物扱いして、拒絶した皆と同じ目だ。
「……あ、ぁ」
ティアはおそらく、自分と同じように何かで脅されてジャティスの言うとおりにさせられているのだと、ルナは推測している。
そのような状況でも、チェイスのことを思いやることができる少女をルナは叩いた。
その彼女の思いを、ルナは踏みにじったのだ。
(……私が、やらないといけないから、人間をやめて……みんなに怖がられて、疎まれても……天使として戦って、その役目を果たそうって思ってたのに……)
それなのに、現実はどうだ。
ジャティスに利用されることになり、自分と同じ境遇だろう優しき心を持った少女に暴力を振るい。
(……どうして、こうなったんだろう)
ふと、疑問が頭に浮かぶ。
だが、それに答えてくれる人は何処にもいなくて。
「さて、君達には、もう少し働いてもらいたいんだが……いいかな?」
ゆらりと、ジャティスは席から立ち上がった。
「ふっ……動くのか? ジャティス」
「……ああ、任せてくれ」
薄ら寒くジャティスに、どうにかして一矢報いようとルナは考えなしに叫ぶ。
「い、いつまでも私が大人しく言うことを聞くとでもッ!? 言っておくけど、私の方が強いのよ……ッ!? 私がその気になれば、貴方達なんて──」
「ああ、聞くよ? この状況を後、何万回繰り返しても、君は言うことを聞く。君は最後の心の砦であるチェイスだけは切れない。……"読んでる"よ」
そうして、ルナの心は完全に折れた。
惨めなまでに崩れ落ち、地面を見つめることしかできない。
「というわけで、一手打つよ。……大丈夫、大丈夫、悪いようはしない。僕の言うとおりにしていれば、きっと上手くいく……」
「……おれは?」
そこで口を挟んだのは、ティアだ。
壁に激突し、ホコリまみれになったメイド服をぽんぽんと叩きながら、ジャティスを見つめる。
「ティアには後で話をするよ……それまで待っていてくれないかい?」
「ん」
「まあ、気長に待っていてくれよ……くくくく……」
……そうして自由都市ミラーノで、様々な意思と思惑が絡み合う。
それにより、どのような騒動となるのか。
その中で、誰が最後に笑うことになるのか。
それを想像しながら、ティアは胸にかけていたネックレスを見つめる。
これは元はロザリアが
なので、ティアには利用価値などあろうはずもないのだが……まあ、あれだ。戦利品のようなものだ。
「……ふふっ」
ふと、未来を思い描いていたティアは、どうしてか珍しく微笑んでいた。