「っ!?」
男は不意に身体を引っ張られて大きくバランスを崩しながらも、踏ん張りを効かせてなんとか立ち止まって見せる。そして、キッと眉を吊り上げながら綾人を見上げた。
「手前、何す……!」
罵声を浴びせかけた男の表情が固まる。綾人は一言も口にせずに、ただ瞳を狭めて冷たい眼差しを返した。すると、男はまるで有り得ないものを見てしまったように震え上がり、みるみる萎縮して引き腰になっていった。
そんなあからさまに恐怖に歪む男がなんとも滑稽に感じられて、綾人は内心でほくそ笑む。
……確かにこいつでなくとも、突然こんな人相の人間が背後に現れたなら、きっと誰でもそういう反応をしてしまうだろう。まあこいつに限っては、そうならざるを得ない明確な事情があるのだが。
完全なる弱者の怯え方を見せる男と見た目通りの狂気を携えた自分に、B級ホラー映画によくある構図が思い浮かぶ。子供の頃、好奇心で復讐の鬼と化した似た面相の化物が出てくる作品を見た記憶がある。キャストを無理矢理当てはめるとすれば、さしずめこいつは早々に舞台から退場する典型的な脇役といったところだろうか。
「楽しそうだな。俺も混ぜてくれよ」
ともあれ、人間である自分が有無を言わさず、一方的な殺戮に力を行使する訳にもいかない。こんな小物とやり合おうという気ははなからなかった。言うなればこれは、ただの脅しなのだ。
「い、いや・・・・・・!もう話は済んだから!」
「つれないなぁ。昔よく遊んだ仲だろ?」
綾人は感情の無いわざと間延びした言い方で相手を牽制しながら、ポケットにしまっていたもう片方の手をゆっくりと抜く。反射的に男は両手で頭を守るような姿勢を取った。
「や、やめろ!もうそういうつもりはねぇよ!お前と関わるのは懲り懲りなんだ!」
男は後ずさりながら綾人から離れて、引きつった笑みを作りながら瑞希に向き直る。
「まあ考えといて!俺ここが地元だから、また偶然会うかもだし、その時にでも!」
黙ったまま事の成り行きを傍観していた瑞希は、慌てふためく男の様子に怪訝な表情を浮かべるだけだった。そうして己の安全が保障されるであろう距離を稼いだ後、今にも逃げ出しそうな体勢で言い放つ。
「あと、そいつには近寄らない方がいいよ!何の躊躇いもなく人を痛めつけられる、狂った奴だから!」
悪党の下っ端らしい、お決まりの捨て台詞である。よくもまあ被害者面で抜けぬけとそんな言葉が吐けるものだと、どこまでも自分本位で卑劣な男の振る舞いに、綾人は呆れかえった。そして、その言葉を最後に男は全速力で遠ざかり、その場には瑞希と二人きりとなった。