され竜転生 〜竜に転生して勝ち組と思ったら、され竜の世界だった〜 作:ホイナン三兄弟
第二十一話 新たなる目標
俺とジャザベジドの力試し。
朝から始まった戦いは昼を過ぎても終わらず、太陽は地平線へとその顔を隠そうとしていた。
茜色に染まる試しの谷に、大きな地響きが響き渡る。
巨体で大地を揺るがしたのは、倒れたジャザベジドだった。
すでに何度も倒されているのか、その緑の体は土色に染まりまだらとなっていた。
対する俺はというと、ジャザベジドよりなお酷かった。
体中に爪痕が刻まれ、血が流れていた。鱗は強酸で溶け変色し、口からは血が流れ出ている。
俺はジャザベジドの攻撃の癖を見切ってはいた。だが長丁場の疲労により、癖が出なかったことが何度かあったのだ。さらに俺自身の体力の消耗により、回避が間に合わずに何度か被弾した。
おかげで体中に傷を負い、さらに爪に宿された毒に蝕まれている。また尾の一撃を受けた時、息を吸い込んでしまい毒ガスにより肺が半分死んでいた。傷の治療と毒の除去を行っているが、樹脂膜や呼吸のための酸素を生成しているので咒力が足りない。
体力も咒力も限界であったが、それ以上に限界なのは俺の気力だった。
もしジャザベジドの攻撃を読み違えて、いいのを貰えば一発逆転もありうる。何千回と繰り返されたジャザベジドの攻撃は、俺にとっては喉元に突きつけられた白刃に等しかった。
『降参するか?』
すでに気力体力共に限界だったが、それでも俺は問うた。
傷だらけの俺と、土に汚れているとはいえほぼ無傷のジャザベジド。見た目だけなら勝敗は明らかである。しかし倒れたジャザベジドは、すぐには立たなかった。
ジャザベジドに負傷はないが、その精神は大きく削られているはずだった。
一撃決まれば逆転できる状況だ。だがその一撃を決められず、紛れ当たりしか起きていない。そしてはるか年下の竜を相手に何度も倒され、無様な姿を晒している。
ジャザベジドの心は、倒されるたびに折れていっているはずだ。
『降参しないならさっさと立て! 俺はあと一日か二日しか、ここにいられないんだ。それまでに勝負をつけてしまわねーとなぁ!』
俺は吠えた。一日でも二日でも、俺は戦い続けるつもりだった。ジャザベジドが諦めるその瞬間まで、戦い抜くしかなかった。
俺の宣言に、ジャザベジドが息を呑む。四つの目が歪み、そしてついに下に落ちた。
『……降参する、俺の負けだ』
ジャザベジドはついに立ち上がらず、負けを認めた。
『傷が癒えたら、また俺と戦うか?』
『……いや、もうお前とは戦わん』
ジャザベジドが項垂れる。俺はジャザベジドの取り巻きである、火竜ザボネストと青竜ボーンダムにも目を向けた。
二頭の竜は俺から目を逸らした。
よし、これで後顧の憂いは断てただろう。
俺は首を伸ばし、勝利の雄叫びを放った。俺の勝利宣言を聞き、周囲で観戦していた竜たちが、一斉に俺の元へと集まる。
ファラ兄が真っ先に俺に駆け寄り、青竜エクノクアも続く。さらに他の竜たちが俺を取り囲む。
俺は多くの竜から讃えられた。しかし激戦を終えたため、立っているのもやっとだった。
倒れそうになる俺の体を、艶のある黒い鱗が支える。顔を向けると黒銀竜のエニンギルゥドがいた。
エニンギルゥドも喜んでくれている。
俺はエニンギルゥドに体を預けながら、自分の体を治療した。傷を塞いで鱗を再生し、体内に入り込んだ毒物を除去する。さらに失った血を造血咒式で補えば、体力と咒力以外は元通りだ。
『おーい、みんな。ちょっと静かにしてくれ』
俺は湧き上がる竜たちに声をかけた。
なかなか静かにならなかったが、ファラ兄やエクノクアが鎮めてくれた。
『悪い、俺まだやらなきゃいけないことがあるんだ』
俺は治療した体をほぐし、首を曲げて調子を確かめた。まぁ、体は元通りだ。
『やらなきゃいけないことって、何をするつもりだ?』
『まぁ見ていてくれ』
ファラ兄の言葉に答えながら、俺は谷の上を見上げた。
谷の上部では雌の竜たちが集まっている。その数は朝に見た時よりも多い。どうやら俺たちの戦いが噂となって、他の竜たちの耳目を集めたようだ。
俺は雌の竜たちを見回すと、その中に全ての光を吸い込む黒き竜がいた。黒竜ニドヴォルクだ。
俺はまっすぐにニドヴォルクの元を目指して歩いた。
やってきた俺を見て、雌の竜たちは驚いていた。
この試しの谷では雌雄は完全に分たれていた。雌が谷に降りることはなく、雄もまた雌たちのいるところに近寄らないのが作法だった。
試しの谷は雌たちにとっては強い雄を見定める場であるが、求愛の場ではないということだろう。
俺は雌たちの好奇の目に晒されたが、幾つもの視線を無視してニドヴォルクを目指した。
ニドヴォルクは四肢を畳み、座したまま長い首を掲げている。
俺はニドヴォルクの前にまでいくと、深々と頭を垂れた。
『ニドヴォルクさん。この前は助けていただきありがとうございました』
俺は以前助けてもらった礼を述べた。
あの時は反発したが、助かったのは事実である。礼を言うべきだった。
頭を下げる俺に対し、ニドヴォルクが優しげな笑みを浮かべた。
『見事な戦いぶりでしたね、ヨギストラ。お疲れ様でした』
『ありがとうございます。ところで一つお聞きしたいことがあるのですが?』
労いの言葉をかけるニドヴォルクに対し、俺は再度頭を下げながら尋ねた。
『以前お会いした時、ジャザベジドに対して、自分に勝てたら番になる。という話をされていましたが、あれは本当ですか?』
『ええ、事実ですよ。私の番となる最低条件は、私に勝つことです。求婚してきた全ての竜に、同じ条件を課しています。まぁ、まだ勝者は現れてはいませんが』
ニドヴォルクの答えに、俺は納得し頷いた。
力試しは雄だけで行われるものであり、雌は力試しに参加しない。だがニドヴォルクがそういった条件をつけているのなら、俺にとっては好都合だ。
『ではニドヴォルク。あなたに力試しを挑みたい。受けていただけますか?』
俺の挑戦に、周りで話を聞いていた雌竜たちは、驚きと好奇が満ちた声を漏らす。
確かに今俺がやったことは、求婚とも取れてしまうだろう。一方で、挑戦されたニドヴォルクはしばし視線を彷徨わせた。
『坊や、発情するには早過ぎない?』
『勘違いしないでいただきたい。あなたのことなんてちっとも好きじゃない』
ニドヴォルクが馬鹿にした笑みを俺に向けたが、俺は冷たく言葉を返した。すると周囲の空気が一瞬にして凍結したかのように固まり、周りにいた雌竜たちが青ざめる。
おそらくニドヴォルクはかなり強い竜だ。ジャザベジドたちも恐れていたし、エニンギルゥドの護衛を任されている。生半可な竜では太刀打ちできない相手だろう。もちろん俺が勝てる相手ではない。だが俺は勝負を挑まずにはいられなかった。どうしてもニドヴォルクを許せないからだ。
ジャザベジドの暴行から、俺を助けなかったことが許せないのではない。
ニドヴォルクは俺の護衛ではない。俺を助ける義理なんてないし、殺されるのを見過ごすのは構わない。しかしニドヴォルクは俺を助けた。護衛対象であるエニンギルゥドを助けるついでに。
助ける気はないのに、助けた。実に傲慢な話だ。
だがこれはこれで正しい。ニドヴォルクはあの場にいた誰よりも強かった。ニドヴォルクには傲慢に振る舞う権利がある。
この世界は弱肉強食。強い者が正しく、弱い者は何をされても文句は言えず、発言の機会すら与えられない。残酷ではあるが、それが世界の平等さなのだろう。
だがこの世界にも、一つだけ許されていることはある。それは挑戦することだ。挑むことだけは、弱者にも許された権利だ。
我ながらつまらない意地だが、意地を張らねば生きている価値もない。
『ふぅん……。何かは知らないけれど、大変ご立腹ってわけね。……まぁいいわ、やってあげる』
ニドヴォルクは俺の挑戦を受けて立ち上がった。
俺はニドヴォルクを前に身構える。対するニドヴォルクは構えもしない。ゆるりとした自然体だ。それが彼女の流儀なのか、それとも俺を相手に構えるまでもないと思っているのかもしれない。だが今はどうでもいい。
問題は彼女が全力を尽くすかではなく、俺が全力を尽くせるかどうかだ。
相手は五百歳級の竜だ。先ほど戦ったジャザベジドより一回りも大きい。そしてその強さは、ジャザベジドとは比べ物にならないだろう。
単純な質量や体格差だけではない。ニドヴォルクの言葉が真実であれば、彼女は自分に求婚してくる相手と勝負をして、全てに勝利してきている。当然、攻撃の癖や予備動作などは修正してきているはずだ。
今の俺が戦っても、勝てる可能性は万に一つもないだろう。勝つためには、相手の裏をつくしかないが……。
だめだな。
俺は正々堂々勝負することを決めた。
この勝負自体が、俺のつまらない意地が発端となっている。せっかく意地を張ったのに、ここでさらにつまらない真似をしては意味がない。
俺は小細工せずにまっすぐに体当たりをすることを決めた。おそらく相手にもならないだろうが、全力でぶつかる以外に俺がやれることがなかった。
『行くぞ』
『いつでもどーぞ』
足で地面を掻く俺を前に、ニドヴォルクは気楽な声を返す。そしてその声を聞き終えた瞬間、俺はまっすぐに突進した。全身の筋肉を躍動させ、前へと飛び跳ねる。
周囲の景色が一瞬にして後ろへと流れていき、代わりにニドヴォルクの漆黒の巨体迫る。
対するニドヴォルクは微動だにしない。俺の額が漆黒の鱗に触れるほどに近づく。
当たる!
体当たりが決まることを確信した次の瞬間。俺の視界は茜色に包まれた。
『え?』
ニドヴォルクの漆黒の鱗が、目の前に迫っていたはずだった。しかし俺の視界は一瞬にして、夕日に染まる空の色に切り替わった。
俺の体は浮遊感に包まれ、重力の一切が消失する。
『ええ?』
俺は慌てて振り返ると、そこに地面はない。視界のはるか下に試しの谷が見え、集う竜たちは豆粒ほどに小さかった。
『ええええええ?』
俺は手足をばたつかせるが、引っかかるものは何もなく、俺は宙を飛んでいた。
俺は再度眼下を見ると、谷の上部に集まる雌竜たちの集団が見えた。その中には一際黒い鱗を持つ、ニドヴォルクの姿も見える。
ニドヴォルクの口が動く。声は聞こえる距離ではなかった。だが『軽っ』と呟いたのが聞こえた気がした。
俺の体が上昇をやめ、下降を開始し始める。
まずい!
俺の体を恐怖が駆け抜けた。
いくら竜の体とはいえ、この高度から落ちれば死ぬ。だが俺は飛行咒式を使えない。
生体変化系の〈空輪龜〉や〈黒翼翅〉と言った、飛行やその補助に使用できそうな咒式も研究段階だった。
耐えるしかない。
俺は〈斥盾〉の咒式を使用し、鋼鉄の盾で全身を包み込んだ。球状の鋼が全周囲を覆うと、さらにその上に〈斥盾〉を重ねがけしていく。
一層二層と鋼鉄の防壁を追加し、とにかく落下の衝撃に備える。
三層目の防壁を展開し、四層目に取り掛かろうとしていた時だった。全身に衝撃が駆け抜け、俺は意識を失った。
『ヨギ……! ……ストラ! おい、起きろ! ヨギストラ!』
大きな声で名前が呼ばれ、気がつくと三頭の竜が俺を覗き込んでいた。
大きな体に赤い鱗の竜はファラ兄ことファランガンド。その隣にいるほっそりとした青竜はエクノクア。そして艶のある黒い鱗の竜は、黒銀竜のエニンギルゥドだった。
三頭の竜は俺に向けて、治療咒式を発動してくれていた。
『ガハッ! ……ファラ……兄?』
俺は訳が分からなかった。だが気を失っていたことは理解できた。
『一体、何……が?」』
起きあがろうとしたが、体に激痛が走り動けなかった。
なんとか首だけを動かしてみると、視界の先には驚くべき光景が広がっていた。
視線の先には何本もの木が薙ぎ倒され土が捲れ上がり、一筋の破壊の爪痕が残されていた。爪痕の終点には俺がいて、その周辺には割れた鋼の破片が散乱している。
咒式で作られた盾は、青い量子散乱の光を放って消えていく。俺は何があったのかをようやく理解した。
『おい、ヨギストラ。何があったか覚えているか?』
ファラ兄が問う。俺は一度頷き、そして首を横に振った。
『覚えているけれど、覚えていない。俺は何をされたんだ?』
俺はただただ困惑した。
ニドヴォルクに勝負を挑み、そして負けてここにいる。それはわかる。だがニドヴォルクが何をしたのか、それがさっぱりわからない。
五百歳級のニドヴォルクと比べて小柄とはいえ、俺の体も十数メルトルを超えているのである。この体をどうやって空まで弾き飛ばしたのか。
一つわかっていることは、ニドヴォルクは咒式を使用せず、自分の体と体内で発動する恒常咒式のみで対応したはずだ。そしてもう一つ、俺が空中に投げ出された時、体に痛みを感じなかった。
俺を殴り飛ばされたとするならば、殴られた箇所が痛みとして認識できたはずだ。それがなかった。
何をされたのかも分からない。俺とニドヴォルクの間にはそれだけの実力差があるのだ。
『すげぇ……』
俺はただただ感服して起き上がった。治療はまだ終わっておらず、体には激痛が走った。しかし痛みはまるで気にならなかった。
『おい、まだ立つな』
エニンギルゥドが制止するが、俺は止まらず、逆にエニンギルゥドに詰め寄った。
『なぁ、エニンギルゥド。もう一度戦いたいと言ったら、ニドヴォルクは挑戦を受けてくれるかな?』
俺の言葉に、エニンギルゥドを始めファラ兄たちが呆れた顔を浮かべた。
『お前、また挑むつもりか? もうやめとけ、死ぬぞ』
ファラ兄が止める。だが勘違いしないでほしい。今挑んでも勝てないことはわかっている。
『大丈夫。今日はもう挑まない。……一年だ、一年修行して、勝つための工夫を凝らす。一年後に再戦する。そう伝えてくれないか?』
鼻息荒く話す俺に、エニンギルゥドが困惑しながらも頷く。その背後ではファラ兄とエクノクアが、頭を打ちすぎたんじゃないかと、脳波を調べる咒式を展開しようとしていた。だが俺はそんなこと気にもならなかった。
強さには上限がない。ならば自分はどれだけの高みに登ることができるのか。ただそれだけが俺の心を占めていた。
『いつか必ずニドヴォルクに勝つ』
俺の心に、新たな目標が生まれた。
これにて第一部完となります
次回更新はされ竜23巻発売日
2023年1月18日(発売日の変更により前後する可能性があります)
これまでお付き合いありがとうございました
それではしばらくの間、さようなら