され竜転生 〜竜に転生して勝ち組と思ったら、され竜の世界だった〜 作:ホイナン三兄弟
第二十三話 ニドヴォルクのダメ出し
『これで私は四十三戦中、四十三勝、零敗、零引き分け。対するヨギストラは四十三戦中、零勝、四十三敗、零引き分けだな』
ニドヴォルクが歌うような声で、互いの勝敗の数を数えた。彼女の声は美しい音色であったが、俺としては苦々しい思いしかしない。
『別に俺の分まで数を数えなくても、ニドヴォルクの分だけ言えばそれで十分だと思うよ』
俺は首を撫で回しながら言葉を返した。俺が敗北を認めるまで、何度もニドヴォルクに首を噛まれた。血が出ないように加減はされていたが、すごく気になる。なんと言うか痒い。
『確かにそうだけれど、ほら正確に数えないといけないから。どう? どこか勝敗の数字に間違いはあった?』
『ないよ』
俺はニドヴォルクを睨み返す。性格の悪いやつだ。知っていたけど。
『しかし今年も勝てなかったか』
俺はガックリと首を落とした。
『さすがに百歳にもなっていない子供には負けぬ』
『せめて立っている場所ぐらいからは、動かせると思ったんだが』
俺は先ほどの戦いを思い出した。ニドヴォルクは開始直後から一歩も動いてすらいなかった。つまり、まるで本気ではなかったのだ。
しかしニドヴォルクは強すぎる。尾をなんとか回避して接近したと思ったら、触れた瞬間にこちらの体をまるで人形のように振り回す。
おそらく俺の重心や力のベクトルを見切り、腕を掴んだ瞬間に俺の力を操作したのだ。尾だけではない、ニドヴォルクに触れられればそれで終わる。
ニドヴォルクは求婚してきた竜を、全て倒しているという。聞いた時は誇張された話だと思ったが、あれは嘘や偽りではなかった。咒式なしの力試しにおいて、ニドヴォルクは間違いなく無敵だ。
俺はニドヴォルクに勝てるのだろうか? あまりの力量差に、少し愕然とする
『……そういえば、尾を回避した動きは良かったぞ。動きは格段に良くなっている』
ニドヴォルクが珍しく俺を褒めてくれた。
これまで力試しの後は、ダメ出しをするばかりだった。こんなふうに褒めてくれたのは初めてだ。
『あっ、ああ。ようやく超反射を可能にする咒式が完成したんだ』
俺は戸惑いながらも答えた。
四十年前にニドヴォルクに負けてからというもの、俺は視力と反射神経を鍛えることに腐心していたのだ。
《され竜》の世界では回避がとにかく重要だった。ほとんどの人間は竜より弱いが、作中には竜を超えるような怪人に英雄に勇者がゴロゴロ出てくる。そして連中は竜をも屠る必殺の咒式を隠し持っている。しかもそれらの咒式は初見殺しのオンパレードであるため、事前に対策を講じることも難しいときている。まずは回避して攻撃そのものを避けるしかない。
『うん、回避を重要とするその方向性は間違ってはいない』
俺の言葉に、ニドヴォルクが頷く。
『竜はたいていの生き物よりは強いし、咒いで強固な防壁を作ることが可能だ。また咒いを無効化する〈反咒禍界絶陣〉もあるので、戦ってもまず手傷を負うことはない。だが同族の竜や〈古き巨人〉に〈禍つ式〉ども。そして一部の人間たちは我らと同等かそれ以上の力を持つ。連中は我らの鱗や防壁に結界を貫く力を持つ。竜であると慢心していれば、われらでも殺されるだろう』
ニドヴォルクは油断しない、自分より強敵の存在を認識している。
『相手がどのような咒いを使用してくるかわからぬ以上、回避できるものは回避し、回避できないものを防ぎ、防ぎきれないものは耐える。この順序が正攻法であろう。超反射で回避するのは良い選択だ』
ニドヴォルクは俺の考えを肯定してくれた。
珍しくニドヴォルクに褒められ、俺は嬉しくなり口元が緩んだ。だがよかったのはここまでだった。ニドヴォルクは顔を引き締め、俺を見据える。
『だが超反射は良いが、それを全く活かしきれていない。その方が自らの四肢を十全に操ることができれば、私に投げられた直後に自ら回転して着地、あるいは空中で反撃することも可能だったはずだ。今回の敗北はその方の未熟さが原因だ』
落雷のように、ニドヴォルクは俺を至らぬ点を指摘する。
確かに俺は強化した超視力や反射神経を、完全に生かしきれていない。体術には改善の余地がある。
『次の一年も精進するがよい』
『また来年も戦ってくれるか?』
俺は少し驚きだった。四十年前戦いを挑んだ当初は、ニドヴォルクは俺の挑戦を面倒くさがり、すぐには受けてくれなかった。
エニンギルゥドのとりなしがあって、やっと成立した経緯がある。俺からではなくニドヴォルクから言い出してくれるとは思わなかった。
『毎年毎年せがんでくるくせに何を言う。戦いには負けぬが、お前のしつこさにだけは負けた。こうなった以上、お前が辞めると言い出すまで付き合ってやる』
ニドヴォルクが呆れながらも笑う。
『わかった、俺も君に勝つまで絶対に諦めない。いつか必ず、君に勝って見せる』
『何千年後になることかな』
ニドヴォルクは笑いながら去っていった。
俺はニドヴォルクが去っていった方向を見ながら、勝つための方法を考える。
まずはニドヴォルクが指摘したように、体術を鍛えるべきだろう。猫や猿のような身のこなしを身につけなければ、ニドヴォルクの言うように投げられて着地や反撃は行えない。
これから一年鍛え直さねばならないだろう。
俺は決心を新たに試しの谷へと戻った。
試しの谷へと戻ると、若い竜たちが力試しに精を出していた。そして力試しをする竜の周りでは他の竜たちが見物している。その中には体の大きな赤い鱗を持つ竜がいた。火竜ファランガンドだ。ファラ兄は俺の気づくと声をかけてくる。
『おう、ヨギ。戻ったか』
『ファラ兄。ただいま戻りました』
俺はファラ兄に帰還を告げた。俺はニドヴォルクと対決する時、試しの谷ではなく、少し離れた場所でしている。
試しの谷は雄の竜が集まる場だし、見せ物ではないので観客も不要だ。別にみにくるなとは誰にも言っていないが、みんな気を遣って俺たちだけで対決をさせてもらっている。
『それで、今回は勝てたか?』
ファラ兄が口を歪めながら尋ねる。半笑いの顔から分かる通り、俺が勝ったなど毛ほども思っていない。
『負けましたよ』
癪に触る態度だが、勝敗を偽るわけにはいかない。俺は素直に負けを認めると、ファラ兄は大きく口を開けて笑った。
『まぁ仕方ないさ。ニドヴォルク、彼女は特別だ。ここ千年で生まれた竜の中で、彼女に並ぶ竜はいないとされているからな。お前もこの中では天才の一頭だろうが、彼女には及ばん。もし勝つ見込みがあるとすれば……』
ファラ兄はそこまで言うと、俺から視線を外して力試しが行われている広場を見た。
広場では二頭の竜が対峙していた。
一頭は艶のある黒い鱗を持つ、黒銀竜のエニンギルゥド。そしてもう一頭は、青い鱗の青竜エクノクアだった。
二頭の竜は方向をあげ、今まさに対決しようとしていた。
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