され竜転生 〜竜に転生して勝ち組と思ったら、され竜の世界だった〜 作:ホイナン三兄弟
第三十一話 二頭の天才
太陽が傾き、夕陽が世界の全てを茜色に染め上げていた。
俺の目の前に広がる川の水面もキラキラと光り輝き、まるで黄金の川のようであった。
俺は水面から少し視線を上げた。水面はさらに続いており、さらに水面水面水面と続いている。そしてかなり遠くに向こう岸が見えた。
川幅だけでもゆうに数キロメルトルはあろうと言う大河が、俺たちの行く手を遮っていた。
『……デケェな』
俺は呟き以上の言葉を言えなかった。ニドヴォルクを見れば、その顔は半笑いとなっている。おそらく彼女はこの川の存在を知っていたのだ。彼女は俺たちの助言役ではないため、教える必要はない。しかし笑うなんて、わかっていたが性格が悪いやつだ。
『それで、どうする? 男の子たち?』
ニドヴォルクが嘲笑の目で見る。
目の前に流れる川は大きい。だが川幅以上に問題なのは流れる水量と激しさであった。
大河は轟々と流れ、竜であっても流されそうなほどの急流だった。ちょっとひと泳ぎして、渡るというわけにはいかない。魚のようにエラを作る。あるいは酸素を咒式で合成して泳いだとしても、かなり下流に流されるだろう。
『うーん。空を飛べば数秒で渡れるが……』
『それは試練の規則違反だぞ』
ニドヴォルクがわかりきったことを注意する。
ムブロフスカの試練では、飛行咒式による移動は禁止とされていた。短い距離とはいえ使用はできない。
ニドヴォルクは試練とは無関係だ。だが誇り高い竜である彼女は、嘘偽りを許さない。
『エニン、どうする?』
俺は同行者であるエニンギルゥドに尋ねた。彼はじっと水面を見つめている。
『考え中だ。君はどうする?』
尋ね返され、俺は思いついた幾つかの案を検討した。
パッと思いついた案は二つ。一つは〈剛鎖〉の咒式で対岸に鎖を打ちつけ、鎖で体を固定しながら渡り切るという方法。そしてもう一つが、川に咒式で足場を作り、飛び石のように渡っていくと言う方法だ。しかし激しい流れであるため、鎖があっても流されるかもしれなかった。足場もどれだけ保つかわからない。
『やれやれ、仕方のない子たちだ』
俺たちが考えあぐねていると、ニドヴォルクが前に進み出た。
『どれ、年上として、手本の一つでも見せてやろう』
言いながらニドヴォルクの手足が水面に触れる。そのまま水飛沫を上げながら、川の中を進んでいく。しかし彼女の体は、水中に沈まない。水面の上を軽やかに歩いていた。
俺は驚き、そしてその原理をすぐに理解した。
おそらくニドヴォルクは、得意の重力咒式で自分の重さを相殺しているのだ。重さが軽くなると言うことは、体の密度が低くなると言うこと。今の彼女は発泡スチロールのように軽い。だから水面を歩くことができるのだ。
俺は言葉を失い、ただただニドヴォルクを見つめた。
自分の重量を自在に操る見事な咒式と言えるが、しかしそれ以上に見とれたのが、水面を歩くニドヴォルクの姿だった。
黄金に輝く水面を、軽やかに歩くニドヴォルクの姿は一枚の絵画のように美しかった。それに普段は落ち着いた態度の彼女だが、水飛沫をあげて水面を渡る姿は、女性らしい可愛らしさにあふれている。
俺はその姿をずっと見ていたかった。だが水面を飛び跳ねるニドヴォルクは、あっという間に川を渡り切ってしまった。
『どうした、早く来ぬか』
川の向こう岸で、ニドヴォルクが急かす。俺は唸った。
今のニドヴォルクの前で、格好の悪いところは見せたくなかった。力技で渡り、下流に流されるようなことは避けたい。できればスマートに川を渡り、ニドヴォルクの元に辿り着きたい。だがどうすればいいのか……。
『よし、決めた!』
悩む俺の隣で、エニンギルゥドが声を上げた。
『いい案が思いついたのか?』
『ああ、まぁ見ていてくれ』
エニンギルゥドが自信満々に答えて、ざぶざぶと川に分け入る。そして水深が深くなる手前で咒式を発動した。
青い組成式がエニンギルゥドの体を包む。それは俺が見たことのない式であり、化学系であることだけが何とか理解できた。組成式の青い光が消えると、エニンギィルドの体からはシューっと何かが漏れ出すような音が聞こえた。
自分の体に咒式をかけ終えたエニンギルゥドは、頭から川に飛び込む。潜ったエニンギルゥドの体からは無数の気泡が立ち上り、白い泡が軌跡となっていく。
エニンギルゥドは川を泳いでいく。
急流がエニンギルゥドの体を襲ったはずだが、彼は流れに負けることなく、真っ直ぐに対岸で待つニドヴォルクの元に向かった。そして急流などないかのように、あっさりと対岸に辿り着いた。
これもまた見事な渡河であった。俺としても唸るしかない。
エニンギルゥドが何をやったのかは何となく理解できた。おそらく急流に流されなかった理由は、彼の体から漏れ出ていた気体にあるのだろう。
エニンギルゥドは咒式で体から気体を放出し、薄い泡の膜で体全体を覆ったのだ。気体で覆われているため体に水が触れることはない。そして水の抵抗を極限まで減らし、急流を受け流したのだ。
元いた世界では排気ガスで魚雷を覆い、水の抵抗を減らして高速移動を可能とする兵器があるらしい。
エニンギルゥドがその兵器のことを、知っていたはずはない。だが彼は持ち前の頭脳で水の抵抗を減らす方法を思いつき、ほんの数分で咒式を作り上げたのだ。
まさに天才の技だ。
しかしニドヴォルクといいエニンギルゥドといい、天才コンビは即興で咒式をつくりやがる。だがあんなのは天才だからできることであり、凡才の俺には不可能だ。
さてどうしたものか……。
俺は川の前で考え込んだ。