され竜転生 〜竜に転生して勝ち組と思ったら、され竜の世界だった〜   作:ホイナン三兄弟

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 第三十八話 甲竜の涙

 第三十八話 甲竜の涙

 

 ニドヴォルクが作ってくれた食事を終えると、ジョジサムローンも戻ってきた。しばらくすると太陽が完全に沈み、星が瞬き始める。今日は月もないため、特に星が美しい。

 満天の星空を眺めていると、美しい旋律が聞こえてきた。

 ニドヴォルクが唄っているのだ。

 

 悲しくも美しいニドヴォルクの唄声に、俺はただ耳を傾けた。

 ニドヴォルクの唄が終わっても、俺たちはその余韻に浸り、この時間を楽しんだ。

 

『……いい唄だった』

 俺の口から素直な感想が漏れた。これまで旅の最中、何度かニドヴォルクの唄を聴いたが、彼女の声は聞く者の心に訴える何かがある。

 咒式に料理とニドヴォルクはなんでもこなすが、最も秀でたる才能は唄にあるかもしれない。

 

『素晴らしかったよ、ニドヴォルク』

 俺はまっすぐにニドヴォルクを見た。

『あまり言うな』

 ニドヴォルクは顔を背け、横顔を見せる。

 

『子供の頃、竜たちの唄を聞いて周り全ての唄を唄ってみようと考えていた時期があった』

 ニドヴォルクが小さくこぼす。彼女が内心を吐露することは珍しかった。話を聞いていたエニンギルゥドは、わずかに目を広げそして細めた。

 

 ニドヴォルクは子供の頃の夢を語ったが、現在そのような活動を行っている節はない。恐らく彼女の強さが認められ、白銀龍様から勅命を賜るようになったからだろう。彼女はその才能ゆえに、自らの夢を諦める結果となったのだ。

 

 もちろんニドヴォルクはお役目を賜ったことに、何の不満もないはずだ。先ほどの言葉は、唄に対するわずかな未練が零されたに過ぎない。

 

『……なぁ、エニン』

『なんだい、ヨギ』

『君は大きくなったら何をしたい?』

『なんだ、藪から棒に』

『いいじゃないか、聞かせろよ』

 俺がせがむとエニンギルゥドはしばし逡巡した後口を開いた。

 

『俺は……』

『ああ、言っておくが、他の竜の模範になるような立派な竜になる。とかは駄目だぞ』

 俺はエニンギルゥドの答えを予想し、先回りをして釘を刺す。

 どうやら俺の予想は当たりだったらしく、エニンギルゥドは開きかけた口を閉ざした。

 

 エニンギルゥドは白銀龍様直系の子孫としての立場があり、また周りからの期待もある。そのため他の竜が望むような答えや振る舞いが身についている。

 だがそれでは駄目だ。先ほどニドヴォルクは自らの夢を、これまで誰にも語らなかったであろう本心をつぶやいたのだ。ならば俺たちも、偽りない気持ちを答えねばならない。

 

『そう言う君はどんな夢があるんだ?』

 エニンギルゥドが答えを遮った俺を睨む。

『そうだな……俺は色んなところを旅してみたいな』

『旅? 旅なら今もしているじゃないか』

『もっと遠くにだ』

 口を挟むエニンギルゥドに、俺は笑って答えた。

 

 この世界は俺に取って憧れの《され竜》の世界だ。せっかく物語の中に来たのだから、原作に書かれている各地を巡ってみたかった。

 まだ存在すらしていないだろうが、エリダナに赴きオリエラル大河の河岸を歩いてみたい。

 

 ガユスが通ったという龍皇国のリューネルグ大学も見てみたいし、日本と似た文化がある東方二十三諸国の文化にも触れてみたかった。

 

 また会ってみたい人物もいる。原作主人公であるガユスとギギナは当然として、クエロやストラトス、四人の師匠であるジオルグともぜひ言葉を交わしてみたい。可能であればエリダナ市の名の由来となった歌姫エリダナやルル・リューの歌も聴いてみたかった。

 

 他にも最も速き刃、サナダ・オキツグやキュラソー・オプト・コウガにも会ってみたいし、モルディーン・オージェス・ギュネイとも面談したい。

 

『色んなものを見てみたいんだ。この世のはてまで、隅々まで』

 これは俺の嘘偽りない言葉だった。幸い竜の寿命は長い。不可能ではないだろう。

 

『ヨギストラよ。そなたは自由だな』

 ニドヴォルクがどこか羨ましげにつぶやいた。

『だが自由を通すには力がいるぞ。賢龍派の勢力圏から出ることになるのだから、〈古き巨人〉に〈禍つ式〉他にも凶悪な〈異貌のものども〉と遭遇するだろう。連中を倒す力が必要だ。せめて、私に勝てるぐらいでないとな』

『なに、すぐに倒してやるさ』

『さて、いつになることやら』

 ニドヴォルクが笑う。俺も笑った。

 

『俺は……』

 俺の話を黙って聴いていたエニンギルゥドが、考えがまとまったのか口を開いた。

『人間と話をしてみたい』

 意外な角度からの言葉に、俺もニドヴォルクもギョッとした。

 

『どうして……人間と?』

 俺は慎重に尋ね返した。俺は前世が人間であると言う記憶を保持している。だから人間に会って話をしてみたいと言う欲求がある。だがエニンギルゥドは違うし、大抵の竜は人間になど関心を持たない。

 

『別に人間にこだわっているわけではない。高度な知性と文化を持つ他種族と、話をしてみたいんだ』

『なるほど。それは確かに、人間でなければ無理だな』

 俺は顎を引いた。

 

 〈古き巨人〉に〈禍つ式〉などは、竜にも匹敵する知性を備えていると言える。しかし連中とは敵対しているため、会すれば殺し合いになるのが必定。穏やかに会話というわけにはいかない。

 

 その点で人間は高度な知性や文化を持っているし、竜と敵対しているわけでもない。だが異端の考えではあろう。この話を聞けば、多くの竜は顔を顰めるはずだ。

 

『戯言だ、忘れてくれ』

 エニンギルゥドは自嘲して笑い話だとしようとした。しかし俺は笑わなかった。

『なんで、いいじゃないか』

 俺はエニンギルゥドの夢を肯定した。

 

『別に人間と話をしていけないという決まりはない。そうだろニドヴォルク』

『うん。特にそのような規則はない』

 俺の問いにニドヴォルクが頷く。

 

 最近勢力を伸ばしている人間を、多くの竜は面白く思っていない。ほとんどの竜が害虫退治と同程度の感覚で人間を殺すだろう。

 しかし賢龍派として人間を攻撃しろ、関係を持つなとしているわけではない。白銀龍様もそのようなことは指示していない。

 

『人間と会えたら話してみろよ。別に俺は気にしないぜ』

『私もエニンギルゥド様に危険が及ばない限り、その行動を止めはしません』

 俺とニドヴォルクが二頭揃って頷く。

 

 俺たちの肯定を予想していなかったのか、エニンギルゥドは目を丸めていた。しかし最後にはうんと頷き笑った。

 

 俺としてもエニンギルゥドの願いは予想外だった。しかしよくよく考えてみれば、エニンギルゥドはこの後にイーゴンと言う人間と会話をする。そして咒式理論の基礎や宙界の瞳の在処を人間に伝えることになる。

 

 これがのちに人間の咒式の発見につながり、ひいては原作にも大きく影響を及ぼすこととなる。まだ遥か未来のことだが、原作の裏側の一幕を見たのだと思うと、感慨深いものがある。

 

 しみじみと星を眺めていると、ニドヴォルクの表情が一変したことに気づいた。彼女は顔をこわばらせ、俺の隣に座しているジョジサムローンに視線をそそいでいた。

 俺もつられて見ると、俺はギョッとした。ジョジサムローンはつぶらな瞳に、大粒の涙を湛えていたからだ。

 

『ジョジ爺……』

 俺はジョジサムローンが、なぜ泣いているのか分からなかった。

『……昔〜。はるか昔のことだ〜』

 ジョジサムローンが涙を流しながら口を動かす。その声はいつもと違い、はっきりとしていた。

 

『儂にも星をながめながら、夢を語り合う家族と仲間がいたんだ〜。だがある時戦いが起きた。大きな戦いだった〜。多くの生き物が死に、竜も死んだ〜』

 悲しみがこもったジョジサムローンの言葉に、俺をはじめニドヴォルクとエニンギルゥドも息を呑んだ。

 

 賢龍派の間では、語られぬ歴史とでも言うべきものが存在している。

 今から千年ほど、大きな戦いがあったと言われている。しかしその戦いがどのような理由で始まり、どのような過程を経て決着したのか。これが明らかになっていない。

 年上の竜に聞いても誰も答えられず、記録もまた残っていない。そして何より当時を知る竜がいなかった。

 

 俺は試しの谷で多くの竜と会った。だが千年生きた、いわゆる〈長命竜〉が居ないのだ。俺が知る中で最年長の竜は、母上様であるハレルストラだ。しかし母上様は八百歳であり、戦いの後に生まれた竜だ。

 

 もちろん竜が千年前の戦いで全滅したはずはない。賢龍派は竜族の最大派閥であり、千年前の戦いを乗り切り、この星の覇者となっている。

 

 戦いを潜り抜けた竜はどこかにはいるはずなのだ。だが彼らは俺たちの前に姿を現さない。しかしジョジサムローンは自分の年齢すら定かではなく、千年の年月を経た竜の可能性がある。

 語られることのない歴史の空白に俺たちが息を呑む中、ジョジサムローンが続けた。

 

『戦いに巻き込まれ、家族と仲間は皆死んでしまった〜。儂は孤独となり、あてもなく彷徨い歩いた〜。もう二度と、仲間と夢を語らうことはないのだと諦めていた〜』

 ジョジサムローンの言葉には、深い悲しみがあった。甲竜は個体数が限りなく少ないと言われている。ジョジサムローンに同胞はおらず、彼はその甲羅に絶滅危惧種の悲しみを背負っているのだ。

 

『だがヨギルググやムブロフスカが、儂を仲間だと言ってくれた〜。共に旅をして星空を眺めて夢を語り合った〜。そして今、その息子であるお前とその仲間が、儂の前で夢を語った〜。儂は孤独ではなく、またこれからも孤独ではないのだ〜。これほど嬉しいことはない〜』

 ジョジサムローンは涙ながらに笑った。

 

『ジョジ爺……』

 俺はなんと言っていいのかわからなかった。だが図らずしも、彼の悲しみを少しは癒すことができたのだ。

 

『ヨギストラ〜。そしてエニンギルゥド〜』

 ジョジサムローンが深い瞳で俺たちを見る。

『いいよ〜』

 ジョジサムローンが頷く。だが意味がわからない。

『あの、何がでしょうか?』

『ムブロフスカの縄張りを〜、君たちが継承することを許可する〜。大事に使っておくれ〜』

 ジョジサムローンの思わぬ言葉に、俺とエニンギルゥドは目を見合わせる。

 

『あの、ジョジ爺。我々は試練を受けてはおりません』

『いいや〜。君たちは試練を受けていたよ〜。実は試練は、最初から始まっていたんだ〜』

 俺が問い返したが、ジョジサムローンは笑って答えた。

 

『あの、ジョジ爺。それはどういう?』

『ああ、そう言うことか』

 エニンギルゥドが問い返すと、話を聞いていたニドヴォルクが頷き口の端を歪ませる。どうやら彼女は何か気付いたらしい。

 

『実はね〜、ムブロフスカがここに来た時、試練を考えてくれたんだ〜。試練はまだ決まってないと言って君たちを待たせ〜、その対応を見る試練にすればいいと言ってくれたんだ〜』

 ジョジサムローンの説明を聞き、俺たちは顔を顰めた。

 

 ムブロフスカが考えた試練は、俺たちに対する心理分析。つまりは心の試練だったのだ。そしてどうやら俺たちは知らぬ間に試練に挑み、そして知らぬ間に合格していたのだ。

 

『やれやれ意外な展開の連続だな』

 俺は呆れるべきか喜ぶべきかわからなかった。

『もしかしてこんな感じで、あと三つ続くのか?』

 エニンギルゥドは呆れることにしたらしく、苦笑いを浮かべている。

『かもな、いやか?』

『いや、面白いじゃないか』

 エニンギルゥドが笑い、俺も笑った。笑うしかなかった。

 

 

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