され竜転生 〜竜に転生して勝ち組と思ったら、され竜の世界だった〜 作:ホイナン三兄弟
第四十一話 教師役
七眼の緑竜ビオガラドに課せられた試練。紆余曲折あったが〈反咒禍界絶陣〉の習得ということで落ち着いた。
黒銀竜エニンギルゥドはすでに〈反咒禍界絶陣〉を習得しているので試練は免除となっている。あとは俺が使えるようになれば、それで試練はクリアとなる。ただ〈反咒禍界絶陣〉は数法量子系第五階位に属し、高度な咒式とされていた。これは百歳級の竜が習得するのは難易度が高い。覚えるには独学では難しく、良い教師が求められる。そしてその教師役なのだが……。
『ではヨギ君。授業を始めるぞ』
ビオガラドが住む樹海の中、エニンギルゥドが右手に木の棒を持ち、教鞭の様に振るった。
俺は無言でエニンギルゥドを見た。
教師役はエニンギルゥドがすることになった。なぜこうなったかというと、いろいろな要因が重なっていた。
まず咒式は生体系に電磁系、化学系に重力系と数法系。そして超定理系の六つの系統が存在する。一方で竜もいくつかの種族に分かれており、そして種族により得意とする咒式が異なっていた。
現在この場には、四頭の竜がいる。黒竜のニドヴォルクに試練を課した七眼の緑竜ビオガラド。そして白銀龍様直系の黒銀竜エニンギルゥドに、最後に雷竜の俺だ。
四頭の中で最も強いのは、ニドヴォルクであった。
黒竜は強酸などを吐くことを得意とした種族であり、咒式では化学系に適性がある。しかし彼女は竜族の中でも飛び抜けた天才とされており、化学系のみならず生体系に重力系も得手としていた。一方で数法系や電磁系は、他と比べれば不得手であるらしい。
そして試練を出したビオガラドだが、彼は緑竜でありこちらは毒物を扱うことに長けている。化学系と生体系が彼らの本領であり、数法系は得意ではなかった。
最後にエニンギルゥドだが、こいつ白銀龍様直系の黒銀竜であり、なんと苦手とする系統がない。超定理系を除く全ての系統が得意という天才であった。
しかもエニンギルゥドが使う〈反咒禍界絶陣〉はジョジ爺こと甲竜ジョジサムローン直伝である。
甲竜は〈反咒禍界絶陣〉を得意としており、エニンギルゥドの〈反咒禍界絶陣〉は下手な竜よりも強固となっていた。
そのため教師役はエニンギルゥドとなった。それはいいのだが……。
『どうかしたかい?ヨギ君』
エニンギルゥドは教鞭がわりの棒を振り回し、教師のまねごとをして俺をヨギ君と呼ぶ。どうやら俺にものを教える立場というのが嬉しいらしい。
『……まぁいい、エニン。始めよう』
俺が続きを促すと、エニンギルゥドが首を横に振った。
『授業中はエニンギルゥド先生と呼ぶように』
俺は顔を顰めた。どうもエニンギルゥドはここに来て、ビオガラドの調子の良さを真似し始めている。
俺が呆れていると、小さな笑い声が聞こえてきた。目を向けると樹海の木陰に一頭の竜が佇んでいる。日陰と同化しているのは黒竜ニドヴォルクだ。彼女は目を細めて喉を鳴らしていた。
最近知ったことだが、ニドヴォルクはくだらない冗談や笑いが好きらしい。今度試してみようと思うが、今は〈反咒禍界絶陣〉の勉強だった。
『はいはい、わかったよ。エニン先生。それでは〈反咒禍界絶陣〉を教えてくれ』
『うん。まず、これが甲竜式〈反咒禍界絶陣〉の基礎となる式だ』
エニンギルゥドが教鞭の先を軽く回した。すると青い光が先端から生まれ、一行の数式が空中に浮かび上がる。
『おう、それは知っている。俺が教えてもらったのと同じ式だ』
俺は以前父上様に教わった〈反咒禍界絶陣〉の基礎式を展開する。すると青白い光が球体となって俺の周囲を覆い尽くす。
『ああ、そうか。君の父上であるヨギルググは、ジョジ爺の仲間だったな。使っている式はみんな同じか』
エニンギルゥドはそうだったと頷く。
父上様やムブロフスカ。そして課題を出したビオガラドは、ジョジサムローンの仲間だ。きっと彼らは自分たちの知識が技術を、互いに教え合っていたのだろう。そのため全員がジョジサムローンの弟子とも言える。
『基礎式は俺も父上様に習っているが、重要なのは補助式の方だな』
俺の言葉にエニンギルゥドが重々しく頷いた。
〈反咒禍界絶陣〉の基礎式は、咒力を大量に消費するだけで、組成式としては単純なものだった。だがこの基礎式だけでは〈反咒禍界絶陣〉とは言えない。
〈反咒禍界絶陣〉の基礎式は、咒力を全方位に放出して咒式を無効化するためのものだ。
咒式とは咒力を帯びた組成式であり、咒式に咒力をぶつければ互いの咒力が相殺されていく。だが組成式がある分、咒式の方が強力だ。基礎式だけでは咒式に対抗する手段とは言えなかった。強固な〈反咒禍界絶陣〉を展開するには、咒式を解析して分解していく補助式の存在が不可欠だ。そしてこれが難しいのである。
『うん、これがジョジ爺に教えてもらった補助式だ』
エニンギルゥドが再度教鞭を振る。すると膨大な補助式が、空間を埋め尽くす勢いで現れる。
『お、おおう』
あまりに膨大な量に、俺は後ろにのけぞった。
『うん、すごい補助式だよ。完全に使いこなせば、第六階位の咒式も、無効化できるかもしれない』
『マジかー』
俺としては呆れるしかなかった。第六階位まで無効化できたら、ほぼ無敵と言ってもいいだろう。
『お前、できるのか?』
『いや、まだ完全に使いこなせてはいない。第五階位ぐらいが精一杯だよ』
エニンギルゥドが首を横に振るが、それだけできれば十分だ。
『ただ賢龍派の最新の数式を当てはめれば、効率化は可能だと思う。腰を落ち着けたらじっくりと研究したいね。そうすればもっと強力な結界になると思う』
膨大な補助式を見ながら、エニンギルゥドはぼんやりとつぶやく。俺は呆れるしかなかった。天才君は言うことが違う。
『まぁ、それはさておき。この補助式を一つ一つ理解していこうか』
『まじか、丸暗記じゃだめ?』
『そんなんじゃ意味がないよ』
わかっているだろと、エニンギルゥドが目を細める。
咒式は組成式をただ丸暗記するだけでは意味がない。組成式がどのような意味を持っているのか、効果や目的を正しく理解していなければ十分な力が発揮されないのだ。
『わかったよ、始めるか……』
俺は大きく息を吐いた。
『よし、エニン。これはどういう数式なんだ?』
俺は空中に投影された、補助式の一部を爪で指す。だがエニンは答えない。俺と目を合わせず無視している。
なぜなのかわからなかったが、すぐに答えに思い至った。
『教えていただけますか? エニンギルゥド先生』
『ん? どこだい?』
エニンギルゥドは満面の笑みを浮かべて俺の方を向く。
こいつウゼェ。
呆れる俺を、ニドヴォルクは笑って見ていた。