され竜転生 〜竜に転生して勝ち組と思ったら、され竜の世界だった〜 作:ホイナン三兄弟
第四十四話 卒業試験
ビオガラドが住む樹海に冬が訪れ、雪が降り積もった。そしてさらに季節は巡り春がきた。暖かな陽気は積もった雪を溶かし、凍えた地面からは花々が芽を出し小さな蕾を見せる。
今日にも咲きそうな花の前には、硝子で作られた円筒状の物体が置かれていた。硝子の中央部分は大きくくびれ、中には砂が詰め込まれている。それは高さが二十メルトルもある、巨大な砂時計だった。砂はくびれた部分を通って下へとこぼれ、時間の経過を告げていた。
巨大な砂時計の両脇には二頭の竜がいた。左に七つの目を持つ緑竜ビオガラド、そして右には、夜の影を切り取ったような黒竜ニドヴォルクがいる。二頭の眼差しは対面する俺と、そして艶のある黒い鱗を持つエニンギルゥドに注がれていた。
俺は二頭の前で、組成式を紡いでいた。俺の隣ではエニンギルゥドも額に汗を流し、組成式を紡いでいる。その顔は緊張に張り詰めていた。
俺たちは現在、ビオガラドの試練その三とでもいうべき卒業試験に挑んでいた。
ビオガラドの試練。最初はビオガラドに力試しで勝つというものだった。しかし試練は一つでは終わらず〈反咒禍界絶陣〉の習得へと変化した。その試練の最中、俺たちはビオガラドから毒物や薬物に関する知識を教えてもらうことになった。
とは言えビオガラドの持つ知識はあまりに高度であり、そして何より膨大であった。全てを教えてもらうには百年単位の時間が必要となる。
竜の寿命は長いが、俺たちには挑戦している試練があった。ここに百年もいるわけにはいかない。俺たちはとりあえず、ビオガラドに生体系と化学系の基礎を教えてもらうことになった。
基礎の講義は、十日前に全て終了した。だが問題は教えられたことが身についているかどうかである。そのため卒業試験を行い、試験の合格をビオガラドの最後の試練とすることにしたのだ。
試験時間は十時間。問題数は千問。問題として提示された咒式の組成式を組み上げ、試験官であるビオガラドとニドヴォルクが正解と認められなければいけない。
七百問以上の正解が合格基準であり、これを下回れば落第であり試練の失敗を意味する。
事前に試験の規則は聞かされてはいたが、これがかなりの難問であった。
試験は組成式を組み上げるだけで良いので、咒力は必要ない。だが問題は千問もある。十時間の時間があるとはいえ、一問につき三十六秒の猶予しかない。
これまでの知識と、そして演算力が試される試験だった。
俺は組成式を組み上げながら、目の前に置かれた砂時計を見た。
すでに砂時計の砂はほぼ全てが落ちきり、残っているのはほんの一握りとなっている。
最初の方は簡単な問題が多かったので、数秒で組成式を作ることができた。だが五百問を超えたあたりから難易度が上昇し始めた。
俺もエニンギルゥドも最後の問題、千問目に取り掛かっている。だがこれが難しい。最後の問題はなんと生体生成系第七階位〈原生粘体転活性法〉の咒式の組成式を紡ぐことであった。
これは全身の細胞を多能性幹細胞に置換するという咒式で、この咒式を使用すればあらゆる傷がすぐに再生する。ほぼ不死身となることができる咒式であり、生体系の中でも究極と言えるものだ。
使用できれば無敵の咒式だが、竜の体のすべてを多能性幹細胞に置換するなど、咒力がいくらあっても足りない。実際には使用できないが、ビオガラドは理論だけは完成させており、これを最後の問題として出題した。
難問中の難問に、隣に居るエニンギルゥドの表情も硬い。しかし奴はついに咒式を完成させ青い光と共に〈原生粘体転活性法〉の組成式が浮かび上がる。
膨大な組成式が空中に投影される。だが次の瞬間組成式に乱れが生じ、組み上げた組成式が崩れていく。
エニンギルゥドが声を上げるも、組成式の崩壊は止められず完全に消え去る。
組み上げた組成式に欠陥があったのだ。
エニンギルゥドが両手で地面を殴り悔しがる。もはや再挑戦をしている時間はない。エニンギルゥドの失敗を見て、俺も焦る。
エニンギルゥドの正解率はかなり高く、おそらく九割以上が正解しているはずだ。エニンギルゥドは間違いなく試験を突破するだろう。しかし俺は五百問を超えたあたりから、正解率が下がっていた。おそらく半分に達していないだろう。
最終問題は難易度が高すぎるが、投げるわけにはいかなかった。
時間はもうない、砂は今にも全て落ちそうになっている。
俺は焦る心を必死になって抑えた。咒式で何よりも大事なのは平常心だ。冷静な思考こそが咒式を支える柱だ。
俺は息を整え、頭の中でイメージした。〈原生粘体転活性法〉を使って不死身になる自分を、そしてそのイメージを思考で追う。
なぜ不死身になるのか? なぜ細胞が再生するのか? ビオガラドに教わった知識を総動員し、多能性幹細胞とはなんなのかを思考する。
俺の頭の中で、知識がうねりを上げて巡っていく。知識は一つに集約され、組成式となって組み上がっていく。
いける!
俺は一気に組成式を立ち上げた。青い光の数式が空間に浮かび上がる。それは砂時計の最後の一粒が落ちたのとほぼ同時だった。
『それまで!』
試験官となっていたニドヴォルクが、試験の終了を告げる。
俺とエニンギルゥドは息を呑んだ。俺の最後の回答が時間内だと認められるのかどうか、ギリギリの時間差だった。
試験管であるビオガラドとニドヴォルクが話し合い協議する。
話がまとまったのか二頭が頷く、そしてビオガラドが俺を見て軽く咳払いをした。
『あーヨギストラの最後の回答だが、組成式の最後の式が出たのが試験終了の0・002秒前であった。よって回答として認める』
ビオガラドの答えに、俺はほっと息を呑む。だが合否の発表はここからだ。俺は七百問を正解できたのか? 最後の問題に正解できたのか? それが大事だった。
『では試験結果を発表する。まずはエニンギルゥド様』
ビオガラドがエニンギルゥドを見つめる。エニンギルゥドは唾を飲み込み合否の判定を待つ。
『千問中、九百九十九問正解! 合格!』
ビオガラドの言葉に、俺は唸る。
エニンギルゥドの正解率が高いことは、横にいた俺も分かっていた。しかしまさか九百九十九問も正解していたとは知らなかった。
文句なしの合格であるが、エニンギルゥドは顔を顰めて首を横に振った。最後の一問を失敗したことが無念なのだろう。あくなき向上心と完璧主義だ。
『さて、次はヨギストラ』
ビオガラドが俺の名を呼び、七つの目で見据える。俺も固唾を飲んだ。
自己採点では七百三十問ほど回答できている。しかしこれは甘く採点した場合だ。
俺はビオガラドと並び立つ、ニドヴォルクに視線を向けた。
ビオガラドと共に試験管役となったニドヴォルクだが、彼女は遅れがちな俺を見かねて毎晩勉強を見てくれた。いわば俺専属の教師とも言える存在だった。
ニドヴォルクは俺が試験に合格できるよう、応援してくれている。しかし試験官となった彼女は、身内に甘い採点をするような竜ではない。むしろ厳しい採点をするだろう。
俺はじっと合否が告げられるのを待った。ビオガラドがゆっくりと口を開く。
『千問中、七百一問正解! よって、合格!』
ビオガラドが告げると、俺は立ち上がり、両手を掲げた。
『やった! おわった〜!』
俺は歓声をあげ、そのまま上体を後ろに倒す。そして体ごと真後ろに倒れた。大きな地響きが起き、木々の梢から鳥たちが飛び立つ。
『やったな、ヨギ』
倒れた俺を覗き込むエニンギルゥドは、晴々とした笑顔を見せていた。
『ヨギストラよ、よくやったな。特に最後の問題を解答した時の、集中力は素晴らしかったぞ』
ニドヴォルクが俺を讃える。勉強を見てくれた彼女に褒められると、感動もひとしおである。
『エニンギルゥド様は惜しかったですね。完璧を求めるあまり、他の問題に時間を割きすぎました。そのせいで最終問題の時間がなかったのが敗因でした。あと三十秒時間を残していれば、組成式の欠陥に気づき修正することができたでしょう』
ニドヴォルクのダメ出しに、エニンギルゥドが目を瞑る。エニンギルゥドとしては悔いが残る結果かもしれないが、こいつはこいつで失敗から学ぶ奴だ。今回の結果も糧となるだろう。
『しかしここに来て、もう一年近くになるな』
俺は春の兆しが見え始めた樹海を見回す。最初にここに来たのは夏の初め頃だったので、かなり長居をしたことになる。
『ああ、こんなに長くいるとはな』
エニンギルゥドは俺に手を伸ばす。俺は友の手を取り起き上がった。そしてビオガラドを見る。
俺とエニンギルゥドは居住まいを正した。
『長きにわたるご教授、ありがとうございます』
『この教えを一生の糧にしようと思います』
俺とエニンギルゥドは揃って頭を下げる。礼を言われたビオガラドは、目に涙をためて顔を震えさせる。泣くかと思ったがビオガラドは引き締め直し、わざとらしい咳払いをした。
『うむ。だが自惚れるでないぞ、その方らが習得したのは基礎に過ぎん。これからも精進に励むが良い。幼き竜たちを』
ビオガラドは偉そうに胸を張る。
俺とエニンギルゥドは苦笑いを浮かべるしかなかった。
ビオガラドは妙に格好をつけたがる。だがそんなことをしなくても、すでに俺たちはビオガラドを師と仰いでいる。それに講義の時は普通の口調に戻っていたので、今更格好をつけられても違和感しかない。ビオガラドの残念なところだが、これがビオガラドなのだろう。
『エニンギルゥド様、そしてヨギストラ。改めて卒業おめでとう』
ニドヴォルクも、祝いの言葉を述べてくれる。
『今朝ビオガラドが獲物をとってきてくれた。今日はお祝いだ、私も腕を振るおう。今から作るので、楽しみにしていてくれ』
ニドヴォルクの言葉に俺もエニンギルゥドも歓声を上げた。
ニドヴォルクは宣言通り、ご馳走の数々を並べてくれた。
俺たちは舌鼓を打ち、合格の味を噛み締めた。
書いてた時はちょうど卒業シーズンだったので、ちょっとだけプロットから変更を加えた