され竜転生 〜竜に転生して勝ち組と思ったら、され竜の世界だった〜 作:ホイナン三兄弟
第四十七話 エニンギルゥドの苦悩
五指山の青竜ゴウゼンと名乗った竜は、五本の指のように伸びる山に長い体を巻きつけていた。
蛇のように長い体。俺やエニンギルゥドといった竜とは違った体型である。これは東方に見られる竜の特徴であった。だが賢龍派には東方の竜も属しているため、決して珍しいものではない。俺も試しの谷で同種の竜をと何度も会っている。
俺は気後れすることなく、一歩前に進み出た。
『初めましてゴウゼン。私はヨギルググの息子ヨギストラです。この度はあなたたちの縄張りを受け継ぐため、試練を受けるためにやってまいりました』
俺が名乗り出ると、隣にいたエニンギルゥドも同じく前に出る。
『私はヨギストラの友、エニンギルゥドです。どうか縄張りを受け継ぐ許可をいただきたい』
エニンギルゥドは俺と共に頭を下げる。
頭を下げる俺たちに、ゴウゼンが頷く。
『よろしい、では試練を受けることを許可しよう』
首肯したゴウゼンは視線をニドヴォルクへとうつした。
『久しいな、ニドヴォルク。お前とこうした形で再会するとはな』
『うむ、世の中わからぬものだな』
『どうだ、番う相手はできたか?』
ゴウゼンはやや下品た笑みを見せる。するとニドヴォルクは顔色ひとつ変えずに言い返した。
『さっぱりだ。私の同世代にいい竜が一頭たりとも見当たらない、おかげで相手探しに苦労している』
『おいおい、ひでぇじゃねぇかよ。いい竜ならここにいるぜ』
『ん? どこにだ?』
名乗り出るゴウゼンに対し、ニドヴォルクは周囲を見回す。するとゴウゼンはまた笑った。
俺は大口を開けて笑うゴウゼンの体を見た。
青い鱗に包まれた体には、首から少し下に鱗に包まれた腕が長い胴体から突きている。さらに長い体を三分の二ほど下ると、同じく青い鱗に包まれた足があった。ただ腕と足までの間に、肌色をした腕が八本あり、その五指には赤や緑、橙といった色の宝玉を握りしめている。
鱗に包まれていない腕は、おそらく咒式で生み出したものだろう。
生体系咒式を使用すれば、腕や臓器を生み出すことは容易だった。しかし竜の間には自身の外見を変えることを、あまり良しとしない風潮がある。
一概に竜と言っても、その体つきは様々だ。
俺やエニンギルゥドのような体形をした竜が、この地方では一般的だ。だが胴体が長い東方の竜や、複数の頭部を持つ多頭系の竜もいる。これらは咒式で変化させたものではなく、親から受け継いだ遺伝子の特性だ。
竜は多種多様な外見を持っており、そして自らの外見を誇りとする風潮がある。咒式を用いればいくらでも外見を変化させることができるため、外見をいじらないという文化があるのだ。
もっともこれは外見に限り、体内は咒式で強化する。竜の中には普通ならば存在しない臓器を生み出すものもいる。
俺はゴウゼンの腕が持つ、色とりどりの宝玉に目を移した。ゴウゼンが腕をはやしているのは、おそらくあの宝玉を保持するためだろう。しかしこれもまた珍しかった。竜は道具を作るということをしないからだ。
《され竜》の世界では、咒式の演算を補助する宝珠と言うものが存在する。どのような構造をしていて、どんな物質でできているかは明らかにされていない。おそらく咒式の発動を助ける、補助式が入っているのだろう。
人間が咒式を使用するためには、宝珠の補助が必要なのはわかる。しかし人間以上の咒力や演算力を誇る竜ならば、道具で補助する必要がない。そんなものを使わずとも、竜は強くなれるからだ。
外見をいじって腕を作り、道具を持つ。
ゴウゼンは変わった竜と言えるだろう。父上様の仲間の竜は、全員が変わり者揃いと聞いていた。これが変わり者とみられるゆえんであろう。
『さて、ニドヴォルク。お前ともう少し話をしていたいが、ヨギルググの息子やエニンギルゥド様を放っておくわけにもいかんな』
ニドヴォルクと話し込んでいたゴウゼンが、ようやく俺たちに目を戻した。
『さて、俺から課す試練だが、これだ』
ゴウゼンは体にいくつもある肌色の腕から、黄色い宝珠を投げた。宝珠はゆっくりと俺たちに向けて落ちてきて、俺は手を伸ばして受け取った。
『これは……』
俺と側にいたエニンギルゥドは共に宝珠を覗き込む。宝珠の表面には複雑な数式が踊っている。
なんの数式かはわからなかったが、いくつか式におかしな点があった。そして数式は動かせるようで、自在に組み換えることができる。
なんらかのパズルであることが、直感的に理解できた。
『これは論理錠という遊戯だ。問題、あるいは数式を完成させれば良い』
ゴウゼンが顎で宝珠を示す。
『ヨギ、俺がやっていいか』
エニンギルゥドが手を伸ばすので、俺は宝珠を手渡す。エニンギルゥドは苦手なものがなく、全部が得意だ。この手のパズルもお手のものだろう。
エニンギルゥドはぺろっと唇を舐めると、宝珠の数式を動かしていく。
『できた』
待つというほどのこともなく、エニンギルゥドは論理錠を解いてみせる。すると宝珠を覆っていた数式が、花が開くように剥がれていく。その下には三十二の面を持つ立方体が姿を現す。
『問題は一問だけではない。回答すれば新たな問題が出る。全てに回答することができれば、それで試練は終了だ』
ゴウゼンの言葉に、エニンギルゥドはやる気を見せる。そして論理錠に挑み、次々と問題を解いていく。
問題が解かれるたびに、論理錠は玉葱のように剥かれていく。そしてついに指先につまめるほどの大きさになった。
『おっ、それが最後の問題だ。それを解けば試練は完了だ』
小さくなった論理錠を見て、ゴウゼンが最終問題であることを告げる。
まだ日も傾き切っておらず、この問題を解けば一日で試練を乗り越えたことになる。だが……。
『ん? あれ?』
小さな論理錠を手にした、エニンギルゥドの顔が曇る。
『どうかしたか? エニン』
『いや、これ解けないぞ』
俺はエニンギルゥドの手元を見た。
エニンギルゥドは宝珠の数式を動かすも、どうしても回答できない。
『これは……』
考え込む俺の横で、エニンギルゥドがゴウゼンを見上げる。
『問題に誤りがあります。これでは絶対に回答できません』
エニンギルゥドが問題の不備を指摘すると、ゴウゼンが口の端を上げて笑った。
『いや、問題に不備はない。必ず回答できる』
『ですが、これでは!』
エニンギルゥドはなおも食い下がろうとする。その横で俺は声を上げた。
『答え、わかったかも』
『え? 本当か! ヨギ』
『ああ、多分……』
俺は戸惑いながらも頷いた。
この問題の答えは、多分あれだ。
『どうやって解くんだ?』
エニンギルゥドが論理錠を俺に差し出す。だがそこに制止の声が入った。
『待て。ヨギストラよ。お前が思いついた答え、俺だけに言ってみろ』
ゴウゼンが岩山に体を巻きつけながら、長い胴体をくねらせて頭を俺たちがいる場所にまでおろす。
俺がゴウゼンに歩み寄ると、ゴウゼンは防音咒式を起動した。エニンギルゥドに答えが聞こえないようにするためだ。
俺は口の動きをエニンギルゥドに見えないようにしてから、ゴウゼンに答えを囁いた。
俺の答えを聞くと、ゴウゼンはわずかに目を見開き、そして顎を頷かせる。
『正解だ』
防音咒式を解いたゴウゼンの宣言に、エニンギルゥドは目を見開く。
『ヨギ。一体どうやるんだ?』
エニンギルゥドに問われ、俺は迷った。
『ああっと、あれだ。それはお前だけで解いてみろ』
俺の言葉に、エニンギルゥドは口を尖らせる。
『いや、答えを教えてもいいけれど、そこまで解いたんだし、全部やりきれよ』
俺に言われ、エニンギルゥドは表情を一変させた。
『そうだな、確かにその通りだ。やってみる』
エニンギルゥドは頷き、論理錠に向かい合う。
俺は頭をひねるエニンギルゥドをながめていると、ニドヴォルクが近づいてきた。
『よくわかったな』
『ええ、まぁ。たまたま思いついて』
俺は曖昧に言葉を濁した。
何故なら俺は答えが分かったのではなく、答えを知っていたからだ。
エニンギルゥドが挑んでいるのは「絶対的に対立する三つの論理を統合する」という問題で、俺はこの問題を《され竜》の原作で知っていたからだ。
原作の《され竜》では主人公たちの仲間であるストラトスという人物が、これと同じ問題に挑んでいた。
ストラトスが挑んでいた問題は、確か立体論理錠の大家ギルディスヴェルグとかいう博士が作った「三点輻輳論理問題」というものだ。
もっとも今の時代には、まだギルディスヴェルグ博士は生まれてもいない。おそらくゴウゼンが同様の問題を思いついたのだろう。
『絶対的に対立する三つの論理を統合せよか。まぁゴウゼンらしい問題だな』
ニドヴォルクの口ぶりは、答えが分かっているようだった。
『答え、わかってるんで?』
『私はあの手の遊戯が苦手だ。しかしゴウゼンの性格や意図は読める。まぁ、意地悪な問題であろう』
ニドヴォルクの答えに俺は頷いた。
原作の《され竜》でも主人公たちの師匠であるジオルグが同じように評していたのを覚えている。
論理錠の前では、エニンギルゥドが唸っている。真面目な優等生であるほど、わかりにくい答えだろう。
もしかしたら意外に時間がかかるかもしれない。
『ヨギストラ、お前暇そうだな』
見上げるとゴウゼンが俺を見ていた。
『ニドヴォルク、ここを任せていいか?』
ゴウゼンの問いに、ニドヴォルクが静かに頷く。彼女はエニンギルゥドの護衛であるため、側にいるのが仕事だ。
『ではヨギストラ、ちょっと付き合え』
ゴウゼンがクイっと顎を向けた。
論理錠の答えは、され竜の原作を読むとわかりますよと宣伝しておこう