され竜転生 〜竜に転生して勝ち組と思ったら、され竜の世界だった〜 作:ホイナン三兄弟
第四十八話 ゴウゼンの宝珠
縄張りを譲り受けるための旅。その三つ目の試練を受けるため、俺たちは五指山に住む青竜ゴウゼンの元を訪れた。
ゴウゼンが課した試練は論理錠を解くというもので、旅の仲間である黒竜エニンギルゥドがほぼ全てを回答した。だが最後の問題で彼は躓き、今は顔に渋面を浮かべながら論理錠と睨めっこをしている。
『ヨギストラ。こっちだ、こい』
山の峰に長い体を巻きつけるゴウゼンが顎を引く。何やら俺に話があるらしい。
俺は首を返しエニンギルゥドを見た。悩む彼の隣には、漆黒の竜ニドヴォルクが影の様に張り付いている。俺は彼女に視線を移すと、ニドヴォルクが顎を引く、彼女がいれば護衛としては十分だ
ゴウゼンが体をくねらせ、五つの峰を持つ五指山を降りていく。俺も後に続く。
霧に包まれた五指山は、実に歩きにくい。視界が塞がれているだけでなく、各種電磁波による探知が妨害されているからだ。ゴウゼンの長い体を見失えば、迷ってしまうことだろう。
『ここだ』
ゴウゼンが山の麓で止まると、そこには大きな洞窟が口を開けていた。どうやらここがゴウゼンの巣穴らしい。
ゴウゼンが身をくねらせて中へと入り、俺も続く。
ゴウゼンの巣穴は細長く続いていた。洞窟の両脇には円筒状の台座が等間隔で並んでおり、その上には赤や緑、黄色に紫といった宝珠が一つずつ置かれている。
俺は並んでいる宝珠を眺めながら歩いていると、先をゆくゴウゼンが止まった。
『これだ。これをお前にやろう』
立ち止まったゴウゼンの目の前には、緑色に輝く宝珠があった。ゴウゼンは宝珠を手に取ると、俺に投げて渡す。俺は両手で受け取り宝珠をみる。
『これは?』
『使い方は簡単だ、咒力を軽く流し込んでみろ』
ゴウゼンの言うとおりにすると、宝珠から組成式が溢れ出す。どうやら組成式を書き込んだ、記録媒体であるようだった。
『この組成式は……』
俺は空中に投影された組成式に目を凝らす。この書き方の癖には見覚えがある。
『これは、ビオガラドの?』
俺はゴウゼンに首を返した。この組成式の書き方は、少し前まで俺たちと共にいた、七眼の緑竜ビオガラドのものだ。
『ああ、少し前にやってきてな、お前たちのことを話して行ったよ』
ゴウゼンの言葉に、俺は頷く。俺たちは試練の間は飛行咒式の使用を禁じられており、ここまで歩いてこなければいけなかった。しかしビオガラドはその規則に縛られていないため、空を飛んで俺たちを追い越すことはできたのだ
『その時、その組成式を書き込んでいった』
ゴウゼンの言葉に、俺は組成式に目を戻した。宝珠を操ると、さらに膨大な数の組成式が現れる。これはビオガラドが研究していた薬物の咒式だ。
『これはありがたい。いや、学びが途中だったので、どうしようか考えていたのです』
俺はゴウゼンに頭を下げた。
ビオガラドは数多くの毒物や薬物に関する知識があり、俺たちはそれを教わりたかった。しかしビオガラドの知識は深く、俺たちは基礎すらあやふやであることが露呈してしまった。そのためビオガラドには、基礎から教えてもらうことになったのだ。
教えを受けたおかげで基礎は一定段階に達したが、本来の目的であった毒物や薬物に関する咒式を覚えている暇がなかった。再度教えを乞うためには、ビオガラドの元を訪ねなければならないところだった。しかしこの宝珠があれば組成式は分かる。あとは地道に研究すれば、咒式の再現も可能だ。
『ああ、ビオガラドからの伝言だ』
ゴウゼンが咳払いをすると居住まいを正し、顔にキリッと力を入れる。
『幼き竜たちよ、元気にしているか? 我が叡智を詰め込んだ宝珠をお前たちに託そう。これは其方らに対する宿題だ。慢心することなく日々精進せよ!』
ゴウゼンの荘厳な声が洞窟内に響く。声は反響してこだまし、そして消えた。
『……と、言うことだ』
一拍の空白の後、ゴウゼンは顔を元に戻す。
俺としてはどうコメントしていいのかわからない。なんと言うか、その、あれだ。ビオガラドはどこまで行ってもビオガラドだ。
『ビオガラドのこのノリって、乗れねぇ奴には辛いよな。でも悪いのはお前の親父であるヨギルググだぞ、あいつが悪ノリしてこれに乗っかったんだ。それでビオガラドが勘違いした』
ゴウゼンの言葉に、俺は顔を顰める。父上様、あなたのせいか!
『あと、これもお前にやろう』
ゴウゼンは透明な宝珠を手に取り、俺に投げてよこす。俺は新たにもらった宝珠に咒力を注入してみる。しかし何も起きない。
『ああ、それは中に何も入っていない、空の宝珠だ。ムブロフスカからお前のことは聞いている。咒式の記録を残そうとしているんだろう?』
ゴウゼンに指摘され、俺は自分の巣穴に残してきた石板の数々を思い出した。
確かに俺は咒式の記録を残すため、石板を彫っている。だが正直効率が悪く、どうしたものかと考えていたのだ。
『これはありがとうございます』
俺は再度頭を下げた。これなら記録も修正も簡単にできる。後で鱗の間にでも収まるよう、スペースを作っておこう。
『うん、まぁ頑張れ』
ゴウゼンは気楽に言う。
『ところで、ひとつお聞きしてよろしいでしょうか?』
『なんだ、答えられることなら答えよう』
『ではこの宝珠ですが、なぜ作っているのですか?』
俺は単刀直入に尋ねた。
この手の道具を作ることを、竜はあまりいいこととはしていない。なぜ周りの目も気にせず、宝珠を作っているのだろうか。
『お前、それを聞くかよ……』
俺の問いに、ゴウゼンが目を尖らせる。
『あっ、すみません。聞いてはいけないことでしたら……』
『いや、いい。聞きたいと言うなら教えてやろう』
ゴウゼンが声を低くする。緊張した声に、俺も背筋がピンと伸びる。
『俺が宝珠を作っている、その理由はな……』
『その理由は?』
俺は固唾を呑む。
『理由は……特にない』
ゴウゼンは声を明るくして答えた。俺の顔は思わず落ちる。
『作りたいから作っているだけだ。理由なんか特にねーよ。ってか何でもかんでも、わかりやすい理由があると思うな』
ゴウゼンがケラケラと笑う。
俺はちょっと腹が立ったが、しかし至言であった。《され竜》でも、主人公たちの師匠であるジオルグが同様のことを言うシーンがあった。
わかりやすい理由を求めるのは、世界を簡略化しているとも言えるのだろう。
『まぁ、もう少し噛み砕いて話せば、俺は見ての通り東方の血を引いている』
ゴウゼンは長い体をくねらせる。
細長い体は、東方に住む竜の特徴とされていた。
『俺のひい爺様ぐらいの代でこっちにきたらしい。で、当時東の方では斯ういうのを持つのが流行していたらしくてな。ひい爺様は宝珠を作っていたようなんだ』
ゴウゼンは近くにあった黄色い宝珠を右手に取ると、爪の上で回転させる。
竜にとってこの手の道具は必要ないが、装飾として持つ文化が一時的にあったのだろう。
『ただ、ひい爺様も爺様も、俺が生まれるずっと昔に亡くなっている。俺の親父も俺が卵に帰る前に死んだそうだから、顔も知らん。ただガキの頃、ひい爺様が使っていた巣穴に潜り込んだことがあってな、その時巣穴の奥から、ひい爺様が作ったと思しき宝珠が何個か出てきたのよ』
ゴウゼンは爪の先で回していた宝珠を台座に戻す。そしてゴウゼンは顔を引き締めた。
『竜は長い寿命を持つ、一万年を生きることも可能だ。しかしそれでもいつかは滅びる。寿命ある者として、自分と祖先が生きた証を受け継いでいかねばならん』
ゴウゼンはまじめくさった顔で言ったが、その顔はすぐに崩れる。
『な〜んて、高尚なことはもちろん考えてねぇ。ただ目の前にあったから、真似して作っているだけだ』
ゴウゼンはケラケラと笑う。
いい加減な態度だったが、俺は否定しなかった。と言うか、世の中何かを始める理由なんてそんなものだろう。理由がなければやってはいけないと言う理由はない。たまたま目の前にあった、何となくやってみようと思った。と言う、なんでもないきっかけが大半だろう。
ゴウゼンは特に気負いもなく、気楽に宝珠を作っているらしい。なら俺も一つやってみたいことがある。
『ゴウゼン、一つお願いがあるのですが』
俺はゴウゼンに切り出した。