され竜転生 〜竜に転生して勝ち組と思ったら、され竜の世界だった〜   作:ホイナン三兄弟

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 第五十話 エニンを取り巻く三点輻輳論理問題

第五十話 エニンを取り巻く三点輻輳論理問題

 

『駄目だ、わからん』

 エニンギルゥドは、数式で構成された宝珠を右手に掴み天を仰いだ。エニンギルゥドは現在、ムブロフスカの縄張りを継承するために旅を出ていた。そして五指山に住む青竜ゴウゼンの元を尋ね、試練を受けている真っ最中であった。

 

 エニンギルゥドが掴んでいる宝珠こそ、ゴウゼンが課した試練である論理錠というものであった。論理錠とは数式で作られた問題で、数式を完成させるか、問題となる条件を成立させれば正解となる。

 残す問題はあと一問だけなのだが、この最後問題が厄介だった。

 

 最終の問題は「三点輻輳論理問題」というものだった。これは絶対的に対立する三つの式を統合せよという、前提条件の時点で、絶対に回答不可能な問題であった。

 

 どう考えても解くことができない問題だが、問題に不備はないらしい。出題したゴウゼンは請け負ったし、仲間であるヨギストラは一目見ただけで回答してしまった。

 

 ヨギストラは答えを教えてくれず、自分で答えてみろと言う。エニンギルゥドはすでに十日ほど問題に挑んでいるが、どうしても答えがわからなかった。

 

『ああ、もう! わからん!』

 エニンギルゥドは左手で頭を掻きむしり、そのまま後ろに倒れて仰向けとなる。

 腹を見せるその姿勢は、無防備そのものであった。するとそばに影のように控える黒竜ニドヴォルクが目を細める。

 

『エニンギルゥド様。はしたないですよ』

 護衛であるニドヴォルクが、姉のように注意をする。

 普段であればエニンギルゥドはすぐに忠告を聞き入れるのだが、今は姿勢を正すことなく目だけを動かしニドヴォルクを見る。

 

『君もこの答えがわかっているんだろう?』

 エニンギルゥドは仰向けになりながら、右手に持つ宝珠を掲げる。

 

 ニドヴォルクは答えなかった。彼女は賢龍派の竜として、嘘や偽りを言わない。わからないと言わないということは、ニドヴォルクには答えの見当がついているということだ。

 

『ふん、わからないのは俺だけか。どうせ俺は馬鹿なんだよ! 出来損ないだよ!』

『エニンギルゥド様……』

 ニドヴォルクが困ったように眉間の鱗を寄せる。

 

『うるさい、話しかけるな、向こうにいってろ!』

 エニンギルゥドは顔を背け、突き放すように手を伸ばす。ニドヴォルクは困り顔を浮かべるが、そばからは離れない。

 

 仕方ないのでエニンギルゥドは寝転がったまま横に回転し、ゴロゴロと転がって距離をとる。

 ニドヴォルクはため息をつくが、離れたエニンギルゥドに歩み寄ることはしなかった。

 

 ニドヴォルクが近寄ってこないことを確認して、エニンギルゥドは息を吐いた。

 

 ようやく自分だけになれた。ここ最近ニドヴォルクがずっとそばにいて、さすがに煩わしかったのだ。少々子供っぽい態度をとってしまったが、こうでもしなければ自分だけの時間を持てない。

 

 エニンギルゥドは息を吐いたあと自分の置かれている状況を予想した。

 

 自分は白銀龍様の血を引いており、そしてニドヴォルクは自分を守るための護衛である。

 ニドヴォルクがこうも警戒するということは、何者かが自分の命を狙っているのだろう。彼女の態度から、それぐらいの見当はついていた。ただニドヴォルクに指摘し、事実を確認するわけにもいかなかった。

 

 事実確認をするのは簡単だ、指摘すれば嘘を言えないニドヴォルクは先ほどと同様に黙るしかない。

 

 エニンギルゥドの本心を言えば、ニドヴォルクに守って欲しくなどなかった。

 竜たるもの自分の身は自分で守る。それで力およばず死ぬというのならば、そこまでの命というものだった。

 それが竜の思考法、死生観というものだ。しかしニドヴォルクは護衛であり、いくらエニンギルゥドが命じてもこればかりは譲れないだろう。

 

 エニンギルゥドが何をしても、ニドヴォルクを困らせるだけである。ならば何も知らないふりをするしかなかった。

 

 エニンギルゥドは再度ため息をついた。

 自分は白銀龍様の直径の血を引いている。エニンギルゥド自身はこの事実を誇りと思っていた。しかし時に、ほんのごく稀に、自分の生まれが煩わしく感じられた。

 

 エニンギルゥドは、横目で周囲を見回した。

 少し離れたところでは、先ほどまでそばにいたニドヴォルクが座っている。

 光を全く反射しない彼女の鱗は、まるで影のようであった。

 

 ニドヴォルクは周囲に危険がないかを確認するため、一定の間隔で視線を動かし周囲を警戒していた。

 

 エニンギルゥドがニドヴォルクの視線を追うと、そこには長い体に青い鱗を持つ青竜と、黄色い鱗を持つ雷竜がいた。

 青竜は五指山の主であるゴウゼン。そして雷竜は友であるヨギストラだった。

 

 二頭の竜は熱心に話し合っていた。

 ヨギストラはゴウゼンが持つ宝珠に興味を示し、作り方を習うことにしたのだ。

 

 宝珠作りは、エニンギルゥドも少し興味があった。しかしヨギストラに混じって教えを乞うわけにはいかなかった。

 

 宝珠のような道具を持つことを、竜は良い風習としていなかった。もちろん禁止されているわけではないので、個々がやる分には誰も気にしないだろう。だが自分がやるのは不味かった。白銀龍様直系の子孫という立場が、自由を許してはくれない。

 

 もちろん自分が宝珠を作って持ち歩いても、誰も直接文句は言わないだろう。しかし顔を顰め、原因となったゴウゼンやヨギストラには文句をつける。ゴウゼンやヨギストラに迷惑をかけるわけにはいかない。自嘲しなければいけなかった。

 これもまた出自ゆえの煩わしさである。

 

 エニンギルゥドは視線をニドヴォルクに戻した。周辺を警戒するニドヴォルクは、ほぼ一定の間隔で視線を移動させていた。だが視線の範囲にヨギストラがいる時だけ、ほんの僅かに間隔が乱れていた。

 

 それはあまりにも僅かな停滞であり、おそらくニドヴォルク自身も意識していない所作であろう。常にそばにいる自分だからこそ気づいたような、僅かな乱れだった。

 

 ニドヴォルクは自分を守る護衛として、どんな時でもエニンギルゥドを優先してくれている。そのため彼女は何者にも心を許さず、受け入れなかった。

 

 だがヨギストラだけは違った。共に旅をしたことが原因なのかわからないが、ニドヴォルクはヨギストラを受け入れつつあった。

 

 このニドヴォルクの変化には、エニンギルゥドは少し思うところがあった。

 

 エニンギルゥドにとってニドヴォルクは生まれた時から、いや、生まれる前から卵のそばにいて自分を見守ってくれていた存在だ。

 常にそばにいてくれたので、幼い頃はニドヴォルクのことを自分の母であると思っていた時期があったほどだ。

 

 もちろん今ではそのような誤解はないが、ニドヴォルクのことを姉のように思っていた。だがこの感覚も不変ではなく、少しずつ変わり始めている。

 

 エニンギルゥドはそろそろ百歳を迎える。竜の感覚ではまだ子供であり、異性を意識する年齢ではない。

 しかしあと百年か二百年もすれば、番を持つことを考える歳となる。それに自分は白銀龍様直系の子孫であり、その血筋を次世代に残すことは使命ですらあった。

 

 近いうちに番の相手を探さねばならない。だが今のところ、エニンギルゥドにはこれと言う女性はいなかった。まだ異性に興味を持つ年齢でないからだが、そばにいるニドヴォルクの存在も大きな要因であった。

 

 ニドヴォルクはエニンギルゥドの目から見ても、美しく賢い女性だった。自分にとっては自慢の姉であり、誇らしい気持ちすらある。

 エニンギルゥドはこれまで何頭かの異性と会ってきたが、ニドヴォルクを超えるほどの女性はいなかった。そのため印象に残らないのだ。

 

 今はまだエニンギルゥドは、ニドヴォルクを異性として意識はしていない。それは友であるヨギストラも同じであろう。そして当のニドヴォルクも、自分やヨギストラのことを護衛対象、あるいは手のかかる弟ぐらいに思っているかもしれない。

 

 だが時が移ろい自分とヨギストラが成長すれば、一頭の男としてニドヴォルクを意識することとなるだろう。そうなればもう、今のような関係ではいられなくなる。

 

 エニンギルゥドはあることに気づき、手に持っていた宝珠を目の前に掲げた。

 絶対的に対立する三つの式が、宝珠の表面に漂っている。まるで将来の自分たちのようであった。

 

 いずれ自分たちは、今のように一つにまとまれなくなるだろう。残念ではあるが、時を止められない以上仕方がない。

 だがせめて対立することなく、一つの方向を向いていたかった。

 

 そこまで考えて、エニンギルゥドは三点輻輳論理問題の答えに気づいた。

 

『ああ、そう言うことか』

 エニンギルゥドは、目の前にある宝珠の式を改めて見る。

 絶対的に対立する三つの式を統合する。対立する以上、これは絶対に不可能である。だが三つの式を、同じ方向に向けることなら可能だ。

 

 エニンギルゥドは式を操作し、論理錠を解こうとした。だが途中で指を止めて、解くのをやめた。

 時を止めることはできない。しかし今の関係を、少しでも長く保っていたかった。

 せめてこの問題を解くまでは……。

 

 

 

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