され竜転生 〜竜に転生して勝ち組と思ったら、され竜の世界だった〜 作:ホイナン三兄弟
第五十二話 土壌竜
五指山の青竜ゴウゼンの元から旅立った俺たちは、次なる目的地へと向かった。
ムブロフスカの縄張りを受け継ぐための試練は、合計四つである。俺たちはすでに三つを経ている。残る試練は一つとなっていた。
旅を出た当初はいつ終わるのかわからなかったが、三つの試練を終えた今、思い返せばあっという間のような出来事であった。
次なる試練で最後ではあるが、俺たちは急ぐどころかゆっくりと歩んだ。
俺にとってこの旅は、ただの旅ではない。特別な時間だった。
竜の人生は長いが、若い頃の経験は一生の糧となる。このような旅はもう二度とできないだろう。俺とエニンギルゥド、そして護衛としてついてきているニドヴォルクはかけがえのない時間を過ごしていた。
この時間が永遠に続けばいいと思うが、この世に永遠はない。どれほど歩みを遅くしようと、いつかは目的地に着いてしまう。
『そろそろだな』
俺は行く手を臨んだ。視線の先には、肥沃な森が広がっている。あの森こそ、父上様やムブロフスカの仲間が待つ地だ。
あの場所には最後の試練が待っている。そして最後の試練に合格すれば、この旅は終わりだ。終わってしまうのだ。
俺とエニンギルゥドの感慨はひとしおであった。共に旅をしているニドヴォルクも、息を吐いて行き先にある森を見ていた。
もっともニドヴォルクの内心は、俺たちよりさらに複雑であった。と言うのもニドヴォルクの護衛対象であるエニンギルゥドが、かつて因縁があった四つ目の緑竜ジャザベジドに襲撃される可能性があるのだ。
ジャザベジドは三百歳級の竜で、俺たちよりも年上だ。さらに竜族最強硬派を自認する、黒龍派と接触しているかも知れず大変危険であった。
護衛としては、警備が不安な旅は早く終わってほしいだろう。しかしニドヴォルクもこの旅を楽しんでおり、旅の終焉を惜しむ気持ちもあった。
『さぁ、行こうか』
森を眺めていた俺は、一歩前に踏み出した。
いくら旅が終わるのが惜しいとはいえ、このままずっと眺めているわけにはいかないのだ。
エニンギルゥドとニドヴォルクも、俺の後についてくる。しかし会話はない。これまで旅をしているときは、たわいもない話に花が咲いたものだった。しかし旅の終焉を前にして、沈黙が俺たちの間を支配していた。
『さて、どんな試練が待っているんだろうな?』
俺は話題を絞り出した。せっかくの旅である。最後まで楽しく終わりたい。
『想像もつかないな。と言うか、予想通りの試練であったことが、これまで一度もなかった』
エニンギルゥドが旅を振り返った。
確かにその通りだ。最初に挑んだのはジョジ爺こと甲竜ジョジサムローンの試練であったが、ジョジサムローンは試練の内容を考えておらず、長い時間を一緒に過ごすこととなった。だがジョジサムローンと共に見たあの星空を、俺は一生忘れることはないだろう。
次に挑んだのは七眼の緑竜ビオガラドの試練だったが、彼はなんとも締まらない竜であり、試練の内容は二転三転していった。しかしビオガラドは俺たちに多くの学びを与えてくれた。彼のもとで学んだ咒式の基礎は、これからの指針となることだろう。
三つ目の試練である五指山の青竜ゴウゼンは、論理錠という変わった試練を俺たちに課した。
予想外の試練であったが、全てにおいて完璧な答えを出す必要はないとするゴウゼンの教えは、人生訓に富んだ示唆と言えた。竜の一生は長く、迷う時もあるだろう。その時ゴウゼンの教えは一条の光明となるかもしれない。
『試練を受けると聞いた時は、難しい咒式を覚えたり、厳しい修行をするものと思っていたんだがな』
エニンギルゥドが笑う。俺もはじめはそう考えていた。しかしそんなことほとんどなかったぜ。
『予想外だったが、面白い試練の連続だった。残る試練も、きっと予想外なものだろうな』
エニンギルゥドが語ると、後ろに続くニドヴォルクから笑い声が聞こえた。
『それだけは確実でしょうな』
漆黒の姿をしたニドヴォルクが頷く。
彼女は父上様やムブロフスカと同世代であり、この先に待つ竜のことも知っているのだ。
『そうそう、エニン。君には言っておくことがある。実は最後の試練を課す竜のことだが、その竜のことを、俺は少し知っていてな』
『そうなのか?』
『うん、俺が試しの谷にいく少し前だったかな、父上様が仲間の竜のことを教えてくれたんだ。きっとこの先に待っている竜が、その時に話してくれた竜だろう』
俺は何年も前に、父上様がしてくれた話を思い出した。
『エニン、お前は土壌竜に会ったことはあるか?』
『土壌竜か! いや、存在は知っているが会ったことはないな』
エニンギルゥドは首を横に振った。彼が会ったことがないのも無理はない。土壌竜は竜の中でも特殊な竜であり、長い寿命を持つ竜であっても出会うことは稀な存在であった。
まず土壌竜はその姿形が、地中に住むミミズに酷似しているという。そしてその生態もミミズそのもので、一生を土の中で過ごす。そのため竜でも土壌竜に会うことはまずない。
『土壌竜が我らと姿が異なることは知っている。しかし姿形は違えど、竜の一種であると白銀龍様もお認めになっているな』
エニンギルゥドの言葉に、俺は頷く。
土壌竜はその姿形と生態のため、竜ではなくミミズだと揶揄されることも多いらしい。だがエニンギルゥドが言ったように、白銀龍様は土壌竜を我らと同じ竜の一種であると認めた。父上様からも、姿形が違うからといって見下すようなことをしてはならないと言われている。
『しかし土壌竜と知己があるとは、ヨギの父上も顔が広いな』
エニンギルゥドが感心したように俺を見る。
『うん、なんでも父上様が俺たち位の歳に、土砂崩れに遭い土砂の下敷きになったらしい』
俺は父上様から聞かされた話を、エニンギルゥドとニドヴォルクに語った。
『当時父上様はまだ子供で、土を跳ね除ける力がなかった。咒式で酸素を生み出し、救難信号を放って助けを求めることが精一杯だったそうだ。だが周囲に竜はおらず、救助が来ないことはわかりきっていた。もはやこれまでと思ったその時、土をかき分けて助けに来てくれたのが、土壌竜ウロン・ウロンだったらしい』
『ほぉ、それは幸運だったな』
『うん、歳も近かったことで父上様はウロン・ウロンと意気投合したそうだ。それだけでなく父上様はウロン・ウロンを土の中から引っ張り出して、試しの谷に連れてきたらしい』
俺は頷きながらエニンギルゥドに語ってみせた。
『私もウロン・ウロンが、試しの谷にやってきた日のことを覚えている』
話を聞いていたニドヴォルクが、懐かしそうに目を細める。
『やはりその姿形から、年嵩の竜たちはウロン・ウロンを受け入れがたかった。しかしそんな竜に対して、ヨギストラの父であるヨギルググが、白銀龍様が同胞とお認めになった者を迎え入れぬのは、賢龍派にふさわしい態度と言えるのかと言ってのけたのだ。年若い竜に賢龍派としての矜持を問われ、年嵩の竜たちは揃って恥いっていたものだ」
ニドヴォルクがうんと頷く。
父上様がそんな格好いいことをしていたとは、息子として驚きである。
『あと、ウロン・ウロンは強い竜でもあった。偏見の目に晒されても怯まぬ強さがあった。何より土壌竜はその体が特殊でな、特に力が飛び抜けて強かった。あの者に組みつかれれば、年上の竜でも敵わなかった。私も力試しにおいて、土をつけられそうになった』
ニドヴォルクの言葉に、俺やエニンギルゥドは驚く。
ニドヴォルクは竜族の中でも天才と呼ばれており、力試しでは無敗を誇っている。そのニドヴォルクに、土をつけそうになったというのだから大したものだ。
『こいつは楽しみだな』
俺はエニンギルゥドを見ると、彼もまた頷いた。
ニドヴォルクに力試しで勝利することは、俺たちにとって一つの目標となっている。ウロン・ウロンはそのニドヴォルクといい勝負をしたというのだから、彼の教えを受ければ大きな糧となることは間違い無かった。
進む俺たちの足に力が籠る。
先ほどまでは進むことを躊躇っていたが、旅はやはり進んでこそだ。新たな出会いが俺たちを待っている。
俺たちは意気揚々と、土壌竜ウロン・ウロンが住む森に足を踏み入れた。
鬱蒼と茂る森を歩く。森は深く、木々の樹齢も高い。良い森であった。
ウロン・ウロンは土壌竜。その名を示す通り、土壌を肥え太らせる。土壌竜が住まう土地は、肥沃な大地へと姿を変えると聞く。話に違わぬ豊かな森が形成されていた。
『さすがだな』
エニンギルゥドも感心したように声を上げる。これだけ深い森はなかなかない。
『さてと、どこにいるかな?』
俺は首を伸ばして周囲を見回したが、深い森ゆえ視界は良くない。だがその時、離れた場所で咒力を感じた。この波長は竜のものだ。
『こっちか?』
波長に釣られて、俺たちは森を抜ける。波長が発せられた場所は木々が途切れ、小高い丘となっていた。丘の上には一頭の竜が佇み、背中を見せている。しかし丘の向こうに太陽があり、逆光となっていて竜の姿はよく見えない。
『貴方がウロン・ウロンですか?』
俺は丘の上にいる竜に尋ねる。だがその時、そばにいたニドヴォルクが身構えた。
『待て、ヨギストラよ! その者はウロン・ウロンではないぞ!』
ニドヴォルクの指摘に、俺は自分の勘違いに気づいた。
土壌竜はミミズのような姿をしている。そして丘の上に背を向ける竜は、俺たちと同じ形の竜だった。ならば丘の上にいる竜はウロン・ウロンではない。
『ああ? ウロン・ウロン? なんだそれ?』
丘の上にいる竜が振り返る。その体の鱗は深い緑色をしており、顔には四つの目が光っていた。
『お前は!』
俺は振り返った竜を見て驚いた。
その四つの目、そして緑の鱗は間違いなかった。
『ジャザベジド!』
四つ目の緑竜ジャザベジドが、丘の上から俺たちを見下ろしていた。