され竜転生 〜竜に転生して勝ち組と思ったら、され竜の世界だった〜 作:ホイナン三兄弟
第五十七話 再戦 その5
俺は四つ目の緑竜ジャザベジドを組み敷き、ほぼ勝利を手中に収めていた。しかし突然体が動かなくなり、俺はその場に倒れた。
『な、んだ、こここ……』
体が痙攣を起こし、呼吸すら上手くできない。倒れた俺を見て、ニドヴォルクとエニンギルゥドが駆け寄ろうとする。だがジャザベジドが素早く起き上がると、倒れた俺の首を掴み持ち上げて盾のように掲げた。
『動くな! それ以上近づけばこいつを殺す。こいつはまだ生きているぞ!』
俺を盾とするジャザベジドが叫ぶと、ニドヴォルクとエニンギルゥドは止まるしかなかった。
二頭は顔を歪めてジャザベジドを睨む。一方俺は、何をされたのかわからなかった。
おそらくジャザベジドは会話で時間を引き延ばしながら、咒式を見えないように発動したのだろう。それはわかる。《され竜》で主人公達がよくやっていたことを、敵にされてしまった。
わからないのは体の変調だ。
体が突如動かなくなった。全身が痙攣して言うことを聞かない、意識も喪失しかけている。
何をされたのかわからなかった。だが俺のせいでニドヴォルクとエニンギルゥドが動けないでいる。わからないでは済まされない。
俺は朦朧とする意識をなんとか保ち、思考を巡らせた。
汗をかき体が痙攣していると言うことは、何かの薬物を盛られたのだろう。だが匂いは何も感じなかった。
無味無臭の毒だ。ジャザベジドの首を抑えていた左腕に感覚がない。体の中でも左腕が最も重篤だ。毒ガスを吸入したのであれば、呼吸器系が真っ先にやられるはず。口ではなく皮膚から毒が浸透してきている。
俺は七眼の緑竜ビオガラドから教えてもらった、化学系と生体系の知識を総動員して毒の正体を探った。
高熱、痙攣、意識の混濁、さらに各種の症状からして有機リン系の毒物。そして竜の巨体を犯すほどの猛毒となると答えは一つ。
『動くなよ、咒式を使おうとすれば即座にこいつを殺す』
俺を盾にしながら、ジャザベジドが咒式を紡ぐ。だがそうはさせない。
『やら、せるか!』
俺は両手を伸ばし、首を掴むジャザベジドの腕を振り解いた。
『何!』
ジャザベジドは突如動いた俺に驚きつつも、右手に〈雷電伸長鎗〉の咒式を発動。プラズマの刃が迫る。
俺はほとんど動かない左手を盾にし、プラズマの刃を素手で受けた。
高温のプラズマに竜の鱗が焼き切れ、血液が沸騰し肉が蒸発する。激烈な痛みが襲うが無視、焼き切れた左腕でジャザベジドの右腕を外へといなして内側に入り込む。
ジャザベジドは左手に〈鍛澱鎗弾槍〉の咒式を宿して放とうとする。だがこの距離でその咒式選択は間違いだ。普通に爪で攻撃すべきだった。俺は右手でジャザベジドの腕を掴み攻撃を阻止する。そしてジャザベジドの懐に飛び込むと、胸の宝珠に噛み付いた。
俺の牙がジャザベジドの肉ごと宝珠を齧りとる。
ジャザベジドは悲鳴をあげて後ろへと倒れた。宝珠を抉り取った俺は、そのまま顎に力を入れ、〈禍つ式〉の脳が詰め込まれている宝珠を噛み砕いた。
煮詰まった血の味と共に 生臭い脳の匂いが口に充満する。達成感から体の力が一瞬抜け、倒れそうになった。だが四肢に力を入れてなんとか踏ん張る。
『なぜだ、なぜ動ける』
ジャザベジドが驚愕に口を開く。だが俺は見逃さない。同じ手は二度も引っかからない。
俺は即座に〈反咒禍界絶陣〉を展開した。咒式を無効化する結界が張り巡らされると、ジャザベジドから放たれていた無色透明、無味無臭の毒ガス咒式を分解する。
驚くふりをして使用していた咒式を見破られ、ジャザベジドが顔を歪める。
『まさか〈髑翁腐界腫蝕雲〉の咒式を使用できるとは思わなかったぞ』
俺はジャザベジドが奥の手として使用した咒式を言い当てた。
ジャザベジドの奥の手。それは悪名高きVXガスだ。神経ガスだが皮膚からも浸透し、サリンの二十八倍という最悪の毒性を示す。
俺は左腕を見た。プラズマの刃の盾としたため、腕の肘から下が消し飛んでいる。だがその前から俺の左腕は死んでいた。
おそらくジャザベジドは俺が左手で抑えている首の部分に毒を生成したのだろう。そして左腕から毒が浸透したのだ。
俺は〈反咒禍界絶陣〉を展開しながら、水酸化ナトリウムを合成し、全身で浴びる。
濃厚水溶液がVXガスと反応するため、体に付着している毒があってもこれで加溶媒分解されていくはずだ。
これで体に付着している毒は分解できた。だが体内にはまだ浸透している毒が残っている。
俺はアトロピンとプラリドキシムヨウ化メチルを、体内で再度合成した。
アトロピンとプラリドキシムヨウ化メチルは、有機リン化系の毒物に対して特異的な解毒剤となる。これを合成したおかげで俺は動けるようになり、ジャザベジドに反撃できたのだ。
『お前、〈反咒禍界絶陣〉まで使えるのかよ……』
ジャザベジドが結界に護られた俺を見上げる。
『そんなもんが使えるんだったら、さっきの戦いをもっと楽に立ち回れただろうが』
吐き捨てるジャザベジドの言葉は正しかった。〈反咒禍界絶陣〉で咒式を減殺すれば、完全無効化は無理でも半減することはできた。竜の鱗をもってすれば正面から突破も可能だった。
『そっちが奥の手を出すまで、温存しておきたかった。それにこれはまだ覚えた手で出力が安定しない。無理押しできる段階じゃない』
『俺より強力な結界を作っておいて、ふざけんな』
ジャザベジドが言葉をこぼす。そして落ちた言葉のように身を伏せた。
『まだ百歳のくせに体術で俺を圧倒し、その上結界を張り毒を分解して高度な咒式戦にも対応する。可愛げのねぇガキだ』
身を伏せたジャザベジドは、体から力を抜いた。
『宝珠を破壊され、奥の手も防がれた。もはや俺に勝つ手段はねぇ。殺せ』
ジャザベジドが諦念の息を吐く。〈髑翁腐界腫蝕雲〉をも使用するジャザベジドは確かに危険であった。不意を突かれれば一撃死しかねない。今のうちに殺しておくべき相手だった。だが……。
『いいや、俺はお前を殺さない』
『ああ? ふざけんなよ!』
『お前こそふざけんな!』
語気を荒げるジャザベジドに対し、俺はいい加減腹が立ってきた。
『俺たちはなぁ、竜として生まれたんだぞ! その意味を考えろ!』
簡単に命を散らそうとするジャザベジドを、俺は許せなかった。
『生き物は生まれを選べねぇ。俺たちは竜として生まれたが、これはたまたまだ。何かが違えば、そこらにいる虫ケラや細菌として生まれていても不思議はねぇ』
この世界には何千万という種類の生き物がいるが、その大半は思考力もないような細菌やウィルス、虫けらだ。
単細胞生物に生まれる確率の方がずっと多い。
『俺たちは最強の体を持ち、咒式まで使用できる。さらに高度な文明や知性を持って生まれてきた。俺たちは竜として生まれただけで、幸運と言える!』
俺は前世の自分を思い出しながら語った。
俺の前世は別の世界の人間だった。うだつの上がらない人生を過ごし、最後は流星に打たれて死ぬという、なんだそれは、という一生だった。しかしそれでも俺は幸運だった。
地球では人類は生態系の頂点に君臨していた。ゴキブリや鼠、環境破壊で死滅しかけている絶滅危惧種のことを考えれば勝ち組と言える。しかも俺は治安がよく、経済が高度に発展した日本に生まれていた。
発展途上国や紛争地域に住んでいる人と比べれば、天国のような環境と言えるだろう。
当時世界の人口は七十億、日本の人口は一億ほどだったので、日本に生まれる可能性は七十分の一。同じ人類でもアタリを引き当てたと言える。しかも俺は一度死に、竜として復活する幸運まで得た。
『竜として生まれた俺たちは幸運だ。いや、この世に生まれ落ちるということ自体、望外の幸運なのだ!』
俺は言い切った。二度目の生を歩んでいる俺だからこそわかる。生きているということはそれだけで奇跡なのだ。
『で、ジャザベジドよ。お前は竜として生まれるという幸運を手にして、一体何を成した?』
俺の問いにジャザベジドは言葉を詰まらせる。
背後で話を聞いている、ニドヴォルクとエニンギルゥドも唸る。
『竜は地上最強だ、敵はない。さらに千年を超える寿命を誇り、万年生きることすら可能だ。そのうえで聞くぞ? ここで命をかけることは、千年の寿命を捨てるほどの価値があることなのか?』
俺の問いにジャザベジドは答えられなかった。
もちろん生きることに意味などあるのか、という問いかけも出てくる。だがその問いかけに対する答えを探すことも、ひとつの生きる意味と言えるだろう。
『死を選ぶと言うのなら、せめて自分が命を賭けるに足る何かを見つけてからにしろ』
俺は語り終えると息を吐いた。
どうして俺がこんな説教をしなければいけないのか。俺は竜としてまだ百年しか生きておらず、人間であった前世を含めても百五十年に達しない。一方ジャザベジドは三百歳、背後にいるニドヴォルクに至っては五百歳を超えている。
二頭は俺よりずっと年上だと言うのに、口を開けば殺せとしか言わない。誇り高いのも結構だが、いい加減うんざりする。
『ジャザベジド』
これまでずっと見守っていたエニンギルゥドが進み出る。
『貴方が私を憎いと言う気持ちは理解できる。そして今更引けぬと言う体面もわかる。だがそれでも私は貴方に生きてほしい』
エニンギルゥドの言葉に、ジャザベジドが息を呑む。
『お前も、俺に生きろと言うのか! 汚名を受けた竜の生活がどれほど屈辱であるか、わかっているのか!』
『わかっています。いえ、わかっていないかもしれません。ですが貴方が生きてくれると言うのなら、私が側で貴方を守りましょう。屈辱を受けるかも知れませんが、それが糧となる日がきっと来る』
ジャザベジドが目を見開く。エニンギルゥドの言葉は、俺の心も打った。
誰しも失敗や敗北、屈辱を避けようとする。それは当然のことだ。だが一方で世の中には失敗や敗北、屈辱を経験した者でなければたどり着けない場所がある。
『共に歩みましょう。ジャザベジド』
エニンギルゥドは手を差し伸べた。