され竜転生 〜竜に転生して勝ち組と思ったら、され竜の世界だった〜 作:ホイナン三兄弟
第六話 最初の獲物
俺が生まれて三十年ほどがすぎた。
三十歳になった俺の体は、体長が十メルトルほどにまで成長していた。
俺は巣穴の近くにある、谷に足を運んだ。
谷の岸壁は垂直に切り立ち、断崖絶壁が数百メルトルは続いている。首を伸ばして覗き込めば、遥か下に灰色の谷底が見えた。
俺は息を吸い込み気合を入れると、足に力を入れて谷底へと飛び降りた。
十メルトルの巨体が落下し、浮遊感が背筋を駆け巡る。視界には谷の岸壁が急接近する。俺は落下地点を見定め、手足を伸ばし迫り来る岩壁を掴んだ。
ほぼ垂直の岩にしがみつき、落下速度を減速。殺しきれない速度を利用して重心を前に移動、即座に足を伸ばして掴んだばかり岸壁を蹴る。視線はすでに次の着地地点を見定めている。
俺は垂直の崖を落ちる様に降りていく。
順調かと思いきや、着地視点と見定めた岩が手を置いた瞬間に崩落。体勢を崩した俺は岸壁に体を打ちつけそうになった。
俺は体を打ちつける直前に、体の下に〈斥盾〉を発動した。鋼の盾が足元に生まれ、体を守る。
俺は鋼の盾を蹴り跳躍。空中で身を翻し、右手から〈剛鎖〉の咒式を発動した。
先端に鋭いアンカーがついた三本のチタン合金の鎖が、岸壁に向かって勢いよく伸びる。
アンカーが壁に突き刺さると、俺は伸びていく三本の鎖を右手で掴んだ。
突き刺さったアンカーのうち、一本は刺さり方が弱かったのか抜けてしまったが、残り二本はしっかりと突き刺さり、俺の体を支える。
鎖を掴む俺の体は、振り子のように移動して岸壁へと迫る。
俺は着地地点を見定め、鎖から手を離し岩壁へと飛び移った。俺の爪をしっかりと岸壁を掴み、巨体をがっちりと支える。
岩壁にしがみついた俺は、息を吐いて下を見た。すでに半分以上降下しており、残りは百メルトルほどだった。
これならば大丈夫だろうと、俺は岸壁を蹴って谷底へと飛び降りた。
俺は二度目の浮遊感を楽しみつつ、足と尻尾を地面へと向けた。両腕を上に掲げ、逆に頭は胸へと下げる。
最初に地面に触れたのは尻尾だった。次に両足が地面につくと同時に俺は足を折り曲げ体を左へと倒し、太ももが地面に当たる。さらに体を左に倒し腰が地面に当たり、次に左肩と、そして丸めた首が地面につく。俺の体をまだ止めず、さらに体を傾け今度は右肩、腰、右太ももと体を地面につけ、最終的には一回転する。
この時点で落下速度はかなり相殺されており、最後に俺は反動をつけて地面を蹴った。そして空中で姿勢制御、体勢を整えて四肢を地面に下ろして着地した。
五点接地法と呼ばれる着地法を、竜の体でもできる様に改良したものだ。なかなか上手くできたと自分でも嬉しい。
俺は自慢げに、今降りてきた崖を見上げると、崖の上に動く影があった。赤い鱗に二本の角は我が父上様ことヨギルググだ。
『父上様』
俺は崖に爪をかけて一気に登った。三十年近く鍛えたこの体は、すでに数百メルトルの崖などものともしない。
休むことなく崖を駆け上ると、父上様がなぜか呆れた顔をしていた。
『どうかされましたか、父上様?』
『……お前は、どうしてそんな危険なことばかりするのだ?』
『それほど危険ではありませんよ。咒式で安全は確保しています』
俺は十分安全を確保していると主張した。
『ではその怪我は?』
父上様は俺の左肩に目を向ける。見ると確かに鱗が破れ出血していた。
『この程度、怪我のうちにも入りませんよ』
俺は治癒咒式を発動して、肩の傷を治療した。
『まったく、お前は治癒咒式ばかり上手くなるな』
『いえ、それほどでも』
『褒めてはおらん! お前ぐらいの歳ともなれば、それなりに咒式を使いこなすものなのだぞ。だというのに、お前が使える咒式と言えば鎖に盾。あとは治癒咒式だけではないか』
父上様が怒りの声を上げる。俺は十歳で咒式の基礎を覚えたが、それ以降はあまり咒式を使用していなかった。主に使っているのは先ほど使用した治癒咒式と、〈剛鎖〉〈斥盾〉の三つだけだ。
『はぁ、まったく。お前が最初に咒式を使用した時は、この子は天才だと思ったのに、それ以降ろくな咒式を覚えることもできない』
父上様が嘆くが、俺が咒式の使用を控えているのは両親のせいでもある。
俺が早くに咒式を使用したのを見て両親が騒ぎ、他の竜にこのことを伝えようとしたからだ。
俺としてはここで変に目立ちたくはなかった。だから他の咒式は使えない振りをしているのだ。ちなみに咒式の基礎研究は毎日行っており、咒力を上げるために限界まで咒式を使用したりしているので、そちらの方の訓練にも怠りはない。
『竜にも得手不得手がありますよ。私は体を動かしている方が性に合っています』
俺はのほほんと答えた。父上様は大きなため息をつく。
『まぁ、それも良いかもしれんな』
父上様は呆れ半分にそう言ってくれる。こういうところが、父上様のいいところだ。
『しかしヨギよ。お前も三十歳を超えた以上、そろそろ独り立ちの準備をせねばいかん』
父上様は顔を引き締めて俺を見る。
竜は大体百歳まで親元ですごし、その後独り立ちするのが一般的らしい。父上様たちがそう教えてくれた。
『独り立ちの準備には色々あるが、まず何より大事なのは、獲物を自分で取れるかどうかだ。これだけは得手不得手と言うわけにはいかん』
父上様が俺を厳しい目で見つめる。
俺は今のところ食事のほとんどを両親に頼っている。巣穴の近くは岩場ばかりで、獲物となる動物は少ない。巣穴から離れれば場所に父上様たちの狩場があるらしいのだが、狩場は危険な場所でもあるため、これまでどれほどせがんでも連れて行ってはくれなかった。
『という事は、ついに狩りに連れて行ってくれるんですね』
話の流れを予想し、俺は喜んだ。
『うん、そろそろ連れて行ってやろう。ただし、油断するなよ』
『ええ、わかっていますよ』
俺は笑顔で頷いた。この三十年の間、ずっと体を鍛えてきた。だがなにごとも実戦を経験せねば強くはなれない。ようやく狩りに連れて行ってもらえると、俺は嬉しくて仕方がなかった。
『それで、どんな獲物を撮りにいくんです?』
『行けばわかる』
そして俺は父上様と一緒に、狩場へと出かけた。
父上様と共に向かった先は、丘の上だった。眼下には深い森が広がり、森の奥には山が見える。茶色い地肌が露出した山の麓には一つの洞窟が口を開けていた。洞窟からは黒っぽい何かが大量に出入りし、蠢いているのが見える。
俺たちがいる丘から山までは十キロメルトルは離れており、蠢いているものがなんなのか、良く見えなかった。
俺は目を凝らした。すると望遠咒式が自動で発動し視界が拡大され、より鮮明になる。
竜の体は色々便利だと思いつつ目を凝らすと、蠢いているのは人の形をした蟻だった。体には獣の皮をまとい、手にはとがった石や骨を削って作った武器を手にしている。
確かされ竜では〈蟻人〉という〈異貌のものども〉がいた。おそらく〈蟻人〉の一種だろう。どうやら〈蟻人〉が今日の獲物のようだ。
『蟻って美味いんですか?』
『あいつらはそれほどうまくない。だが蛹や幼虫はイケるぞ』
父上様の言葉に、俺は頷く。
虫を食うなど、前世の人間だった頃では考えられない話だ。だがすでに前世よりも、竜として生きた時間の方が長い。虫を食うことにも抵抗はない。
『よし。ではヨギよ、お前一人でやってみろ』
父上様の言葉に、俺は頷いた。
初めての実戦だが、相手は小さな〈蟻人〉だ。数は多いが正直物足りない相手と言えるだろう。俺は意気揚々と〈蟻人〉の巣穴へと向かった。