され竜転生 〜竜に転生して勝ち組と思ったら、され竜の世界だった〜 作:ホイナン三兄弟
第六十話 雷竜ガガギアラ
俺とエニンギルゥド、そしてニドヴォルクの前に黒龍派の雷竜ガガギアラが姿を現す。
俺はただただ戦慄していた。
最悪だった。ガガギアラはただの竜ではない。体長は三十メルトル(され竜におけるメートル法)を超えており、俺たちの中で一番年上のニドヴォルクを遥かに上回る体躯を誇っていた。
竜にとって体格は、ただ体の大きさを示すだけのものではない。竜は年齢と共に体が大きくなっていく。百歳頃に二十メルトルほどとなり、その後は百年ごとに一メルトルほど伸びていく。
ガガギアラの体は三十メルトルを超えていた。つまり奴は千年の年を経た竜〈長命竜〉なのだ。
『我が主は、黒銀竜エニンギルゥドを殺せとおっしゃられた。なぜ百歳の幼竜ごときにこだわられるのかは分からぬが、主の命とあらば否も応もない』
ガガギアラが雷鳴の如く輝く瞳で俺たちを、いやエニンギルゥドを見下ろす。
『では死ね』
簡素すぎる死刑宣言。だがその乾いた殺気に当てられた瞬間、俺とエニンギルゥドは恐怖に絡め取られた。体は石のように硬直して動かず、呼吸すらも途絶する。
死ぬ、ここで死ぬ。
俺は一秒後に訪れる、自分の死をまざまざと感じた。今すぐ逃げるべきだったが、爪一本すら動かすことができない。
圧倒的強者を前に、俺たちはただ殺されるのを待つだけの獲物だった。
『エニンギルゥド様、逃げて!』
動けない俺たちに叫んだのはニドヴォルクだった。彼女は口腔に巨大な組成式を生み出すと、まばゆい光が口を覆い尽くした。
俺はエニンギルゥドに体当たりをした。体が動かなかったため〈電加操身法〉を使い、体を無理やり動かしてエニンギルゥドにぶつかる、そして覆い被さるように身を伏せた。直後、高温の輻射熱が俺の背中を打った。そして太陽の如き光がガガギアラを飲み込む。
高温により空気が一瞬で膨張し、爆風となって吹き荒れる。
俺たちは衝撃で吹き飛ばされた。木々がなぎ倒され岩が転がる。ジャザベジドの体や首、ウロン・ウロンのミミズのような胴体と首も吹き飛ばされる。
俺はとっさに手を伸ばし、ウロン・ウロンの首を掴み、転がっていくジャザベジドの首も尻尾で押さえた。
ニドヴォルクが放ったのは、化学錬成系第七階位〈重霊子殻獄瞋焔覇〉の咒式だ。
重水素と三重水素を核融合させ、超高熱を生み出す禁忌の咒式。数千度を超える高熱は、あらゆるものを焼き尽くす……はずであった。
『その歳で、この咒式を使えるとはな』
閃光の中からガガギアラの声が聞こえた。ニドヴォルクが咒式を維持できず核融合の炎が途切れると、光の中からガガギアラが姿を現す。
周囲の土が融解してガラス化するほどの高熱を受けたにもかかわらず、ガガギアラは無傷だった。金色の鱗を持つ雷竜の前には、光り輝く壁が生み出されている。
同じ雷竜である俺には、この光の壁がなんなのかすぐに理解できた。これは電磁電波系第七階位〈電環反鏡絶極帝陣〉の咒式だ。
ガガギアラの前にある光の壁は、超高密度のプラズマだ。高温高圧のプラズマを超磁場で捕らえることにより、核融合の炎や爆風、放射線すら防ぎ切る究極の防護壁となるのだ。
『白銀龍直系の幼竜よりも、お前の首の方が高そうだな』
ガガギアラの金色の瞳が、漆黒の鱗をもつニドヴォルクに向けられる。
若手の竜でも天才と呼ばれているニドヴォルクは、黒龍派の〈長命竜〉からも評価されるのだ。
『どうだ、賢龍派を抜けて我と共にこぬか? このまま戦えば無駄に命を散らすだけよ。お前ならば黒龍派の竜たちも敬意を払うだろう』
ガガギアラは声を和らげる。しかしニドヴォルクは目を剥いて答えた。
『ふざけるな! このニドヴォルク、たとえ死ぬことがあろうと賢龍派を裏切ることはない。ましてや命欲しさに黒龍派につくなどありえるか!』
ニドヴォルクが吠える。ガガギアラは牙の間から息を漏らす。
『まぁ、竜であればそう答えるか』
ガガギアラが稲光のように鋭い視線を、今度は俺に向ける。目を向けられただけで、俺の心臓が止まりそうになる。
『そこの雷竜よ。お前はどうだ? 手を貸すのなら、殺さずにおいてやるぞ』
ガガギアラがクソッタレな慈悲をかけてくれる。
『おっ、お断りだ!』
俺は声を振るわせながらも言い切った。
ガガギアラの言葉は、まるで信じられなかった。
殺されたジャザベジドは、エニンギルゥドを助けるために手を引いて守った。しかしあの時、ジャザベジドは体の位置を入れ替えたわけではない。ただ腕を引いただけだ。
もしガガギアラがエニンギルゥドだけを狙っていれば、ジャザベジドが死ぬことはなかった。つまり……。
『ジャザベジドはお前を裏切ったが、お前はジャザベジドが裏切る前に、ジャザベジドごとエニンギルゥドを殺そうとした。初めからお前はジャザベジドを殺すつもりだった』
『ああ、その通りだ』
俺の指摘に、ガガギアラが軽く頷く。
『何がいけない。あのまま生きていても、奴は碌な生を送ることはできなかった。惨めな生を早めに切り上げてやったのだ。何か問題があるのか?』
ガガギアラが首を傾げる。本当にわからないと言った様子だった。本気でいいことをしたと思っているのだ。
『ヨギストラよ。此奴は私が食い止める。エニンギルゥド様を連れて逃げよ!』
ニドヴォルクが身構える。彼女は命を賭して時間を稼ぐつもりだ。
『その意気や良しと言ってやりたいところだが、その方らには逃げることもできぬ。お前たちにできることは、我に滅ぼされるのみ』
『やらせはせぬ!』
ニドヴォルクが口腔に再度組成式を生み出し、大量の液体を吐き出す。
化学錬成系第六階位〈祓夭瀑爍溶流〉の咒式だ。フッ化水素と五フッ化アンチモンの混合液がガガギアラに襲いかかる。
超強酸の奔流に対し、ガガギアラは強大な鋼鉄の壁を生み出して防ぐ。そして片手間にニドヴォルクを相手にしながら、俺とエニンギルゥドに目を向ける。
『簡単に殺されるかよ!』
俺は鱗の間から、宝珠を取り出し咒力を流しこんだ。宝珠が輝き、真っ白な霧が周囲に立ち込める。
『視界を封じるなど、無駄なことを』
俺が作り出した霧の向こうで、ガガギアラが笑う。人間ならばともかく、竜は赤外線や紫外線、電波までも探知する超感覚がある。ただ視界を封じても無意味なことは、竜の俺にもわかっている。だからこの霧にはひと工夫がある。
ガガギアラが電磁波を放ち、俺たちを探知しようとした。しかしガガギアラには俺たちを捉えることができなかった。
この霧はただの霧ではない。霧と共に微細な金属が放出され、電磁波による探知を阻害しているのだ。以前世話になった五指山の青竜ゴウゼンが宝珠に込めてくれた咒式だ。
そしてゴウゼンはあと二つ、宝珠に咒式を込めてくれた。俺は宝珠に咒力を流し込み、もう一つの咒式を発動する。
一見すると変化はない。しかし竜の超感覚では、周囲にいくつもの竜の熱源や心音、竜の体臭を模したガスを感じることができた。
ガガギアラには、どれが本物の俺たちかわからないはずだ。少なくともほんの数秒だけは。
『このような小細工で、我から逃れられると思っているのか!』
霧の中で、ガガギアラが雷鳴の如き一喝をする。
本物の長命竜を前に、この程度の小細工など数秒の時間稼ぎだ。しかしそれだけあれば十分。俺はエニンギルゥドを掴んで走った。
『やめろ! 離せ、ヨギ! ニドヴォルクを見捨てていけるか!』
腕の中でエニンギルゥドが暴れる。俺は鎖をエニンギルゥドの体に巻き付け、無理やり引っ張った。そして〈電加操身法〉を全開発動し、電磁加速して力の限り逃げた。
とにかく俺は全力で走った。今の俺には逃げることしかできなかった。
ではまた来週