鼠の忠犬   作:アルゴスキー

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鼠との遭遇

 ──油断した。

 

 アインクラッド第一層迷宮区19階で、鼠のアルゴはそう独りごちる。

 ドロップしたレアアイテムに気を取られ、索敵が疎かになった。極振りしているAGI(敏捷力)で、いつでも退けるというのもあったのだろう。

 それらが油断を呼び、後ろから攻撃を喰らった。結果、転倒(タンブル)

 普通のビルドであれば、危険ではあるものの立て直せるだろう。しかし、生憎とアルゴはAGIにしか振っていない。最低限しかない耐久が仇となっている。HPは今にも尽きそうだ。

 

「……ダ」

 

 HPが尽きれば現実の命が失われるデスゲームとなってしまったSAOで、他人事だった「死」がアルゴの首に手をかけている。

 

「…やダ」

 

 アルゴを死の淵に追いやり、今にもその命を絶とうとしているコボルドは、嘲るように近寄る。汚らしい顔で、原始的な石の斧を揺らしながらアルゴに近寄っていく。

 その一撃を喰らえば死んでしまうだろう。逃げようにも未だ転倒は解除されていない。まもなく解除されるが、そこから起き上がり逃げるよりもその斧が振り下ろされる方が早いだろう。

 

 濃密な死の気配が近寄ってくる。回避も迎撃もできない。もう、諦めるしかないのだろうか。

 

「嫌ダ! まだ死にたくナイ!!」

 

 ともすれば、この階にいる他の(エネミー)を引き寄せるかもしれない叫び。だが、こいつをどうにかしなければどちらにせよ死んでしまう。誰かに届いてほしい。誰か助けてくれ。

 あまりにも細い、それこそ、蜘蛛の糸などよりも細いそれをつかもうと伸ばした手は──

 

 光るソードスキルのエフェクト。飛び散るポリゴン。さも瞬間移動のように思えるそれは、モーションアシスト任せではなく、使い手がその速度をブーストしたものだ。

 周囲を見て、他に敵がいないことを確認したその人に、感謝の言葉を伝えようとした。しかし、それは自分を助けてくれた少女の行動によって遮られた。

 

「……ん」

 

 その一音と共に手渡されたのは回復のポーション。

 

 ──そういえば、自分のHPは赤くなっていた。

 

 劇的な、それこそドラマのような展開に呆然としていたが、そのことに気づくと慌てて受け取ったポーションを飲む。

 SAOのポーションは即時回復ではないのがもどかしく思う。が、回復中の自分を置いて行くほど薄情ではないはずだ。そう考え、対話を試みる。九割の感謝と一割の情報を求めて。

 

「いや、助かったヨ。あのままじゃオイラ間違いなく死んでたからナ。そういえば、名前はなんていうんダ?」

「……カルトロ。スペルはcultro」

「カルトロ、ナ。オイラはアルゴ。情報屋の鼠とか言われたりしてるナ」

 

 それを聞いたカルトロは一言なるほど、とだけ言い、二人の間に沈黙が流れた。その沈黙はアルゴのHPが全回復するまで続いた。その間に、アルゴは思考を巡らせる。

 初めて聞く名前だ。体は小さいし声も幼い。中学生くらいだろうか。技のキレからしてベータテスターだとは思うが、それならベータテスターの中でも上位勢だと推測できる。しかし上位プレイヤーで短剣使いなどいただろうか。ベータのときですら短剣は不人気武器だった。正式版で、死の危険がある中で敵にほぼゼロ距離まで接近して戦わなければならない短剣は、今まで使っている人など──自分を除いて──ほとんど見たことがなかった。

 と、そこまで思考したところで、カルトロから声がかかった。

 

「このまま帰るなら、街までおくるよ?」

 

 気付けばHPはマックスになっていた。回復まで一分はかかるはずだったが、思考を巡らせる間にとっくに一分経っていたようだ。

 その提案に甘え、送ってもらうことにする。普段ならそんなことをするはずもないが、つい数分前のことを思い出すと恐怖が蘇ってくる。

 道中出てくる敵はカルトロかすぐに処理する。危なげなく街についた頃には空はすっかり暗くなっていた。

 街についてすぐ、カルトロは振り返り、また圏外に向かおうとしていた。

 

「それじゃ、私はここで」

「ちょ、ちょっと待テ! また攻略に行く気カ!? もう暗いシ、明日でいいだロ!」

 

「……それじゃあ、遅いの」

 

 ぽつりと零した言葉は、アルゴまでは届かなかったようで、未だに返事を待っているのか視線をカルトロの顔辺りに向けている。

 

「……とりあえず、私はいくから。次は、気をつけて。また助けられるとも限んないから」

 

 今度こそ背を向け迷宮区へ行こうとするカルトロの足を止めるべく、アルゴは脳をフル回転させる。そして思い出した情報、攻略会議。普段なら忘れるはずがないそれは、死にかけたという記憶で上書きされ、今の今まですっかり記憶から飛んでいたようだ。

 こんな一大イベントを忘れるなんて情報屋失格だナ、と苦笑しそうになりながらも声をかける。

 

「おイ! 明日、ここで一層ボスの攻略会議があるんダ! それに出るなら泊まって行った方がいいんじゃないカ!?」

「……攻略会議? もうボス部屋が発見されていたの?」

「いや、20層に続く階段らしいナ。だが、そこまでくればボス部屋まではもうすぐダ。どうだ、参加しないカ?」

「……わかった」

 

 返答は短いものだったが、どうやらこれ以上攻略を進めるのを止められたようだ。そのことにホッとして、今日入っている依頼のために移動をしようとしたとき、カルトロに呼び止められた。

 

「アルゴ、宿取ってる?」

「ンー? オイラはこれから取るつもりだったが、それがどうかしたのカ?」

「……シングルよりも、ツインのほうが安いから嫌じゃないなら割り勘をって思った。どう?」

「オイラもそれでいいヨ。それじゃあ今トレードするナ」

「……ん。受け取った。ついでにフレ申もしておくね」

「構わないゾ。……うン、これからよろしくな、カルちー」

「……よろしく」

 

 あだ名で呼んだにも関わらず表情が変わらないのは初めてだ。

 それがなんだかおかしく、笑みを溢しながらアルゴは夜の街を駆け、依頼をこなしに向かった。

 

 

 

 

 

 二人部屋を取った後、アルゴは「仕事があるから少し外出てくル。11時くらいになりそうだシ、先寝ててもらって構わないゾ」と言って何処かへ行ってしまった。フレンドリストから居場所はわかるが、そこまでするほどの仲でもない。

 11時頃に戻るのならば、それまで少しでもレベリングをしておこうとフィールド外に出る。10時半くらいに戻れば問題ないだろうし。そう考え、カルトロは圏外へと赴く。

 このフィールドの先には迷宮区、つまり一層の普通のフィールドでは最も危険度が高いエリア、それも夜という視界の悪い中を迷いない足取りで進みムカデ型エネミーを狩る。

 

 思い返すは攻略会議の存在。最前線を走っていたと思っていたが、一歩先を行かれていた。

 

 キィィィン、という独特な音とともに短い刀身が光る。

 

 遅すぎる。自身の攻略速度も、こんな雑魚エネミー一匹倒すのにかかる時間も。人を救うのも。

 

 システムに引っ張られる感覚を受けながら、それと同じ方向へと地を蹴る。

 

 攻略速度が早ければ、死ぬ人はもっと少なかったはずだ。敵をもっと早く倒せていれば、救える人はいたはずだ。もっと広く見れていれば、アルゴを死なせかけることもなかったはずだ。

 

 ダンッ、という音が鳴り、ソードスキルが発動したとき、カルトロは既にそこにいなかった。

 

 もっと、早くならなければ。もっと強くならなければ。すべての人を救えるほどのスピードを。すべてを見渡せるほどの視野を。そうすれば、そうすればきっと──

 

 そのエリアの()()()()()()()()()()()()()()()()()──《The Tiresome Centipede Tail》は、その大きな体躯と、巨大な尻尾をポリゴン片へと変えた。

 

「……ふぅ」

 

 一滴たりとも出ていないはずの汗を拭う動作を何故かしながら、リザルトのドロップアイテム、コル、経験値の表示を流し見していく。

 

「あ、武器(ドロップ)した。しかもダガーじゃん、らっきー」

 

 ドロップしたダガーに装備を変え、狩りを続ける。ドロップしたダガー──リグル・テイルはボスドロップらしい性能をしており、単純な性能だけでなく装備しているだけでクリティカルダメージ増加の効果を持っていた。

 さらに《強化試行可能数》*1はなんと8回。今まで使っていた店売りの最上位品の短剣が3だったことを思えば単純に倍以上強い。

 少々見た目がグロテスク(柄がムカデみたい)な点を除けば破格の性能である。

 今までと刃振も重さも異なるそれに慣れる為に狩りをしているうちに、レベルが一つの上がった。

 

「よし。……あ」

 

 レベルアップウィンドウを眺めていると、時計に目が止まった。現在時刻──23:04。ここから宿まではどれだけ急いでも10分はかかるだろう。

 今日会ったばかりだが、心配させるのは良くない。メッセージに「ごめん外にでてる」と打とうとして……アルゴがまだ帰ってきていないという可能性に賭けてメッセージを消し、そしてAGI重視のステータスを信じて全力で駆ける。

 宿に付き、現在時刻を確任──23:12。10分はかかると思っていたがどうやら自身の速度を過小評価していたようだ。ドアを蹴破るようにして開け、部屋の中を確認する。果たして、そこにアルゴはいなかった。

 

「……せーふ」

 

 一息つき、ベットに寝そべる。明日の攻略会議に向け英気を養おうと目を閉じる。ウトウトして、半分寝ていたとき、ドアが優しく開かれた。

 

「……ん?」

「ア、起こしちまったカ? 悪いナ。想定外のトラブルがあって時間がかかったんダ」

「……だいじょぶ。それより、トラブルって?」

「それが聞きたいって言うなら、それはオイラの()()になってくるナ」

 

 そう言って人差し指と親指で円、つまりお金マークでそれを要求するアルゴ。半分ジョークで、そして半分本気で要求する。

 

「いくら?」

「乗るのカ……カルちーは意外とノリがいいんだナ。ソイツは向こうがいくらで口止めするかにも拠るゾ。最悪カルちーの情報が買われるかもしれないシ」

「じゃあいいや。ありがと」

 

 そう言ってベットに寝転がるカルトロ。装備解除のシュワンという音が二回鳴る。見ればインナーだけになっている。布団も被らずに。

 

「おいおい、オレっちもいるんだからせめて布団被ってからとかにしてくれヨ……」

「同性だし、別に良くない?」

「良くないゾ……」

 

 注意してみるも効果なし。そんな様子のカルトロに呆れて、なんだか悩みとか色々なことがどうでも良くなって、そんなことを考えているうちに眠くなってきて、アルゴも気づけばベッドに倒れ、深い眠りへと落ちていった。

 

 

 

 

 

翌日の攻略会議は、アルゴからの情報通り20層へと続く階段の発見情報と、士気を高めるような行為、軽い顔合わせだけで何事もなく終わった。

 

ただ一つ、ベータテスターへの不満を除いて。

MMOはリソースを奪い合うゲームだ。効率のいい狩り場、強い装備を売っているショップ、報酬がおいしいクエストなど、誰でも独占したがる。

ベータテスターはーー十層までとはいえーーその情報をビギナーより多く知っている。その情報があれば、死ななかった人もいたはずだ、と糾弾した者がいた。

 

幸いその場は、ゴツいスキンヘッドの男の"エギル"と、会議を開いた人物であり騎士(ナイト)を自称していた"ディアベル"というプレイヤーが納めた為、一触即発一歩手前の空気はなくなったが、それでもベータテスターへの猜疑心は多かれ少なかれ残ってしまった。

 

しかし、そんなものも、次の日になれば消え去った。

迷宮区20階最奥、ボス部屋を攻略グループが発見したのだ。

*1
強化を()()()()()回数(失敗も試行に含まれる)。この数の多さが武器の強さの一つの指標になる。ちなみに一層の最大数は8くらいらしい(川原礫先生のTweetより)

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