才能無いので拳を振るいます   作:ふぁいたーさん

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 若槻誠一には、剣術の才能が無かった。だがこれは正確ではない。

 

 正しくは()()()()()()()が無かった。

 

 どれだけ鍛えたとしても二流止まり。血反吐を吐いても一流半。それが、彼が祖父の知り合いである伐刀者に下された評価だった。

 

 そして、若槻自身そんな己の才能には早々に見切りをつけた。きっかけは父への反抗だったが、それが彼にとっては分水嶺。

 体術へと傾倒した彼は、しかしただただ打撃を鍛えるだけではなかった。

 使えるものは全て使う。武器以外で取れる手段は全て取る。この辺りは、強欲だと称されても仕方がない。

 そして、欠落した()()()()()()を補うように、彼は体術に関して恵まれていた。

 空手、ムエタイ、ボクシング、サバット、キックボクシング、相撲、柔道柔術、躰道、中国拳法、骨法、古武術等々。雑食にも程があるほどに貪欲に、勤勉に取り組んだ。

 いつしか、若槻の中でそれら要訣が混ざり合い生まれたのが今の“静と動”に分かれた体術の型。

 

 若槻誠一は、“徒手の騎士”である。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

「――――カハッ……!」

 

 空気が無理矢理に吐き出され、視界が明滅する。

 眩む視界の中で諸星は、己に迫る敵の姿を認識した。

 仰向けに倒れる諸星の頭目掛けて、一切の躊躇なく若槻誠一は蹴りを狙う。それは宛ら、サッカーのフリーキックのように。

 振り抜かれる足は、しかしその前に差し込まれた虎王()の柄によって阻まれ、諸星の体は蹴りの衝撃によってフィールドを滑った。

 猛然とその後を追う若槻だが、諸星が起き上がる方が速い。

 

「舐めんな……!」

 

 起き上がりながらの振り上げがカウンター気味に、迫る若槻の顎を襲った。

 咄嗟に仰け反って躱すが、距離を詰める事は中断せねばならない。

 咳き込みながら、諸星は嗤った。

 

「ゲホッ!……ッ、ハァ…………やるやんけ。まさか、あの状態から打撃やのおて、投げてくるとは」

「予想外ってのは、大きなダメージソースだからな。アンタの曲がる槍も似たようなもんだろ」

「せや、なッ!」

 

 言葉の終わり尻に、穂先が飛ぶ。

 卑怯卑劣は敗者の論。戦いの場において、勝つ為に最善を尽くし続ける事の何が悪いのか。

 何より、諸星自身この程度で相手を取れるとは思っていない。

 案の定、突き出された穂先は拳に逸らされている。

 このままでは先の二の舞となってしまうだろう。観客席からも悲鳴が上がる。

 だが、諸星ほどの武芸者が二の轍を踏むかと問われれば、否。

 絶対の防御にも思える若槻のパーリングの様な守りは、その実致命的な穴がある。無論、拳を振るう当人にも自覚がある為、この辺りはある程度塞ごうと努力しているのだが。

 その一つが、

 

「ここやッ!!」

 

 払われた突きをそのまま溜として放つのは、足元を薙ぎ掬うような払いの横一閃。

 そう、若槻の防御の弱点の一つが下半身であった。その為に、広めの足のスタンスと落とした腰だったのだが、それでも足首の辺りまで完全に塞げるわけではない。

 咄嗟に跳び、後方へと下がる若槻だが、その着地の隙を狙われない筈も無い。

 三連星。高速の鋭い突きが、殆ど間を開ける事無くしゃがむ事になった若槻を襲った。

 

「ッ、いっづぅ……!?」

 

 どうにか躱すが、脇腹を穂先が深く抉る。

 諸星は、決めに来ていた。このまま立たせずに相手を仕留める。その気概で槍を振るう。

 しゃがんだ姿勢から上半身を動かして躱す若槻の体幹はすさまじいものがある。だが、一突き毎に徐々にその体には浅い傷が増えていくのもまた事実。

 故に、次の一手。

 しゃがんだ体勢ではあるが、だからといって反撃できない訳では無い。

 問答無用の顔面ど真ん中をぶち抜く軌道の突きを、更に屈んで、いや殆どフィールドへと臥せる様に躱し若槻は諸星の攻撃のさらに下へと潜り込む。

 勢いを付けたしゃがみから放たれるのは、躰道の蹴り。

 まさかこの状況から回避どころか反撃を貰うなど、諸星も思いもしない。

 それでも、野生動物染みた察知能力によって引き戻された槍の柄で蹴りを受け止める辺り相当な手練れである事は確か。

 吹き飛ばされ、フィールドを滑る諸星。そこに若槻が迫る。

 牽制の突きが飛んだが、これをダッキングで躱した若槻はその勢いのままに諸星の懐へと飛び込んでいた。

 槍の防御だけではなく、魔力防御に加えて、伐刀絶技を封じる“暴喰”による守備すら用いた絶対防御。投げられたとしても心構えさえできていれば硬直する事無く反撃することも出来るだろう。

 だが、この防御を前に若槻が選択したのは、単純な打撃。

 真正面から最短距離を最速に、そして最大の力でぶち抜く。

 

「な、にぃ………!?」

 

 まるで鉄球が凄まじい速さで鳩尾へと突き刺さったかのような衝撃に、諸星は目を見開く。

 槍の柄で受けられるとは思っていなかった。だからこその魔力防御と“暴喰”の防御だったのだから。

 しかし、蓋を開けてみれば己の腹部へと深々と刺さる若槻の右拳。一瞬の間を挟んで吹っ飛ぶ体。

 フィールドのほぼ中央から端のフィールド外へと落ちるギリギリの所で止まったが、胃の底からせり上がってきた胃液を場外へと吐き出してしまう。

 

「ゲホッ!」(なんちゅー、パンチ……!ワイの防御ガン無視やんけ!)

 

 防御していなければ今頃諸星の腹には大きな風穴がぶち抜かれていた事だろう。

 立ち上がろうとすれども、その前に彼の真上に影が差す。

 咄嗟に横に転がる諸星。直後にフィールドの縁へと降ってきた若槻のストンピング。

 立ち上がろうとする諸星だったが、その体のダメージは大きい。槍を杖代わりに、その体を持ち上げようとも刻まれたダメージの大きさから膝が震えた。

 

「シッ!」

 

 そこに迫る若槻。

 キックボクシングの様な構えから瞬く間に距離を詰め、鋭い左ジャブが諸星の顔面を跳ね上げた。

 ただのジャブが、最早速射砲。三度跳ね上げられる諸星の顔面。

 一方的だ。しかし、若槻の表情に余裕も歓喜も無い。

 ただ、淡々と冷徹に跳ね上がった顔面への右のオーバーブロー……ではなく、更に踏み込んだ左の肝臓打ち(リバーブロー)を叩き込む。

 

「がっ……!?」

 

 悶絶。ふらふらの諸星。その左側頭部へと狙いを定めて右足が振り上げられ、

 

「――――――――おにいちゃん!!!」

「ッ、おうよッ!!!」

 

 突然蘇った諸星の防御が間に合った。

 硬い音共に、真正面から両者睨み合い。

 

「…………そのまま落ちてりゃ、楽だろうに」

「ハッ!そう簡単に負けられへん……なんたってワイは、“星”やからな」

 

 その言葉と共に、諸星は若槻を押し飛ばした。

 強がってはいるが、その体は既に限界。それだけ、若槻誠一の拳は重く、鋭く、そして途轍もない威力を誇っていた。

 故に、これで決める。

 最早後先など考えない。フェイントも連打も要らない。

 今欲するのは、一刺一殺の一撃のみ。

 煌々と輝く黄金の魔力を虎王へと集束させていく諸星。

 一方で、若槻もまたその全身から魔力を放出し始めていた。

 血の様な朱殷(しゅあん)色の魔力は、宛ら全身から立ち上る血の蒸気。

 ダメージが少ないように見える若槻だが、その全身には幾つもの切り傷が刻まれ今も血が流れ続けていた。

 特に脇腹はかなり深く傷ついており、溢れた出血でシャツが赤どころか赤黒くなり始めている。

 湧きあがる魔力の全てが右腕へと集中。それも右腕を中心として渦巻くのではなく、右腕の中へと一気に取り込まれていくではないか。

 人の肌の色ではない程に赤く染まった右腕。膨大な熱を放っており、その腕の周りの空間だけ揺らいでいるように見えた。

 

「それが本気っちゅーわけやな。せやけど、ワイに魔力の攻撃は効かんぞ?」

()()()()()()()()()、な」

 

 顔の隣にまで右拳を掲げて構える若槻。

 諸星の“暴喰”を前に、魔力を用いる攻撃など愚の骨頂であるのだが、その一方で諸星自身は目の前の男がそんな愚を犯すことは無い、と妙な信頼を覚えていた。

 これ以上の言葉は不要。観客、実況、解説と全てが二人の緊張感に飲まれてしまう。

 沈黙。一陣風が吹き抜ける。

 両者の流れる血がフィールドに落ちて、

 

「ハァアアアアッ!!!」

「オオオオオッッッ!!!」

 

 微かな雫の音と共に、二人は同時に飛び出した。

 諸星渾身の突きと若槻渾身の右ストレート。

 フィールドのほぼ中央でぶつかり合う二人。

 そして、その場に居た全ての人間がぶつかり合う黄金の虎と朱殷の鬼の姿を幻視していた。

 せめぎ合う二人。押し合う黄金と朱殷。

 だが拮抗は、長くは続かない。

 

「「ッ……!」」

 

 まるでスポンジを絞る様に、脇腹の負傷から血が流れる。

 明滅した視界に加えて、踏み込む膝が震える。

 それでも拳を、槍を、前へと突き出す事を止めないのはただの意地だ。それ以外の何物でもない。

 

 そして、飽和した魔力は爆発を引き起こしていた。

 

『……………………はっ!ほ、放心しておりました!ここまで激しい決勝戦は、いったい何時ぶりでしょうか!?いや、そもそも両選手は無事なのか!?』

 

 我に返った実況に釣られて、観客席からもざわめきが広がっていく。

 この間に風が吹き、粉塵が晴れていった。

 

「「…………」」

 

 諸星と若槻はそれぞれクレーター状に抉れたフィールドの縁に寄りかかる様にして吹き飛ばされ、倒れていた。

 だが、酷い有様だ。両者ともに、纏っていた制服はボロボロ。

 オマケにぶつかり合った虎王と右腕はそれぞれ、片や亀裂が走り、片や肉のピンクと骨の白を露出するという酷い有様。

 ダブルノックアウト。相討ち。見ている者たちに過った言葉。

 だが、宣言される前にそれらを覆すように二人は立ち上がっていた。

 言葉はない。

 ただ、前へと進みクレーターの中心で睨み合い。

 

「…………ハッ……強いなぁ、後輩」

「腕を潰されるなんざ、久しぶりなんだけどな先輩」

「潰された経験がある方が驚きや、阿呆」

 

 言いながら、虎王の亀裂は進んでいた。ついでに、潰れた右腕の出血も増している。

 

「今回は、譲ったる。次は、勝たせてもらうで?」

「そりゃ、俺と当たればの話だろ?先輩が負ければ、なあ?」

「はっはっはっは!可愛げのない後輩やなぁ」

 

 呵々大笑と笑った諸星。同時に、彼の右手に携えられていた虎王の亀裂が広がり切り、そして砕け散っていた。

 固有霊装の破損。これによって所有者には大きな精神不可がかかる事になる。

 意識が飛んだ諸星は仰向けに大の字に倒れ、対照的に若槻は無事な方の左手で拳を握って突き上げていた。

 一拍置いて、爆発したような歓声が上がった。

 

『劇的な幕切れーーー!今年度の七星剣武祭の頂に立ったのは、破軍学園若槻誠一だーーーー!』

『凄まじいですね。固有霊装を使わないというハンデを背負いながらの今年度の優勝。それも、一年!先の楽しみな学生騎士が現れましたね』

『場内、割れんばかりの歓声が雨のように降り注いでいます!おっと、ここで両選手治療のために退場となります。皆さま、新たな七星剣王の誕生と、そして死力を尽くした“浪速の星”へと今一度大きな拍手を御願いいたします!』

 

 実況の言葉に、担架で運ばれる二人へと拍手が降り注ぐ。

 新たな七星剣王の登場。だが、これは波乱の序幕に過ぎない。

 その荒れ始めは、傷を治した若槻へのインタビューから。


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