Twitter煌夜祭2021に投稿した作品です。

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煌夜祭2021「二人の夜」

 大きな根菜をくりぬいたような仮面をつけた語り部は、その手にイガ粉を握ると、そっと優しく眼前の火壇へと投じた。きめ細かな粉が炎に触れ、火の粉となってわずかの間だけ火勢を強めた。

 

「煌夜祭の夜には多くの語り部を集めて話を聞くのが慣わし。しかし、このような形の煌夜祭が広まる前には魔物と語り部、一対一の煌夜祭がありました。一晩かけて紡がれる、ただ一人のための煌夜祭。今宵、お話しいたしますのはニセカワセミの示した可能性が未だ単なる可能性であった頃、魔物が人食いの魔物としてのみ知られていた時代のものです」

 

 

 

 冬至の夜、夜の鳥、渡り鳥、ヨタカの仮面をつけた語り部が島主屋敷の離れの部屋へと入ってきた。窓には緞帳が下り、外界からの一切を遮断している。弱々しい蝋燭の明かりが唯一の光源であり、薄暗闇程度に室内を照らしていた。

 この部屋の主人である若い女性は語り部の方を一瞥すると覇気の感じられない声で挨拶をした。

「ようこそいらっしゃいました。語り部どの。今夜は素敵なお話を期待しております」

 どこか投げやりな言葉を投げかけた女主人の瞳は外の宵闇よりもなお昏く、本人の抱える苦悩が表れていた。

「お嬢さまの期待に添えますよう、今宵はこのヨタカ、尽力させていただきます。さて、まずお話いたしますのは――」

「お待ちなさい。語り部どの。あなたは今夜、何が起きるか知っているのですね?」

 語り出そうとしたヨタカは、それを制止する声に途中で口をつぐむ。無表情だったその顔を、わずかにゆがめながら女主人が発した言葉は、語り部の覚悟を問うものだった。

「もちろん存じております。その上で私は望んでここへ来たのです」

 ヨタカの返答は気に召さないものだったらしく、さらにほんの少しだけ苦しげな顔になると女性は続きを促した。

「話を遮ってしまい申し訳ありませんでした。語り部どの。あなたが事情を知ってここへ来てくださったのならば、わたくしから申すことは何もございません。続きをお願いいたします」

「それでは……。最初に語りますのはレイシコウ織の新たな紋様を作り出した母娘のお話……」

 

 ヨタカの落ち着いた、やさしい語りの物語は蕩々として尽きることがなかった。ゼンコー島の上空に新月の夜だけ現れる不思議な星の話。金持ちになろうと、乳をもっと出せと羊を絞り上げ、ついには絞り殺してしまった愚かな農夫の話。誰も見向きもしなかった荒れ地を耕し続け、ついには広大な畑を切り開いた男の一生。輪界の島と島を繋ぐ蒸気船を運行するのに必要な、風を読む技術の話。

 最初は何か他のことに心を奪われている様子だった女性も、ヨタカの語りに次第に引き込まれていったようだった。

 

 物語が語られる間にも、夜が更け、そして空が少しずつ明るくなり始めた。

 

 緞帳のわずかな隙間から感じられる朝の気配に気づいた女主人は、一つの物語が終わるのを見計らって、一晩ぶりに口を開いた。

「語り部どの。あなたも知っての通りわたくしは魔物です。この冬至の夜、わたくしはまた人を食べることになるとばかり思っていました。ですが、もう夜が明けようとしているのにいっこうにあなたを食べようという気にならないのです。語り部どの。語り部どの……。あなたはいったいどんな魔術を使ってわたくしを人の身に留め置いたのですか……!」

 その声は最後にはかすれ、涙声ともとれるようなものとなっていた。

 ヨタカは自分の語りが一人の女性を苦悩から遠ざけたと感じると、満足そうな、ほっとしたような感情を言葉に乗せて返事をした。

「お嬢さま。その問の答えは次の物語にありましょう。夜も明けます。これが今宵語られる最後の物語です」

 そう言ってヨタカが語りはじめたのは、愛する人が魔物に変じてしまった男の物語だった。

 

 ある島の島主の末の娘と、一介の農家の息子が思いを交わした。小さな頃から一緒に育ってきた彼女たちは、将来二人で輪界中を旅して回るという夢を打ち立てたのだ。二人の夢を実現するため、男は血のにじむような努力を重ねた。全ては彼女に求婚するために。その甲斐あって、島一番の若者との評判を得た男はついに島主の首を縦に振らせることに成功した。全てが順調だった。

 だがしかし、ある年の冬至の次の日。島主に呼び出された男は、彼女が魔物に変じてしまったことを知らされる。もう二度と会うことはできないと告げられ、絶望に沈む男に示されたのは一条の希望だった。島主から伝えられたのは、魔物は人よりも物語を食べることを好む、という荒唐無稽な説。人食いの魔物と冬至の一晩を過ごすような自殺志願者でもない限り確かめることのできない、細い細い命綱。男は一縷の望みを託してそれに縋ることにした。単なる島民が島主の娘を娶る許可を得るという奇跡が既に一度、起きているのだ。わずかでも可能性があるなら男にはそれで十分だった。

 語り部に弟子入りし、輪界を巡った。多くの物語に触れ、これを自らのものとした。そして幾度も輪界が巡った後の冬至の夜、彼は愛する人の待つ部屋の扉を叩いた。

 

「男の想いは実りました。あの日、島主から示されたか細い希望は真実のものだったのです。島主の末の娘は人を食べることなく冬至の夜明けを見たのでした」

 

 ヨタカは最後の物語を語り終えると、留め具を外し、顔を覆っていた鳥の仮面を傍らに置いた。

「レーニャ様。私があなたの目となって輪界を見て回りましょう。そして、冬至の日には必ず、ここへと戻ってきましょう」

 島主の末の娘、レーニャは歓喜の涙を流しながら愛する人の胸に飛び込んだ。二人はひしと抱き合うと、そのまましばらく動かなかった。

 

 

 

「ヨタカはその生涯のほとんどを、輪界中を旅して過ごしました。ただし、一年にただ一夜だけ、冬至の夜にだけは必ず故郷へ戻り、愛しい人に旅の物語を聞かせたそうです」

 

 根菜の語り部は口をつぐむと、イガ粉を掴むと火壇へと振りまいた。

 

 

 


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