ようこそ科学至上主義の少年よ   作:54

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続いた、けどめちゃくちゃ難産でした


入学式

 4月。入学式。千空はバスに揺られながら、流れゆく街並みを眺めていた。特に面白みがある景色ではない。どこまでいっても平凡と言える景色だけが続いている。

 

 膝上にはホチキスの針で留められたロケットの設計図が一式。素人目では難解すぎる文書と緻密に描かれた図案が羅列されてあった。

 千空は欠伸を噛み殺しながら、コンビニで買った魔剤(モンスターエナジー)を口につける。なんとなしにバス内を見渡せば、自分と同じ学生服で装った若者が緊張した様子で座っているのが見えた。

 

(どいつもこいつも緊張しすぎだろ、ガチガチじゃねぇか)

 

 千空にとってはたかが高校の入学式。されど普通の新入生からすれば、記念すべき高校の初登校日という認識なのだろう。小、中、高校の入学式は、子供たちにとって一つの試練のスタートを意味していることは確かだ。

 

 友達はできるだろうか。

 彼氏彼女を作ることはできるだろうか。

 クラスに馴染めるだろうか。

 悲惨な3年間を過ごさずに済むだろうか。

 

 多くの学生はそういった不安材料問を胸に抱え、失敗しないための心持ちで挑もうとしている。もしかしたら、このバスに揺られている間も、必死にイメージトレーニングなんかを繰り返しているのかもしれない。

 この日から数日にかけて、大半の学生の心境は決して休まることはないだろう。

 千空にとっては、全く理解できない些事なのだが。

 

「(学校もまだ着いてねぇってのに、バカはどんだけ非合理的だ……)ふあ〜ぁ」

 

 とうとう千空は欠伸を噛み殺しきれず、内心とは違って盛大に声が漏れ出る。

 口を大きく開けた千空の面貌は、側から見て、さぞ間抜けに見えたはずだ。証拠に何人かの乗客は「正気かよ」と千空へ視線を集めている。その中でもおよそ9割は、これから学友となるであろう同じ制服の少年少女だった。

 

 千空は面倒くさそうにギャラリーの反応を横目で見届けると、頬杖をついたまま目を閉じる。今朝、大樹たちと早起きをしたせいか、睡魔の波がすぐ足許まで押し寄せてきていた。

 

 程なくして、どこかのバス停に停車したのを体の揺れで感じ取る。と同時、千空の斜め頭上付近から鈴の音のような声が掛けられた。

 

「隣、いいでしょうか?」

 

 声をかけられた方を振り向いてみれば、歩行困難なのか歩行杖をついた少女が一人立っていた。 

 他の席も埋まりつつある現状、どうやら千空の隣くらいしか空いてなかったらしい。

 歩行杖をついていることからも、これ以上、彼女を立たせ続けるのは酷な話だ。特に断る理由も見当たらなかった千空は、幾分かの沈黙を経て「なんの問題もねぇ」と返した。

 

「ありがとうございます」

「あ”ぁー、気にすんな。礼を言うことじゃねぇ〜よ」

 

 少女の律儀で丁寧な対応に、千空は軽く手をあげて応える。

 空いている席に誰かが座っただけ。

 千空にとっての認識はその程度であり、実際礼を言われるようなことじゃない。そもそも空いていたのだから、少女はわざわざ許可を取って座る必要すらなかった。

 

(まぁ、あの雑頭も同じ状況なら律儀に聞いてそうだがな)

 

 今朝別れた親友の顔を思い浮かべ、千空は窓際に凭れまた頬杖をつく。少しだけ彼の口角が上がっているように見えたが、それに気付く者は誰もいなかった。

 

「……」

「……」

 

 自然。二人の間に会話が発生することもなく沈黙が流れた。千空は少女の隣で寝る気も失せたたため、今では外の情景を眺める事に没頭している。

 

 別に彼女へウィットに富んだトークをかましてやる義務は千空には無い。男は女をエスコートするもの。と世間一般的には言われているが、そのような非合理的な理論を千空が持ち出すはずもなかった。

 気まずさを感じないのだから、このまま学校に着くまで沈黙を守ればいいだろう。そのようなことすら千空は考えているほど会話に積極的になろうとする姿勢を見せなかった。

 

 しかし、隣に座る少女は違ったらしい。

 

「これから同じ学校に通う生徒同士です。これも何かの縁ですし自己紹介をしませんか」

 

 目線だけを千空へと向け、綺麗な音を奏でながら彼女はそう切り出してきた。

 

「嫌、でしたか?」

「……いんや、気にすんな。別にこのクソ長い通学時間を潰すには打って付けの暇つぶしと思っただけだ」

 

 どんな理由であれ女の子の方から話しを振ってきたのだ。千空にだって気さくに返事してやるくらいの気概はある。

 

「俺は石神千空だ。出身中学……つってもそれはどうでもいいな」

「私は坂柳と申します。よろしくお願いしますね」

 

 そう言って、坂柳は男であれば誰でも見惚れるような微笑を浮かべた。反面、千空は坂柳と言う名前に耳をピクリと動かし反応する。

 

「坂柳? あ〜〜〜……、どっかで聞いたことある名前だと思ったら、これから通う学校の理事長とおんなじ名か」

 

 合格発表後にもらった資料の一部を思い出しつつ、自然と千空の口からそう漏れ出た。

 これから通うことになる学校の理事長と同じ姓。

 だからと言って、特段なにか聞きたいこともないが口に出してしまったものは仕方ない。これで全くの無関係だったら面倒だな。そう思いながら坂柳を見るが、彼女も特段気にした様子は無かった。

 

「よくご存知で。確かに高度育成高校は私の父が理事長を務めています」

「ククク、んじゃある意味ではお嬢様ってことだ。どうりで育ちがよく見える」

 

 千空はそう言ってちらりと坂柳の握る歩行杖に視線を這わせた。

 

 家庭事情も多種多様ということなのだろう。彼女の父が何を考え、体の不自由な娘を公共交通機関で向かわせたのか。その真意を読み解くことなどできないし、しようとも思えない。

 ただわかることがあるとすれば、坂柳自身はそれについて何とも思っていなさそうということだ。

 父について語るときも憎悪や悲観などという感情は一切見受けられなかった。

 

「ところで、石神くんはどうしてこの学校に?」

「大した理由はねぇな。国営機関っつぅのと、謳い文句につられて来た。宇宙に行くためには100億%この学校を選ぶのが手っ取り早いからな」

「宇宙、ですか」

 

 そこで坂柳の視線が、千空の膝上に乗っているロケット設計図に落とされた。

 

「……自作ロケットも作っているのですね」

「別に驚くことでもねぇ。今どきじゃ13歳の女の子ですら宇宙に自作ロケットをあげる時代だ。こんくらいやる気がありゃ誰でもできる。実際、モデルロケットですら高度100キロは飛ぶしな」

「設計図を見る限り、石神くんのロケットエンジンはハイブリッド方式ですが、難しいのでは?」

「よーく知ってんじゃねぇか、坂柳。だが、ハイブリッド方式自体は他の形態のロケットに比べて取り扱いはしやすい。俺も基本的には液体式燃料を使ってるが、まぁ、初心に戻るっつぅ意味でも今はこれを検討中だ。ハイブリッドエンジン自体、自作しなくても市販されてるしな」

「市販されてるのですか」

「あぁ、日本ではPDエア●スペースってところがな。つっても、流通先は大学やロケットの扱いに精通している団体に限られているが————……」

 

 そうして何となしに開催された宇宙やロケットに関する雑談。

 こういう会話は学者や本業の人間と交わすのが通例となっていた千空だが、なにぶん坂柳が優秀すぎるせいだろう。珍しく同年代に対してあまり引っ張り出さない専門知識すらも用いて喋り続けた。

 打てば響く、とはまさにこの状況を指している言葉と言ってもいい。千空が10の知識で喋れば、さらに坂柳がフォローアップクエスチョンで返す。返されれば当然、千空がさらに深い領域での話を行う。

 どんどん異質となっていく会話は、果てに宇宙やロケットを通り越して、馬鹿っぽいような俗っぽいような話にまで落ち着いた。

 

「……————つまりだ、マリオはキノコ食って本人デカくなった気になってるだけなんだよ。100億%幻覚だ、幻覚」

「ふふ、それは面白い説ですね。私はほうれん草を食べて筋肥大させる方も気になりますが」

「あ"ぁ、ポパイのおっさんな。あれは鉄分とヘモグロビンがうまいことやってんじゃねーか? まぁ真実としちゃ、野菜嫌いのガキに食わせるためって話だが」

 

 そこまで話し終えると、どうやら目的地に着いたらしくバスが停車した。外を見てみれば天然石を連結加工した作りの門が千空たちを待ち構えている。

 他の学生たちがバスから降りれば、ゆったりとした動作で坂柳も立ち上がる。他人の降車に合わせては、体の不自由な彼女には危険だ。人の波が落ち着くのを待っていたのだろう。

 

「や〜〜〜と、着きやがったか」

「ええ、おかげで長い通学時間も退屈せずに済みました。お付き合いいただきありがとうございます、石神くん」

 

 ぺこり、と小さくお辞儀をする彼女に、千空は「お互い様だ」と軽口で返す。

 感謝してもらうために会話をした覚えはない。ただ流れというのか。科学大好き少年の千空は、いつの間にか自分の好きな分野で話しをさせられていた気がしなくもない。

 

 歩行杖を突きながら降車する少女の後ろ姿を見ながら、千空は上の棚に置いていた自分の荷物を取り出す。そのまま肩にベルトを掛け、いよいよ自分もバスから降りようとしたタイミングで、坂柳の体が一瞬ぐらついたのが視界の端に映った。

 咄嗟。千空は後ろから肩を掴んで坂柳の転倒を阻止する。

 

「どう見ても荷物持ち慣れてねえだろうが、テメーはよ。無茶やって転ばれたらこっちが迷惑だ。貸しやがれ」

「石神くん——」

 

 一瞬、息を飲む坂柳。そのまま千空のつま先から顔までを目配せした後、

 

「あなたこそ無理をしないでください。どう見ても石神くんの方が大荷物で限界を迎えているように見えますよ」

「…………くそ、科学道具を持ってきすぎた」

 

 ざっと見積もって30キロ前後。

 どう見てもキャリーバッグ相当の肩掛け鞄を持った千空の足は、今もなお生まれたての子鹿のように震えていた。

 

 

 * * *

 

 

 以下、簡単ではあるが千空が校門前で没収された荷物をここに示す。

 

 ==============================

 光学位相差顕微鏡、

 サーモカメラ、

 Raspberry Pi、

 放射温度計、

 phメーカー、

 マイクロピペット、

 ブラックライト、

 アリーン式冷却管、

 ソックスレー抽出器、

 ペール缶、

 ノートPC、

 アブレータなどの自作ロケット部品、

 ガラス器具類、

 試薬品類、

 工具類 etc.

 ==============================

 

 

「あ〜〜〜、やっぱダメもとで持ってきても無理だったか」

 

 持参した道具類全てが「寮生活に不要」と切り捨てられた千空は今、幽鬼のような足取りで校舎を歩いていた。

 流石の高度育成高校も千空の摩訶不思議すぎる私物類は見逃せなかったらしい。と言うよりも、あそこまで白昼堂々と大きい荷物を持って来られたら、誰だって荷物確認をせざるを得ないのだろう。

 持ち込み品を確認した警備員数人の引き攣った頬をを思い出す。それと同じく、遠くから様子を眺めていた坂柳も、くすくすと子供のように笑っていたのが印象的だった。

 

「ククク。まぁ、しゃあねぇ。ラッキー前提は科学者の考え方じゃねぇ。自室を研究室(ラボ)にするのは当分先だ」

 

 自分の家を思い出しながら千空は頭を掻く。

 思い描くのは自分の家と何ら遜色ないまでに整えられた設備。だが、今すぐそれを実現するには流石にお金が足りない。

 父——白夜の助けを借りられるのなら話は変わるが、学校の資料では外との連絡は絶たれること。またSシステムなるものを導入しているため、現金や既製品のクレジットは役に立たないことが問題である。

 実際、スマホやらノートPCやら外部に繋げられるものは校門前で全部没収された。

 

(いくら何でも情報統制を徹底しすぎだろ。何か裏でもあんのか?)

 

 考え事をしながら歩くこと数分。千空はとうとう目的地であるAクラスの教室前に着いていた。

 思いのほか校門前の没収劇が長引いていたらしい。入った教室内を軽く見渡せば、ほとんどの生徒が既に登校しているのが分かった。

 千空は自身の名前が書かれたネームプレートを見つけると、淀みなくその席へと向かう。

 席の近くには見覚えのある少女が一人。教室の様子を俯瞰的に眺めながら、ただお手本のように正しく座っていた。

 

「よう。また会ったな、坂柳」

 

 さっきぶり、と言うには些か間が短すぎるような気もする。

 目に付く銀髪。

 抱きしめれば折れてしまいそうなくらい華奢な体格。

 ——坂柳有栖が千空の隣の席から淑やかな笑みを投げかけた。

 

「どうやら私と石神くんは同じクラスだったみたいですね」

「しかも、超絶おありがてぇことに隣の席だ。ここまでくると作為的なもんを感じるなぁ」

「まぁ、今のが俗に言う口説き文句というやつでしょうか」

「どういう思考回路してたら、そんな愚答が導き出せんだぁ? どう考えても今のは皮肉だろうが」

 

 げんなりとした表情の千空に、小さく笑う坂柳。

 完全に会話で遊ばれているのが千空にも分かった。

 

「そう言えば、あの大きい鞄はどうされたのですか」

「おぉあれな、カバン! アホほど即行で取られたな、カバン! そん時テメーも間近で見てたけどな!」

 

 何も持っていないことを示すように、千空はポケットの中身すら見せびらかす。

 素寒貧とはまさに今の千空に打って付けの言葉なのではないだろうか。

 

「ご愁傷様です」

 

 絶対心がこもっていないだろう言葉で坂柳から労われた。

 

「ったく……随分といい性格してんじゃねぇか、テメー。ここぞとばかりに煽ってきやがる」

「そうでもありません。少しばかり石神くんの反応が面白いものですから」

「あぁ〜〜、はいはい。そういうことにしといてやるよ」

 

 会話はそこでもう一度終わりを迎えた。

 

 ふと千空の視線が坂柳から教室の隅——天井付近に仕掛けられたに2台のカメラへと動かされる。

 生徒たちの邪魔にならないよう小型、かつ設置場所に溶け込むようにしているが、カメラが設置されているのは紛れもない事実だ。

 ポケットに手を突っ込み、上を向いたまま何か思案する千空。

 そんな千空を、隣で座る坂柳がじぃと見つめていた。




書いてて坂柳のキャラが分からんくなってきました。

とりま、Aクラスが妥当という声が多かったので、Aクラスに決定でーす
次にBクラスが多かったですね、
まぁ、圧倒的にAクラスと言う声が多かったですが。
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