仕事をクビになり、およそ1か月。
世間一般でいうブラック企業に勤めていたため、払われていた給料もその月をやり過ごすだけで精一杯の日々。ろくな蓄えなどなく、それでも少しずつ貯めていた金も1週間前に使い果たした。
親には勘当されてるし、頼る当てもない。あったらこんな環境衛生の最悪な場所に寝泊まりなどしていない。家賃の徴収ももうすぐ来る。追い出されるのも時間の問題だ。
別に日銭稼ぐことは不可能ではなかったし、実家に縋りつくことだってできた。
しかし、あんな人間どもに頼るなど冗談ではなく、これまで命すり減らして働いた会社にああも簡単に切り捨てられる存在だと自覚したとき、糸が切れてしまった。
唯一の趣味である読書も、なにかを楽しもうという気概がまず湧かない。
たぶん、こういう俺みたいなのが世の中には大勢いて、そんな奴が孤独死とか、自殺をしてちょっとだけ世間で騒がれて、そして忘れられていく。
そう考えると、遺書を書いたり、会社にちょっとでも復讐してやりたいみたいな気すら失せて、こうやって毎日ただ横になって時間が過ぎるのを待っている。
一応、水分はとっているがここ1週間は食事もしていない。体は悲鳴を上げているが、人間三日も空腹が続けば意外とどうでもよくなり、今では静かに命が消えるのを待つのみだ。
学生の頃は学校にいる間は家のことも忘れて過ごせたし、勉強をやっていれば多少こき使われるだけで済んでた。
大学なんて行かせてもらえるほど優遇されてなかったし、そんな金もなかった。
このまま死ぬのもそんなに怖くはない。
もとより死体みたいになっても働かされてたんだ。三途の川で石積んでる方が楽だろうさ。
しかし、心残りなのはまだまだ知りたい物語がいっぱいあることくらいだ。
給料のちょっとした残りから、毎月楽しみにしてた「物語シリーズ」。
全巻揃えた後も、何度も読み直しては生きる糧になっていたが、シーズンも終わっちまって新しいのを探さないとなんて考えてる間にこのざまだ。
結局、いろいろ謎なまま終わっちまった。まぁ、西尾維新ならまたきっと、100%趣味で書いた本を出してくれるだろうから、新作を追えなくなるのはちょっとだけ悔しい。
まだまだ俺の知らない物語はいっぱいあって、それはツバサハネカワとか、貝木のあれこれとか、話は進んでいってしまったけど……
でも、「物語シリーズ」の中で唯一の不満は、羽川が負けヒロインということくらいだ。
別に戦場ヶ原が憎いとかそんなんじゃなく、もっと単純に羽川の魅力が負けたことと、阿良々木のヘタレさと、月火の助言が気に入らないということくらいだ。
それに……あと……なんだっけ……
どうやら限界がきたらしい。
ろくに食べもせず、水だって日に一度か二度。
しかし、こんなことを考えながら死ぬ奴がいたっていいだろう。最後の最後くらい下らん事考えさせてほしい。
あぁ、でも辞世の句とか読んでねぇな……
意識が遠のきながら、そんなことを考えつつ眠りに落ちる。
「ん、んぐ……まぶし……」
どうやらまだ死ねないようだ。読まずにすんでよかった。
「7時……いつもはもっと寝てると思うが……」
そこで妙な違和感を覚える。
「俺の時計と違う……つーか、ベッド?」
自分の部屋のボロボロの敷布団と違い、ふかふかの子供用ベッド。
子供用ベッド?
慌てて起き上がるが、視点の低さに焦りは増す。
「嘘だ……こんなラノベみたいなこと……」
現状を理解できず、自分の顔を確認しようと窓を見る。
そこには可愛らしい童顔の、というかまんま子供が映っていた。
「痛ぇ!!」
頬の痛みがそれが夢ではないことを証明する。
「な……なんだよこれぇ!!!」
「はざまー! 朝からうるさいわよ!」
誰かを叱る声が下の階から聞こえる。近くで大声を出しているのは俺のみ。ということは「はざま」らしき人物は俺ということになるが……
そもそも俺の名前はこんな廚二チックな名前じゃない。もっと適当につけられたような名前だ。
タイムスリップの類を考えたが、どうやら違うようだ。タイムスリップでも大問題なのは変わらんし、何も解決しないが。
しかし、学生時代は読書数1位を誇るこの俺だ。
こんな時に一番のミスポイントは焦って時間を浪費することだ。
冷静になれ……なにも悪いことばかりじゃないはず。
こんな中学生の妄想のようなことをマジに考えなければいけないのが大変だが、とにかく何でもいいから思い出せ……
名前も違う……年齢も……多分異世界転生だか転移のどっちかだろう。
しかし、俺は自分を神と名乗る爺さんにまだ会っていない。
今どきの流行りがどんなものかは知らんが、少なくとも俺が読んでいた時は必ず説明してくれる奴が出てきた。それにチートだってもらってない。
出てくる奴がEASYモードなだけなのか、人間に思いつくような甘いシチュエーションはないということか……
あれこれ思案していると階段を上がる音が聞こえる。
「はざまー、もうそろそろ朝ご飯だから降りてきなさーい」
「え、あ、ちょっとまって!」
「まってもなにもない! 早くご飯食べなさい!」
こちらの了承もなしにドアを開ける母親らしき人物。その姿はまるで西洋の吸血鬼のような出で立ちをしていた。
「……どうなってんだよ」
どうやら異世界転生で当たりのようだ。こんな母親が地球に居てたまるか。
気絶しそうになりながらも、とりあえずは母親らしき人物に従い行動するのが得策だろう。現地について調べるのは後回しだ。
幸い、文明レベルは地球と遜色ないように感じる。どうにかネットワークが存在することを信じよう。
こうして、25歳から3歳にメタモルフォーゼしてしまった彼の人生は幕を開ける。