前世での学生時代は勉強ばかりで女子と話したことなど数えるくらいにしかなく、ましてや出かけたことなどない俺にとって、理由はどうあれ特別な経験となった。
羽川と知り合っておよそ3年の月日が経っているため、えっ、やっと外食? と思われるかもしれないが、そもそも羽川は出かけると言えば図書館くらいであり、目的は勉強だったため、女子と遊んだという感じはしなかった。まぁ、羽川と一緒に居るだけで心は躍るし、勉強なんて全世界の受験生・浪人生に羨ましがられることなのは重々承知の上だ。
前日の羽川との禊の意を込めた外食で俺の財布は少し寂しくなったが、忘れることのない大切な日となった。ちょっぴり乙女チックすぎるか?
「教師としてのオールマイトはどんな感じですか?」
「そうですね……教師としての経験がないため教え方に拙い部分はありますが、ヒーローとしての数多くの経験から、生徒一人一人に的確なアドバイスや状況に応じた行動など、実戦的な情報を現実的に教えてくれる先生です」
「なるほど、トップヒーローは授業まで完璧と……流石はオールマイトですね」
インタビューの受け答えまで完璧な羽川に改めて凄いと思う。
別に羽川にとっては思っていることをただ言っているつもりなのだろうが、そんないきなり聞かれてすらすら出てこないし、緊張を感じさせず話すなんてなかなか出来ることじゃない。
当の俺はいきなりインタビューに沈黙で返答してしまって、あきれた顔して別の生徒を探しに行ったインタビュアーが目をつけたのが羽川だ。
いい反応が取れたと達成感をある顔をして羽川に形式的にお礼を言い、別の生徒に同じ質問を投げかける。
前々から思うが、彼らは一体どれだけの取れ高があれば十分なのだろうか。
職業差別をするわけではないが、自分が当事者になれば鬱陶しく感じてしまう。
「よっ、羽川。おはようさん」
「あ、鬼人君。おはよう」
いつものように軽く挨拶を済ませる。
「それにしても報道陣の数、えげつないな。どこもかしこもインタビュアーだらけだな」
「トップヒーローが教師になったことはやっぱりどこも扱いたいからね」
「にしても、多すぎるぜ。全員無視したけど5人には話しかけられたからな」
もうこれ以上は勘弁してほしいとため息をつく俺に、まぁまぁと宥める羽川。
「あの人たちもお仕事なんだし、報道をやっている人たちにもプライドはあるし、内部競争も激しいからね。もうしばらくはこの状況が続くんじゃないかなぁ」
「はぁ……それで生活してんだからしゃあないのも分かるけどさぁ」
どうしてもマスコミ関連には良い印象を持つことが出来ず、実年齢40近くのおっさんには羽川のような広い心はもう作れない。まぁ忍野メメ曰く、作るべきじゃないらしいがな。
「プロヒーローになったらマスコミとの付き合いは必要だよ。今のうちに慣れておくのもいいんじゃない?」
「それは相澤先生が遅刻を免除してくれるならな」
俺が疑問や不満を話題に挙げ羽川が解消する。そんな会話を続けながら、二人は教室へと歩いていった。
「昨日の戦闘訓練お疲れ。ブイと成績見させてもらった。爆豪、お前もうガキみたいなマネするな。緑谷、個性の制御が出来ないから仕方ないじゃ通さねえぞ。俺は同じ事言うのが嫌いだ。個性の制御さえ出来ればやれる事は多い。焦れよ緑谷」
朝のHRは相澤先生の講評から始まり、爆豪の行動と緑谷の個性の制御に対して苦言を呈した。相澤の言葉に爆豪は俯いて、緑谷は焦燥感に駆られながらも返事をする。
他に目だって問題のある生徒はいなかったため、成績の良くなかった生徒には目線で焦るように示唆し、HRの本題を切り出した。
「急で悪いが、今日は君らに学級委員長を決めてもらう」
(((学校っぽいの来たー!)))
皆の心は初日のようなことを危惧していたため非常に安堵し、学校らしいイベントに心躍らせていた。
そして、すぐに皆が一斉に手を挙げて立候補し始めた。
うーん、全然やる気が起きない。きっと皆リーダーシップの成長や進路などいろいろ考えはあるのだろう。
だがしかし、中学までの進学のためにある程度大人しくしていた連中とは違い、曲者揃いの雄英で副委員長を務める気など湧かなかった。
けどなぁ……羽川は挙げてるしなぁ……羽川がやるなら話は変わるからなぁ……
「静粛にしたまえ!」
大半が立候補し、統率が取れなくなってきた時に飯田の声が轟いた。彼が言うには学級委員長とは多を牽引する責任重大な仕事であり、周囲からの信頼があってこそ務まる聖務らしい。
ただの雑用係だろという考えはいまだに変わらない俺だ。というか中学での経験からその思いは強まった。
「民主主義に則り、真のリーダーを皆で決めるというのなら……これは投票で決める議案!」
「そびえ立ってんじゃねーか! 何故発案した!?」
クラス内での選挙を提案しながらも、右手を高々と挙げていた飯田にツッコミが入る。しかし、誰も譲ろうとしないなか真っ当な提案であり、相澤の『時間内に決まれば何でもいい』という発言も受けて学級委員長を決める投票が行われた。
結果 緑谷3票、八百万3票の同票となり、多数決により八百万が委員長、緑谷が副委員長となった。
ちなみに俺は羽川に入れたため0票、羽川も恐らくは八百万に入れたため羽川の票は1票で彼女の委員長人生はここでひとまずストップをかけることとなった。
羽川=委員長という俺の中の方程式は崩れたが、大丈夫。俺が委員長だと思えば羽川はいつまでも委員長なんだ。というか、羽川のことだから八百万や緑谷の手伝いは率先して行うだろう。ということで実質羽川も委員長だ。
パンツのことだけ考えて現実逃避するよりよっぽどマシな逃避法だろう。
「結局、八百万が委員長かー。まぁ、悪くはないと思うけど」
「八百万さんなら責任感もあるし、適任だと思うよ」
それ以上の適任者がいるため、めんどくさいファンのように満足できないところもあった。
「そういえば私が委員長にならないのって初めてだなぁ……」
「おれも、なんだかんだで副委員長を3年間勤めてたしなぁ……」
午前の普通科目の授業が終わり、ランチラッシュの食堂で昼食を食べつつ、どこか感傷に浸っている時だった。
突如として校内放送用のスピーカーから警報が鳴り響く。食堂にいる生徒達は『なんだなんだ?』と騒ぎ出す。俺達も食事を止めて周りを見渡していると、スピーカーから避難指示が告げられた。
『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんは速やかに屋外に避難して下さい』
「え、に、逃げろって……ど、どうするよ?」
このだだっ広い校舎を把握何てまだ3日目の俺には無理な話だった。そのため、避難しようにもどこが安全なのかわからないし、下手に動くのもどうなのかと考える。
「とりあえず避難口まで向かわないといけないけど……出口があれじゃ……」
食堂の出口は慌てふためいた生徒たちでぎゅうぎゅう詰めになっており、とてもじゃないが出られるような状況ではない。
外を確認しようにも窓も生徒たちで見ることが出来ずそれすら叶わない。
羽川がため息をつき、「しょうがない」と呟き集中し始め、彼女の頭部から猫の耳が生えだす。
おおっ! いつも照れてなかなか見せてくれない羽川翼(猫耳)!
こんな状況だが、こいつはしっかり俺の記憶フォルダに永久保存しなければ……
「……ここまでの事態になってもこれといった戦闘音らしきものも聞こえないし、戦闘は始まっていないと仮定しても、これだけ校内スピーカーで知らされているならヴィランも何かしら行動してもおかしくないよ」
「となると……」
別の可能性を考え始めたときだった。
「皆さん!!! ダイジョーブ!!!」
出口の方で、飯田が非常口プレートのように壁に張り付き叫んでいる。
「ただのマスコミです。なにもパニックになることはありません、大丈ー夫!!!」
その声を聴くと慌てていた生徒たちも落ち着きを取り戻し、席に戻るものや驚かせた腹いせにかマスコミを見に行くものもいた。
「朝の連中かよ……」
そういえば、俺も仕事のことで頭がいっぱいいっぱいになってた時なんかは人間としておかしくなっていたな。今の彼らは社会の常識や法などが頭から抜け落ちて、仕事を遂行することだけを考えてしまっているのだろう。
「でも、どれだけスクープが欲しくても流石の記者たちだって雄英のゲートを超えるのは難しいと思うけど……」
それもそうだ。この雄英高校には高度なセキュリティゲートである「雄英バリア」なるものがあり、基本的には関係者以外は侵入できないはず。にも関わらず、あれだけ大量のマスコミが入ってこれたのは異常だ。
すぐに警察が到着してマスコミは撤退し、警報の正体も判明したが、どうもしっくり来ていない羽川だった。
放課後のHR、副委員長の緑谷はその任を辞退し、新たな副委員長に飯田を指名した。どうやら食堂で活躍から、自分よりも飯田の方が適任であると判断したという。切島や上鳴などその様子を見ていたクラスメイトもそれに賛同し、反対意見も無かった為、緑谷に代わり飯田が正式な副委員長として八百万のバックアップに務めることを誓っていた。
正直この委員長選挙はほぼ身内票なので、こういう結果にしました。