「「シネェ!!!」」
目論見通り、あの程度の挑発に乗ってくるヴィランども。個性と殺意を剝き出しに攻撃を仕掛けるが、どうも迫力というか、負ける要素が見当たらない。
そのどれもがこの環境に適した個性の連中の様で、全身を岩にしたり、体に炎を纏わせたりと、当然ではあるが普通に戦えば勝ち目は薄いだろう。
「ハッ!」
岩男の突進を避け、距離を離す。
恐らくだが、さっき見た「手のヴィラン」のインパクトに比べるとけた違いに小者だ。それに、動きもトロイし何より連携がまるでなっていない。
とてもじゃないが、着々と進めてきた計画に参加できるような連中とは思えない。
「考えててもしゃあないか……」
こいつらはチンピラ同然でもあの野郎と霧は油断できない。
いつもは平だが、今回は手首を傷つける。こいつらを倒した後のことを考えればいつもより多めに血液を使わないといけない。
「何してんだこいつ?」
「気をつけろ! そういう個性だ」
俺の自傷行為に相手も思わず動きを止める。
良く考えてみれば、目の前の敵がいきなり自傷行為をして血とか流し始めたら、不気味で初めて見る相手なら多少は足止めになるのか。
頼りすぎるのはいけないが、こういうのも実戦でしか得れない経験だ。
欠点は、せっかく怒らせた相手を冷静にさせてしまうな……
「血製『群体』」
通常は5cmほどの槍先を20個作るのが限界だが、今回は特別だ。
およそを40近くの槍先が5人のヴィランを飲み込む。
「「「グアアア────ッ!!」」」
お決まりの三下のような悲鳴を上げる連中だが、手加減する余裕もないのでな。
唯一の懸念点だった岩のヴィランは味方を守ろうなど微塵も考えていないようで、切り刻まれる仲間などお構いなしにこちらへ特攻を仕掛ける。
「しょぼいナイフなんざ通らねぇよ!」
「あっそ、『血集』」
先程までバラバラだった俺の血が集まり、丸太ほどの太さの棒になり男にぶつかる。
体全体が岩だからてっきり腕とか粉々になるのかと思ったが、実際には岩を纏うだけの個性のようで、ぶつかった衝撃で脳震盪を起こし、そのまま地に伏せた。
「死んでねぇといいが……」
本来ならこんな連中の命など保証する義理などないが、ヴィランを殺すことなく確保することもヒーローとしての職務の一つだ。
それよりもとっとと羽川のところまで向かわないと……
それに、空を唯一飛べる俺ならオールマイトのところまで助けを呼びに行ける。
何より、羽川は自己犠牲が過ぎる。誰かに危機が迫れば、自分の命など簡単に投げ出してしまう、投げ出せるような人間だ。
正義のヒーローは遅れてやってくるなどクソ食らえだ。
◆◆◆
「む、無理だ……。逃げよう、緑谷……!」
恐怖に震える峰田の声が緑谷の耳に届く。先程の戦闘から少しでも助けになれると勘違いしていた自分を殴りたいほど、自分の認識の甘さを悔いる。
黒霧によって水難ゾーンに飛ばされた緑谷・蛙吹・峰田の3人は、人生初のヴィランとの正面からの対峙だったが、それぞれの個性を駆使し、ヴィランを拘束し、打破することに成功した。犠牲も緑谷の個性の副作用のみで、初めての戦闘だったが、最小限の犠牲から調子に乗っていたと言われても仕方ないかもしれない。
無理をしているのは明白な相澤を少しでも手伝えると勘違いしてしまった。自分たちの力はヴィランに通じるのだと、自分はオールマイトの後継にふさわしい行動が出来るのだと。
だが、甘かった。水難ゾーンにいたのは、連携も取れないチンピラ同然の即席の集団だった。ヴィランと呼ぶのすら生温かったのだ。目の前の本物のヴィランにはヒーローの卵の自分達では到底敵わない存在だった。
しかし、すでにボロボロの相澤先生を見殺しに出来るのなら、僕たちはヒーローなど目指していない。逃げようといった峰田だって、あの手のヴィランまでだったら助けようとしていた。脳無と呼ばれる大男が出てくるまでは。
僕らを飛ばした黒霧の男が現れ、生徒の一人が援軍を呼びに行ったことを知らせると、男は怒りに満ちた声で首を掻きむしり、大勢のヴィランとの戦闘で疲労した相澤先生に肉薄する。突進に合わせた相澤先生の肘打ちを防ぐ。男に掴まれた肘は風化した瓦礫のようにひび割れだし、彼の皮膚が砕ける。
相澤の苦悶に歪む顔に満足したのか、男は「脳無!」と呼びかけ、脳が剥き出しの大男を相澤にけしかけた。
相澤先生の『抹消』が発動したはずなのに、大男のスピードは落ちることはなく、その巨体から繰り出される剛腕に殴られ、あっけなく敗北した。
「個性を消せる。素敵だけどなんてことはないね。圧倒的な力の前ではつまりただの無個性だもの」
羽川さんが言っていた、その男——脳無が危ないというのは真実で、現に相澤先生はもうすでに動けないほどのダメージを負っているが、脳無はまだ攻撃をやめようとせず、ボロボロの相澤先生の体をさらに痛めつける。
その光景に動けずにいた。プロヒーローが手も足も出ずにただ殺されそうになっているのに、僕らは逃げることも戦うことも出来なかった。
「どうだ、イレイザーヘッド。痛いか? 苦しいか? こいつが俺らの切り札、脳無だ」
手のヴィランは、張りつけられた手で隠せないほど愉悦に浸る悪意に満ちた笑みを浮かべている。先程まで自分の連れてきた手下達を一蹴していたプロヒーローが、逆に容易く一蹴された。生徒達を思って一人で殿を務めたヒーローが死んだとなれば、生徒達はどんな顔を浮かべるだろうか。そのことを考えると愉快でたまらなかった。
「死柄木弔。ここは脳無1体で十分です。我々は一刻も早く撤退しましょう。援軍が来ます」
黒霧に促され、手だらけ男──死柄木は、首を掻きむしって、ため息を吐つきつつ言った。
「そうだな……。はあ……ふざけてやがるぜ。……帰るか……だけど、せめて平和の象徴としての矜持をへし折ってからにしよう」
言葉を発しつつ、死柄木は口の端を吊り上げて不敵に笑う。その赤い瞳が──緑谷達を捉えた。
(やばい!)
「2人共! 早くここから──」
二人を連れて逃走を試みようと、彼らの方に首を向けた瞬間──
「え……?」
死柄木の痩せ細った腕が蛙吹の顔面に迫るのを目にした。
少なくとも、数mくらいは距離が空いていたはず。しかし、目に捉えることが出来なかった。
蛙吹の顔面に死柄木の手が触れるまで、残り数cm。
「あ──」
時間がゆっくりと流れる。蛙吹の顔面に死柄木の指の1本が触れた。
なのに、自分は動けない。すべて触れてしまえば、彼女は塵のように崩れ去るのに。
2本、3本、4本──そして、5本。死柄木の五指全てが彼女の顔面に触れてしまった。
しかし、そうはならなかった。
「……ほんっとうにかっこいいぜ、イレイザーヘッド」
死柄木が、蛙吹の顔面から手を離しつつ、死人同然の姿ながらも生徒を庇う相澤の勇姿を嘲笑うように笑みを浮かべて振り返る。彼の努力も意思もすべて無駄になると分かっているから。
脳無がボロボロの相澤の頭部を地面へとたたきつける。もう、彼の助けはないだろう。今度こそ、蛙吹を塵にしようと彼の手が迫る。
その瞬間、雷鳴のような音が鳴り響いた。
そして、僕はこの音を聞いたことがある。
「がはあっ!?」
轟音と稲光に目がくらむ中、少女が正体を見せる。
「は、羽川さんっ……!」
可愛い猫耳と真っ白な髪をたなびかせ、僕らの目の前に現れたのは、僕の親友である鬼人君が最も信頼する彼女だった。
「たっくよぉ、本来にゃらこんにゃあぶねぇ真似はしたくねぇんだがよぉ……」
「ど、どうやって……」
ここは10Mは何もない平地、とてもじゃないが助けようとすれば確実にバレてしまう。
「説明してる暇にゃんかにゃいっ!!!」
既に彼女の目の前には脳無が迫っており、相澤先生を一撃で地に伏せた剛腕が迫る。
鬼人君との特訓では見せたことのない、神がかった動きで男の攻撃をギリギリでよける。その瞬間も、エナジードレインは繰り返し行われているはずなのに、男の動きは鈍った様子もなく、攻撃を繰り返す。
「クソッ……なんだよ、あのガキ……動けねぇ……」
エナジードレインを喰らい、体力を吸いつくされ動けない死柄木は脳無の攻撃を躱し続け、自分に攻撃した羽川にイラつく体力も湧かない。
稲光の目つぶしもあるのにも関わらず、脳無の拳は彼女を正確に捉える。
脳無に対して唯一取れるアドバンテージである聴覚から、何とか脳無の動きを読み取り、針に糸を通すような、相澤でも不可能な動きをその身体能力と神が与えた頭脳による集中力でかわし続ける。
一度でも当たればこちらはアウト。すでに10回は轟音が鳴り響いたにも関わらず、疲れた様子を見せない。
実際の時間にして15秒、脳無の動きは依然変わらないが、羽川の動きはみるみるキレを無くしていく。吸収した体力との釣り合いが取れず、当たらなかったはずの攻撃がかすりだす。
彼女の命を懸けた15秒も脳無には届かない。そして、天は彼女を見放したように彼女の運命は敗北へ近づいていく。
エナジードレインの影響で吸いつくされた体力が少しだけ回復し、羽川への怒りが湧きだし首筋を掻き毟りながら死柄木は羽川を睨む。頭は怒りで満ちているが、考える余裕も湧いてきた。そして、先程までの憎悪の表情は悪意に満ちた笑みに変わる。
「脳無! 蛙のガキから殺せ!!!」
すると、先程まで羽川との攻防を繰り広げていた脳無はその動きをピタリと変え、蛙吹めがけて突進する。
瞬きをする間にも脳無は差し迫る。掬い上げるようなアッパーを蛙吹に繰り出そうとするが、彼女には届かない。しかし、目の前には鮮血が飛び散る。臓器らしきものが地面にグチャッと潰れる。
そして、地面にたたきつけられる羽川を見て、現実に戻る。
脳無は彼女の腸とみられる内臓をゴミのようにぐしゃりと踏みつぶす。
男は目障りだった蠅を潰せたことに満足したように、彼女の命が失われたことを僕らにたたきつけるように笑みを浮かべた。