「は、ははは、死んだな……」
「あ……ああ……ウソ……ウソだ、返事をしてよ……羽川さん……」
満足気に笑う死柄木と絶望に顔を歪める緑谷。
彼女の真っ赤に弾けた腹部がもう手遅れだと教える。リカバリーガールでもどうにもできないだろう。
命を賭して戦ってくれた彼女に対して、重荷にしかなれなかった自分への後悔と自責の念で、もう動くことも出来ずにいた。逃げようという考えもなくなり、完全に思考は停止していた。
「奥のガキ共も殺しておくか……メインミッションはダメだったけど、これで雄英もオールマイトも……」
死柄木がこちらに目を向ける。脳裏に羽川のように踏みつぶされ、抵抗できずに殺されるビジョン。
瞬間、脳無を赤い槍が貫く。
「『群体』」
脳無を貫いた槍が、無数の槍先へと姿を変え、脳無を切り刻む。普通なら既に死んでもおかしくないほど、血と肉片が飛び散る。それすら無駄だというように再生し続ける脳無だが、殺意に満ちた攻撃は終わらない。
言葉の出ない僕らの目の前には彼がいた。僕らには背を向けていて、表情を見ること出来ないが、今の彼の感情は容易くつかめた。
「殺す……殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!!!!!」
脳無の再生するエネルギーもだんだんと減り続け、目に見えて再生力が落ちている。
しかし、彼は攻撃をやめない。
「ハ「ハハ」「ハハハ」「ハハハハハ!」「ハハハハハハハハッ!!」「ハハハハハハハハハハッ!!!」」
僕たちはこの期に及んで、まだ動けずにいた。
羽川さんの亡骸を見ても、狂ったように反響するような高笑いをする彼に恐れを抱いていた。
そして、ギリギリのところでぐずぐずになった脳無への攻撃と高笑いをピタリとやめ、こちらへ歩み寄る。
「おい……脳無……何してんだ! たかがガキ一人に!」
男の声も全く届いてない様子で、僕らの方へ──―羽川さんの亡骸で膝から崩れ去るようにへたり込む。
その時、USJの出入り口の扉が轟音と共に吹き飛ぶ。鬼人を除く、その場にいるすべての者が、土煙の中から現れた1人のヒーローに視線を向けた。
「もう大丈夫。私が来た」
その表情は怒りに満ちており、いつもの強面ながらも安心感を与えてくれるオールマイトではなかった。
しかし、緑谷たちは決して安堵の表情を浮かべることはなかった。
2人のヒーローは間に合わなかった。
最低だ。
あんな雑魚相手にいい気になって、一番大切なものをつかみ損ねた。
彼女の笑う顔も、困ったように頭を抱える姿も、照れくさそうに眼鏡を直すしぐさも、何もかも失ってしまった。
俺が、愚図で、愚かで、力不足だったから。
「はね、かわ……」
彼女の破けた腹部からは血と僅かに残った骨・臓器が顔を覗かせている。
弾けた黒髪と口から血を流し息絶える姿に呼吸が止まる。
既にこと切れた彼女の体を抱える。まだ温かさを残したその体はもうじき動かなくなり、その温もりすら失うだろう。握り締めた手は、俺を安心させるように握り返してくれることはない。
直面するにはあまりにも無慈悲な現実に絶望と後悔で正気を保てなくなる頭を無理やり抑え込み、残された最後の手段を思い出す。
コスチュームを破り捨て、自分の胸に手を突き立てる。あふれ出る血液が彼女の傷口に注がれる。
手のひらなどとは比べ物にもならない痛みが襲うがそんなものどうだっていい。
痛みと血液を失いすぎた体は意識を手放しかけるが、今の俺は気絶している暇などない。俺は羽川を救わなくてはならないから、彼女を幸せにすることが俺の生きる意味だから。
「…………ッ!」
鉄の匂いと血の味が広がる。水滴が地面へ滴り落ちる。
それでも、治らない。彼女が目を開けることも、傷が治ることもない。俺は吸血鬼じゃないから、まがい物で中途半端な存在だから。俺がいくら悲しんだとて、無駄なものは無駄なんだ。
「治れ……お願いだ……目を、開けてくれよ……」
心のどこかでは分かっていた、俺の血に大それた治癒能力など存在しないことくらい。そもそもが忍野忍も阿良々木とのリンクと再生力の優れた、伝説の吸血鬼の搾りかすだったためになせる治癒能力だったのだろう。
何のリンクもましてやハーフヴァンパイアの俺の血ではかすり傷程度は直せても内臓欠損などどうすることもできない。
「なんでだよ……どうして羽川だけが、不幸になる……」
あんまりじゃないか……羽川の人生はこれからなのに、彼女を愛してくれる人にたくさん出会うはずだろ……
「結局……俺はなれないのか……」
守ると誓ったはずなのに、結局間に合わずこうして醜態を晒す無力さで愚かで出来損ないな自分を呪いたい。
彼女のヒーローになることが出来なかった自分を殺したくて仕方ない。彼女を守れなかった自分がのうのうと生きていくことなど許せない。
既に手のヴィランは黒霧と共に逃亡した。
オールマイトへの置き土産には少女の亡骸とその横でへたり込む少年で満足したようだ。その考えは、概ね正しいものだった。
「鬼人少年……」
オールマイトは間に合わなかった自分への不甲斐なさと自責の念をうわ言のように呟き、自傷行為を続ける鬼人を止めることが出来ず、立ち尽くしていた。
「……認めねぇ」
こんな現実、認めてたまるか。
羽川を助けることも出来ず、ただ朽ち果てるのを待つ人生なんて御免だ。
諦めてたまるか、絶対にあるはずだ。こっからでも巻き返せるような逆転劇が、あの時蝸牛の少女は救えなかった阿良々木とは違う、俺は助けなきゃいけないんだ。
でないと、俺が生まれてきた意味がなくなってしまう。彼女を守ることが俺の唯一の存在意義だから。羽川を救うことが俺がこの世界に生を受けた理由だから。
考えろ、死者を生き返らせるなど夢のまた夢かもしれない。
それでも、思考を止めるわけにはいかない。
絶望と後悔と自責が頭の中で渦巻く中、どこかで既視感を感じていた。死にかける羽川の姿ではなく、もっと別の何かを。生存本能が俺が必要とする情報を導き出す。
……そして気づいた。自分がしていた大きな勘違いに。
今までの俺は自分をまるで阿良々木暦のような人間もどきの存在だと思っていたが、そこがまず間違っていた。
俺は種族としてはエピソードに近く、どちらかと言えば吸血鬼寄りの存在。にも拘わらず、憧れから自身を正確に判断することが出来ていなかった。
吸血鬼の能力として挙げられるものはいくつもある。
最もイメージの強かった彼女が出来ていたことは、肉体の最適化、物質創造、眼力、変身、時間移動、魅了、そして眷属作り。
死体の、それも手首から先しかなくとも蘇生して見せた能力。
俺が間違っていたのは目指すべき相手だった。
俺が目指すべきなのは
しかし、俺がまがい物である事実は変わらない。
変身能力も眼力も魅了も、吸血鬼のスキルすら十全に使いこなせない俺では、眷属など成功するとは思えなかった。
並行世界のように出来損ないのゾンビに成り果てるのが関の山だろう。
それに、成功したとしても彼女は吸血鬼となり、一生太陽に呪われた体で生きていかなくてはならない。二度と、日の目を見ることはないだろう。
でも、それでも、万に一つの可能性を無視できるわけない。もう、これしか方法は残っていない。今の俺には羽川を呪われた体で蘇らせるか、すべてを失うかの2択しか残されていない。
だから、今から行うのはすべて俺個人のためだ。決して羽川を思ってのことなんかじゃない。ただ、俺が羽川と一緒に居たいから、彼女の笑う顔を、怒る顔を、照れた顔を、羽川翼をいつまでも見守りたいから。
失敗すれば責任は全て俺の物だ、俺だけが彼女のために命を費やしていいんだ。彼女を思って死ねるのは俺だけだから。
俺達を中心に血製で作ったドームを作る。
吸血鬼にとって、眷属づくりは貞操に関わることらしい。となれば、俺自身はどうでもいいが、彼女に恥をかかせてはいけない。
「鬼人少年! 何を、早まってはいけない!」
勘違いしてくれるなよ、オールマイト。何も自殺しようってんじゃないさ。たとえトップヒーローでも他人の情事を覗き見るような真似は勘弁してくれ。
完全に閉じきる前に、オールマイトと緑谷を一瞥し、手出しは無用だと伝える。
息絶えた羽川を抱え、乱れた髪を直す。曇り一つないその美しい顔は、表情がなきゃやっぱり映えないな……
眼鏡だって割れちまってるし、髪の毛だってずたずただ。それでも、美しい。どんなに傷を負おうと、乱れていようと、死んでいようとも彼女は美しい。でも、俺が見てきた中じゃ、生きている羽川翼が一番だ。
覚悟を決め、彼女の喉元に牙を立てる。
口に流れ込む不愉快な血の味となれない吸血行動だが、彼女を思えば何一つ苦ではない。
大丈夫……たとえ目を覚ましてくれなくても、成功しなくても、一人にはしない。
羽川と一緒なら天国だろうと賽の河原だろうと、一緒に居てやる。
だからさ、もう一度俺に微笑みかけてくれ。
USJの中心部では立ち尽くすオールマイトと謎の赤いドームという異質な空気が漂っていた。
「ここで……何があった?」
ヴィランとの戦闘を終えた轟がオールマイトを発見し、駆けつける。
散乱する血と肉片、辛うじて息をしている最初に見たあの脳みそのヴィランに事の異常さを感じ取り、緑谷達に尋ねる。
「鬼人ちゃんが……あそこの脳みそのヴィランと戦ったの……」
「じゃあ、あれはなんだ……」
「……中に鬼人ちゃんと羽川ちゃんがいるわ……これ以上は、ごめんなさい」
「あ、あぁ、ワリィ……」
俯き続ける緑谷と口を閉ざす蛙吹にこれ以上聞くにはなれなかった。
およそ2、3分が経っただろうか。
赤いドームにヒビが入る。その勢いは止まらず、ドーム全体にヒビが入り、崩れ去る。全員が息を飲み、その中身を確かめる。
「……ッ!」
「……羽川、さん……!」
赤い結晶が散らばるなか、その中心には膝をつき羽川翼を抱える鬼人狭間がいた。
どこか悟ったような表情で、慈愛に満ちた目をしながら、傷一つない彼女の体を抱きしめていた。