猫の少女に拠り所を   作:ムカサキ

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はざまリゾルブ

病室のベッドで眠る羽川翼を見つめる。

 その安らかに眠る姿は先程まで文字通りに死闘を繰り広げたことを考えると、本当はダメだったのではと不安になってしまうほどに穏やかに眠っていた。

 

 彼女から発せられる呼吸音と心拍数を指し示すモニターが彼女の生存を示している。この二つがなければ、いくら体は問題なくとも俺は不安でしょうがないだろう。

 

 彼女を眷属にすることに成功した俺は、オールマイトの制止する声も聞かずに作り出した翼と血のベールで彼女に日光が当たらないよう猛スピードでリカバリーガールの下へ急いだ。

 

 リカバリーガールにはコスチュームはボロボロだが無傷の羽川と、血の使い過ぎと飛行・血製操作の両方を行ったせいで脳がパンクしぶっ倒れた俺の両方を介抱させる羽目になってしまった。無傷の羽川をどう対処すればいいか迷ったそうだ、とりあえず寝かせといたらしいが。

 

 ……USJの自分を振り返れば、本当に最低だ。

 調子に乗って考えればわかるようなことに気づかずに羽川の手を取り損ねた。おそらく羽川は猫の聴覚を利用し飛ばされた後も即座に駆け付けたのだろう。そうなれば、あの時羽川の手を俺が掴めていれば、彼女と共に行動できたはず。怒りに我を忘れていたが、羽川を傷つけた脳みその大男は俺なら完封できた。

 

 つまり、俺が羽川と一緒に居れていれば、羽川は傷など負わなかったし、緑谷たちにも精神的に負担をかけることなどなかった。

 

 考えが甘かった。俺は今まで、なんとなく彼女がテロリストなどではなく順当に称えられる人になってほしくて、この世界におけるメイン職業であるヒーローに一緒に目指してもらった。

 しかし、羽川翼はこの世界でも稀有な自己犠牲を完璧に出来るヒーローになることを失念していた。誰かを守りたいとか、今回のように友達を助けたいとか、そういうことを抜きにして、羽川は自分の命を捨てることが出来てしまう。道端の猫を埋葬するのが当然のマナーだと考えるように、ヒーローは他人のために命を捨てるものだということをルール的に行動できる彼女では、ヒーローという職業はあまりに危険だ。

 

 しかし、彼女の自己犠牲は根っからのものであり、無くせるものではない。

 羽川翼が委員長であることが一つの属性として確立されているように、あの精神性も彼女を構成する一つだから。

 

 それでも俺は納得できない。ヒーローとしては一流の考え方でも、泥臭く生きる人間としては3流だ。俺だって命に優劣は付けてしまうだろう、見ず知らずの人間と羽川とでは雲泥の差で贔屓してしまう。吸血鬼に傾いたとはいえ、根は変わらない。人を食糧に見たりなどできないし、有象無象だとも思えない。

 

 あの時痛感した……俺では阿良々木暦にはなれない。

 今までだって、頭のどこかで思っていたことが一気に解放した。俺は正義の味方になんてなれないし、なろうともしていなかったんだということに。俺はただ、追うことが出来なかった夢を、緑谷や羽川と過ごす青春時代らしきものを求めていたんだ。

 

 ……きっと羨ましかったんだと思う。彼のように誰かを守ることを厭わない心に、想ってくれる者がいることに、波乱万丈な人生に。憧れとは違う、もっと、下心に満ちていたんだ。

 

 ニヒルを気取ってカッコつけたり、情けない姿を見せたり、ユニークな人間でいられるよう頑張ったけど、結局のところ、俺は鬼人狭間にしかなれないんだ。

 この十年近く過ごしてきた人間性は変えることは出来ないし、既に俺の物になっている。気取ったりバカやったりすることはあるさ。

 

 ……でも、もう目指すことはやめる。

 俺は阿良々木暦じゃない。人間もどきな存在じゃないし、リンクするパートナーもいなければ、交友関係だって狭い。あふれ出る正義感何て無いし、加害者のことまで慮れない。ギャグセンスだって低くて、機転の利いたツッコミも出来ない。

 

 無いものだらけで、出来ないことだらけの俺だ。

 でも、今の俺には彼が出来なかったことが出来る。羨ましいかった彼でも出来ないたった一つの行動が。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 羽川を運び込んで、数時間が経った。俺が気絶して2時間ほど経ってから目が覚め、1時間は過ぎただろう。

 緑谷たちも目が覚めるのを待つと言っていたが、こっちにも事情があるから出て行ってもらった。あいつらには悪いが、まだ成功したとは限らない。もし失敗していれば、雄英には悪いが約束したしな。これ以上、破るわけにはいかないんでな。

 あいつらには負担掛けさせちまったが、少なくとも俺と話している限りでは目を背けることもなく、決意に満ちた目をしていた。あいつらならきっと大丈夫だろう。

 

 

 部屋は静寂に包まれており、心拍数の音が鳴り響く。

 

「……んぅ」

 

 意識を手放しかけた時だった。

 

「鬼人……君?」

 

「羽、川……」

 

 ダメだ、こらえきれない。

 どれだけ覚悟を決めたとしても、こみ上げる不安は消えないし、後悔も湧き続ける。羽川のたった一言だけで、安心に変えることができる。

 

「そっか、鬼人君が助けてくれんだね」

 

「……違う。俺は間に合わなかった」

 

 羽川にこれ以上負担などかけてはいけないのに、口からは残る後悔が零れる。

 

「でも……今、私が生きてるのは鬼人君のおかげだよ」

 

「でも」

 

「デモもストライキもないよ。日ごろから私に自信を持てって言ってるのは鬼人君の方だよ。それに、間に合わなくても手放さなかったでしょ」

 

 いつの時代の返しだよ……やっぱり羽川には勝てないな。

 

「……ダメかと思った。あの時、もう羽川とは会えないんだって。万に一つにかけたけど、頭じゃ無駄だって声がしてさ」

 

「俺じゃ羽川を助けれないってずっと不安で、自分を信じれなくて……怖かった」

 

 もう二度と羽川と話せないことが怖かった。心中することに恐怖がなくとも、羽川が居なくなることを受け入れられるわけじゃない。

 

「本当に、よかった。でも手放しで喜べるわけじゃないんだ……」

 

「大丈夫、分かってるよ」

 

「え?」

 

「多分なんだけど、眷属……かな? 吸血鬼の死者蘇生ならそれくらいじゃない」

 

 全部お見通しか……でも、どうしてそんなに平気でいられるんだ。

 もう、太陽の下には出られないのに……人間から外れてしまったのに。

 

「私はまだ理解が薄いから、ブラック羽川さんに変わるね」

 

 そういい、突然個性を発動し、ブラック羽川へと変化する。

 

「んにゃ? 俺の出番か? さっきまで働きづめでもうちょい休ませてもらいたいにゃ」

 

「働きづめって、どういうことだ? 羽川を蘇生して4時間は経っているが……」

 

 ブラック羽川の発言に疑問を持ち、聞く。

 

「あー、お前はご主人が吸血鬼になったと思っているにゃ? まぁ、当然の考えにゃ」

 

「思っているって……じゃあ、羽川は人間のままなのか!」

 

「ざっくり言うとそうにゃ。けど、それまでには結構にゃ過程があったんだにゃ」

 

 突然の吉報に驚きを隠せない。てっきりこれからの羽川の生活とか保護者の問題でどうしようか考えていたのに。

 

「少し長くにゃるが、一応聞いとけ」

 

「も、もちろんだ、聞かせてくれ」

 

 

 そうしてブラック羽川は語りだす。

 

「まず、お前は羽川を眷属に出来たと思っているがその時点で違う。そもそもお前の個性じゃ健全な肉体の人間をギリギリ眷属に出来る程度のものだろう」

 

 なるほど……そもそもの純度の低い俺では効果も低いと……

 

「瀕死のご主人じゃ、吸血鬼の特徴である肉体の最適化だけで精一杯で、そこで吸血鬼性をほとんど使い果たしてんだ」

 

「それでも、ほんのちょっとでも吸血鬼の力が残っていれば、瞬く間に増えちまうだろうよ。そこで俺の登場ってわけにゃ」

 

「ご主人に残った搾りかすのような吸血鬼性を俺が完全に消え去るよう、エニャジードレインで無理やり吸いつくしたっつーわけにゃ」

 

 いや、待て。いくら消えかけとはいえ、障り猫と吸血鬼ではランクが段違いのはず。戦力では分からなくとも、存在としては圧倒的に格上のはずだ。

 

「まぁ、お前の疑問も分かるにゃ。吸血鬼の力がバケネコの個性である俺に吸い尽くせるわけがにゃいと。けどよぉ、いくら強くても意思もねぇ奴を殺すくらいは訳にゃいってことだにゃ」

 

 つまり、生まれたての赤子なら鬼でも龍でも首を絞めれば容易いってことなのか。

 

「いいか? こいつは俺様がめちゃくちゃ頑張ったからできたことにゃんだぜ? 意思はなくとも生存本能でガードしやがるから、てこずったにゃ」

 

 それが眠っている4時間にあったことなのか。

 

「まぁ、これでチャンチャンと終わらにゃいからきついんだけどにゃ」

 

「既に蘇生したご主人の肉体には吸い尽くしたエネルギーの行先がなくてにゃ……ちょっとよくわからにゃいもんが生まれちまった」

 

 よくわからないって……まさか。

 

「そいつはご主人の奥底で眠ってやがるんだがにゃ、こいつの場合生まれた直後でも意思を持っていやがったにゃ。それも、俺の上位種である虎、一目見ただけで分かったにゃ。こいつは俺と同じタイプだって」

 

 苛虎……まだ眠れる虎とはいえ、危険な存在だったはず。

 

「どうも、ご主人がまだレベルに達してにゃいとか言いやがって、傍観決め込むようだし、ひとまず敵意はにゃいようだけどよぉ……」

 

 簡単に安心できる相手ではないな。

 それでも、羽川が縛り付けられるようなことはなくなったことは喜ぶべきことだろう。俺個人としてはたとえ植物状態になった羽川でも愛せるが、それでも彼女がお天道様の下に出られるのなら、それは素晴らしいことだ。

 

「まぁ、俺からはこんくらいだ。ご主人も変わってほしそうだし、いい加減休ませてもらうにゃ」

 

 悪いな、疲れてるところを。

 そうしてブラック羽川は引っ込む。あいつも羽川のために頑張ってくれたんだ、俺も勇気出さねえとな。

 

「ふぅ……ブラック羽川さんには悪いことしちゃったな」

 

「まぁ、体の中のことは一番理解しているのはあいつだろうし、説明するんじゃ仕方ないとこもあるだろ」

 

「そうかもしれないけど……今日はもうゆっくり休ませてあげなきゃね」

 

 もうブラック羽川は寝たのだろうか。

 

「そのー……羽川よ。病み上がりで悪いんだけど、俺の話も聞いてくれないか……?」

 

「いいけど……どうしたの?」

 

 落ち着け、俺。急激に上がる心拍数を落ち着かせようと必死になるが、激しさは止まることを知らずに、上がり続ける。昔からこういう本番に弱い。

 

「その……なんというか……今日の出来事でさ……えっと……」

 

 緊張を紛らわせようと勝手に手が動いてしまう。言葉も上手く出てこない。

 

「鬼人君、大丈夫だよ。ゆっくり、少しずつでいいから」

 

「わ、わりぃ……」

 

 覚悟決めたんだろ、逃げるんじゃねぇ。

 大きく深呼吸をし、口を開く。

 

「羽川はさ、いつか言っただろ? 友達のためなら死ねるって」

 

 正確にはその人のために死ねなければ友達とは言わないだったけど。

 

「だから、羽川は緑谷たちを守ったんだろ?」

 

「ヒーローを目指すものとしてもあるけど、概ねそうだね」

 

「それ自体はダメだとは思わないし、凄いことだってのはわかるんだ。でも、俺はもっと自分の優先順位を上げてもいいと思うんだ」

 

 別に緑谷たちを助けてほしくないとかではなく。

 

「俺さ、羽川ともう会えなくなるかもしれなくなって、気づいたんだ。最初は、尊敬と憧れだったんだ。お前以上に凄い奴に出会ったことなんてなくて、俺にとってはオールマイトなんかより全然上で、俺なんかお目にかけてもらえるだけでありがたいって思ってたんだ」

 

 呼吸が乱れ、足が震える。

 

「でも、俺にとって羽川翼はさ……は、初めて……」

 

 ここで言えなきゃ一生後悔する。言うんだ、俺! 

 

「初めて、好きになれた人なんだ。人として、い、異性として」

 

 顔が燃えるように熱くなる。きっと鏡で見たら耳まで真っ赤になっているだろう。

 

「だから、お前ともう会えないなんて考えたくない。命に優劣なんて付けちゃいけないかもしれないけど、俺は羽川の方が大切なんだ」

 

 今まで下を向いていたが、こんな時くらいは顔見て言わなきゃいけないだろう。

 俺が前を向くと、目の前には俺以上に顔を真っ赤にして、口をぱくぱくさせる羽川がいた。もう後戻りなんかできないんだ、言えるだけ言ってしまえ。

 

「だから、その……俺と付き合っては……貰えないだろうか」

 

 震える声で言い切る。

 

「いい、の? 私なんかで……」

 

「なんかじゃない! 俺は羽川が、好きなんだよ。羽川の全部が好きなんだ」

 

 その気持ちには一点の曇りもない。

 

「……私ね、鬼人君と会う前はさ、生きていてもなんにも楽しくなかったんだ。どんなに頑張っても褒められることなんてなかったし、保護者も私なんていないほうがいいと思われているのが、ひしひしと伝わって来てたの」

 

「でも、鬼人君と出会ってからはひっくり返るように変わったの。初めて友達が出来て、私と話してて楽しそうにしてくれる人に出会えて、本当に嬉しかった」

 

「私にとって、鬼人君はね、紛れもなくヒーローなんだ。一人ぼっちの私を見つけてくれた、世界でたった一人の初恋の人なの」

 

「え……」

 

「ずるいよ、自分から言うなんて。私だって、鬼人君の全部が好きだよ。私を包み込んでくれる王子様だって」

 

 は、はは……こんなご都合主義見たことねぇよ。

 

「返事、してなかったね……不束者ですが、よろしくお願いします」

 

 泣きつくしたはずなのに、また決壊する。

 

「こちら、こそだよ……」

 

「もう、泣き虫なんだから」

 

 うるせぇやい。羽川だってちょっとうるってきてるじゃないか。

 

「そうだ、鬼人君」

 

「な、なんだよ……」

 

「私ね、昔から気になっていたことがあるんだ……」

 

「なにがっ……!!!」

 

 突然の行動に倒れそうになるのを彼女が体を引っ張る。数秒経って俺の体は離され、尻もちをつきそうになる。

 

「やっぱり詩的表現だね……レモンの味はしないや」

 

 俺が考えていた以上に、彼女は大胆で乙女だった。

 

 

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