アイテムボックスという物を知っているだろうか。
かつて創作の世界にしかなかったもの。
ダンジョンからスキルオーブが発掘されるようになった今でも、庶民には手の届かない高級なもの。
そのアイテムボックスという物は、何でもかんでも入れておける便利な倉庫の事だ。
剣でも銃でも住民票でも、そこに入れときゃいつでもどこでも取り出せる。
雨が降れば傘を取り出し、喉が渇けば水を取り出し、終電逃せば自転車を取り出す。
「あったら便利だなぁ」と、誰もが夢見る超絶神スキルの一つ。
そんなアイテムボックスが、ある日突然頭の中にできた。
といっても、頭に穴が空いて物入れができたってわけじゃない。
思考の片隅に、方眼紙型のゲームのアイテム画面のようなものが浮かんで見えるようになったのだ。
俺以外の誰にも見えないこれには、一マスにつき一種類のものを入れることができた。
箱や袋に入れておけば、別々の物でも不思議と一マスに収まるようだった。
「いらっしゃいませ」
「揚げ鳥クンレッドください」
「かしこまり」
俺は実験のために朝のコンビニでお茶とおにぎりと唐揚げを買い、全くやる気のないバイトのエルフお姉さんから袋を受け取った。
昼に大学のベンチで取り出した唐揚げは、今買ったばかりのようにホカホカだった。
どうやらこれは時間停止系のアイテムボックスらしい。
こんな力がなぜ俺にあるのかはわからないが、あるものはあるのだから仕方がないよな。
誰に迷惑かけたわけじゃなし、返納する先があるわけでもなし。
俺は降って湧いた幸運にポンと身を任せ、毎日手ぶらで重いもの買い放題の最高の暮らしを始めたのだった。
そんなアイテムボックスに異変が起きたのは、使い始めて三ヶ月ほど経った冬の日の事だ。
骨まで凍えるピザ屋のバイトから帰り、なんとなくゲームの電源を入れたらあっという間の午前二時。
遊んでいたテレビゲームをメニュー画面で止め、ちょっと一服しようとした時の事だった。
「あれ? ミカンが箱ごとなくなってる」
腐らないようにアイテムボックスに入れていた、実家から貰った箱入りミカンが、どこにも見当たらなかったのだ。
その代わりにアイテムボックスに入っていたのは、まるっきり入れた覚えのないオレンジ色の缶ジュースだった。
冬だから熱々の缶コーヒーぐらいは二、三本入れてあるが、見るからに炭酸飲料っぽい色合いのこの缶ジュースは買った覚えどころか見た覚えもない。
俺はコタツの上の雑多なものをかき分けるようにしてどかし、空いたスペースにそれを取り出した。
ごろんと転がるオレンジの缶を手に取ってみると、それはずっしりと重く。
不思議な事に表にも裏にもプルタブが見当たらない。
「なんだろマジで、ジュースじゃなくて缶詰?」
表面に書かれた文字は日本語でも英語でもないようだ。
スマホで翻訳してみようと思い、それを机にトンと置いた瞬間……
カシュッと軽い音がした。
置いたはずみで栓が抜けたのかと思ったが、そうではなかった。
それは変形していたのだ。
缶ジュースの腹の部分からは水色のピストルグリップが飛び出し、飲み口に当たる部分からは同じく水色の銃口が飛び出していた。
「おもちゃか……?」
銃の形に変形した缶ジュースのグリップを掴んで壁に向ける。
インターネットでこういう色合いの銃のおもちゃを見た事があった。
これもあれと同じように吸盤付きの弾が飛び出すんだろうか?
興味本位で壁に向けて引き金を引くと、銃は『ヴンッ!』っというモーターが回るような音と共に一瞬だけ振動した。
「あれ?」
弾が当たったような音はしなかったのだが、なんだかアイボリー色の壁紙の一点が黒くなっているような気がした。
「やべ……弾めりこんだ?」
慌ててコタツから立ち上がって壁を見に向かうが、弾はどこにも見当たらない。
そう……弾はなかったんだ、弾はな。
俺がこわごわと壁紙にできた黒いシミに顔を近づけると……
壁にぽっかりと開いた二センチほどの穴からは、キラキラと瞬く冬の星空が覗いていた。
まさかの実弾発射に怖くなった俺は、缶ジュース銃をアイテムボックスにしまって布団の中で震えていた。
「これ、やべーんじゃないの……」
もしかしてこの力、アイテムボックスとは全然違うんじゃないか。
そう思った俺は眠る事もできないまま、アイテムボックス(仮)の画面を弄り続けていた。
「おっ!」
震えながら頭の中でアイテムの順番を移動させて整理をしていた時、唐突に画面に変化が起こった。
アイテムの画像の隣に説明文が浮かび上がったのだ。
コンビニで買ったお茶の隣には『カントリー ブレンド玄米茶』という文章が表示されていた。
お茶の画像から意識を外すと説明文はフッと消える。
「どうやったら出るんだ?」
うんうん唸っていると、今度は菓子パンの隣に『カワザキ マヨタマソーセージ』と文章が出た。
どうやらアイテムボックスの画像を凝視すると説明が出るようだ。
さっきの缶ジュース銃を凝視すると、そこには『パラス 分子置換波射出装置』と書かれている。
「射出装置……? 銃じゃないの? もっと情報は……」
詳細情報が折りたたまれていたりしないのかと画面を弄くり回すと、説明文の下からボタンがポップアップしてきた。
「KEEP? なんでここだけ英語なんだ?」
KEEPと書かれたボタンを凝視すると、黒色のボタンは赤色に変わった。
「うーん……わからん」
時計を見るともう三時だ。
俺は無理やり目を閉じ、アイテムボックスの画面も無視して思考を止めた。
心臓がバクバクとうるさかったが、バイト後の体はしっかりと疲れていたようで、俺はいつの間にか眠りに落ちていた。
恐怖のSF銃発射事件より一週間後の事だ。
うちの玄関にはネット通販で届いた訳あり品のミカンの箱が三つ置かれていた。
訳あり品とはいえ、六キロもミカンを買うと学生の懐にはちょいと痛い。
だが俺は、どうしてもこのアイテムボックス(仮)の秘密を解明せずにはいられなかった。
あまりにもよくわからない物をずっと使い続けるってのは、正直怖いからな。
目を閉じて深呼吸し、俺はまず一箱をアイテムボックスに入れてKEEPボタンを押した。
そしてもう一箱をアイテムボックスに入れ、そのままにした。
最後にもう一箱を開け、中からミカンを五、六個取り出した。
これは俺が食べる分だ。
前回アイテムボックスにミカンを入れてからも五日ぐらいは無事だったのだから、多分こうして準備をしたってすぐに動きがあるわけではないだろう。
そうわかってはいても、逸る気持ちは抑えられない。
俺はコボルトの女芸人二人組のコントが流れるテレビと、視界の隅に浮かんだアイテムボックスの画面を二窓で眺めながら監視を始めた。
ネットオークションで物を競り落とす時のような気持ちでドキドキしながらミカンを剥いて食べていると、なんとアイテムボックスの方にすぐに動きがあった。
「マジかよ!」
ミカンが一箱なくなり、代わりに見慣れぬ長方形のものが追加されていたのだ。
「なんだこりゃ……」
それはアイテムボックス画面では単なるカラフルな棒にしか見えなかった。
凝視すると『ヤパブリンカ(34g)』と説明が出る。
どういう事なんだ?
疑問に思いながら取り出してみると、机の上に色とりどりのプラスチックの棒のようなものが数十本出てきて乾いた軽い音を立てた。
手に持ってよく見てみるが、見た目はまるで麻雀の点棒のようだ。
表面に刻まれた見慣れない文字をスマホの翻訳アプリに読ませてみるが、残念ながら認識しないようだった。
「価値があるのかないのかもわからんな」
プラスチックの棒をアイテムボックスに移し、ついでに机の上にあったミカンの皮もしまう。
ゴミなんかもこうして全部アイテムボックスにしまっておけば匂いもしないし、後でデカいゴミ袋の中に出すだけでいいのだ。
俺が編み出した横着なアイテムボックスの使い方だった。
もう一度アイテムボックスを確認するが、もう一箱のミカンはなくなっていない。
やはりKEEPボタンには物を留めておく効果があるようだった。
「おっ!」
謎が一つ解明した事に安堵したのもつかの間。
俺はまたアイテムボックスに見知らぬ物が入っている事に気づいた。
「今度は何だよ……」
なくなっていたのはさっき入れたミカンの皮。
そうして入ってきたものは……
『ポプテ 雄(冷凍)』と書かれた、氷漬けの茶トラ猫だった。
「つまりあんたが俺を
人語を喋る茶トラ猫型の宇宙人。
そう言う他ない生き物が、俺の眼の前でコタツに座っていた。
俺の枕の上に重ねた座布団に尻を置いて天板の上にぴょこっと体を出したこいつは、アイテムボックス(仮)に入っていたあの氷漬けの茶トラ猫だ。
「まあ、自然解凍でだけど……」
「乗ってた船に海賊の次元潜航魚雷が着弾したってとこまでは記憶があるんだけどさぁ。冷凍されてたって事は、うちの身内から身代金取ろうとして取れなかったんだろうね」
なんて事をニャッハッハと笑いながら話す猫型宇宙人は、片手の肉球に湯呑を吸い付けるようにして持ち上げてお茶を飲んでいる。
一体どうやってるんだろうか?
「いやー、しかし助けられたのが汎用言語
「インプリントって?」
「口頭言語ってのは思念言語に比べてパターンが少ないからさ、船乗りになる時にみんな脳に知識として焼き付けるんだよ。どこ行っても会話できるようにね」
「へぇ~」
そりゃ羨ましい、俺も大学で講義取ってる言葉だけでもいいから焼き付けてほしいもんだ。
「しかし自分で言うのもなんだけどさぁ、よくこんな見知らぬ怪しいポプテを助けようとしたよね。しかもこの星、まだ
「見た目じゃ宇宙人かどうかとかわかんなかったし。背中の模様が前に飼ってた猫に似てたからさぁ、なんかほっとけなくて……」
そうなのだ。
アイテムボックスの中の画像で見たときも、どことなく似ているなとは思っていたのだが……
実際冷凍状態の彼を外に出してみたらもう、大きさから毛並みから、背中にある火星みたいな丸い模様に至るまで。
最近まで実家で飼っていた、マーズという猫にしか見えなかったのだ。
その瞬間から俺はこの猫がどうしても他人、いや他猫とは思えなくなっていた。
実家のマーズは餌も食べられないぐらいに弱った後フラっといなくなってそれっきりだったのだが、俺はこっちのマーズは解凍してからちゃんと庭に埋葬してやろうと思っていたのだ。
ぶっちゃけ解凍したら生き返って風呂場でにゃあにゃあ騒いでいたのは完全な偶然だ。
「そのさあ、
「君……いやポプテ? によく似てる動物なんだけど」
俺がスマホの待ち受け画面になっていた今は亡きマーズの写真を見せると、彼は肩をすくめて首を振った。
「これがポプテと似てるって? 全然違うじゃん」
「そっくりだろ」
「いやいや、無理があるでしょ」
冗談はよしてくれと言うように、猫にしか見えない生き物は目を細めて肩を揺らして笑った。
正直俺はポプテと猫で違うところを見つける事が難しいぐらいなんだが、本猫からすれば大違いなんだろうか?
「あんたさぁ……あ、個体識別名とかある? 原語類型的にそういう文化圏でしょ?」
「俺、川島
「ふんふん、カワシマトンボね」
二十年もこの名前で生きてきてもう慣れたが、俺はいわゆるキラキラネームだった。
「そっちの名前は?」
俺が聞くと、彼は前足で髭をしごきつつ、鼻をヒクヒクさせて答えた。
「ポプテの個体識別情報は全部匂いに紐づいてるんだよな。銀河の中じゃ数も少ないから、他種族にも『ポプテ』以外の名前で呼ばれる事はほとんどないんだよ」
「じゃあ名前ないんだ」
「発音できるのはね。ま、トンボは好きなように呼んでいいよ」
「それじゃあマーズって呼んでいい?」
もしかしたら俺の知る猫のマーズよりも、目の前の彼の方が年上なのかもしれないが……
俺にはもう、彼が猫のマーズの生まれ変わりにしか思えなかったのだ。
「トンボが飼ってたっていうポプテ似の動物と同じ名前か、いいよ」
彼は机の上に置いていたスマホを小さな手に持ち上げ、待ち受け画面をしげしげと眺めた。
「ポプテには『毛皮十ぺん』って言葉があってね、同じ魂は同じ毛皮で十回生まれ変わるっていうんだよ。トンボの飼ってたマーズも次はポプテに生まれてくるかもね」
「へぇ~」
「あ、そうだ、これって情報端末でしょ? 星図出してくんない?」
「星図って?」
「銀河系の地図だよ、
俺がスマホで銀河系の星図を検索してマーズに見せると、彼は肉球で器用に画面を操って渋い顔をした。
「これもしかして……この二次元図が一般的な星図?」
「そういうのしか見たことないけど」
「一つ聞くけど、仕事でも旅行でもいいんだけど、宇宙って行ったことある?」
「ない。昔は月にまで行ってたらしいけど、最近は宇宙開発も下火だって聞くから個人が宇宙に行ける日はまだまだ遠いだろうね」
「軌道上に宇宙港とかないの!? 地上からの短距離転移装置は!?」
「そういうのは地球じゃあまだまだお話の中の事だなぁ」
「マジかよ……」
マーズはわかりやすく落ち込んで、机の上にうつ伏せで寝転がった。
呼吸とともに上下に動く毛皮を優しく撫でると、手を尻尾ではたかれた。
「もしかしてこの星、
「そうだけど……」
「マジかよっ!」
叫びと共にマーズの尻尾はピンと天を突き、しなしなと力を失って机に垂れた。
「……トンボはさぁ、なんで異星人にあんまり驚いてないの?」
「驚いてるよ」
「宇宙進出直前ぐらいの未開地の人間に捕まったら、解剖されて標本にされるって聞いてるんだけど」
そういう認識も二、三十年ぐらい前だったらあながち間違いとは言えなかったのかもしれない。
「まあポプテって種族は猫にそっくりだしさ、それにダンジョンができてから異種族の人達はいっぱい地球に来てるから」
そう言いながらテレビの電源を付けると、ちょうどやっていたお昼のワイドショーの
マーズはごろんと横を向いてテレビに顔を向けた。
「彼は何星人?」
「ダンジョンの向こうから来た異世界人だよ。帰化した
「こういう人がいっぱいいるからびっくりしなかったって事? あっ! 彼らの世界に宇宙船は……」
「うちの世界が一番科学技術が進んでるって話だったけど……」
持ち上がりかけたマーズの尻尾は再びぺたんと机に落ちた。
「そういや俺って、どうやってこの星に来たの?」
「そりゃあ俺のアイテムボックスの中に……」
「アイテムボックス?」
俺がマーズがここにやってくる事になった経緯を最初から詳しく説明し始めると、コタツに入り直した彼はそれに静かに耳を傾けた。
アイテムボックススキルの発現から様々な実験、銃の暴発事故からマーズの解凍に至るまでを話す途中、彼は俺に一切の質問をしなかった。
そうして全てを話し終えた時、マーズは難しい顔で目を閉じ、額を肉球で抑えていた。
「まあだいたいこんなとこかな」
「トンボのそれ、アイテムボックスって
「えっ?」
薄々そうじゃないかとは思っていたが、やはりそうだったのか。
「それは多分、
「それって?」
「詳しいことは知らないけど、そのスキルを持つ者だけがアクセスできる
「俺のは入れといた物が別のものに変わってるだけなんだけど……」
「じゃあトンボのスキルは制限版なのかもね。出品だけができる……フリーマーケット……いや、ポプテの死体捨てに使われるような場なら、ジャンクヤードかな?」
ジャンクヤードか……どうせなら好きな物が買えるスキルなら良かったのにな。
それならコツコツやっていけば、いつかマーズに宇宙船を買ってやれたかもしれないし。
「俺の他に交換された物ってどんな物だった?」
「えっと、この銃と、この点棒」
「銃に……点棒……? これ、マジ?」
マーズは点棒を肉球にくっつけて持つと、嫌そうな顔でそれを見た。
「銃の方はよくわからんけど、これパハブリンカでしょ?」
「ヤパブリンカって書いてたけど」
「なお良くない、クソヤバい麻薬だよ。銀河一般法では所持だけで死刑。一生ジャンクヤードに入れてた方がいい」
「げっ!」
俺は急いで点棒と銃をジャンクヤードの中に片付けた。
「これでわかったよ。トンボのジャンクヤードにアクセスしてるのは海賊だ」
「海賊!?」
「ああ、偽装銃に麻薬に、身代金の取れない冷凍ポプテ。いかにも海賊が持ってそうな物ばっかりでしょ?」
言われてみればたしかにそうだ。
「でも逆に言えば……」
マーズはニヤリと笑って短い短い指をピンと一本立てた。
「海賊なら海賊船も持ってるって事でしょ?」
「海賊船!?」
宇宙の海賊船を想像して、俺はドキッとした。
小さな子供の頃の夢を思い出したのだ。
あの頃の俺の夢は、左手に仕込まれたマシンガンで敵を倒し、宇宙の美女のピンチに颯爽とかけつける、かっこいい宇宙海賊になる事だった。
人は夢を忘れて大人になる生き物だ。
だが、その夢を本当には忘れる事ができないのもまた、人という生き物だった。
「ねえトンボ、そのうちでいいからさ、もし船が手に入ったら最寄りの
「あ……ああ、いいよ」
マーズの肉球とギュッと握手を交わした。
だけど、俺は別にお礼なんてなくったって送ってってやるつもりだった。
喋る猫だろうと、異世界人だろうと、俺には彼が川島家の愛猫マーズの生まれ変わりとしか思えなかったからだ。
それとは別に海賊船にも興味津々だったが。
「そういやさぁ、この星の人らって何食ってんの? 俺どうも腹減っちゃって……」
マーズは小さなお腹を手で抑えながら、すまなさそうな顔でこちらを見上げた。
「逆にポプテって何か食べれない物あるの? 地球の猫はネギとかチョコとか駄目なんだけど」
「まあ船乗りは何でも食うよ。でも、石食うのは避けたいね」
冗談のつもりなんだろうか、マーズは得意げに口の端を曲げながら言った。
まぁ猫に見えるとはいえ宇宙人だしな。
一回人間と同じ物を出してみて、駄目なら猫缶でも買ってくればいいか。
「袋ラーメン……炭水化物ならどう?」
ジャンクヤードから取り出した袋麺をマーズに見せると、彼はフンフンと鼻を鳴らしながらパッケージ裏の成分表を読んだ。
「酵母エキスってのが何なのかわかんないけど、多分これなら転化装置なしでも食える。もちろん……炭になってなきゃだけどね」
またも得意げにそう言った彼をコタツに残し、水を入れた鍋に火をかけて換気扇を回す。
どこからともなく冷たい風が流れ込んできて、俺は裸足の右足を左足で踏んづけて暖を取った。
「あ……マーズ! 醤油と豚骨どっちがいい?」
「美味しい方で」
豚骨味の麺を鍋に入れ、シンクの上の窓をちょっとだけ開けると、外では太陽が隠れて雪がちらつき始めていた。
「ああ、今日バイトどうしよっかな」
雪を伴った風が吹き込んでくる窓を閉じると、また別のところから風が吹いてくる。
家賃四万、1LDK、隙間風の吹きまくりの貧乏アパートで。
ジャンクヤード使いの俺と宇宙猫のマーズ、一人と一匹の奇妙な暮らしはこうして始まったのだった。