「トンボはさ、なんでここまで人を助けに来ようなんて思ったの?」
「付き合うのはいいんだけどさ、別に俺もトンボもここの人達には義理も恩もないわけだろ?」
「そりゃあ、俺しかできない事だし……いや……見捨てると後に引きずりそうだから……いや……それも違うか……」
理由をつけようと思えば、いくらでも
でも、そうじゃない。
そこをブレさせてしまっては、ガクガク震えながらここまで来た意味がないような気がした。
俺は多分、しかたなくとか、人のためじゃあなく。
俺のために、俺の事情で
「多分だけど、頼りにされたから……かな」
「頼りに?」
「宇宙じゃどうか知らないけどさ。地球の、日本では、俺みたいな男が誰かに頼りにされる事なんて……多分、きっと、一生、なかったんだよ」
「そうかなぁ?」
「そうだよ。俺みたいな人間の人生はさ、きっと誰にも必要とされない人生だったんだ」
たとえ俺が誰かの隣に立てたって、どこかのポジションにつけたって、別にそれは本当の意味で必要とされてるわけじゃない。
誰だっていいから、とりあえず置いてもらっているだけだ。
役目を果たすのを諦めたって、バックレたって、舌打ち一つして次の人を探すだけ。
請われてそこに置かれる事なんて、一生ないと思っていた。
もちろん、俺とは違って生まれつき誰からも頼りにされる、掛け替えのないヒーローみたいな人間だっている。
サッカーが上手かったり、顔が良かったり、当たり前のように人と仲良くなれたり……そうなるように、努力ができたり。
でも俺は一生そうはなれない。
ゲームや漫画しか好きになれない。
人と胸襟を開いて接するのが苦手で、大学にも友達がいない。
世間体が許すなら、死ぬまでずっと気楽なピザの宅配をやっていたかった。
こんな誰にでも取って変われる俺の人生に、きっと意味なんかない。
二十年間そう思い続けていた。
今この時まで、ずーっとだ。
でも今ここで俺にしかできない事をやり遂げれば、少なくとも俺の人生には意味があったって納得できるんじゃないか。
今いる、
そんな考えが頭をグルグルし始めていた俺の耳に、なんだか心配そうなマーズの声が届いた。
「トンボ、そりゃちょっと悲観的すぎない?」
「そうかな?」
「そうだよ」
そうかもしれない。
俺はそう思って、少しだけ目を閉じた。
でもそうは思っても、すぐには変われないのもまた、俺だった。
「でも人から必要とされてないと、ずーっと思ってたからさ。かけられた期待には応えたいんだよ、多分ね」
「それって……上で待ってる人達の期待?」
「それと、自分からの……かな」
マーズはあんまり興味なさそうにふーんと言って、ポンと俺の腹を叩いた。
「何だか知らないけどさ、とりあえず満足するまでやってみたら? 悪い事するわけじゃないんだし、好きなようにしなよ」
「宇宙人って、あんまこういう事で悩まない?」
「人の事は知らないけどさ、船乗りは悩まないね」
マーズは肉球で髭をしごいて、つまらなさそうに言った。
「助け合うのも頼りにし合うのも、当たり前の事だよ」
「そういうもん?」
彼は手の爪を出したり引っ込めたりしながら、天井の岩肌を見上げた。
「こーんな狭い
「そうかな?」
「そうそう。だいたい、俺は最初からずっとトンボを頼りにしてるのにさ。つまんない事で悩んでんだから」
その言葉にじんわりと胸が暖かくなったような気がして、出かけた鼻水をズズっと啜った。
目を開けたり閉じたりしながら大きな岩を収納すると……バイザー型の力場にチカっと反応が出た。
進行方向の先に、大きな光点が四つ光っていた。
はじめて歩く、Aベースよりも先のダンジョンだ。
俺は物干し竿槍を低く構え、引けた腰をなんとか動かしながら光点に向かってゆっくりと進んでいた。
「誰かいますかぁ!」
呼びかけるが、自分の声が洞窟に反響しながら返ってくるだけだ。
光点に近づいてはいるはずなのに、なかなか相手とは出会えていなかった。
「聴覚補助使ってみる?」
「そんなのもあるの?」
「使いすぎると気持ち悪くなるけどね」
器用に俺の肩によじ登ったマーズがちょいちょいとヘッドホン型の生体維持装置をいじると、風や砂の流れる音や、虫の這う音が耳のすぐ近くで聞こえてきた。
「うわっ、これ気持ち悪いな……」
「あんま常用する人いないと思うな。こんなの自分ちで起動しちゃって、棚の裏とかから変な音したら最悪だよね」
それはあんまり想像したくないな……
額に人差し指を当てて集中して音を聞くと、膨大な自然音の中に何か途方もなくデカいものが歩き回る音が聞こえた気がした。
「なんか歩いてる」
「人?」
「いや、地響きもしてる。なんかめちゃくちゃデカいものがいる気がする」
「ヤバそうだね、用を済ませてさっさと引き上げよう」
「待った、もっかい聞くから」
なるべく足音に気を向けず、風の音に耳を澄ませる。
びゅうびゅうと吹く風の中で「おぉ……い」とか細い声が聞こえた気がした。
「おぉい! 誰かいるなら声出してくれーっ!」
呼びかけてから耳を澄ますと「こっち……こっち……」と声が返ってくる。
洞窟の中だからか、聴覚補助の特性かはわからないが、音が回って聞こえるせいではっきり場所はわからなかったが、俺はなるべく声が大きくなる方向へと進んでいく。
槍を収納し、両手で生体維持装置の周りに壁を作って集音に指向性を作った。
不思議な事に、この日ダンジョンに入ってから魔物は一匹も見ていなかった。
「え、ここ?」
「やばいじゃん!」
音を頼りに辿り着いた先には、崩落した岩が散らばっていた。
いくつか岩が重なった場所からはオレンジ色のテントの残骸が飛び出している。
という事は……生き埋めになってるのか!
崩落現場の前では、ヘッドライトを付けて槍とナイフを持った阿武隈さんと吉川さんが、何匹かの魔物の死体の横に座り込んでいた。
「あ……う……誰……?」
「川島です! 大丈夫ですか?」
「あ……テント……」
「今から助けます!」
俺は阿武隈さんと吉川さんを引きずって少し離れた場所に移動させ、岩を収納していってテントを掘り起こす。
潰れたテントの中にいた二人は、魔物対策で中に組まれていた補強用のパイプに守られたのか、崩落に巻き込まれた割には軽症と言えた。
もちろん色々な所の骨折や打撲はあるが、意識が戻らない吉川さんや、足が折れていて立てない阿武隈さんよりはマシだった。
しかしテントの二人も心の方は軽症とはいかないようで、震えながらわんわんと泣いて話もできない状況だ。
俺は歩けない二人を一人ずつ調達屋の看板に乗せて、引きずって
全員が満身創痍で、誰からも礼は言われない。
思い描いていたヒーロー像とは全く違う、血と汗と悪臭に満ちた、泥臭い仕事だった。
きっと多分俺が勝手に羨んで、勝手に恨んで、勝手に諦めた彼らも
俺が知らないだけ、知ろうともしなかっただけだったんだろう。
もう聴覚補助は切ったはずなのに、何かデカい物の足音がずっと響いて聞こえていた。
明らかな危機が、避けるべき危機が近づいていた。
考え込んだら二度と動けなくなるような気がして、俺はただ体だけをガムシャラに動かし、闇を駆けた。