迷歴二十二年の七月。
俺はピザ屋のバイトを辞め、大学がない日や夜は完全に社長業に集中するようになっていた。
会社の収入で金の心配がなくなったのもあるが、一番の理由はやはり、責任を持って食わせていかなければいけない身内以外の人間ができた事だろう。
人を使う者としての自覚を持て、という姫からの薫陶の影響も多大にあるけど。
とにかく俺はあの日から、昼間はダンジョンに出かけ、夜はふりかけを梱包しまくり、パワードスーツなんかの組み立てが必要な商品を組み立て、簿記三級の勉強をしたりとコツコツやってきた。
そしてその合間合間に姫様にお伺いを立て続け、リテイクを出されまくりながらもようやく通した計画を携えて……
俺は今日、夏でもほんのりと涼しいダンジョンへと訪れていた。
「調達屋、カップラーメンをくれ。シーフードでな」
「あ、こりゃどうも吉田さん」
吉田さんは元東三組で、俺がダンジョンで一番最初に物を売った眼鏡の男性だ。
彼は責任感のある真面目な人で、夏でもきちんとプレートキャリアを着込んでいた。
「吉田さん、実は常連さんだけに特別ないい話がありまして」
「え? 何……いいわ俺そういうのは……」
え? なんで!?
俺が一歩引いてしまった吉田さんにどう説明していいか迷っていると、下からマーズがすかさずフォローを入れてくれた。
「待った待った、トンボそれ怪しすぎ。常連さん向けの特別なカタログを作りましたって話でしょ?」
「あ、なんだそういう事か……」
そ、そんなに怪しいかなぁ……?
俺は首をひねりながら裏にカタログのQRコードが印字された自分の名刺を取り出し、それを吉田さんに手渡した。
「まあいいけど、これってこれまでの商品と何か違うの? 言っとくけどうちの財布じゃパワードスーツとかは買えないぞ?」
「そういうのも載ってますけど。どっちかというとこっちのカタログは数を揃えられない系の商品なんですよ」
「ああ、お前のとこの商品、テレビで紹介とかされてたもんな。装備もつけてない転売屋が手ぶらでダンジョンに来て大変だったんだからな」
「その節はどうも、ご迷惑をおかけしました……」
吉田さんは「まあいいけど」と言いながらスマホでQRコードを読み込んで、ペラペラとカタログを数ページ確認してから画面をこちらに向けた。
画面には『川島総合通商ロゴ入りマグカップ 十ポイント』と表示されている。
「これ、金じゃなくてポイントって書いてあるけど……」
「まあそれも色々ありまして、そっちのカタログはポイント制になりました」
「ポイントって何?」
俺は吉田さんのスマホに表示されたカタログを最後のページまで飛ばして、今のポイント交換レートを表示した。
「ここに書いてあるんですけど。こちらの必要な素材……今なら魔石ですね。それを卸して頂けたら、ポイントと交換します」
「魔石ってそんなもん……いやまあお前らなら使い道ぐらいあるか……」
「あと、うちでバイトしてくださったら、それでもお金とポイントを稼げます」
ピンと指を立ててそう言った俺を、眼鏡の向こうの吉田さんの目は胡散臭そうに見つめていた。
「はぁ? バイト? 俺ら冒険者だぞ?」
「別に吉田さん本人じゃなくていいんですよ、吉田さんの紹介がある身元の確かな人なら。正直今商品の梱包とか発送で、全然人手が足りてないんですよ」
「なんちゅう迂遠な……まあ、いいわ。そんで、どういう商品があるんだよ? オススメは?」
俺は待ってましたとばかりに頷いて、一本のナイフを取り出した。
「これ見てください、特殊金属製のナイフです」
「ナイフ?」
「これ、すごい硬いんですよ。滅多なことじゃ折れないし刃こぼれもしません」
「本当か?」
「見ててくださいよ」
俺は地面にナイフを置いて足で踏んづけ、バッテリー式のグラインダーを刃の部分に当てた。
普通なら火花が出るところだが、これはちょっと煙が出るだけだ。
グラインダーがフェイクじゃない証拠に、ガリガリと横の地面も削ってみせた。
「ね、全然傷つかないでしょ?」
「あー、まぁ、凄いのかも……それが
吉田さんはそう言って、胸のプレートをコンコンと叩いた。
そうか……これぐらいわかりやすい方がいいと思ったけど、ウケなかったか。
もっと個人個人のニーズを見極める力をつけなきゃな……
とりあえず、今日のところは
「それじゃこんなのどうですか? 襟につける個人用のエアコンなんですけど」
俺が襟元にクリップする構造のそれを取り出してスイッチを入れると、吉田さんはそれを手にとって自分の首元に当てた。
これは今俺も付けているのだが、冷たい風が結構強く服の中に吹き込むのでかなり涼しい。
「あ、これいい……」
「いいですよねこれ! 僕も今使ってるんですけど凄い快適ですよ」
「これほしい! これは何ポイント?」
「これは二千ポイントだから、魔石換算で一キログラムってとこだね」
「くぅ~、今の魔石の買い取りならだいたい八万かぁ……まぁそれぐらいするか……」
「他にも充電不要のヘッドライトとか、超強い殺菌力で匂いと水虫を防ぐ靴の中敷きとか、色々ありますよ」
「絶妙に欲しいとこ突いてくるよなぁ……」
吉田さんが腕を組んで悩み始めた所に、バラクラバを汗で濡らした
「おー吉田何やってんの?」
「これ凄いんだよ、ちっこいクーラーなんだけど」
「え? なにそれ欲しい……」
「気無さん、実は常連さんだけに案内させてもらっている、本当に役に立ついい話がありまして」
「え? なにそれ怖い……」
「待った待った、トンボ、言い方言い方」
結局その後もマーズに細かく直されながら勧誘を続けたが、何人かの人に怪しまれ……
人に信用される喋り方っていうのは、一朝一夕では身につかないのだなという事を痛感した俺なのだった。
なんだかんだと拙い勧誘を続けて一週間。
ようやくぽつぽつ魔石を売ってくれる人も出てきて、今日はついに家族を働かせてもいいという人まで出てきたので、俺は現場を取り仕切る阿武隈さんへと連絡をしていた。
『それで、吉田君とこのパーティの奥様方が来てくれることになったって? やるじゃん社長』
「うちの商品開発部が頑張ってくれたおかげでして……あっ」
『何?』
「いえ、いえ、なんでも……」
商品開発をやってくれてる副社長に、背中を上から下にツーってやられただけです……
「とにかく人手の方はもう少しなんとかなりそうですので……現場の取りまとめの方をよろしくお願いいたします」
『いいよいいよ~、難しい仕事じゃないしね~。あ、社長、明日来るんでしょ? 人増えるなら補充しといてよ』
「はい、はい、明日は十五時ごろに製品持っていきますので」
『ほんじゃね~』
電話を切ると、通販会社のサマーセールで買ったタブレットを弄っていたマーズと、小さなフォークで桃をつついていた姫がニヤニヤと笑っていた。
「やるじゃん社長」
「頑張った商品開発部にさぁ、お返しとかないの?」
「あの、肩でも揉みましょうか?」
「姫、肩こりとかしないもん」
あんまりに自然すぎて意識もしてなかったけど、そういや姫って義体だったな。
とはいえ、二人に世話になりっぱなしなのは厳然たる事実。
ジャンクヤードになんかいいものが交換されてきてないかな……?
「あれ? なんだこれ」
「え? 何?」
「どったの」
俺がジャンクヤードに入っていた見慣れない物を取り出すと、二人もこちらにやって来た。
「手紙だ」
「しかも書かれてるの、日本語じゃん」
「え!? どういう事!?」
そう、それは宇宙のどこかに繋がっているはずのジャンクヤードに流れてきた物なのに……
その真っ黒の封筒の表面には、金字の日本語で『あなた様だけに特別なご招待』と書かれていた。
そして人に向けられてみて、ようやく自覚できた。
その誘い文句はあまりにも……あまりにも怪しかった。