「甘い! 何だこれ!」
「何って……温州みかんだが……?」
朝日射し込む部屋の中、コタツに入った俺と猫型宇宙人はミカンを食べていた。
昨日の夜間違えて交換に出しちゃった焼き芋の代わりというわけではないが、お詫び兼朝ごはんとして出したミカンに、マーズは何やら大感激しているようだった。
「これ砂糖足してるよね?」
「足してないよ。木からもいだままだと思う」
「なんでこんなに甘い果実が木になるの?」
「ミカンってこんなもんだと思うよ」
普通の猫は柑橘類が嫌いなのだが、どうも宇宙の猫はそういうわけでもないようだ。
マーズは目尻の下がり切った表情で、皮を剥いたミカンを丸かじりしていた。
「これを一箱も出したんでしょ? そりゃあ640万リンドはするわなぁ」
「その640万……リンドだっけ? ってどれぐらいの価値なの?」
「俺の去年の年収がだいたい600万リンドぐらいかな」
「えっ!? ミカン一箱がマーズの年収より高いの!?」
マーズは口の周りをペロリと舌で拭い、わかってないなぁと右手の小さな指を左右に振った。
「この味ならそんぐらいは……いや出す奴はもっと出すね。俺も色んな星回ったけどさ、こんな上品な甘さの果物食べたことなかったもん」
「そんなに美味いかな? これでも訳あり品で、一箱で俺の時給三時間分ぐらいだよ?」
「貿易ってのはそんなもんだよ。普通、距離ってのは離れれば離れるほど物の価値が高くなんのさ」
「そんなもんか……」
「まあ地元の味ってのはどうしても食べ慣れちゃうからね。本当のありがたみってのは、星を離れてみなきゃわかんないもんだよ」
「マーズの星は何か名産品あったの?」
「カニの殻を油で揚げたお菓子が有名だよ。最近は
マーズはミカンの汁まみれの鼻を高々と上げ、毛並みのいい胸を張ってそう言った。
ティッシュで顔を拭いてやろうとすると、ニャッ! と手を尻尾ではたかれてしまった。
しかし、蟹の殻の揚げたやつ……本当に美味しいんだろうか?
大学で講義を受け、徒歩やバイクでピザ屋のバイトをこなし、発売前の新作ゲームのために旧作をやり直したりしているとあっという間に日々が過ぎる。
ここ一週間ほど、マーズは日本に住む申請の続きのために役所に行ったり保健所に行ったりと忙しそうだったが、昨日ぐらいにようやく一段落ついたようだ。
俺も一応平凡かつ忙しい日々の合間を縫って、スーパーや道の駅で買ってきた色々な物をジャンクヤードに出品したりしていた。
交換が起きるたびにマーズに価値の確認を取ってはいるのだが、その週の成果をまとめて日曜日の夜に今後の方針を決める会議をやる事になっていた。
「さてと……」
「……ん……お~、やるぅ……?」
俺がゲーム機を切ってチャンネルをテレビに変えたことに気づいたのか……
首までコタツに突っ込んで、二つ折りにした座布団を枕にして爆睡していたマーズはしょぼしょぼした目を瞬かせながら起きてきたようだ。
「ちょっと待ってね」
晩飯のもやし鍋の残りを台所に下げ、お茶のペットボトルを持って戻る。
「この国、水は美味いのにペットボトルのお茶ってのはなんでこんな味なんだろうね」
「そんなにマズい? ちゃんと用務スーパーで買ったやつだよ」
「俺もだんだんわかってきたけど、そのスーパーってマジで激安のとこでしょ?」
「大丈夫大丈夫、外食産業も頼りにしてるスーパーなんだから」
釈然としない猫の顔というレアな物を見られた俺は、意気揚々と机の上に物を取り出した。
「まず今朝から動きがあった分として、これなんだけど……」
俺が取り出したのは、ランタンのようなものだ。
スイングする持ち手から本体が伸びていて、なんだかいかにも光りそうな見た目をしている。
説明は『ユオ 空間転写装置 銀河ネットヤカタ別注モデル』だが、例によって全くわからん!
これは柿一個 → 断熱材 → 宇宙船用塗料 → 絵画 → ランタン と交換が進んだものだ。
どうも交換も必ず半日に一回行われるというわけではなく、物によって時間が違うようだ。
「あ、これ実家にあったわ」
「え、そうなの?」
「古い普及型のホロヴィジョンだけど、ベストセラー商品だし一個持っといてもいいんじゃない?」
言いながら、マーズがちょいとランタンを肉球で押す。
ランタンはグラグラと揺れるが全く倒れる様子がない。
「ほら、安全機能付きで子供が触っても大丈夫なの」
「へぇ~。何に使うの?」
「あれといっしょ」
マーズは部屋のテレビを指差した。
なるほど、宇宙のテレビか。
とりあえず確保。
「そんでもって次はこれ!」
俺が取り出したのは、長方形の黒い電源アダプタのような物だ。
これはずーっとジャンクヤードに入れっぱなしにしていた雑多なゴミのどれかと、いつの間にか交換されていたようだ。
『ナラカパ イリキWZ お楽しみ 詰め合わせ』と書いてあるが、マジでわからん。
「あー、こういうのあるよね」
「え? なになに? 何に使うもの?」
俺が聞くと、マーズは苦笑いで頭を掻いた。
「地球にあるのかわかんないけどさ、古いゲームとかをライセンス取らずに勝手に詰め合わせて売っちゃうの」
「いやそれ地球にもめちゃくちゃあるよ」
「あ、そうなんだ?」
「ていうかゲーム!? 宇宙のゲームってどんなのか物凄い興味あるんだけど! あのランタンのテレビに繋いでやれないの!?」
「地球のゲームみたいにコントローラーとかないけど、トンボって思考操作できる?」
「できるわけないじゃん……」
「俺もできないんだよね」
俺は机の上に突っ伏した。
宇宙のゲーム、やってみたかった……
「それよりさ、他のは動きないの?」
「あとは今朝話したまま動きなしだね」
「まあでも今週はデカい成果が色々あったからいいか」
そう言いながら、マーズは肉球を上に向けた手をちょいちょいと動かす。
はいはい。
俺が机の上に三つの物を取り出すと、彼は満足そうにフンフンと鼻を鳴らした。
「まずは力場伝導布」
「バリア布ね」
「それと、
「結局それって何なの?」
机の上に置かれた、青紫に発光する長方形の板を指さして聞くと、マーズは大げさに手の平を上げて肩をすくめた。
これはストックしていたミカン一箱 → 首が三本ある人用のアクセサリ → ヤバそうな記憶媒体 → 『純マオハ化物質 100%』 と交換されてきたものだ。
「だから地球で言う金塊みたいなもんだって、今使い道はなくても
そりゃあいいけど、どうせならすぐ金になるものの方がいいなぁ……
とは思うが、青紫色の延べ棒を嬉しそうに撫でるマーズにはそうは言いづらいのだった。
「あと、今週の目玉は何と言ってもこれだよな、
名残惜しそうに延棒から手を離したマーズがポンポンと叩くヘッドホンのようなそれは、ところどころ塗装が剥げていて謎の文字がステンシルで吹き付けられていた。
「そういえばそのステンシルの文字って何て書いてあるの?」
「893-33-4 オイカゲって書いてある、元の持ち主の名前じゃない?」
「宇宙海賊から流れてきたって事は……」
「ま、殉職か横流しかだけど。生命維持装置が残る死に方ってかなりレアだから、多分横流しでしょ」
「だよね、そうだよね!」
宇宙の幽霊がくっついてたらおっかないぞ。
塩じゃあ成仏してくれないだろうしな。
「とにかく、これがあれば
「それ手に入れた時も言ってたけど、本気でやるのかよ? 迷宮潜り」
「いいでしょ? 役所の隣にある図書館の情報端末で色々調べたんだけどさ、多分これさえありゃあボロ儲けできるよ」
マーズは背を伸ばして首をポキポキ鳴らしてから、ビッと俺を指さした。
「トンボさあ、男には命の張り時ってのがあるんだよ。トンボが駄目なら、俺だけでもやるよ」
猫のマーズの真剣な目が、男としての俺を見据えていた。
彼は猫だが、宇宙の船乗りでもあるのだ。
わかってはいた事だが、単なる学生の俺とは肝の据わりが全然違っていた。
「待て待て待て、ほんとに戦わないんだな? 奥に潜って行商するだけなんだな?」
「そりゃそうだろ。トンボは学生、俺だってただの船員さ。銃の撃ち方は知ってても、戦いなんかまともにできゃしないよ」
マーズはビビりまくる俺に「でもさ……」と続けながら、小さな猫の手で机をトンと叩いた。
「海賊のビームランチャーや火炎榴弾すら防ぎ切る
「
怖いのは、もちろん怖い。
めちゃくちゃ怖い。
でもジャンクヤードの実験のために色々買ったせいで、俺は今月ちょびっとだけクレカのリボ払いにも手を付けていた。
正直、現金が稼げるのならばありがたいというのも事実だった。
「行くか行かないかはトンボが決める事だけどさ……俺は明日の朝、行ってくる」
「待った待った、明日は第二外国語の授業があるから、明後日にして」
うん、最近は大学のサークルなんかでもレジャー気分でダンジョンに潜ってるらしいし、そんなに深くまで行かなければ大丈夫だろう。
多分、きっと、恐らくだけど。
「よし、決まりだな!」
にかりと笑ったマーズがお茶の入ったコップをこっちに掲げたので、俺もお茶のコップを持ち上げてそれに合わせる。
こういうのって、宇宙でもやるんだ……
不思議に思いながら見つめた透明のコップの向こう側では、ちょっと横に太って見える猫のマーズが、マズそうな顔でお茶を飲み干していた。