「そんで、どっちに向かったらいいの?」
『ナビゲート出すからそっちに向かって』
姫がそう言うと、全周囲ディスプレイの俺の目の前に3Dの矢印が浮かび上がった。
なるほど、これを辿ればいいのか。
ゲームみたいでわかりやすいな。
「はい出して~、ゆっくりね~、ビルにぶつからないように」
「教習所みたいだな」
俺が頭で行きたい方向を念じると、サードアイはチキチキと高く小さい音を立てながらゆっくりと移動を始めた。
『もっと早く』と意識をするだけで速度はスルスルと上がり、遠くにあるビルがぐんぐん近づいてきて凄いスピードで後ろに吹っ飛んでいく。
だというのに、俺の体には何の負担もかかっていない。
まるで部屋のテレビでドローンの映像か何かを見ているような感覚だった。
「これってさ、Gとか感じないんだけどほんとに飛んでるの?」
俺がそう聞くと、膝の上のマーズは不思議そうな顔で俺を見て、手の先から爪を出してちょいちょいと進行方向を指さした。
「重力制御で飛んでんだからさぁ、コックピット内にGが生じてたら問題だよ。ま、ハッチでも開けてみればコックピット内の制御が切れてさ、Gも感じられるようになると思うんだけど……」
『絶対開けちゃ駄目だからね! ステルス切れちゃうんだから!』
「あ、うん……」
三人で話している間にも、サードアイは街の上空を音もなくかっ飛んでいく。
温かい陽の光が差す東京の街をぼんやりと眺めていると、遥か遠くに真っ黒な煙が立ち昇っている場所が見えた。
「あの煙のとこ?」
『蛇は草加から東に移動中。自衛隊は市街地に向けてミサイルを撃つかどうかで揉めてるみたい』
「そんなとこ突っ込んで大丈夫かな?」
「直撃は避けたいね、飛んでくる前に済ませよう」
「よし……よし!」
俺はパン! と音を立てて両手で挟むように自分の頬を叩き、そのまま両手の人差し指をピンと立て、その先を左右のこめかみに押し当てた。
「それ何?」
「集中してるの!」
『トンボ、首の根元にちゃんと当てればレーザーキャノン一発で終わると思うから、落ち着いてやって』
「この銃の事は……ビームライフルと呼んでくれ!」
俺はサードアイが右手に構えたライフルをぐっと引き付け、いつの間にか肉眼でも見えそうな位置に迫っていた巨大な双頭の蛇を睨みつけた。
双頭の蛇は幹線道路をゆっくりと移動しているようだが、どこにも尻尾が見えない。
「なんかあの蛇、体長くない?」
『長いよ、まだ草加ダンジョンから体が出切ってないんだから』
「え!? 何で!?」
『わかんない』
「この蛇といい、あのドラゴンといい、この星の生き物って変なのばっかりだよね」
「いや、あれもこれもうちの星の生き物じゃないでしょ……」
まあ、どれだけ長い蛇だろうと、頭を潰してしまえばさすがに大丈夫だろう。
俺は集中のポーズのまま、もう一度二つある蛇の頭を見た。
「上から撃つと人が避難してるかもしれない地下街に貫通するかもしれないから、下に潜り込んで空に向けて首を撃つんだよね?」
「それでOK! 炎も冷気もまるで問題ないから気にせず近寄って」
「よし……いぐぞっ!!」
口の端から泡を飛ばしながら、気合を込めてそう叫び、俺はサードアイを双頭の蛇に向けて発進させた。
一呼吸前まで点景に見えていた街が一気に大きくなったかと思うと、一瞬で道路が視界いっぱいに広がり、サードアイは足から火花を散らしながらアスファルトの上を滑走していた。
ガアアアアアアアアッ! と無人の街中に響き渡る爆音と火花を上げ、サードアイは足の裏で幹線道路のアスファルトを削りながら双頭の蛇の首元へと接近していく。
「トンボ! 浮かせて浮かせて!」
「浮け! 浮け! 浮けーっ!」
押し当てた指でこめかみを突き刺しながら念じると、サードアイは地面から少しだけ浮き上がり……
そのままの勢いで、道路の真ん中に乗り捨てられていたワゴン車に激突した。
バッゴン! とでっかい音が鳴り、ワゴン車は横回転しながら二メートルほど跳ね上がって吹っ飛んでいった。
「うわっ! やっちゃった!」
『大丈夫、人は乗ってないよ』
「あんなとこに置いとくのが悪いんだよ」
「後で保険会社から連絡来たりしないかなぁ……って、来た来た来たっ!」
俺が頭を抱えている間にもサードアイは地面スレスレを飛び続け、俺達はあっという間に双頭の蛇に接敵していた。
八メートルの高さのサードアイに乗り込んでなお見上げる高さの蛇は、鎌首をもたげたままこちらへと向かって進んできていた。
「これ、マジであっちからは見えてないんだよね?」
「そうだよ」
「なんかさ、蛇には赤外線を見るピット器官ってのがあるんじゃなかった?」
『だから、その機体のステルスは目視でも赤外線でも超音波でも捕捉できないっつってんじゃん。大丈夫大丈夫』
「でもなんかこっち見てる気するけど……?」
気のせいだって、と笑う姫の言葉を信じたいが、俺にはどうしても蛇の二つの頭がじっとこちらを見ているようにしか思えなかった。
シュルシュルと舌を出し入れしながら、双頭の蛇は明らかにサードアイをめがけて近づいてくる。
「これマジで大丈夫!? 見つかってない!?」
『おかしいなぁ、ステルスはちゃんと動いてんだけど』
「トンボ、角度的にもう撃って大丈夫だよ」
ビームライフルを構えるために心を落ち着け、蛇の事をよく見ていると……
片側の蛇の喉元が、カエルのようにぷっくりと膨らんでいるのがなんとなく気になった。
そして次の瞬間、その口がパッと開く。
「あっ……」
眼の前が一瞬真っ白に染まり、画面の中央がゆらゆらと揺れたように見えた。
それが近づいてきた蛇の口から放たれた紅蓮の炎だと気づいたのは、サードアイの周りの物が一瞬で燃え上がったのが見えた時だった。
「のわーっ!! 火吹かれてる!」
『ええっ!? 何でだよーっ!? ステルスは動いてるのに!』
「大丈夫だから! 大丈夫! 大丈夫!」
「撃っていいの!? これ撃っていいの!?」
「撃っていいけど落ち着いて!」
どうしようもなくうろたえる俺の顔を、膝に座ったマーズの手がぴしゃんと叩いた。
「このぐらいの温度じゃ塗装も溶けないから、落ち着いて狙って」
「落ち着いて……落ち着いて……」
俺は息を整えながらビームライフルを構え、蛇の体が二股の首に分かれる前の根本の部分にゆっくりと狙いをつけた。
そのまま深く息を吸って止め、頭の中でことりと引き金を引いた。
瞬間、グワッシャアン!! と爆音が響き、画面全体が土煙で覆われて何も見えなくなった。
「当たった!?」
『……当たってない! 寸前で蛇が避けて左のビルに突っ込んだ!』
「左ぃ!?」
姫の言葉に視線を巡らせると、サードアイの左側からは土煙を割るようにして巨大な蛇の頭が突っ込んできていた。
「おわあああああああああっ!!」
ガゴッ!! と鈍く響いた音と共にサードアイは吹っ飛ばされ、視界がグルグルと回る。
そのまま耳をつんざくような破壊音が響き、飲食店のキッチンらしき場所や蛍光灯の沢山並んだ天井などが一瞬見えた気がした。
「……あれ? 止まった? どうなった?」
「思いっきり吹っ飛ばされちゃったなぁ……」
どこかのビルに突っ込んでしまったのだろうか、サードアイの動きが完全に止まった時には、視界が瓦礫で一杯になっていた。
今俺達が大穴を開けて破壊してきた先からはごうごうと響く風が吹き込んできており、風を受けた周りの瓦礫に霜が降りていくのが見える。
「霜……? これ、テレビで言ってた氷のブレスってやつ!?」
「落ち着いて、大丈夫。宇宙で使うロボット冷やしたって何のダメージにもなんないよ」
マーズがのんきな感じでそう言うが、絶対見えないステルスを見破り、虎の子のビームライフルも避けた相手なのだ。
俺はなんだかあんまり安心できる気がしなかった。
「それよりさっき、あいつビームライフル避けたって言った?」
『あー……仮説だけどさぁ。あの蛇、もしかしたら荷電粒子そのものを感知できてるのかもしんない』
「ああ、たしかにそれならステルスを看破できてもおかしくないね」
「荷電粒子って何?」
「トンボがビームって言ってる奴の中身かな。ステルス系の根幹技術にも使われてるんだけど」
「え? じゃあビーム効かないって事?」
サードアイ、ビーム兵器しかついてないんですけど。
『まあでも、もしかしたらさっきのはまぐれかもしれないから、もう一回撃ってみて! モニターしてる限りでは機体は全然大丈夫、ステルスもあっちの体当たりぐらいじゃ解けてないよ』
「あ……うん……」
俺はなんとなく不安な気持ちのまま、カラカラの喉を潤すためにごくりとツバを飲んだ。
「トンボさぁ。どっちにしろ、
「……当たり前じゃん!」
マーズの言う通りだ。
俺は誰のためでもなく自分のために、自分の手で自分の地元を守るために来たんだ。
なら、ビームライフルを見てから避けるような化け物相手でも、やるしかないのだ。
「行くぞ!」
俺の言葉と共に、サードアイは前傾姿勢で飛び出した。
破壊しながら来た道をもう一度かき混ぜながらかっ飛んで、三つ目のロボットは元いた幹線道路へと土煙と共に躍り出た。
さっきまで俺達がいた場所へと冷気のブレスを吐いている蛇の首に向けて、腰だめのままライフルの引き金を引く。
奇襲をかけたにも関わらず蛇は凄まじい素早さで巨体をくねらせ、軽々とビームをかわした。
『やっぱり避けた!?』
「なんでこの星って変な生き物ばっかりいるんだよ!」
「うちの星のせいじゃないって!」
また蛇に体当たりされないように、牽制の意味も込めてライフルを撃ちまくる。
撃ちまくると言ってもほとんど撃っている感覚はない、音もなければピンクの光線も出ないからだ。
「これほんとにビーム出てるの!?」
『出てるよ! 当たってないだけ!』
「あんま適当に引き金引いてると変なとこ当たるよ!」
「いくしかないのか……うおおおおおおおおっ!!」
俺は気合の声と共に飛び蹴りの姿勢で蛇の頭へと突っ込み……そのまま大きく開けられた口でバクンと足に噛みつかれた。
視界全体におっかない蛇の顔がドアップになり、振り回されて地面へと叩きつけられる。
「のわあああああっ!」
『トンボ今! 今! 今撃って!』
「う、撃つ? 撃つぞっ!」
無我夢中で引き金を引いた瞬間、ドッパァン! と破裂音がした。
視界が真っ赤に染まる中で、一瞬俺はその音の正体が何なのかわからなかった。
大量の血を撒き散らしながらのたうち回る蛇に振り回されながら、サードアイの足を咥えた口
あの音は、蛇の頭がビームに吹き飛ばされた音だったのだ。
「トンボ! まだ頭は片側残ってるよ!」
「わかってるよ!」
俺は双頭の蛇のもう片側の頭に止めを刺そうとしたが、暴れまわる蛇になかなか空に抜ける照準を合わせる事ができずにいた。
「やばい、どっかに引きずられてる」
『草加ダンジョンに戻ろうとしてるみたい!』
「まずレーザーブレードで足を外して!」
「オッケー!」
しかし、俺が腰にあるビームソードの発生装置を取って足を咥えた口を切りつけたその瞬間、振り回されていたサードアイは幹線道路沿いにあったデパートのビルに力いっぱい叩きつけられ……そのまま
視界の端に、蛍光灯に照らされた無人の飲食店街が映る。
どうやらサードアイはデパートの床をぶち抜き、地下街へと落ちてしまったようだった。
「やばい! 地下街に抜けちゃった!」
「でも足も抜けたよ」
「よし! 後はもう片方の頭を……」
そう言いながら、ビームソードの発生装置を腰に仕舞った瞬間、ウサギのような耳のついたピンク色の帽子が視界に入った気がした。
サードアイの体を持ち上げ、俺は恐る恐るもう一度同じ場所を見た。
見間違いじゃなかった。
小さい小さい子供が、通路の真ん中にうずくまっていた。
「マーズ! あれ!」
「えっ!? 子供!? 避難し遅れ!?」
「やばいって! なんかないの!? バリア的なの!」
『そんな都合のいいものないよ! 巻き込まないように早く離れて!』
すぐに外に飛び出て引き離せばこの子は助かるか……?
そう考えた瞬間、デパートの外からこちらを眺めている蛇が首元を膨らませるのが、視界の端にはっきりと見えた。
「やばい! 火が来る! ……コックピットの中に!」
「トンボ! 開けたらやばい! バレたら大学も通えなくなるよ!」
一瞬、頭の中を親の顔がよぎった、自分の会社に入ってくれた人達の顔も、冒険者の人達の顔も……
そして子供の頃の、自分の後ろをずっとついて回っていた、泣き虫の、小さな妹の顔もだ。
「大学ぅ……辞めた!」
その時の俺は無我夢中で、自分自身が何をしているのかもわかっていなかった。
人への迷惑だとか、今後の人生だとか、全部纏めて吹き飛んでいた。
ただ、蛇の吹き出した炎がデパート中を焼き尽くしていく中……
俺の膝の上には、これまで見た事のないような顔で天を仰ぐ猫と、泣きじゃくる子供がいたのだった。
『ハッチ開けたからステルス切れたー!』
「かけなおして! かけなおして! ト……」
『ダメーっ!! 社……いや、
「なんで二分なのさ!?」
『最初起動するときもそんぐらいかかったでしょ!』
俺はとにかく頭が混乱していて、とても二人に何も言う事ができなかった。
でも、あの蛇を倒さないと膝の上のこの子を下ろせないのはわかる。
燃え盛るデパートから飛び出したサードアイは、蛇の周りを滑るように移動しながら空に抜けるようにビームライフルを撃った。
頭を片方失った蛇はさっきまでのようには避けきれなかったようで、一部を吹き飛ばされた首から血を撒き散らしながら引いていく。
俺はホバー移動するように地面スレスレを飛びながら腰のビームソード発生装置を引き抜き、逃げ腰の蛇に斬撃を放つ。
身をくねらせる蛇の首を切り落とす事はできなかったが、浅く切ることはできたようで蛇はボタボタと血を流しながらもどこからか引っ張られているようにバックで引き続け……
何度目かの斬撃で、ついに首を切り落とされて絶命した。
「よし、一安心だね。ステルスは?」
『あと二十秒! 監視カメラ類の死角にナビするから従って!』
俺は全周囲ディスプレイの真ん中に出てきた矢印に従ってサードアイを動かし、雑居ビルの前の道路で膝立ちにした。
『
「…………」
俺は涙と鼻水で俺の服をべちゃべちゃにしながら泣き続ける子供を引き剥がしてサードアイの手のひらに乗せ、どうにか外に出した。
『ステルス再起動!』
姫のその言葉に、ふぅーっと深く息を吐いて、俺は一言「ごめん」とだけ言った。
「トンボさぁ……」
『……ボーイズ! まだ終わってないよ! 蛇の体がどんどん草加ダンジョンに吸い込まれていってる!』
「えっ!? まだ死んでないの!?」
俺が蛇の方を向くとそこに胴はなく、血の海の中に切り離された首の残骸だけが残されていた。