わらしべ長者で宇宙海賊 【旧版】   作:岸若まみず

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第35話 姫と猫と宇宙海賊

『どうする? トンボ』

 

「追いかける!」

 

「あれ追っかけて戦闘ロボでダンジョンの中に突っ込むってこと?」

 

「東三のドラゴンみたいに再生してまた出てこられたら困るでしょ!」

 

「まぁ、たしかにそうかも」

 

 

俺はサードアイの高度を上げ、埼玉第四ダンジョンへと進路を向けた。

 

どういう早さで引いていったのか蛇の体は上空からでもすでに見えず、めちゃくちゃに破壊された幹線道路にはべったりと血の跡が残っていた。

 

 

「そういや姫さぁ、さっきトンボの事を首領とか言ってたけど……」

 

『しょうがないじゃん。あの子に話を聞かれてるかもしれなかったでしょ? できるだけ情報は渡したくなかったの』

 

「泣きじゃくってたから大丈夫だとは思うけど、たしかに子供って意外と周りの大人の話を聞いてるからなぁ……」

 

 

首領か……なんだか悪の秘密結社の長のような呼ばれ方だけど……

 

俺が我を通した結果だ、この件に関して俺が文句を言う権利はない。

 

むしろ、とっさに気を回してくれた事に感謝しなければいけないだろう。

 

 

「姫、ありがとうね」

 

『やっちゃった事はもうしゃーないけど、後で説教!』

 

「うん」

 

 

俺はそう答えながらサードアイの高度を下げ、未だ消火活動の続く街へと飛び降り玉四へと突入した。

 

入り口を吹き飛ばされて大穴と化したダンジョンの中には、蛇が通ってきたトンネルのような道がしっかり残されていた。

 

これを追っていけば迷う事はなさそうだ。

 

ビームライフルをダンジョンの奥へと向け、サードアイは所々に崩落して積もった瓦礫を避けるようにスーパーマン飛びで蛇を追いかけた。

 

 

「全然いないね」

 

「結構飛んできたよね?」

 

 

暗視モードのまま真っ暗闇のダンジョンの中をひたすら飛び続けるが、蛇はおろか他の魔物も一切出てこない。

 

俺はなんだか不安になって膝の上のマーズを見る。

 

ちょうど彼の方もこちらを見ていたようで、暗闇に浮かぶ瞳にぱっちりと目が合った。

 

 

「トンボこれさ、このまま行ったら異世界に抜けちゃうんじゃない……?」

 

「まさか、流石にそれはないんじゃ……」

 

『……って……くが……』

 

「あれ? 姫……? 姫!?」

 

「……もう遅かったみたいだね。多分これ、異世界に入っちゃってる」

 

 

暗視モードで青みがかっていた全周囲ディスプレイの色が徐々に変わっていく。

 

真っ暗だった洞窟の向こうに、ゆっくりと光が射してきていた。

 

 

「なんか来る!」

 

「えっ!? 水……?」

 

 

風の音だけが聞こえていたダンジョンに、突然地鳴りと轟音が響く。

 

俺達の進む光の射している方向から、こちらに向けて大量の水が流れ込んできていた。

 

サードアイは宇宙用の戦闘ロボットだから水に浸かってもどうなるという事もないけど、生身の人間なら普通に流されて溺れ死ぬ水量だ。

 

 

「どういう事だろ?」

 

「とにかく光ってる方向に行ってみて」

 

 

推進力を上げて水流に逆らって進み始めると、全周囲モニターの一部にパッとお知らせが浮かんだ。

 

なになに? 感電注意……?

 

 

「え? 電気流されてるって事!?」

 

「水で濡らして電気を流す、なるほど理に適ってるね」

 

「パワードスーツで来てたら完璧死んでたなぁ……」

 

 

そんな事をマーズと話している間にもどんどん光は近くなり、ついにダンジョンの終わりが見えてきた。

 

 

「このまま出るよ!」

 

「気ぃつけてよ!」

 

 

サードアイは水しぶきを散らしながら巨大な横穴になっているダンジョンの入口から飛び出した。

 

まず目に入ったのは、口から水流を放つ巨大な蛇の頭、そしてその両脇(・・)で口を開けている同じサイズの蛇の頭だった。

 

双頭の蛇の胴体を追って来た先で待ち構えていたのは、三つ首の蛇だったのだ。

 

 

「三つ首!?」

 

「これ、もしかしてあの二股蛇の尻尾側かな?」

 

 

サードアイが三つの頭の根本の首に向けてライフルを発射すると、三つ首の蛇は双頭の蛇と同じように身をくねらせてそれを躱した。

 

だがしかし、頭が一つ増えている影響だろうか……

 

完全回避とはいかなかったようで、ビームが掠った部分からは噴水のように血が吹き出ていた。

 

 

「いけるいける! このままライフル撃ちまくって!」

 

「よっしゃああああ!」

 

 

双頭の蛇と戦った時とは違い、ここは人家はおろか人工物すら見当たらない鬱蒼とした森の中だ。

 

ビームライフルはどの角度でも撃ち放題だった。

 

最初は元気にビームを避けていた蛇も、だんだん首を削られるうちに動きが鈍くなり……

 

三つの首はろくに反撃もできないまま胴体から切り離され、吹き出した血でできた池の中では蛇の胴体だけがびたびたとのたうち回っていた。

 

 

「他の頭は!?」

 

「ない……と思う……他の生き物も今のところいない。あ、そうだトンボ! 回収!」

 

「え?」

 

 

聞き返した俺の顔をマーズの手がぴしゃんと叩いた。

 

 

「蛇の頭! 回収しとこう!」

 

「あ、そうか!」

 

 

この蛇との戦闘はイレギュラーだったけど、元々俺達の目標はこういう大物を手に入れて宇宙船と交換する事だった。

 

 

「でもさすがにジャンクヤードのサイズ的に、あの頭丸ごとは入らないな……」

 

「三つに裂いちゃえばどう?」

 

「そうしよっか」

 

 

俺はビームソードで頭を三つに裂いて縦の長さも調節し、サードアイの手の上に乗ってそれを回収した。

 

落ちないように恐る恐るコックピットへ戻り、ハッチがプシュッと閉まった瞬間、ふぅーっと長い溜息が漏れた。

 

 

「この蛇の胴体、先まで追いかける?」

 

 

俺はマーズにそう尋ねる。

 

だがこの蛇の胴は無茶苦茶に長く、ダンジョンの前から森の奥深くへとずうっと続いていて、捜索は難しそうだった。

 

 

「いや……やめとこ。元々異世界にまで追っかけてくるつもりはなかったんだからさ」

 

 

たしかにそうだ。

 

止めを刺す! と息巻いてやってきたはいいが……

 

正直、異世界にまで突き抜けてしまうとは思っていなかったのだ。

 

このまま深追いするには、装備も……心も、あまりに準備不足だった。

 

 

「二股の頭を落とした時みたいに胴体がどこかに引きずられていく様子もないし、これで倒したという事にしておこう。姫も心配してるだろうしね」

 

「そうしよ! そうしよ!」

 

 

俺はマーズの言葉にコクコクと頷き、飛び出てきたダンジョンへとサードアイを向けた。

 

 

「ただ、また同じようなのが来ないようにこの入口は塞いでおきたいね」

 

「ビームライフル撃ちまくって崩落させる?」

 

「天井撃ってこんなとこで生き埋めになるのは御免だから、ライフルを暴走させて爆破しよう」

 

 

そう言うが早いか、マーズはジェスチャーで呼び出したタブレットサイズのホログラフを操作し始めた。

 

 

「トリガーを引いたら一分後に爆発するように設定したから、ちょっと行ったとこに設置していこう」

 

「くぅ……大活躍してくれたこのビームライフルともここでお別れか……」

 

「ジャンクヤードに同じのがあるでしょ」

 

 

俺は入り口から百メートルほど奥でトリガーを引いたライフルを投棄し、そのまま未だ水の引いていないダンジョンの中を戻っていく。

 

 

『……ぼ……繋がった! どうなったの!?』

 

「あ! 姫!」

 

 

姫との通信が繋がった瞬間、ズン! と響いた音と振動に続いて重低音が鳴り続け、天井から岩がボロボロ落ちてくる。

 

投棄してきたビームライフルが爆発し、崩落が起きたようだ。

 

 

『何!? 何が起きたの!?』

 

「いやー、異世界まで行っちゃってさぁ。入り口崩落させて帰ってきたんだよ」

 

「蛇も倒したよ!」

 

 

行きと同じようにサードアイで暗闇の中をかっ飛びながら、交信の途絶えていた姫に状況を報告していく。

 

 

『それで、二人とも無事なわけ?』

 

「元気元気! ダンジョンの向こう側にも蛇がいてさ、そいつが三本頭で……」

 

『三本頭!? なんで一本増えてんの!?』

 

「それは後で話すよ。これから戻るけど、玉四の入り口はどうなってる?」

 

『自衛隊が囲んでるけど、まだ中には踏み込んでないからそのまま出て大丈夫だよ』

 

「じゃあもっと速度上げてオッケーだね」

 

「了解」

 

 

俺はマーズの指示に従ってスピードを上げ、両手を上げてぐっと伸びをした。

 

背中がバキバキと鳴り、喉から「ううっ」と声が漏れる。

 

マーズも俺の膝の上でお尻を突き上げてぐっと伸びをしながら、口を大きく開けてあくびをした。

 

 

「疲れたね」

 

「ほんとだよ。トンボの膝って座り心地悪くてさ、早く帰って寝たいね」

 

 

そんな勝手な事を言いながら猫のマーズは香箱座りになって、尻尾をゆらゆらと揺らした。

 

俺は疲れた頭でぼんやりと見つめていた彼の背中になんとなく手を伸ばしかけ……

 

その手をニャッ! と猫パンチで叩き落されたのだった。

 

 

 

 

 

翌日、俺は結局大学にいた。

 

辞めたっていいと思った大学だったが「まだバレるとは限らないから」と姫に言われ、卒業に必要な必修の授業を受けに来たのだ。

 

今のところうちの家にも会社にも警察は踏み込んでおらず、自衛隊からも問い合わせは来ていない。

 

姫曰く、俺達が撤収した後にカラオケ店には調査が入ったらしいのだが、三人でカラオケを歌っている監視カメラの捏造映像を見て引き下がったそうだ。

 

アリバイ様々だ。

 

俺は大学の中庭のベンチにだらんと座り込み、パックのジュースを飲む。

 

俺はもう、ヘトヘトだった。

 

身体はそうでもないが、心の方が疲れていた。

 

俺が一人で背負うには、故郷も会社も重すぎる荷物だった。

 

社長でも、戦闘ロボのパイロットでもなく……

 

行き交う学生の中の一人、誰でもない一人になりたかったのだ。

 

 

「見た? 昨日のアレ」

 

「ガン○ムだろ? マジでスゲェよな」

 

「あれやっぱ自衛隊じゃないよな? 異世界の兵器かもってマジかな?」

 

「まとめサイトでは川島総合通商じゃね? って言われてるけど、ネットで調べてもふりかけの画像しか出てこないんだよな」

 

 

ブッ! と、パックのジュースを吹き出した。

 

周りを歩いていた学生たちが一瞬チラッとこちらを見て、すぐに視線を戻して歩き去っていった。

 

どういう事だよ!

 

なんでうちの会社が疑われてんだ!?

 

俺はカフェオレ塗れになった服を拭うのもほどほどに、スマホでそれっぽいまとめサイトを検索した。

 

たしかに、それっぽい書き込みがいくつかある。

 

 

『パワードスーツの川島じゃね?』

 

『川島総合通商ならリアルガ○ダム持っててもおかしくないかも』

 

『川島は異世界の紐付きだから』

 

 

……ひとまずホッとした。

 

好き勝手書かれているようだが、核心に迫るような書き込みはないようだ。

 

うちのパワードスーツの動画なんかも貼られているみたいだが、同時に「こんなのとガン○ムを一緒にするな」という否定意見も出ている。

 

一気に気が楽になった俺は、駅前でケーキを買って家へと帰った。

 

昨日、危険な事に突き合わせてしまった二人への、せめてものお詫びの印だった。

 

 

 

 

 

その夜、夕食を食べ終えた川島家の食卓で、俺達はスマホをじっと見つめていた。

 

 

「じゃあ、かけるよ?」

 

「トンボ、練習した通り、余計な事言わないようにね」

 

「わからなくなったらこっち見てよ、指示出すから」

 

 

そう言いながら、姫は小さな顔の隣に掲げた宇宙製のタブレット端末を指でトントンと叩いた。

 

俺はそれに頷きを返し、スマホの画面に表示された『金頭龍(ゴールデンヘッドドラゴン)商会 ティタ』という連絡先のコールボタンを押した。

 

 

『これは川島様、川島翔坊(トンボ)様、貴方様からのご連絡を一日千秋の思いでお待ちしておりました』

 

「あのー……」

 

『皆までおっしゃらなくともわかっておりますとも。蛇の頭と、宇宙船との交換のお話でございましょう』

 

「あ、そうです」

 

『我々の技術部門からも、早く解析させてくれ、早く解析させてくれと矢のような催促が届いております。どうです? あの蛇の頭三本と、大気圏突破機能を持つ宇宙船との交換という事でいかがでしょうか?』

 

「あ……」

 

「待った、その宇宙船はすぐにぶっ壊れるボロ船じゃないだろうね」

 

『おやこれは、曹長ポプテ様。いえ、死亡認定が出ておりますので、()曹長ポプテ様。どうも我々を誤解していらっしゃるようで、悲しい限りでございます……後ろ暗い所がない証拠としてスペックシートをお送り致しましょう。どうぞ、十分に納得されてからご契約くださいませ』

 

 

電話の向こうのティタがそう言うと……

 

机の上に置いていたスマホに、俺には読めない文字のデータがビーッと送られてきた。

 

同時に姫が顔の横のタブレットをちょんちょんと指差す。

 

 

『確認するから、何も言わずに離れてて』

 

 

俺は姫に頷きを返して、そろそろとコタツから離れた。

 

 

「出力、推進力、ステルス機能、居住区、いいね。船のサイズは小さいけど」

 

「なんでこんな武装とかステルス機能が充実してんの?」

 

『現在川島様御一家は孤立無援の状態。でしたらば必要になるのは、外敵から身を守る機能……そう愚考し、この船を選別した次第でございます。ミズ』

 

「うん、機能は問題ない。建造年も新しいから、汎用品や消耗品も今の世代のがそのまま使えると思う」

 

 

姫とマーズが、こちらに向かって頷いた。

 

 

「ティナさん……蛇の頭と宇宙船、交換します」

 

『グッド、商談成立ですね』

 

 

十秒ほど無言が続き、俺達三人はその間もじっとスマホを見つめ続けた。

 

 

『お待たせ致しました。異能をご確認ください』

 

 

俺がジャンクヤードを確認すると、そこには見慣れない矢印のような形のものが増えていた。

 

交換されないようにKEEP設定を行い、説明文を見ると『圧縮済み』とだけ書かれている。

 

 

『その宇宙船は圧縮されております、異能から取り出して百秒後に元の大きさに戻りますので……今取り出すのはお勧め致しかねます』

 

「わかりました」

 

『それでは川島様、川島翔坊(トンボ)様、今後も良き取引を。ご連絡をくだされば、あなたの(・・・・)ティタが誠心誠意ご対応致します』

 

 

プッと電話が切れた。

 

同時に緊張の糸が切れ、俺は床にゴロンと転がった。

 

ぐっと両手を上にあげてゆっくりと息を吐いた俺の顔に、バサリと布のような何かがかけられた。

 

 

「わっ、何?」

 

 

上体を起こして見てみると、それは俺の外出用のジャケットだった。

 

 

「トンボ、行くよ」

 

「え? どこに?」

 

「会社。あそこの駐車場ならギリギリ宇宙船が取り出せるから」

 

「今から行くの?」

 

「昼間に出したら即バレるっしょ? 大丈夫、あそこは借りた当初から迷彩アンカー仕込んであるから、すぐ使えるよ」

 

「最悪蛇退治がバレたら宇宙船で逃げるんだから、使えるかどうかはさっさと確かめとかなきゃまずいんだよ」

 

 

マーズにそう言われ、俺はバッと立ち上がった。

 

たしかにそりゃそうだ、すぐやらなきゃな。

 

俺達三人はすぐにタクシーに飛び乗り、川島総合通商の本社兼工場へと向かったのだった。

 

 

 

 

 

「トンボ~! 迷彩オッケー、吸音装置も動いてるから、出して大丈夫だよ~!」

 

 

川島総合通商の工場、その軒先につけられた照明で薄暗く照らされた駐車場。

 

その工場側の端っこに立った姫が手で丸を作るのに、俺は駐車場の真ん中から手を振って答えた。

 

 

「じゃあ、取り出すよー!」

 

「出したらすぐこっち来てよー!」

 

 

姫の隣にいるマーズにも手を振り返し、俺は宇宙船を取り出した。

 

まるでプラモデルのような手のひらサイズのそれを砂利の地面の上に設置し、走ってマーズたちの元へと向かう。

 

 

「方向は大丈夫? 横向いてたらお隣さんのボロい車にトドメ刺しちゃうよ」

 

「ちゃんとこっち側に舳先が向くように置いたよ」

 

「あと三十秒だよ」

 

「どんな船かな……」

 

 

そこからはなんとなく三人とも黙ったままで、じっと宇宙船の方を見つめ続けた。

 

この宇宙船は、これまでやってきた事の総決算だ。

 

宇宙の果てへと流されてきたマーズが、やっと地元に帰れるのだ。

 

俺はなんとなく、ちらっとマーズの方を見た。

 

俺の視線に気づいたマーズもこっちを見て、牙を見せてにっと笑った。

 

ドン、と駐車場の真ん中からポリタンクでも落としたような音がした。

 

そちらを見ると、グレーに白のラインの入った紙飛行機のような形の宇宙船が地面から少しだけ浮いた状態で佇んでいた。

 

 

「うおっ……すっげぇぇぇ!」

 

「……これ、まさか……」

 

「まーちゃん、これって……」

 

「あれ……? 凄い……凄くないの……?」

 

 

興奮する俺とは相反するように、姫とマーズはなんとも言えない顔で船を見つめていた。

 

あんまり人気ない船だったのかな?

 

 

「あの……どうしたの?」

 

「してやられたね……船は船でも、これは海賊船だよ……」

 

「海賊船!?」

 

「宇宙には海賊専門の造船所ってのがあるの……これはそこの作った単独強襲艦。そりゃ武装も豊富でステルス機能もしっかりしてるわけだわ……しかし、ここまでやるかあの女……」

 

 

猛禽類の嘴のように尖った宇宙船の舳先の両脇には、まるで竜の瞳のように鋭いビーム砲の銃口が開いている。

 

たしかに海賊船と言われればそんな感じにも見えるかも。

 

でもなんかかっこいいし、結構強そうだし、別にこれでも問題ないんじゃないだろうか?

 

 

「あの……それで、海賊船って何か駄目なの? 普通に動くんでしょ?」

 

 

そう尋ねた俺に、両手の肉球で頭を抑えたままのマーズが答える。

 

 

「銀河一般法で海賊船は警告なしで撃墜していい事になってるんだ。だからこの船に乗ってる限り、俺達は海賊扱いでどこにも近づけないんだよ」

 

「え!?」

 

「つまり、うちはあの女にどこにも行けないどうしようもない船を押し付けられたって事」

 

 

シャ……シャークトレードじゃん!

 

なんだか改めて、あの金頭龍(ゴールデンヘッドドラゴン)商会が嫌われている理由が良く理解できた気がした。

 

 

「ま、まあまあ! とにかくさ、一回乗ってみない? 最悪避難信号だけでも出して、海賊船はどっかの海に沈めといてもいいんだからさ」

 

「ま、そうだね……流石にここらへんで宇宙に上がって即撃墜って事はないだろうし、一回宇宙に上がってみようか」

 

「ちょっと待っててね、飛ばすにしてもウイルスが仕込まれてないかスキャンしてからにしよ」

 

 

そう言いながら腹の部分のハッチから船に乗り込んでいった姫を見送り、俺はスマホのライトを付けて、マーズと一緒に船の周りを色々見て回る。

 

 

「なんかほんとに紙飛行機っていうか、まんま矢印みたいな形の船だね」

 

「ステルス性能が高くてね、輸送やってた頃はこの艦に散々煮え湯を飲まされたよ。まさか自分がこれに乗ることになるとはなぁ……」

 

「表面が紙やすりみたいにザラザラしてる」

 

「耐ビームコーティングだよ。しっかり力場で減衰できてればそれで十分散らせるんだ」

 

 

やたらと詳しいマーズの解説を聞きながら歩いていると、腹のハッチがパカッと開いた。

 

 

「ボーイズ、準備できたから乗って」

 

「はーい」

 

「やれやれ、さすがに中に入るのは初めてだな」

 

 

階段になっているハッチを登り、人がギリギリすれ違えるぐらいの廊下を姫の後ろについて進んでいくと、壁に向けて椅子が四つ据え付けられた部屋に出た。

 

 

「ここが艦橋(メインブリッジ)、特に変なソフトも仕込まれてなかったから起動するね」

 

 

ヴン……と小さく音が鳴ったかと思うと、さっきまで壁だった所が全周囲ディスプレイに変わり、駐車場と工場が映し出された。

 

俺の顔の前三十センチほどに透明なタブレットのような物が出現し、そこには読めない文字で何かが書かれていた。

 

 

「トンボ、それを手で触れて」

 

「あ、うん」

 

 

俺が触れると、タブレットの文字はまた切り替わった。

 

 

「副船長は姫とまーちゃんでいい? いいならもっかい触れて」

 

「うん……って、え!? じゃあ船長は誰?」

 

「そらトンボでしょ」

 

「トンボ以外いる?」

 

 

不思議そうな顔で二人はそう言うが、普通にマーズか姫の方がいいと思うんだけど。

 

 

「俺何にも知らないんだよ? マーズか姫の方がよくない?」

 

「俺は国に帰っちゃうし……」

 

「姫、こんなダサい船いらなーい」

 

 

しょ、消去法なわけね……

 

俺はタブレットにもう一度触れ、一番後方の席へドスンと音を立てて座った。

 

成り行き任せで宇宙海賊か……

 

俺はなんとなく、自分の左腕をじっと見つめた。

 

 

「そういや、この船の名前ってあるの?」

 

「んーっとね、日本語に直すと……サイコドラゴンかな」

 

「サ、サイコドラゴン……」

 

 

あんまりにあんまりな名前に、俺は椅子からずり落ちそうになった。

 

見た目はかっこいい船だと思ってたのに、サイコドラゴンはないよなぁ。

 

……まあでも、俺程度の海賊にはお似合いの船か。

 

 

「ステルス展開完了だよ」

 

「機関良好、不具合なし。そんじゃあ、ちょっと宇宙に行こうか。船長、いい?」

 

 

俺はきちんと椅子に座り直して、生身(・・)の左腕の裾をぐっと捲った。

 

宇宙船で颯爽と現れ、左腕に仕込んだマシンガンで敵をなぎ倒し、美女の危機を救う。

 

漫画に出てくるそんな宇宙海賊になるのが、俺の子供の頃の夢だった。

 

でもきっと今の俺と彼との間には、それこそ大気圏よりも分厚い隔たりがあるだろう。

 

それでも、俺は今、成り行きだが、消去法だが、たしかに宇宙海賊なのだ。

 

絶対になれなかったはずのものになっちゃった(・・・・・・)んだから、細かい事は一旦置いておくか。

 

俺は前の席に座っている姫とマーズを見て、大胆不敵なつもりで笑みを作った。

 

 

「大負けに負けて、夢ひとつ叶ったって事にしとこう」

 

 

俺は人差し指を立てた左腕を、天高く掲げた。

 

 

「サイコドラゴン、発進!」

 

 

漫画のような加速も、激しいGもなかった。

 

機首が持ち上がって空が見えたと思ったら、数秒後にはもう俺は宇宙空間にいた。

 

 

「すんげぇ……」

 

 

俺が暗闇の中に煌めく地球の夜景に見とれていると、サイコドラゴンからビービーとエラーっぽい音が響いた。

 

 

「あれ? マップからエラーが出てる」

 

「え? なんで? 現在位置特定不能?」

 

「測位システムは?」

 

「レーダー打ってみる?」

 

 

前の席からマーズがこちらを覗き込んだ。

 

 

「トンボ、ここらへんに他の船はまずいないと思うけど、レーダー打っていい?」

 

「何でも好きなようにやっちゃって」

 

「ありがとう」

 

 

姫が何かを操作すると、全周囲ディスプレイに小さく矢印型の船体が表示された。

 

 

「レーダー打ったよ」

 

 

姫がそう言うと、その矢印の周りにどんどん星が表示されていく。

 

感心しながら見つめている内に、目の前にはあっという間に銀河地図ができあがってしまった。

 

 

「えーっ!? これ……マジ?」

 

「汎用地図脳内転写(インプリント)に全く記載のない星系ばっかりだ……ここ……どこ? 姫はわかるの?」

 

「あのね、まーちゃん落ち着いて聞いてね……」

 

 

姫はマーズの方を向いて、物凄く嫌そうな顔でこう続けた。

 

 

「ここ、修羅人の庭……」

 

「…………えっ!? 嘘でしょ姫!?」

 

「マジなんだわ……」

 

 

俺は立ち上がって、なんだか深刻な顔をした二人のところに向かって歩く。

 

重力制御で飛んでいる船だからだろうか、無重力にならずに普通に重力があるようだ。

 

しかし、二人が話してる修羅人の庭ってのは一体何なんだろうか?

 

 

「あの……その修羅人の庭って何?」

 

 

俺がそう尋ねると、マーズは口をパクパクさせながら「ヤバいとこ……」とだけ答える。

 

それを見た姫は俺の右手の袖を引いて、耳元に口を近づけて話しかけてきた。

 

 

「あのね、修羅人の庭っていうのはね……」

 

「うん、うん」

 

「姫たちがいた銀河の、隣の、そのまた隣の銀河なの」

 

「え? じゃあめちゃくちゃ遠いじゃん」

 

 

姫は俺の右耳をちょんと引っ張って、更に小声で話す。

 

 

「それだけじゃないの。これまで姫たちの銀河から修羅人の庭に行って、帰ってきた船ってほとんどいないの」

 

「え!? じゃあサイコドラゴンでは……?」

 

「帰れない……帰れないんだよ」

 

 

絞り出すように答えたマーズの言葉が、艦橋(メインブリッジ)に静かに響いた。

 

帰れると思っていたのに、どうやっても帰れない場所にいたのだ。

 

彼の無念は俺には計り知れない物だった。

 

無力な俺は悲しむマーズに、なんと声をかけていいのかもわからなかった。

 

だが、姫は違った。

 

銀河一の元アイドルの辞書に『できない』という文字はなかったのだ。

 

 

「ま、今はしょうがないよね。もっとでっかい船作ろっか」

 

 

あっけらかんとそう口にした姫を、俺とマーズは半ば呆然とした視線で見つめていた。

 

 

「なに? 他にもっといい方法ある?」

 

「いや姫、でっかい船って……どれぐらい?」

 

「たしか修羅人の庭まで行って帰ってきた船は惑星級だったらしいけど、うちらはとりあえず隣の銀河に出ればいいわけだから……今の主力艦ぐらいの推進力と戦力があればいいんじゃない?」

 

 

あっけに取られていたマーズが、姫に尋ねる。

 

 

「それってまた金頭龍(ゴールデンヘッドドラゴン)商会に頼むのかい?」

 

「頼まないよ。あっちから持ちかけてくるならともかく、こっちから取引を持ちかけるのは絶対駄目。この船の取引でよくわかったでしょ、金に魂を売った悪魔みたいな連中なんだから」

 

「じゃ、じゃあどーすんの……?」

 

「作んの」

 

「どこで?」

 

 

姫がなんでもないような顔で「んっ」と指をさした先には……

 

大地の端から頭を出した太陽にゆっくりと照らされ始めた、青く輝く惑星があったのだった。

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