俺達が宇宙海賊船サイコドラゴン号で宇宙に出てから一週間。
周辺地域に甚大な被害を及ぼした玉四ダンジョンの蛇のおかげで、これまでずっと棚上げにされてきた東京近郊のダンジョン周辺地の国有化が発表された。
『政府の強硬な用地取得に対し、地権者団体では集団訴訟の準備が進んでおり……』
「あんないつでっかい魔物が出てくるかわからん土地にでも住んでいたいものなのかな」
「違うっしょ、ああやって補償金を吊り上げてんのよ」
コタツの中で三人一緒にテレビを見ながら、姫の作ったフライドポテトの炊き込みご飯の朝食を食べる。
外にどれだけ嵐が吹き荒れようとも、うちの朝のルーティンは全く変わらなかった。
「トンボ、おかずもちゃんと食べなさい。栄養あるんだから」
「ちょっとこれ、食べ慣れない味で……」
「そう? 美味しいけどな」
俺が二口目を躊躇している柿とニラの卵とじも、マーズと姫はバクバクいっている。
まぁ、異国や異世界どころじゃなくて
『これに対し、近畿地方のダンジョン対策の中心人物である大阪府の鬼戸島府知事は厳しいコメントを……』
「地方は東京みたいにごちゃっとせずに閑散としてるんだっけ?」
「行ったことないけど、ダンジョン周りには街がないって習ったなぁ」
地方では、ダンジョン周りの住民の排除なんて二十年も前に終わっている事らしい……
というか地方はダンジョンの周りには誰も住みたがらないから、ダンジョンを避けるように都市が再構築されている。
県庁所在地も変わりまくり、土地に根付いていた人も流出しまくり。
そして人の流れ着く先である都市圏の土地の値段は更に上がり続け、またダンジョン周りの土地に手を入れにくくなるという負のループができていた。
そんなこれまで何度も何度も議論されては様々な障害に阻まれてきた都市圏の大病巣に、今回何百人もの被害者を出してようやくメスが入ったのだった。
そんな地殻変動真っ只中の東京で、うちの会社はその余波の一部に振り回されていた。
「え? バイト募集に大量の応募ですか?」
『そうなんだよねー。なんか東大卒とか京大卒とか、凄い人がいっぱい応募してきてて困っちゃってさぁ』
「東大!? なんで!?」
『わかんないけどさぁ、こないだの埼玉の蛇の件で外資系がガンガン撤退してるじゃん。そのせいもあるのかな、あとネットで色々言われてるのもあるんじゃない? あの大蛇倒したロボットが川島のロボットじゃないかって噂になってるらしいよ~』
「そんな根も葉もない噂で応募してくる人もいるんですね……」
もちろんほんとは根も葉もビームもあるのだが、証拠なんかどこにもないのだ。
「チャットでも回したけど、会社に『ロボットありますか?』ってめちゃくちゃ人が来てるんだよね。バイトの冒険者組が追っ払ってくれてるけど、そのうち対策必要になると思う」
「あー、やっぱそうですよね。警備員雇うしかないですかねぇ」
「訪ねて来てるのも求人に応募してきてるのも男の子ばっかりだからさ~、やっぱみんなロボット大好きなんだねぇ」
「そんな期待されても、うちにはフォークリフトぐらいしかないんですけどね」
俺は採用担当を引き受けてくれている阿武隈部長に、警備員雇用の相談とバイトの採用は定員で打ち切りにする事を伝えて電話を切った。
「トンボ、東大って何?」
駅前で買ったベビーカステラを肉球でつまみながら、横を歩いていた猫のマーズが俺に聞いた。
足元を枯れ葉混じりの冷たいビル風がぴゅうぴゅう吹き抜けていくが、毛皮を着た彼は気にもならないようだ。
「東大ってのはこの国で一番偏差値が高い大学だよ」
「偏差値って、何の偏差値?」
「え? 何だろ? 学力を測る数字的な?」
「ふぅん、トンボの学校はどれぐらい?」
「ないしょ」
「トンボは家でも勉強してないし、あんま高くなさそうだね」
ほっといてくれよ。
そんな事を話しながら、俺達は東京都ダンジョン
そう、あの事件から一週間が経ち、ついに俺達と自衛隊との窓口である防衛装備庁の佐原さんから呼び出しがかかったのだ。
アリバイが完璧だったから一週間後になったのか、証拠を固めるのに一週間かかったのかはわからないが、こっちもどう転んでもいいようにこの期間で覚悟は決めてあった。
拳銃弾を防ぐ程度の低出力の
最悪の手段を取られても、逃げ出すぐらいの余裕はあるはずだ。
胸を押さえて深呼吸をする俺を見て、マーズは髭を揺らして笑った。
「そんな緊張しなくてもいいと思うよ。本気ならアパートに踏み込んで来てるって」
「無理言うなよ」
「大丈夫大丈夫、なるようにしかならないよ」
余裕綽々にそう言って、彼は食べ終わったベビーカステラの紙袋を俺のジャンパーのポケットに押し込んだのだった。
マーズが言った通り、本部についてもいきなり拘束されるような事はなく、俺達はいつも通りの応接室に通されたのだった。
いつも通りなんとなく信用できない佐原さんがいて、いつも通り美味くも不味くもないコーヒーが饗され、いつも通りの調子でいきなり鋭角に切り込んだ話が始まった。
「お国元と日本で正式に国交を結べませんか?」
つまり、お前らのバックと話させろという事だ。
「お国元と言われてもねぇ」
「淡路島の亀が問題ですかな?」
うちの会社は一応表向きには、巨大な亀に支配された淡路島の野良ダンジョンの向こうから来たマーズたちが一般人の俺を社長に担ぎ上げて立てた会社という事になっていた。
その亀さえ排除できれば、ダンジョンの向こうの本国と手を組む余地はあるのか? と聞きたいのだろう。
自衛隊も、まさかマーズたちが宇宙の彼方から来た遭難者だとは夢にも思ってないだろうな。
「そうじゃなくてね、別にうちはどこかの国のひも付きじゃないって事。社員の異世界人は俺も含めて全員仮帰化してるし、税金も払ってるでしょう」
「そりゃあもちろん、承知してますよ」
全く承知していないのだろうが、佐原さんは一旦その話を引っ込めて、もう一回り小さな話を出してきた。
「ではどうでしょう、もし
直取引が駄目なら、あのロボットだけでも売ってくれという事だ。
そりゃまぁ、あるなら欲しいよね。
あれ一機あるだけで、たいていの都市破壊級には対応できるだろうし。
でももし、あの蛇を我々が倒したという事が確定したら……
たとえ日本が法で罰さなかったとしても、俺たちはどのみち地球にはいられなくなるだろう。
都市破壊級の魔物は
災害を止められる力を持った個人なんて、災害よりもタチが悪い。
そんなものの存在を認められるほど、人間は強くないのだ。
「今のとこないかなぁ……なんでそんな事を?」
「いえ、これは笑い話として聞いて頂きたいんですがね。世間ではちょっとした噂になっていまして。あの大蛇、埼玉六号を倒した謎のロボットがありましたね、あれが川島さんのとこのロボットじゃないかっていうんですよ」
「そりゃ笑えるね、あんなのあったら真っ先に自衛隊に売り込んでるよ」
「ええ、ええ、そうであって頂きたいものです。ああ、これもまた噂なんですが……どうもその噂を真に受けた諸外国の情報機関が、そちらの会社やその社員の近辺を探っているという話がありまして」
これは噂ではなく本当だった。
サードアイで出撃したあの日以降、会社のデータベースには幾度となくハッキングが仕掛けられ、姫が各地に放っている昆虫大のドローンが様々な国籍の不審人物を確認していた。
うちの実家や会社の社員やアルバイトの家庭の近くには、一応暴徒鎮圧能力を持ったドローンを忍ばせてはあるが……
正直頭の痛い問題ではあった。
「そりゃ大変だ。社員たちにはちゃんと戸締まりをするように言っとかなきゃね」
「それだけでは不安に思う社員もおられるのでは?」
「…………」
佐原さんとマーズは腹を探り合うように無言のまま見つめ合い……
なんとなく具合が悪くなりそうな緊張感の中で、マーズが先に口を開いた。
「……佐原さんさぁ、はっきり言いなよ。自衛隊はうちにどうしてほしいわけ」
「議員の先生方は色々とお考えでしょうが、
「言ってみなよ」
「一定以上の武器武装類の自衛隊への専売、それと日本に本拠地を置いて頂く事ですな」
佐原さんの言葉に、マーズは悪そうな笑みを浮かべてこう聞き返した。
「それで佐原さん個人は、うちに貸しと借りどっちを作るのが都合がいいわけ?」
その言葉を聞いた佐原さんは、これまたマーズと同じような悪どい笑顔を浮かべたのだった。
そうして、この後ろ暗い取引のおかげで川島総合通商は社員や家族の密かな保護と、撤退した外資系のロジセンターの跡地を手に入れる事になり……
逆に川島から自衛隊へは、ある程度の火や氷を防ぐ程度の能力がある